22 酔っ払い・口止め
アリューゼ様のせいで悪くなった空気はなかなか払拭されなかった。
それは私がこれからクリス様に会うと言うのに出鼻をくじかれ、エリーゼ様の落ち込みも凄かったからだ。私もこれは「気にしていません」とは言えなかった。
『宰相様との婚約は無くなるのですよね?』
嬉しそうに言われた言葉は私を打ちのめした。辺境に何故逃げて来ているのか。アリューゼ様は私の心を分かろうとする気など無かったのだ。精神的な負担を考えると二度と会いたくない。
しかし、ロザミア様を傷つけない為にもこの事を隠せば、アリューゼ様とエリーゼ様が婚約する可能性があるのだ。……私はエリーゼ様と接する機会が増えて、騎士団長様を信用していない。だから不安だ。
そうして、微妙な空気のままうんうんと考え続けて三日ほど経った頃、宿で変わったケーキが出た。
「近くで九十歳になる婆さんが居て、作っていたんですよ」
それはお酒のシロップをかけて何日か熟成させるケーキだった。
「そんな希少なものを、よろしいのですか?」
「この辺の滅多に出ない縁起物です。是非食べて下さい!」
宿屋の主人がそう言うので、私とエリーゼ様もそれを食後のデザートに食べた。
部屋に戻ると、何だかふわふわしていた。
私は成人しているが殆どお酒を飲んだ事が無かった。今、この国では夜会が全面的に禁止されている為だ。王妃様と元公爵夫人が二十年をかけて作り上げたドレスコードの問題があったからだ。
デイドレスで集まる茶会だけがひっそりと開催されている。そんな状態だから、男性は相変わらず女性の考えを理解しないまま婚約を決めてしまうのだ。
「どうすればいいのかな……」
すると、隣の部屋から大きな泣き声が聞こえた。……エリーゼ様の部屋だ。
見に行くと侍女も護衛もおろおろしていて、ベッドの上でエリーゼ様が大泣きしていた。
「エリーゼ様、どうなさいました?」
「大嫌い!」
赤い顔をしてボロボロ泣いているエリーゼ様は、衝撃で固まっている私を気にせず続ける。
「私の気持ちなんて聞いてくれない。それなのに、お前の為だって、縁談でクズ男ばかり勧めて来る!アリューゼは嫌だって、私何度も言ったのに!」
(私じゃなくて良かった……)
「お父様なんて、大嫌い!」
ベッドにつっぷして、う~っとうなりながら泣いているエリーゼ様。
そこでキィ~と、扉がゆっくりと開く。
恐怖だった。
そこには……顔面蒼白で立ち尽くしている騎士団長様と、エリーゼ様のお兄様が居たのだから……。
エリーゼ様はそのまま眠ってしまったので、侍女に任せて騎士団長様の部屋へと赴いた。
「「本当に申し訳ありませんでした」」
お二人に謝罪されてあまりの迫力にビクっとなってしまう。武官の方達は謝罪にまで迫力がある。
「こちらに来られたのは……その事でしたか?」
「はい。……事の重大性故に早馬が来ました」
エリーゼ様のお兄様であるシュトラーゼ様が言葉を引き継ぐ。
「従弟は騎士としては頼りになるのですが、無骨というか気配りが下手で、辺境伯代理からは外す事になっています」
馬鹿だと言わない言い回しには、情を感じる。アリューゼ様は、シュトラーゼ様の乳兄弟だと聞いている。だからだろう。
「それだけではありませんよね?」
決定だけの為に当主と嫡男がここまでくる訳がないのだ。
騎士団長様は、恐る恐る言った。
「アリューゼが、ロザミア様の手紙を勝手に読んでしまった事を……公にしないで頂きたいのです」
真っ先に手を打ちたいだろう。この方達は私に会いに来たのだ。
中身が政治的に重要性のあるものでなかったとしても……王族の手紙を無断で読む事は重罪だ。親族からそんな罪人を出せば、辺境伯の立場はかなり危うくなる。
エリーゼ様がロザミア様と親しくても帳消しにはできない。だから私を黙らせる必要があるのだ。
「構いませんが、一つだけお願いがあります」
「何でしょう?」
「エリーゼ様に婚約を強要しないで下さい」
酔っているせいだろうか。私は強い口調で言った。
「これが条件です。アリューゼ様との婚約もなしでお願いします」
騎士団長様を私は眺めていた。唸る様な声が口からもれる。その顔を見て、エリーゼ様が愛されていないのを理解した。
長年続いている辺境伯家の指定宿なので、出される食べ物の信頼性は疑われていません。
ちなみに現代で言うところのブランデーケーキです。庶民にとってはケーキそのものが特別なお菓子で、理由が無ければ作らないものです。それに酒までしみこませているので、貴族が泊っているなら献上するくらいには高級品です。




