24 家出の終わり
辺境伯家の長女で、剣の腕もあり男装をしているエリーゼ様。
しかしその心は想像以上に乙女だ。エリーゼ様のお母様が亡くなられた後、専属侍女のハンナが姉の様に世話をして守ってきた。
その忠誠心は、公爵令嬢である私に不敬覚悟で顔芸命令を下すくらい強い。
無礼だとは思わない。あの耳打ちで走る護衛の人とご夫婦で、騎士団長様やシュトラーゼ様の代わりに慈しんで来たのだと分かるから。
「お父様がアリューゼの件で懲りたと言う理由だったら、私は信じませんでした」
「そ、そうなのですか?」
……本来ハンナ達が私の口から出る理由として望んでいたものはそれだった。私のあの言い訳には二人も驚いたのだ。
「レビン様が亡くなった時に『今度はいい縁談を探す』と言っていました。それがアリューゼでした」
そこでエリーゼ様が明るい顔になった。
「あの方の慈悲が私に届いたなら、信用できます」
騎士団長様の信用の無さが浮き彫りになる。
エリーゼ様は記憶に欠けがある為、あまりご自分の話をしてくれない。ハンナは記憶が欠けた後から侍女になったので経緯は知らない。大事な事が見えないままだ。
そして王都に近づくにつれて、私はクリス様の事を考えるようになった。落ち込んだ顔が、盥の水に映っている。
幼い頃、この顔を見てお母様もお姉様も嫌そうな顔をした。だから顔に表情が出ないようにした。
よく、あの頃はそんな事ができたものだと、自分がこの国で重ねた年月を感じる。
私には、クリス様の気持ちが分からない。
したい事の分からない私に、何かを強制する事も急かす事も無く、自由にさせてくれた事に私は感謝しているが、人によってはそれが放置になるのだと、ここ最近で理解した。
エリーゼ様は、手紙の返事がない事を問題視していたが、私は手紙を書きたくて書いていた。今まで誰も聞いてくれなかった心の内を分かろうとしてくれるのが嬉しかったからだ。
綺麗なドレスや宝飾品よりも欲しかったもので……書く事は尽きなかった。だからクリス様の気持ちを気にしていなかった。
私の受けた教育では、婚約者として、相手の都合を優先するのは当たり前の振る舞いだった。
不満を言わず待ち、支える事こそが淑女の美徳。母国で先妻様の感情的な行いが恥ずべきものであった以上、私はクリス様の事が大好きでも、黙っているしかなかった。どうして欲しいのか具体的に思い浮かべてしまえば、不満を抱えかねないと分かっていたからだ。
そこでクララ様の存在が明かされた。
それは邪魔をしないだけでなく手助けをすると言う、私が出来る事の遥か先にあるものだった。私では決して思いつかず、出来なかった事だ。
私はクリス様の邪魔をしなかったが、助けた訳でもなかったのだ。
何も出来ないにしても……もっと何かできたかも。その後悔が強い。
「エリーゼ様、私、クリス様とお話した後、泣いてしまうかも知れません。その時は、頼ってもいいですか?」
エリーゼ様はきょとんとした後、凄くいい笑顔で言った。
「勿論です。お菓子を沢山用意してお待ちしています。お話、是非聞かせてくださいね」
横に並んでいるハンナもうんうんと頷いている。
思っていた答えと違うので、私の方がきょとんとしてしまう。
「必ずですよ!誰かに話す前に、必ずこのエリーゼに話をしてください。ロザミア様に召喚されたのなら、私も一緒に行きますからね」
「え?……えぇ~」
「大丈夫ですよ。メイフィーア様の思っているような事にはなりませんから」
そんな風に思えないが、確信しているエリーゼ様は機嫌よく鼻歌まで歌っている。
そして……とうとう王都に到着した。してしまった。
王都に入る城壁をくぐると、見慣れた馬車が停まっていた。ロゼライト公爵家の馬車だ。そこからクリス様が降りて来た。
唖然としている間にも、クリス様が馬車に近づいて来る。そして馬車の扉が開き、いつも通りの笑顔になったクリス様が手を差し出す。
「おかえり、メイフィー」
「……ただいま戻りました」
戸惑う私に、エリーゼ様が強く頷く。だから私はその手を恐る恐る取った。
そのままエスコートされるのだと思ったが……強い力で馬車から引っ張り出され、その勢いでクリス様の胸に飛び込んでいた。
侍女のハンナは、先代辺境伯夫人の介護をしていた女性で、記憶を失う経緯も以前のエリーゼも知りません。彼女の夫(本編では出てきませんが名前はザック)も辺境騎士団で働いていて、いきなり抜擢されて連れて来られた感じです。
ハンナ達は職場で仲良くなって夫婦になり今に至ります。
善良な人達で、エリーゼを不憫に思って大事にしています。
騎士団長が専属の侍女や護衛を変更したのは、失った記憶を刺激しない為です。
知ってしまえば専属を外されます。だから二人共その手の事はあえて知らないようにしています。




