10 貴族の矜持
女性に対する残酷な表現があるのでご注意下さい。
10話11話は、母国の次期宰相であるクリスがわざわざこの国に移籍する程になった状況解説です。
ここを超えれば残酷描写はほぼ無くなるので、よろしくお願いします。
「レビン様は、私を嫌っておられました。女なのに男装をして剣を振るう。……それは私にとって日常であり必要な事でしたが、理解を得られませんでした」
令嬢であるエリーゼ様が士気を維持する為にも、兵士として定期的に辺境の砦に行かなくてはならなかったそうだ。エリーゼ様の来訪で辺境の兵士や騎士が鼓舞されると言うのは分かる気がする。
「レビン様は、菓子の様に甘い見た目と言葉で楽しませるリリエッタを好みました。……仕方ないと思っていましたし、それで婚約が無くなっても構わないと放置していたのですが、事態はもっと深刻だとだいぶ後で気づきました」
エリーゼ様は、辺境砦への定期慰問があり、年間の半分は学校に通えていなかったと言う。
エリーゼ様の御母上は少数部族の出身だったし、婚約者に嫌われていた。だから他の令嬢との交流はほぼ無かったそうだ。学園生活は、過酷だった様だ。
そんな中で辺境から戻って学園に通っていると、小さな薬包がこっそりとやり取りされているのを見るようになった。ある者は本に挟んで、ある者は手紙に入れて。
何が起こっているのか分からなかったある日、偶然、令嬢が自殺をしようとしていたのを止めた事から、薬包の中身を知る事になった。
王太子と公爵令息が真っ先に麻薬を受け入れた令息達の学園社会では、おびただしい数の被害者が出ていた。令息達は金に困り、自分の婚約者の身を他者に差し出す者がかなり出た。
婚約者に呼び出された末の悲劇は、多くの令嬢達の心を壊していた。
「令嬢達も隠していました。傷者だと知られる事は恥であり、嫁ぎ先を失くす事を意味します。何度も婚約者に身売りをさせている令息も居ました」
真相を言えないから婚約破棄もできず、婚約者はその事を分かっていて道具の様に扱う。貴族の通う学校とは思えない荒廃ぶりに唖然とする。……閉鎖は納得だ。
それを引き起こした発端の男爵も男爵令嬢も既にこの世に居ない。
牢に入れられていたのに、いつの間にか広場に引きずり出され大勢の手で惨殺された。それは深い恨みの果てに、国家が法によって動かなくなった証であり、政権そのものの信用が失われている事を意味する。そしてこの事で、麻薬の入手ルートの手がかりが失われてしまった。
私とクリス様がやって来たのは、「こんな事が起こる筈がない」が起こってしまった後の国だったのだ。
久々に顔を合わせたクリス様にこの事を話すと、肩をすくめて言った。
「確かに気の毒だと僕も思う。……ただ全てを元王太子殿下や従弟のせいだけにするのはおかしいんだ」
「そうなのですか?」
「例えば、君が麻薬を使わないかと誘われたとする。楽しくなるよって言われても、君は警戒するし、拒むだろう」
首を傾げていると、クリス様は続けた。
「まず公爵と言う家を背負っている事をいつも意識していた筈だ。更に、御母上に見つかったら面倒な事になる。それがすぐ思い浮かぶ君は、面倒を厭って麻薬を遠ざける」
「そうかも知れません」
「君の御母上は行き過ぎた行動もあったけれど、貴族の矜持と信用を壊さないと言う意味ではとても出来た方だった。……君はその部分を引き継いでいる」
買いかぶり過ぎだと思うが、黙って話を聞く。
「身分制度のある社会に於いて貴族の役割は、民の暮らしを安定させる事だ。そしてその信頼を裏切らない事を前提に税を徴収している。生まれながらの貴族が飢えた事がなく、高度な知識を与えられるのはそれを期待されているからだ。だから己を律せねばならない」
「貴族の教育を受ければ誰でもできると思いますが」
「最高の教育を受けた、最も身分の高い者達が真っ先に誘惑に負けたのに?」
確かにそうだ。
「貴族の矜持をはき違えれば王政は倒れる。家業として貴族の立場を捉えているなら、麻薬に手を出そうとは思わない。そういう貴族が残っているから、国はまだ倒れていないんだ」
ようやくクリス様の言いたい事が分かった。
「貴族の利益を享受しておきながら……その義務を果たす気が無かった者が麻薬に溺れたのですか?」
クリス様は満足そうに頷いた。
「そういう事」
てっきり強要されて仕方なかったのだと思っていたが、そうではなかったらしい。




