092 古代魔法フェスティバル5
ユアンさんとロイドさんが無事食事を終え、席を立ってから、一気に店が忙しくなった。
私は休憩も回さなければと、一人てんてこ舞いの忙しさで店内を駆け回っている。
「すまない。どうやら注文が違うらしい」
私に声をかけてきたのは、エメル殿下だ。
現在この店の司令塔ジュディがフローラ様と休憩中のため、撮影スポット化していた殿下も、もれなく接客に駆り出されているという状況だ。
そのため、今は休戦中。そもそも喧嘩した覚えもないので、休戦も何もないのだが、普通に会話が出来る状態というだけで、何だかホッとする。
「今から作り直してもらえるだろうか?」
殿下が持つトレイに乗るのは、『魔法の輝きフルーツサンド』という、彩り鮮やかなフルーツサンドだ。
「本当のオーダーは何だったんですか?」
「魔法使いの秘密のサンドイッチ」
ボソリと殿下が漏らす。よりによって、それかと私は思わず天を仰ぎたくなる。
「それは、今オーダーストップです」
具材となるローストビーフが足りなくなり、急遽宮殿のキッチンに在庫を取りに行っている所だからだ。
「困ったな……」
眉根を八の字にし、しょぼんとする殿下。
そもそもこのオーダーを取ったのは、休憩中のフローラ様だ。殿下は悪くないし、何ならフローラ様に任せた私が悪い。
「私が謝ってきます……って殿下狙いか」
私は該当の席にキラキラしい女の子の二人組が座っているのを見て、ため息をつく。
殿下の方をチラチラ見ては、隙あらばエーテルフォンで写真を撮ろうとしているからだ。
人手がギリギリの現在、殿下の撮影タイムは終了中。
一応店内では、本人の許可なく撮影してはいけないと、入店の際に説明しているし、店内にも注意喚起のポスターが貼ってある。
ルールーを守らない場合は退店をお願いする可能性があるとも記載してあるが、お祭りの雰囲気もあって、なかなかこちらから言い出し辛いというのが、現状だ。
「俺が行ってこよう。このフルーツサンドはどうする?」
折角謝罪に行く気になってくれている殿下には悪く思う気持ちもある。けれどマナーが悪い人に、私の大事なエメル殿下を近づけたくはない。
「殿下のせいじゃないし、私が持ってきます」
「でも君のミスでもないじゃないか」
「フローラ様に頼んだのは私ですから。殿下だって私やデミアン君の尻拭いをいつもしてくれますよね?」
「まぁ、そうだが」
「それと同じです」
私は言い終えると、渋る殿下の手から、フルーツサンドが乗った銀のトレイを奪う。
「大丈夫なのか?」
「流石に、オーダーミスでは、殺されたりしないと思いますよ?」
殿下は私のブラックジョークにギョッとした表情になった。
私は笑顔でひらひらと手を振ってみせ、オーダーミスをした席に向かう。
「お客様。大変申し訳ございませんが、現在ご注文頂いた『魔法使いの秘密のサンドイッチ』の方はローストビーフが切れてしまいまして……」
私は少し屈み腰を折り、申し訳なさを演出する。
まさか淑女の礼がこんな所で生きるとは。ありがとうグラント伯爵夫人と内心感謝する。
「えーそうなんだぁ。でもまぁフルーツサンドでもいいわよ」
「やっぱり写真通り、フルーツサンドも美味しそうだもんね」
キラキラ女子がなぜか嬉しそうな声を出す。
その態度と言葉に何となく違和感を覚えた。しかもまだ「タダで提供する」とは一言も告げていないのに、さもそれを手にしたような態度も気になる。
「代わりといってはなんですが、こちらの『魔法の輝きフルーツサンド』をご用意させていただきましたので、お詫びにどうぞお召し上がりください」
フルーツサンドをテーブルに置くと、相席している二人が堪えきれないといった感じで、クスクスと笑い声を漏らしている。
「わーい、やったーって、私達は本当は違うのが食べたかったのに」
「申し訳ございません」
「ふーん……ま、仕方ないからいいけど、そっちのミスなんだから、勿論タダよね?」
上から目線の物言いにイラッとしながらも、私は作り笑いを浮かべる。
証拠はない。けれどもしかしたら、本当はしっかり『魔法の輝きフルーツサンド』を注文していたのでは?という疑惑が私の中に沸き起こる。
フローラ様はちゃんと、フルーツサンドで注文を受けた。けれど彼女達が『魔法使いの秘密のサンドイッチ』がオーダーストップなのを知っていて、なおかつオーダーを担当した彼女がいないのをいいことに、わざと注文したと嘘をついているのではないか?
キラキラ女子達の態度や言葉から、ついそう勘ぐってしまう。
ただ、その推理が当たったとしても、結局の所フローラ様が休憩中なので今すぐ確認を取るのも難しいし、わざわざエーテルフォンで知らせる事でもないので、どうしようもない。
「勿論お代の方はいただきません」
私は申し訳ないといった雰囲気を装い告げる。
「やったー。じゃ私達が食べてるところを撮ってもらえる?そっちのミスで、こんなに太りそうなものを、食べる羽目になったんだし」
「可愛く取ってよね。って殿下も呼んできて。一緒に撮りたい」
二人からエーテルフォンを受け取ろうと、伸ばした手を思わず引っ込める。
「申し訳ございません。殿下は今の時間、撮影タイムが終了しておりまして」
「えー……さっき外で並んでいる時に撮影してた子いたわよ」
「ずるいじゃない。みんなに公平なお祭りなんでしょ?って、やだ。あなたもしかして殿下の婚約者の子?」
私の言葉を右から左に流した二人は、ジッと私の顔を見つめる。
笑みを浮かべつつ、よりによって、面倒な人達に気づかれてしまったと私は内心うんざりする。
「なーんだ。写真で見るよりずっと普通の子なのね」
「ほんと。すごい美人ってわけじゃないんだ」
二人は意味ありげに笑い合う。
正直その反応は慣れてるし、むしろカメラを持った男性に囲まれるシャーローゼ様や、女子が吸い込まれていく殿下を見ていると、普通で良かったとすら思う。
けれど、それにしたって「あなたたちよりマシ」程度には、何か言い返したい気持ちになる。
「すまないな。私の可愛い婚約者が君たちを困らせてしまったのかな?」
突然隣にエメル殿下がやってきて、私の腰を抱き込む。
「殿下?」
驚く私の代わりに、殿下は二人のテーブルの横に立ち、彼女達を見下ろす。
「彼女が何かしたのだろうか?」
唖然と固まるキラキラ女子に殿下は、彼女たちより遥かに上回るキラキラ度マシマシの、もはや凶器と化すほどの美しい笑顔で圧をかける。
「は、はいっ!いえ、とても可愛らしい方だなと」
「えぇ、フルーツサンドもタダでくれるって言うし」
さっきまでの私への態度が嘘のように、二人は背筋をピンと伸ばす。
「で、殿下、こ、この人たちは最初から『魔法の輝きフルーツサンド』を注文されていましたよ?」
隣の席に座るカップルの男性が勇気を出した、といった感じで私達に告げる。
どうしてそう思ったかと言うと、向かい側に座る彼女が、まるで応援するように、男性の手をしっかりと両手で握りしめていたからだ。
「私も言おうかどうか迷ってたんだけど、確かに可愛らしいホワホワとしたご令嬢の店員さんに、『魔法の輝きフルーツサンド』を注文しているのを聞いたわ」
反対側に座っていた老夫婦の御婦人の方が、はっきりと証言してくれた。
チェックメイトだと、私は内心ほくそ笑む。
「一体それはどういうことかな?」
殿下がまたもや笑顔で圧をかける。
高貴な人からの圧は、どんな人にも効果てきめん。
「わ、私達、本当にオーダーストップのやつを頼んだし」
「もう、食欲がなくなっちゃった。いこっ」
キラキラ女子達は涙目になると、荷物を奪うように持ち、そそくさと出て行った。
「しっかりと君に謝罪をさせたかった」
彼女達が店を出ていくのを確認し、殿下は眉を下げる。
「大丈夫ですよ。謝ってもらっても面倒だし」
あのキラキラ女子達は、謝る気なんか更々なかっただろうけれど。
「いや……君を傷つける者は誰であろうと許さないと決めている、俺のポリシーだ」
殿下は小声で呟くも、店内は何の騒ぎかと、皆がこちらに集中しているわけで。
おまけに殿下は未だ、私の腰を抱えたままという状況。
凄く嬉しいし、私だって殿下に抱きつきたい気持ちでウズウズしてるけど。
「えーっと……あの……殿下、お気持ちは嬉しいのですが、この手を離していただけると」
「あ、すまない」
殿下はそういうと、慌てて腰に回した手を離した。
「いえ、大丈夫です。それよりお騒がせして申し訳ありませんでした」
私は店中を見渡すと、静かにこちらを見守るお客様に頭を下げた。
「お二人の仲睦まじい姿を拝見できて、とても幸せなお食事になりましたわ」
先程オーダーミスではないと証言してくれた夫人が、優雅に微笑む。
「ほんと。彼氏のいい所も見れたし、謝る必要なんてないですよ。そうだよね?」
向かい側に座っていた、最初に勇気を出してくれたカップルがお互いの顔を見て頷き合う。
その瞬間、誰が最初にやりだしたのかわからないけれど、パチパチとまばらな拍手が沸き起こった。そしてその拍手の輪が広がり、いつの間にか店内に拍手の音が響き渡る。
どうやらみんなの生暖かい視線から察するに、私達に向けられているもののようだ。
「あっ、いえ、そんな……お騒がせして申し訳ありませんでしたっ!ほらっ!殿下も謝って!」
私は恥ずかしくなって、慌てて殿下の腕を引っ張る。
「あ、あぁ。ゆっくりしている所をすまなかった」
殿下は訳がわからないまま、私に促され、申し訳なさそうに頭を下げる。
「お二人共とってもお似合いでしたわ」
「うんうんっ!」
「これで帝国も安泰だな」
「おめでとうございます!!」
パチパチと店内に鳴り響く拍手の音の中、お客様からも暖かい声がかけられる。
「ありがとうございます」
私はもう一度頭を下げると、殿下の方を向き直る。
「殿下も助けてくれて、ありがとうございます。って事で仕事しましょう!」
きっと今の私は火山が噴火しそうなほど顔が赤い。
恥ずかしさが限界値を超え、私は殿下に仕事に戻ろうと促す。
「君は偉いな」
焦る私を尻目に、エメル殿下は笑顔で私の頭を優しく撫でたのであった。




