094 百五十年後に成し遂げたこと
花が咲き誇る中、様々な形をした墓石が立ち並ぶ。
陽光が柔らかな光を投げかけ、墓地全体をやさしく包み込む。
風は静かに吹き抜け、木々の葉がそよぐ音が聞こえる。
そんな中、私はエメル殿下と東墓地を訪れていた。
聖騎士、エリオドア。
聖女クラリス。
拳闘士ウィルマー。
魔法使いメレデレク。
百五十年前。
世界を救うために一緒に戦った、かけがえのない仲間たち。
花を抱えた私は、仲間の名が刻まれた墓跡の前に立つ。
吹き抜ける風が、肩で切り揃えた私の髪をふわりと揺らす。
柔らかい風を肌に感じながら、私はみんなの墓石の前に花を手向ける。
「前回ここを訪れた時のこと、覚えていますか?」
私は殿下にたずねる。
「あぁ」
殿下は小さく頷く。
「あの時の君は、一人この世界に取り残された事を嘆き、まるで子どものように泣いていたな」
「えぇ」
あの時は、変わり果てた現在に馴染めず、この先に続く未来のことまで考える余裕がなかった。
だけど、あの時この場所で、泣きじゃくる私の背中を押してくれたのは、今となっては最愛の人であるエメル殿下だ。
『君は頑張って、この時代を最後までしっかりと、生きぬくべきなんじゃないのか』
力強く私にその言葉をくれたから、私は顔をあげる事が出来た。
「信じて良かったです」
「ん?何を?」
「エメル殿下のあの言葉」
私はそう言って、エメル殿下に小さく笑ってみせる。
「あぁ。そう言えば、そんな事も言ったな」
エメル殿下は照れ隠しなのか、頬を人差し指でかきながら視線を逸らした。
私はその様子にクスッと小さく笑い、それから瞳を閉じて大切な人たちの名を思い出す。
私の初恋、エリオドア様。
正しくあれと導いてくれた、クラリス様。
いつだって笑顔をくれる人、ウィルマー。
それから言葉足らずの、だけど私の誕生日を、唯一覚えていてくれたメレデレク。
一緒に旅をした彼らがいない世界なのに、今もこうして私は生きている。
しかも、この世界に生きているほとんどの人々は、私の事を魔女ティアリスではなく、ただのティアリスとして受け入れてくれている。
だから、英雄であることをやめた今の私は、あの頃よりずっと自由で身軽だ。
「これから私は、自分のために生きることにする」
今はそれが許されている時代だから、私は迷わずそれを選択する。
「そうか」
エメル殿下は、穏やかに優しく微笑む。
「はい。なので、私は大好きな人たちの守りぬいた先に続く百五十年後の今を、心底楽しむことにします」
それが私の出した答えだ。
もう迷わない。
それからあとひとつ。
「私は今の時代につなげようと、頑張っていた名もなき英雄の話を書き記したいと思います」
私はパトーラに帰省した時に抱いた思いを、形にして残したいと思う。
語り継がれるべく人は、私たちの他にも沢山いるから。
そしてそれを知る人は、私しかないのだから。
私は墓石に手を触れ、誓うように呟いた。
するとその時、冷たい風が吹いてくる。
ひんやりとした風が頬を撫でると同時に、墓跡から淡い光が立ち上がる。
その光はやがて集まり、人の姿を形作る。
『ティアリス』
懐かしい声と共に現れたのは、エリオドア様だった。
「エリオドア様!」
私は思わずその名を呼ぶ。
『ティアリス、よく頑張ったね』
エリオドア様はそう言って微笑む。
『君は、目標を見つけたんだね』
私は頷く。
『ようやく素敵な人を見つけたみたいだし』
そう言って微笑むのはクラリス様だ。
『ティアリス、出会いを大切にしろよ』
ウィルマーも笑顔で言う。
私は大きく頷く。
『ティアリス、あの時言えなかったけど、誕生日おめでとう』
少し照れたようなメレデレクが私に語りかける。
「うん、ありがとう」
私は首を縦に振って頷く。
「私は塔に籠もってよかったよ。だって今幸せだから」
私はずっと伝えたかったことを口にする。
すると四人は私に優しく微笑むと、淡い光と共に消えていった。
「大丈夫か?」
エメル殿下は心配そうに私を見る。
私は静かに首を横に振る。
「大丈夫です。ただ、幸せだなって」
私はエメル殿下にそう言って微笑む。
すると、エメル殿下も照れたように、だけど嬉しそうに笑う。
「そうか」
それから私たちは、しばらく四人が消えていった場所を眺めていた。
「以前ここにきた時、君はそうは思っていなかったかも知れないけど」
突然エメル殿下が、私に向かって口を開く。
「あの時から、俺は君のことを自分にとって、特別な子だと思ってた」
突然の言葉に私は驚き、思わずエメル殿下を見つめる。
「そう、だったんですね。私はあの時たしか……」
私が当時を振り返ろうとすると、エメル殿下が私の唇に指を当てる。
「思い出さないでいい。きっとろくでもない男だと思っていただろうし」
エメル殿下は苦笑いを浮かべる。
「そんな事」
ないですよ、と言いかけて私は言葉を止める。
確かにあの頃の私は自分のことで精一杯で、エメル殿下のことは、親切だけれど良くわからない迷惑な人だと思っていたような。
「お、図星か?」
エメル殿下は楽しそうに笑う。
私はムッとして言い返す。
「そんな訳ないじゃないですか。私だってエメル殿下が特別だって思ってました!」
私は思わずそう口にしていた。
エメル殿下は、驚いたように私を見る。
そして、嬉しそうに笑う。
「嘘つき」
「まぁ、でも嫌いではなかったですから」
それは嘘じゃないと、私は主張する。
エメル殿下はそんな私を見て微笑むと、私の髪をそっと耳にかける。
その仕草に私はドキッとして、思わず視線を逸らす。
するとエメル殿下は私の顎に手を添えると、視線を合わせるように持ち上げた。
「ティアリス」
名前を呼ばれ、私が顔をあげる。
「俺はやっぱり君が好きだ」
「私だって、エメル殿下が好きです」
「ありがとう」
少し照れた顔をした、エメル殿下の美しい顔が近づいてくる。
私はそっと目を閉じてスタンバイする。
そして、そのまま唇が重ねられた。
私はここが墓地であることをすっかり忘れ、頭のてっぺんからつま先まで幸せで包まれる。
もしかしたら、綿菓子みたいな、ピンクのふわふわが体から放出されているかも知れない。
不謹慎極まりないけれど、愛する人とのキスは、それくらい幸せになれることなのだから仕方ない。
『ティアリス、お幸せに』
四人の揃った声が風に乗って聞こえてきた気がした。
それはきっと気のせいではないはずだと、私は思う。
だって、こんなにも優しい風なのだから。
百五十年ぶりに、塔の外に出た、かつて英雄と呼ばれた私。
そんな私が現代で成し遂げたのは、世界を救うなんて、そんなだいそれたことじゃなかった。たった一人、世界で一番愛する人を見つけたこと。
スケールの違いに笑ってしまいそうになる。
だけどたった一人、愛する人を見つけることは、世界を救うくらい大変だった。
「すまない……少し不謹慎だったな」
少し照れた様子のエメル殿下がシュンとした表情になる。
「私も幸せを噛みしめていましたから、同罪です」
私はエメル殿下に微笑んでみせる。
そんな私につられたようにエメル殿下も笑顔になった。
「じゃあ、そろそろ行くか」
エメル殿下が私に手を差し出す。
「はい」
私はその手を取り、墓地を後にする。
そして、私たちは新しい時代を生きていく。
百五十年の時を経て、巡り会えた私たちの物語はまだ始まったばかりなのだから。
◇おしまい◇
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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次回作も執筆中なので、近日公開できるように頑張ります。
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