<閑話>クリスの失敗2
婚約者がいないから爵位を継げていないエルリックは令息のままだ。御父上の体調も不安視されていて、相手を探していたらしい。
「君は、侯爵夫人にふさわしいと思う」
クララは少し唇を戦慄かせてから頭を下げた。
「光栄に存じます」
こう答えるしかないのだ。
ロザミア嬢がそこで僕の方を向く。
「ところで、メイフィーアとはいつ結婚する気なの?」
「……まだ早いと思っています」
「そうかしら。このままではメイフィーアの気持ちが離れてしまうわよ?」
明らかに怒っている二人に向けて、僕は自分の言い分を述べる。
「メイフィーは母国で母親と姉の顔色を窺い、空気の様に過ごすしていました」
「聞いているわ。王妃のなりそこないと思い込みの激しい癇癪持ちだったかしら?」
酷い物言いに苦笑しながら続ける。
「彼女はそこにただ生まれただけです。彼女は優しいから抵抗しなかった。だから自分の好みすら……あえて探そうとしていませんでした。諍いを起こさない為です」
オスカーが眉間に皺を寄せる。
僕は二人を見据えて言う。
「僕がこの国で目指したのは……メイフィーが笑える国でした。彼女の様な子が笑える優しい国にすれば、いい国になると思いましたから。僕の基準は全てメイフィーです」
ロザミア様もオスカーも……そしてクララも驚いた顔をして僕を見る。
「我慢して平気な振りをする者は、自分の意見を言いません。……言えないのです。しかし何も考えていない訳ではないし、辛い事は辛いのです。だから、そういう者達が過度の我慢をせずに済む国を作りたかったのです」
ロザミア様もオスカーも、妙に赤い顔をしている。
「コホン。……忙しいだろうが、たまには会いに行って、そういう熱烈な言葉を伝えてやるといい。泣いたそうだ」
「学園のベンチでエリーゼと抱き合って大泣きですって。早く帰りなさい」
そこで二人の意味ありげな視線に気づく。……そこには俯いたクララが座っていた。
この二人とエリーゼ嬢に、大きな借りを作ってしまったらしい。
「分かりました。今日は早く帰ります」
クララと共に応接室を後にした。
廊下を歩いている最中に、僕はクララを庭園へと誘った。
一瞬、クララの表情が明るくなる。これはしっかり話すべきだろう。
「僕の婚約者の御母上は、元王妃候補だった。調和を重んじ、あらゆる分野に詳しく、大勢の信頼を集めていた。……しかし母国の陛下はもう一人の妃候補を選んだ。経緯を知っている父に、何が違ったのか聞いた事がある」
唐突な話に困惑したクララを見ながら続ける。
「陛下が王妃様を愛しているのが最も大事な理由だが、決定打になったのは周囲の良過ぎる評判だった」
クララが目を瞠る。
「周囲は御母上を推した。もう一方の候補はとても美しいが難しい話になると陛下を呼ぶから困ると。……つまり、陛下に知られれば問題のある話を持ち込まれても、陛下に相談しない人だったんだ。自分が目の前で接する者をいい気分にできれば、どうにでも出来ると思っていたからだ」
僕はクララの目を見て言う。
「君は、その人に似ているんだ。根回しだけ上手い」
クララは顔を引きつらせた後、目を逸らした。
「頭がいいから出来る事で、必要な場面があるのも否定しない。けれど気分良く人を踏み躙れてしまうから、使いどころを間違えれば害悪だ。外堀を埋めれば、僕の意志を無視できると思った?」
クララは黙ったままだ。
「深夜のお茶も、荷物運びも僕には迷惑だった」
「酷いです」
僕は怒鳴っていた。
「酷いのは君だ!」
クララが僕の剣幕に驚く。
「婚約が無くなったら、僕の婚約者はどうなる?その事は何とも思わないのか?」
大きく息を吐いてから告げる。
「それだけじゃない。君は僕を侮辱した」
「そんな!閣下の事をお慕いしているだけで」
「僕は母国で公爵家の嫡男で、次期宰相の予定だったんだ。それを捨ててこの国に来た。覚悟があっての事だ。君はそれを踏み躙った」
青くなったクララに言う。
「君の願いが成就したら、僕がこの国に来た意味を失う。そして終わりだ」
「もっ……しわ…け…ありま…せん」
「明日から登城しなくていい。今までご苦労だった」
嗚咽が聞こえたが、そのまま振り向かないで歩く。帰らなければ。
浮気する宰相とか、信用できませんよね……。
宰相室の人達もそれが分かって慌てふためいていたのですが……クララだけ恋に浮かれて分かっていませんでした。
クララは本当に優秀で仕事は真面目にやっていたので、罰ではなく良縁で遠ざける事をオスカーとロザミアが決めました。穏便に済ませるにも最善だったとクリスも思っています。
ただ何が悪かったのか理解していないクララに、今までの鬱憤込みで認識させた感じです。ブチ切れているので、引継ぎなし。宰相室は翌日から大混乱でしたが、書類整理の上手い文官が何人か助っ人に入る事で落ち着きます。




