9 エリーゼ
せん妄は、意識混濁で言動がおかしい状態を指します。
早速、執事のジョセフに相談をした。そして勧められたのが……元公爵令息の婚約者であるエリーゼ様だ。年齢は私の一歳上。
お人柄は折り紙付き。曲がった事が大嫌いな騎士団長様のご息女だと聞いた。
「あまりこの屋敷に来たくないのではないかしら」
「お会いになれば分かりますよ」
白いひげをそよがせて笑うジョセフは自信がある様子だった。
数日後、やって来たのは男装の麗人だった。
(美しい方……)
上手く言えないが、彼女の周囲だけ空気が違う様に感じる。容姿が美しいだけでなく、内面の美しさの様なものを立ち姿に感じた。
私の知る美しい令嬢とは、華やかな空気に匂い立つ美貌の方ばかりだった。しかしこの方はまるで神殿に居る巫女や女性聖騎士の様だと思ってしまった。
「初めてお目にかかります。私はエリーゼ・タイラーと申します」
「よく来て下さいました。メイフィーア・ロゼライトです。メイフィーアと呼んでください」
新しい家名を、内心ドキドキしながら告げる。タイラー家は辺境伯家で、私の方が身分が上になる。年上でこの国生粋の令嬢相手だ。こんな綺麗な方に嫌われたら落ち込んで寝込んでしまいそうだ。
「では私の事もエリーゼとお呼び下さい」
柔らかい笑顔でそう言ってもらえて安堵した。
サロンでお茶をしながら、呼んだ目的を言うとエリーゼは驚いた顔をした。
「勉強を共にと言うお誘いですか?」
「はい」
どう言えば納得してもらえるのか分からず、私は言った。
「まずは、一緒に授業を受けて頂けませんか?」
実際に見てもらえば分かると思い、私はそう言った。
「分からない所を先生方に聞きづらいと言う事でしょうか?」
年上であるエリーゼ様にそう言われて慌てて言う。
「いえ……その、授業の様子を見て頂きたいのです」
「分かりました」
エリーゼ様は怪訝そうにしつつも納得してくれて、翌日の授業から来てくれる事に同意してくれた。
そして翌日、エリーゼ様はすぐに理解してくれた。
憔悴した様子の先生方が、エリーゼ様を見て感涙したり、言葉に詰まったり、謝ったり……。
授業の始めはそんな感じで、その後エリーゼ様が仕方がなかったと話して落ち着くと、先生方は少しだけ明るくなっていた。
昼食を共にしているときに、エリーゼ様が苦笑して言った。
「おっしゃりたい事が分かりました。大変でしたね……」
私は頷く。
「立派な先生方だからこそ、思い詰めてしまわれるのでしょうけれど、私ではお慰めできませんでしたから」
エリーゼ様は暗い表情で言う。
「かなりの数の者が、薬が抜けて普通に暮らせるようになってきています。ただ……レビン様達と近い時期に始めた者達は、せん妄状態が続いています」
レビン様と言うのは、元公爵令息でクリス様の従弟の名前だ。見た目は、天使の様だったと聞いている。元公爵夫人が溺愛していたため、かなり傲慢だったそうだ。
「後遺症があるのですか?」
「はい。リリエッタ……件の男爵令嬢は、一年生の入学式から一か月経っていない頃から麻薬の話を始めています」
かなり早期から、薬を広めていた事に驚いてしまう。
「長期休暇前には、既にレビン様も殿下も口にしていらした。この長期休暇前から摂取していた者達は、元の暮らしに戻る事が出来ていません」
この麻薬の事は、母国でも情報が王族と宰相様にだけ共有されているそうだ。
もし麻薬で国を壊滅できるのであれば、悪意ある者が持って来るかもしれない。いつかは知られるにしても、この国の場合には立ち直らせてからにしたいし、母国では入って来ない様な体制を整えてからにしたいそうだ。
レオニス殿下は、外国の輸入品の検閲等にかかりきりになっている兄のアドニス殿下の仕事の何割かを肩代わりしているとクリス様が言っていた。
お姉様と婚約した事で、レイオニス殿下は張り切っているそうだ。
アドニス殿下が頼るべき宰相は、本来ならクリス様になる筈だった。それを母国がこの国に譲ったのは、それだけ大きな問題だったからなのだ。
背負いきれない罪を犯してしまった王太子と公爵令息はもう居ない。
エリーゼ様や先生方は過去の分岐点を見ているが……陛下や叔父様が奥方に働きかけていないのだから、他人では何もできなかったと思う。
メイフィーはロゼライト元公爵の養子であり、未来の夫人としてロゼライト公爵家に居ます。
元公爵は養父になりますが、クリスの叔父と言う意味で叔父様呼びにしています。




