23 ケーキの祝福
自分の苦悩や苦痛にしか目が向いていない人の不機嫌顔。かつて、思い通りにならないと向けられた。
お母様の不機嫌顔と騎士団長様の不機嫌顔が、全く違うのに重なった。
「家族だから何をして許されるなんて、おかしい話なのです。……後で生まれた者は、年長者の要望に沿う事が多くなります。婚約は一度失敗しています。これ以上は止めて下さい」
騎士団長の目を見据えて言う。
「エリーゼ様が望むなら、隣国へお連れする事も出来ますが」
御父様に手紙を書けば、寄子の家に滞在させてくれる筈だ。するとシュトラーゼ様も顔面蒼白になって目を見開く。
「それは困る。ならぬのだ」
騎士団長様の慌てぶりに、内心首をひねりつつ続ける。
「ですが、エリーゼ様は追い詰められています」
あと一押し。そう思って続ける。
「それさえ守って頂ければ、アリューゼ様の件は忘れます。もし不服であれば、ロザミア様に事実を全て話し、エリーゼ様へ母国への留学を勧めます」
血の気の引いた顔で騎士団長様は了承した。
きっとあのケーキのお酒にアテられていたのだ。部屋に戻ってベッドに腰かけると、急に怖くなってしまった。酔いがさめたらしい。父親と変らない年齢の男性に取引をもちかけるなんて……。今になって心拍が大きく聞こえる。
ベッドにつっぷして落ち着こうとしている内に……気づいたら朝になっていた。
身支度を整えてもらい、階下の食堂に来るとエリーゼ様はすっきりした顔で座っていた。
「昨日は……何かやってしまったみたいで」
「へ?」
エリーゼ様は、泣いて怒っていた事を全く覚えていなかった。
(お酒にとても弱いのね……。これは危険だわ)
背後に居るエリーゼ様の専属侍女の表情から、昨晩の事を教えてはいけないと悟り小さく頷く。
「私もよく分かりません。昨日のケーキのお酒は強かったみたいですね」
「メイフィーア様もでしたか!」
ほっとした様子で微笑むエリーゼ様に、背後の侍女と共に安堵する。
九十歳のお婆さんの話をしつつ和やかに食事をしていると、騎士団長様とシュトラーゼ様が降りて来た。二人は私達に挨拶してから少し離れた場所に座り、エリーゼ様に言う。
「私達は辺境に行く。アリューゼは城主代理から外し、家督相続と騎士爵をはく奪し、兵士長に落とす。ロザミア様の手紙の件はロゼライト嬢と合意の上なかった事にした。……そこで手打ちにする」
騎士と兵士の差は、騎士爵があるかどうかだ。騎士爵は剥奪しているが、ただの兵士ではなく兵士長なので、お給料の面では普通の平民よりも高給になる。しかもほとぼりが冷めた頃に、寄親の判断次第で貴族に復籍できる立ち位置だ。
(何て甘い処罰なの?!母国ではあり得なかったわ)
極刑の筈の人間にこれは……。しかし昨日頼んでいないから、口は挟めない。寄子貴族の処罰は、基本寄親が決めるのだ。
「はい」
エリーゼ様は短く返事をする。
「縁談を勝手に決める事はもうしない」
騎士団長の言葉に、エリーゼ様がぽかんとした顔になった。
「お前が相手を決めなさい」
シュトラーゼ様も言う。
「アリューゼの事は悪かった」
二人は唖然とするエリーゼ様にそれ以上は何も言わず、黙々と出された食事を食べるとそのまま宿を出て行った。
「どうして……」
エリーゼ様が信じられない様に呟く。
「それは」
騎士と専属侍女が凄い顔をしている。事実を知らせれば酔って泣き叫んだ事に辿り着いてしまうからだ。
「九十歳のお婆さんから、祝福を頂いたのでしょう」
「祝福」
「エリーゼ様はずっと頑張っていらっしゃったから、あのケーキでお祝いの御裾分けをもらったのですよ。……その……エリーゼ様の気持ちを、夢枕に立って……お二人に……お伝えした……のでしょう」
いつも耳打ちで走っていく護衛の人が震えている。
「成程、だとしたらお礼をしたいですね!」
明るいエリーゼ様の声を聞いて、護衛の人が我慢できずに食堂を出て行った。専属侍女はこっそりと手首をつねっている。
私に無茶ぶりをしてきておいて酷いわ。
お婆さんの家に行くと、エリーゼ様のお礼に「よいよい」とお婆さんは返事をした。
「何て懐の広い方なのでしょう!」
帰り際、「お元気で」と言った私にも「よいよい」と応じたのは内緒だ。
アリューゼのその後。
数か月後、酔っぱらったアリューゼは、エリーゼの婚約者で、メイフィーが滞在時に彼女とは恋仲だったと平民の兵士たちに言ってしまいます。(気が大きくなってつい:アリューゼ談)
その話をした翌日から、アリューゼは配属が辺境砦の牢屋番になり、砦の外に出る事を禁止されてしまいました。
温情は無駄に……。メイフィーもこの状態が最初だったら文句はなかったかと。




