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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第五章 百五十年後の世界に出会えてありがとう
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093 殿下の誕生日

 なんだかんだ、二日目の『魔法使いの館』の営業は無事終了した。


 最初こそざわついていたものの、キラキラ女子達の襲来以降は、静かなものだった。みんなも手際よくなってきていたし、何とか大きな問題もなく乗り切る事ができた。


 帰宅して、湯浴みを済ませた私は殿下といつも通り、屋敷のサロンにいた。


「お疲れ様。今日は本当に疲れたな」


 昨日と同じ。殿下はソファーの肘掛けにクッションを置き、そこに背を預け、長い足を伸ばしリラックスしている。


 その隣に座る私は落ち着かない。

 なぜなら、お誕生日プレゼントをこれから渡そうと考えているからだ。


「お疲れ様です。それと、お誕生日おめでとうございます!」


 私は背後に隠しておいた、小さな箱を殿下に差し出す。


「すっかり忘れていた。そうか今日はメレデルク様の誕生日だった」


 しまったと言う表情の後、顔に手を当てる殿下。

 どんだけメレデレクが好きなのよと、かつての仲間に嫉妬した。


「メレデレクもおめでとうだけど、殿下の誕生日でもあるんですよ?だからどうぞ」


 私は殿下のお腹の上に、プレゼントを置いた。


「ありがとう」


 照れくさいのか、驚いたのか。しばらくお腹の上に乗った小さなプレゼントと見つめ合う殿下。それから恐る恐る箱を手にし、ソファーに座り直した。


「それ、時限爆弾とか、呪いじゃないですから」


 中身の心配をしているのかと思った私は、安全である事をアピールする。


「わかってる。ただ、嬉しくて。開けていいのか?」


 今度は私が殿下の言葉に嬉しくて、恥ずかしくなる。


 私は「どうぞ」と小さな声で何とか告げた。


 そうか嬉しいのか。嬉しがってくれたのかと、その事実をじんわりと幸せな気持ちで噛み締める。


「意外に軽いな」


「殿下が欲しいものを言ってくれないから、悩んだ末のものです」


「俺には君がいるからな。他に欲しいものなんてない」


 殿下はサラリと甘い言葉を口にする。


 昨日が塩対応過ぎて、今日は糖度高め。その温度差についていけず、私はまるで高い山の頂上にいるみたいに、心臓がドキドキする。


 さらに右側に殿下の体がピタリと張り付いた状態で、落ち着かない。


 出来たら拳一個分くらいは、開けて座って欲しいものだ。


 しかしまた何か口にすればどろどろの甘さを、殿下は私に吐き出しそうな気がする。だから私はムッと口を結び、殿下が包装紙を丁寧に解くのを眺める事に集中した。


「まさか指輪じゃないだろうな。でも俺は、誰かと違い勘違いしないけどな」


 包みから現れた、赤いベルベットの箱を見て、殿下はニヤリと意地悪く微笑む。


「まさかそんな高価な物は買えませんし」


「確かに、俺の君への想いはいくら出しても買えないからな」


「酔ってます?」


 思わず酔っ払いかと疑う。


 今日は帰宅が遅かったせいで、夕食は軽く済ませただけだ。その時殿下は飲んでいなかったような気がする。


 けれど今日の殿下はいつにも増して、私に甘いのも確かだ。


 目を細め、疑いの視線を殿下に向ける。


「酔ってない。嬉しいだけだ」


 頭をワサワサと撫でられ、そのくすぐったさに体がすくむ。そうこうしているうちに、殿下はパカリと箱を開けた。


「琥珀か」


 さすが、古いものが大好きな殿下だ。


「でも何で琥珀なんだ?」


「それはただの琥珀じゃないんです。なんと私が掘ったんです、この手でしかと握ったアイスピックで!」


 ようやく言えたと嬉しくなった私は、二の腕をもりっとさせ、アピールする。


「君が掘ったのか……あーなるほど。全て理解した気がする」


 殿下は一人笑みを漏らす。


「どうですか?」


「ああ、とても嬉しいよ。ありがとう」


 目を細めて笑う殿下は、まさに幸せそうだ。

 その顔を見て私はホッとする。


「殿下にどうしても大きいのをあげたくて、一日頑張ったんですよ」


「そうか。じゃあ毎日眺めるよ」


 そう言うと、殿下は私の腰に手を回し、ギュッと引き寄せて抱きしめた。そして私の頭に口付けを落とす。


 このまま甘いムードに流されそうになるも、私は殿下を両手で押しのける。


「ダメですよ、まだ話足りないんですから。この琥珀にはドラマが詰まっていまして――」


 私は今まで自分で口止めしていた分、タガが外れたように、シャーローゼ様とジュディを誘って採掘体験センターに行ったこと。それからユアン様との事、ついでに陽気な採掘マスターのおじさん達の事を面白おかしく殿下に伝えた。


 夢中になって一気に話し終えると、殿下は楽しそうに私を見て笑っていた。


「君は気付いていないかも知れないが、周囲を笑顔にする不思議な力があるよな」


「ないですよ。でもみんなが助けてくれるんです。だから得してるかも」


 自分ではそんな自覚はない。けれど、私は誰かに助けられて生きている。


 その事はこの一年で嫌というほど実感した。


「それに塔にいる時より、ずっと楽しいです」


 一人が楽。そう思っていた時もあったけれど、今は違う。もちろん面倒な時もあるけれど……。


「そういえば、昨日の殿下は疲れていただけですよね?」


 私はふと「あぁ、そうだな」を繰り返す人形になっていた殿下を思い出したずねた。


 すると殿下は、私の頬にかかる髪を後ろに流し、耳にかけてくれる。


「疲れていたのは確かだが、あれは……」


 珍しく殿下が言い淀む。その反応で私はピンときた。


「アヘンか何か」


 次の瞬間、殿下にデコピンされた。


「いたい」


「アヘンじゃない。あれは俺が自分の中に湧く、どす黒い感情と戦っていたからだ」


 殿下は恥ずかしそうに、片手で顔を覆った。


「どす黒い感情?どうしてですか?」


 私は殿下の言っている意味がわからない。すると、殿下は一度立ち上がりソファーに座り直した。そして私にもっと側に座るよう、ポンポンと座面を叩く。


 少し考えてから、私はお尻をずらしおずおずと殿下との隙間を埋める。自然とピッタリ寄り添う形になった。


「元に戻っただけでは?」


「いいから」


 殿下は私の手を取り、指を絡めてきた。もはや意味がわからない。


「昨日君が採掘の先輩だというユアンという男と話していただろう?」


「はい」


「とても仲良さそうに」


「はい、喧嘩してる訳じゃないですから」


 むしろ私はユアンさんを友人として普通に好きだ。


「勿論、君は彼に友人以上の気持ちを抱いてはいない。それはわかっているのだが」


 殿下は苦しげな表情で口を閉じてしまった。そんな顔をする彼が珍しくて私は思わず聞き返す。


「だが?」


「端的に言えば、嫉妬したんだ。あのユアンという者に」


 殿下は絡めた指に力を込める。


 嫉妬、確かにそう聞けば納得できる気がした。


「最近君は有給を取り、その日何をしたかについて敢えて触れないし、レイモンに聞いても首を振るばかりで話さない。いつもはおしゃべりな君が言い出せないなんて、何かあったのだろうかと」


 殿下は繋がれた手を見つめながら、ゆっくりと話しを続ける。


「色々と不安を感じていた所に、昨日君が彼と仲良く話していた場面を見た。しかも「また行きたい」と君が告げ、彼は「連絡する」と答えていた。それを目の当たりにしたら、君と彼への怒りが湧いてきた。だから口を開けば文句を言ってしまいそうで、黙っていようかと」


 殿下は「はぁ」と小さくため息を付く。


「すまない。大人気なかったな」


 謝罪を口にした殿下はまたもや、握った手に力を込めた。


 確かに殿下の口から聞くと、疑われても仕方がなかった状況だった気がしてきた。


 私としてはサプライズをしようとしていただけだ。けれどサプライズにこだわるあまり、一番大事な人を傷つけてしまうのは、本末転倒だと言える。


 それに私も今日、殿下がセンスが良くて、可愛らしい女の子達に囲まれているのを見てイライラした。しかも営業スマイルだとわかっていながら、殿下が他の子に微笑むのはとても嫌な気持ちだった。たぶんこれが嫉妬なのだろう。


「殿下、誤解させるような行動をしちゃってごめんなさい」


「いや、俺が……違うな。過ぎた事を考えるのはよそう。今度からは疑わしい行動だとおもったら、君に直接たずねる事にする」


「賛成です。私も殿下の浮気を疑ったら、すぐに問い詰める事にします」


 私も決意を口にして伝える。


「いや、俺に限ってそれはないだろう」


「私だってないです。でも殿下は意外とモテるんですよ?それに人の感情の機微に敏感で優しいから。ご自分がどれだけいい人か、人気があるか気付いてます?」


 昼間女の子達に対して向ける、殿下のキラキラした笑顔を見た時から密かに心配していた。殿下にその気がなくたって、あんなふうに笑顔を向けられたら、誰だってコロッと行くものだ。


 職務上、笑顔にならなければいけないのは仕方ない。だとしても、殿下は人に好かれる危険をもっと知っておくべきだ。


 だから私は「自覚しろ」と強めにくぎを刺すつもりで忠告したのである。


「もしかして……」


 殿下は意外そうな表情を浮かべ私を見つめる。


「不安なのか?」


「当たり前です」


「俺はわりと君に、気持ちを伝えていると思うが」


「そうだとしても、殿下がずっと側にいてくれる保証はないですから」


 心の叫びを口にし、私は恥ずかしくなり殿下の肩口に顔を埋めた。


 封印の塔に入る時も無理やり出された時も、あの時は一人でも平気だと思っていた。でも今はエメル殿下がいない世界で私は生きていける自信がない。だから出来たらずっと側にいて欲しい。


「そうか。君もそう思ってくれているんだな」


 殿下は私の背中を優しく撫でてくれた。思わず甘えるようにぐりぐりと頭を押し付けてみると、殿下がクスリと笑う。


「まるで猫みたいだな」


 その言葉に顔を上げ、私は殿下と至近距離で見つめ合う。それから、どちらともなくキスをした。何度も角度を変え、優しい口付けを繰り返す。私は離れがたいと思いながらも、殿下から唇を離す。


「お誕生日、おめでとうございます、エメル殿下。あなたが生まれてきてくれたこと、私を選んでくれたことに感謝します」


 私はそう伝え、エメル殿下の首に手を回す。


「ありがとう。ティアリス。偶然だな。後半部分は、俺も全く同じ気持ちだ」


 そう言って私を抱きしめてくれた殿下は、再び私の唇に甘い口付けを落としたのであった。

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