36 秘された毒の後始末
王弟閣下が騎士団長様に退団と爵位を子に譲る事を伝える。これはただの決定で事実だ。
その場に、私とエリーゼ様は立ち会っていた。
伝えるのがクリス様ではなく王弟閣下なのは、ロザミア様の御父上で騎士団長様と親交が長く続いているからだ。辛い役目だが引き受けて下さった。
オスカー様とロザミア様は、戴冠式の衣装合わせが被っていて立ち会えない。酷く悔しがっていた。クリス様は二人が拗ねないように宰相として通常業務をしている。
私はエリーゼ様の付き添いだ。シュトラーゼ様から頼まれたのだ。
「今日呼んだのは、お前の今後の処遇を伝えるためだ。騎士団長と辺境伯を降りてもらう」
閣下の言葉に、騎士団長様は歯を食いしばってから言う。
「何故だ」
「エンキーとの融和政策を阻害した。それに加担した自覚のあるシュトラーゼは爵位を辞退したぞ?」
騎士団長様は、目を見開いてシュトラーゼ様を見た。
「父上と共に辺境へ行きます。幼い妹を追い詰めるのに加担した俺に、民を導く資格はありません」
「な……」
「ローエル殿を誘拐犯だと言った父上を俺は覚えています。霊峰の事情を話した母上を怒鳴りつけ、泣き叫ぶエリーゼと俺を馬車に放り込んで、以後エンキーへ行かせてくれませんでしたよね?王都で母上は更に追い詰められて亡くなられた」
騎士団長様は黙り込む。
「母上が何度も霊峰の契約について訴えているのに、無視しましたね?それに、あんなに衰弱しているのに会いにもいきませんでしたよね?しかも母上が亡くなった途端、公爵家との婚約を早々に決めてしまわれた。俺は……泣き叫んで逃げようとするエリーゼを部屋に閉じ込めて……それでエリーゼは、幼い頃の記憶の多くを失ってしまいました」
泣きそうな顔でシュトラーゼ様は続ける。
「他人みたいになったエリーゼを見て、何も思わなかったのですか?あなたの娘ではありませんか!」
騎士団長様は視線を合わせないまま黙っている。
「申し開きはあるか?」
「俺は幼いエリーゼにすら勝てなかった。だから虐待はあり得ない」
騎士団長様は続ける。
「それに家族は、俺が辺境伯と騎士団長の地位で食わせて育てた。ここまで不自由なく育てたのに、何故文句を言われねばならないんだ」
閣下は眉間に皺を寄せると言った。
「奥方が茶会に止めても行くと俺に嘘を吐いただろう。隠しても無駄だ。正直に答えろ!」
閣下はシュトラーゼ様と答え合わせをしてこれに一番怒っていた。信じた事を悔いたのだ。
「エンキーだから、無作法で茶会に出せないのだと……聞えよがしに何度も言われて許せなかった」
「俺も直接ではないが、逃げ足の速い奴らに言われた事は何度もある。従軍医あがりの夫人だから無作法で茶会にも出て来ないとな。だからどうした?」
閣下は憎々し気に続ける。
「かつての茶会は、王妃と公爵夫人が、標的を呼び出して好き勝手にいたぶる場所だった。だから俺は何を言われても妻を行かせないようにした。行かせなくても招待状がしつこい程に届いていた。ロザミアの分もな。あいつらの娯楽で妻子が傷つくなど我慢ならなかったから無視した」
閣下が怒気の含まれた声で告げる。
「家族が嫌だから、無かった事にしたかったのだろう?」
「……っ」
「エンキーは確かに強い。けれど心は何ら変わりない。お前のやった事は、思い通りにならないなら、周囲を虐げると言う愚かで外道な行いだ。実際に、奥方と幼いエリーゼはお前に殺されたと言っても過言ではない」
騎士団長様はくしゃりと顔を歪める。
「ただ強くなりたかっただけだ!何が悪い」
「お前の願う強いとは、己以外の強さを認めない単なる自己満足だ。強い子が産まれても嫉妬して虐げるのでは話にならん」
閣下は大きくため息を吐いてから言った。
「その状態に気付けなかった事を、俺も妻も悔んでいる。シュトラーゼ、エリーゼ、本当に済まなかった」
閣下は、辛そうに目を伏せて謝罪した。
騎士団長様は修道士になって修道院に入る事が決まっている。還俗は認められない。シュトラーゼ様はその監視の為に辺境に赴く。
「エリーゼ、次の辺境伯は君に頼みたい」
「え?」
戸惑うエリーゼ様の手を私はぎゅっと握った。
エリーゼの記憶が食われてしまったのは、空腹に負けた神様(仮)のせいでシュトラーゼのせいではない為、辺境に旅立つシュトラーゼにメイフィーは自分に起こった夢の事を伝えます。しかし決意は変わらず「やはり神は居るのだな」と言って、晴れやかに去って行きました。
この時、シュトラーゼにはいつかエンキー領に移住すると言う目標が生まれました。
後年、エンキー領に移り住み、騎士流の剣術指南等で融和に貢献する事になります。




