<閑話>辺境伯家の過去
エリーゼが記憶を失っている時期のシュトラーゼ視点の話です。
「え?男の子だって?!」
俺の声に絶望が混じる。初恋の女の子は、ローエルと言う名の子爵令息だった。
妹のエリーゼと一緒に花畑でいつも花輪を作って遊んだり、刺繍をしているのでてっきり女の子だと思っていたのだ。
「そうだよ。ズボンをはいてるじゃないか。ローエルは子爵の子だけど、凄く強いんだ。俺達と同じくらい。だからエリーゼの護衛も兼ねて一緒に居てくれているんだ。だから俺達は気兼ねなく遊べるって訳さ」
エンキー侯爵の嫡男であるベリドはそう言って笑う。
エリーゼは強いが性格的に戦うのに向いていない。だから護衛がいるのだ。
「どうしてそんなに強いんだ?」
「知らない。ただ霊峰のお告げで父上は外から母上を嫁にもらった。そうしたら強い子供が生まれたんだ。シュトラーゼもエリーゼも強い。ローエルの母親も外から来た」
エンキー族以外の血が混じると強くなるらしい。
「霊峰を守れなくなるから、俺も外から嫁をもらうんだ」
強くなるのに、理由があるのか。
それは不思議な気持ちだった。
父は理由が無かった。ただ強い事が誇りであり、己の証明の様な所がある。
数年前、そんな父に鍛錬の途中で怪我をさせてしまった。母が真っ青になって駆け付けると、怪我をした父を背負って物凄いスピードで屋敷に運んだ。まだ赤ん坊のエリーゼを片手に抱いたままだった。
この日が分岐点だったのだろう。以後、父は変ってしまった。
母は冷遇され、いびられると分かっている茶会に差し出され、言葉の毒を浴びて帰って来る。心が毒で弱り、食欲はわかず、日に日に痩せてエンキーの能力は殆ど使えなくなっていた。それでも父は誇りを傷つけた母を許さない。
王都に居れば茶会に行かされる。ずっとエンキー領に居ればいいのに。
やせ細った体や顔を服装と化粧で誤魔化している母は、食事を普通に食べているが、後でこっそりもどしていた。ここは母の実家だ。助けを求めればいいのに黙っておけと言われる。
伝えたら大勢が死ぬ、と言われれば黙るしかない。
花畑に夕暮れがやって来る。そろそろエリーゼを迎えに行こうと俺はベリドと一緒に花畑に向かった。そこには濃い霧がかかっていた。
周囲を見回すと、手を繫いだローエルとエリーゼが館と反対方向に歩いて行くのが見えた。
「エリーゼ!」
声をかけるが二人は見向きもしない。走って追いかけようとすると、ベリドが止めた。
「霊峰に呼ばれているんだ。邪魔したらだめだ」
「しかし」
「これは栄誉ある事だ」
そして止められている内に霧は晴れて、二人は消えていた。
気持ちが追い付かない中、ベリドの報せでエンキー侯爵家は歓喜に満ち溢れていた。
エリーゼが戻って来ないのに、豪勢な食事が振舞われた。
「ローエルが霊峰の契約を受けるなら、もう迫害はあるまい」
叔父は嬉しそうだ。母も嬉しそうだ。
「子爵も夫人も喜んでおられたわ」
意味が分からない。どうして?幼いエリーゼが夜になっても戻って来ないのに。シュトラーゼは混乱したままだった。
それに気づいた母が教えてくれた。霊峰には神が住み、招かれた者は契約をする。それを叶えられたら、神の加護を得られるのだと。
(エリーゼには加護が与えられる。だったら俺は?)
二人が戻って来ない為、帰る予定日になってもエンキー領に残る事になった。
そして父がやって来た。母の話を聞いて唖然として言う。
「エリーゼは、もう十日も戻っていないと言うのか?!」
エンキーの外なら当然そういう反応になるだろう。
「大丈夫です。神に招かれているだけです」
そう言う母を父は殴った。……母は抵抗しなかった。弱ってできなかったのだろう。父はそんな母を見て嗤った。
俺は今もあの顔が夢に出てきてうなされる。結婚は多分できない。
その日の夕方、エリーゼはローエルとあの花畑に戻って来た。
二人は十日も山に居たと思えない程、元のままだった。汚れていないし健康そのものだ。
叔父一家やエンキーの者達は温かく二人を迎えたが、それが終わると父は俺達を乱暴に馬車に放り込み、見送りに来たローエルに「誘拐犯だ」と怒鳴った。
以後、エンキーには行っていない。
母は衰弱して亡くなり、エリーゼは記憶を失う事になった。
子供が行方不明でも大丈夫と言う感覚はなかなか持てるものではないですよね。
こういう特殊な所もあって融和が進んでいない所もありました。
紛争になればハーフの子供世代が困るので、奥方は周囲に言わずに黙って亡くなる事になりました。




