37 エリーゼの決断
解散になったので立ち上がって扉に向かう際に、私はエリーゼ様に声をかけた。
「我が家に泊まりに来ませんか?」
エリーゼ様は何度もこくこくと頷く。
「エリーゼ……」
背後に居る騎士団長様の声に、エリーゼ様は唇を噛みしめたままそちらを向かない。向いてはいけない。あの人はきっとまた嘘を吐く。そして惑うエリーゼ様を翻弄し、支配しようとするだろう。
私はシュトラーゼ様に向けて小さく頭を下げると、そのままエリーゼ様を促して部屋を出た。
この集まりの前にローエル様には話してあった。
「とても残念ですが……エリーゼ様には記憶の残滓の様な感情と、御父上に翻弄された過去しかありません」
ローエル様は寂しそうな、悔しそうな表情で言う。
「……私が出会ったエリーゼ嬢は居なくなってしまったのですね」
ピンク髪の美人は、辛そうに長いまつげを伏せた。
「でも、私は……記憶がある限り、彼女に想いを捧げます」
こんな苦しい想いをさせているのだから苦いに決まっている。神様(仮)は自業自得だ。
神様(仮)は、二人に謝罪すべきだと思う。エリーゼ様の記憶が残っていれば、ここまでこじれなかった。シュトラーゼ様は別人の様だと言っていたけれど、記憶を失うと言う事は……経験から形成された人格を失ってしまう事を意味する。
だから、愛らしい幼少期のエリーゼ様は戻って来ない。
エリーゼ様は、大輪の花を咲かせる予定だったつぼみをいきなり毟り取られてしまった。けれど、茎も葉もまだ残っている。
つぼみはまた付く。そして以前と同じでなくても大輪の花を咲かせる事だって出来る筈だ。
私はエリーゼ様を必ず元気にすると決めている。私にとって彼女はとても大事な友達なのだから。
なんて思っていたのだが……エリーゼ様が混乱していたのは一晩だけだった。
帰宅してすぐ、一緒にお菓子を沢山食べて晩御飯を抜いた。悪い事をたまにはしたいのだとクリス様に言ったら、『かわいい悪事だね』と笑われた。
悔しかったので二人でお酒を飲んだ。すぐ気分が悪くなって……朝になっていた。お酒のケーキよりも効き目は抜群だったらしい。侍女に手を引かれて部屋に戻り、着替えて眠ったと聞いて安心した。
朝食の席で、ケロリとしてエリーゼ様は言った。
「辺境伯になります」
クリス様も私も、あまりの迷いの無さに驚いた。
「いいのですか?」
「はい。私はもう自分の事を自分で決められます」
エリーゼ様は微笑みを浮かべて言う。
「メイフィーア様、私とお友達になって下さってありがとうございます」
「え?」
「もし、誰とも交流の無かった以前の状態だったら、物凄く傷ついて……立ち直れなかったかも知れません。けれどメイフィーア様がこの国に来てくださり、私と一緒に居て下さいました」
エリーゼ様は続ける。
「弾きたかったピアノを弾いたり、ロザミア様に振り回されて学園の仕事をしたり……一緒に旅行もしました。お酒の入ったケーキを食べたし……ロザミア様の為にお肉を焼いてパンを焼きましたね。昨日も、お腹いっぱいお菓子を食べてご飯を抜いてお酒まで。そんな事を一緒にしてくれたのは、メイフィーア様だけです」
喉が詰まって、言葉が出て来ない。
「私、これまでの時間があったからもう大丈夫なんです。きっと辺境伯になったら、困った事や辛い事があるでしょう。……そんな時には、話を聞いて下さるのでしょう?」
クリス様が差し出してくれたハンカチに気付き、受け取って涙をぬぐう。
「勿論です。……私こそ、これからもよろしくお願いします」
この国に来て、良かった。心の底からそう思った。
「宰相様にお願いがあります。この国では爵位を継ぐには、婚約ないし結婚が必須となります。……それを少し待っていただけないでしょうか?」
クリス様は思案顔で言う。
「今回の場合は特例で通せるかと思います。……しかし継承から一年以内の条件を付けさせて下さい」
エリーゼ様は小さく頷いた。
「あの方が望んで下さるなら、私の夫になって欲しいと思っています。けれど、お話をちゃんとした事がありませんから……少しお時間が欲しいのです」
「そういう事なら、問題はありません」
クリス様の言葉に、エリーゼ様は小さく頷いた。




