19 家出
ベンチで大泣きして、冷静になったら急に恥ずかしくなってしまった。
エリーゼ様も同じだったみたいで、いつも一緒の護衛さんに先導されてエリーゼ様の執務室に連れて行かれた。そこで聞かれるままに泣いた理由を話した。
いつも居る護衛の方にエリーゼ様が耳打ちをして、護衛の方は走って行った。
ロザミア様に事情が筒抜けになるのだ。そして……クリス様にも知られてしまうのだろう。
色々と聞かれた私は正直に話した。するとエリーゼ様ががっくりと肩を落とす。
「まさか、クララ様が。……尊敬していたのに」
「私よりもふさわしい方だと思います。私は、クリス様のお仕事の話は難しくて分かりませんもの」
「宰相様と仕事の話が出来ない令嬢の方が普通です。それは結婚と切り離して考えるべきだと思います。お仕事を共に出来る方を望んで、メイフィーア様を伴われたのですか?」
私は首を左右に振る。
『何も無い人を好きになってはいけませんか?』
かつての言葉を思い出せば、そうでないのは分かる。
「私、クリス様の妻になって心を守るってお約束したんです。でも……頑張っても、クリス様の心が私の元に無ければ、意味がないと気付いてしまったのです。そして、クリス様に不要だと言われてしまうのが怖いのです」
エリーゼ様は、大きく息を吐くと笑顔で言った。
「一緒に、辺境に行きませんか?」
「辺境……ですか?」
「はい。メイフィーア様は王都から出られた事がないでしょう?」
「その、クリス様に確認しないと……」
「それはジョセフを呼んで話をしましょう。ジョセフは話の分かる執事です。さあ、クリス様とお話されたくないのなら逃げるしかありません。すぐ行きましょう」
「でも……」
「大丈夫です。私に任せて下さい」
気づけば荷物も無いままエリーゼ様の住む騎士団長の屋敷に連れて行かれ、荷造りが準備され始めた。
ジョセフは屋敷に来た後話を聞いても反対しなかった。「クリス様にはお伝えしておきます」とだけ言われた。
凄い勢いで荷造りがされている。そして……公爵家にもエリーゼ様の侍女が出向いて荷造りをしていると言う。あまりの大事に、どうしたらいいのか分からない。
「たまには、困らせて差し上げればいいのです」
エリーゼ様は紅茶を飲みながら平然としている。
「王太子殿下とロザミア様には、政務をこなす能力があります。その義務も。他にも有能な人材が城に集まり始めています。四年前とは違い、宰相様が一人で頑張る必要はないのです」
エリーゼ様は眉間に皺を寄せて言う。
「宰相様は、メイフィーア様に誠意や気持を伝える努力を怠られています。婚約者を放置した事実は、海よりも深く反省すべきかと」
「私は母国に居場所が無かったので、この国に連れてきて下さっただけで十分なのです」
「いいえ!叶った望みで恩恵があったとしても、全てを許すのはおかしいと思います。手紙、毎日書かれていましたよね?」
たまに学園でも書いていたのでエリーゼ様は知っているのだ。
「お返事のない手紙を何年も毎日書くなんて、端から見たら異質です」
そう言えば、そうかも知れない。
「けれど、クリス様にとっては日々の報告程度のものだったと思います」
エリーゼ様は、不機嫌なまま反論した。
「メイフィーア様は宰相様の部下ではなく婚約者です。宰相様は有罪、悪です!どれだけ放置したのでしょう!酷いです」
放置。そう言われるとそうなのかも知れないが……
「でも私はずっと注目されるのも苦手なので、これで丁度良かったのです」
お母様やお姉様の視線から外れ、ただそこにあるだけ。
そんな暮らしが長かったから、人として、それも女性として恋愛と言うのはまるで想像の付かない事だったのだ。クリス様は、そんな私を自由にさせてくれて、安定した暮らしを与えてくれたのだ。
それを話すとエリーゼ様は大きなため息を吐いた。
「言い分は分かりました。……結婚から逃げ回っている私から言うべき話ではありませんが、そのままご夫婦になるつもりですか?結婚すれば、関係は変わりますよ?」
「あ……」
「婚約者と四年も同居しているだけと言うのもどうかと思います。一度離れるべきです」
……だからって辺境は遠すぎると思うの。
ジョセフは学園で泣いている姿を大勢から見られてしまったメイフィーを、そのまま学園に行かせる事に不安を抱いていたので、エリーゼに任せる事にしました。
数年前まで、元公爵令息を側で見ていた事も理由の一つです。令息は見た目詐欺のクズでした。
クリスからも事前に、メイフィーの安全を最優先にするように裁量権を与えられているので、それを発動しました。




