090 古代魔法フェスティバル3
採掘の先輩、ユアンさんと挨拶を交わしていた現場を殿下に見られた。
でもそれは、誰もがそうするように友人と会話をしていただけ。だから巻き込む事はないと、デミアン君に堂々と告げた。
だってその時はそう思っていたから。
まさかこんなふうになるなんて、と私は一人、殿下を前に困惑している。
現在私は古代魔法フェスティバルの前夜祭を終え、屋敷のサロンでまったりしている所だ。
普段なら、人払いして二人きりでまったり過ごし、明日への英気を養うスペシャルな時間であるはずなのに、今日は殿下の様子が明らかにおかしい事になっている。
「今日は、営業時間が短かったからまだ元気ですけど、明日は一日中だから、ちょっと疲れちゃいそうですよね」
ソファーに腰掛けた私は、エーテルフォン片手に殿下に話を振る。
エメル殿下は、肘掛けに背中をもたれかけ、長い足をこれ見よがしに伸ばし、リラックスした様子で新聞を読んでいる。
「あぁ、そうだな」
しばし待ってみるも、返事はそれだけ。
新聞をこれ見よがしに広げ、まるで私から顔を隠すようにしている殿下は何か変だ。
「明日は殿下の誕生日ですね」
「あぁ、そうだな」
「殿下はもう二十四歳になるんですね」
「あぁ、そうだな」
「明日の天気はどうなんですかね」
「あぁ、そうだな」
うん。絶対上の空で間違いない。
それでもめげず、私は必死に話題を絞り出した。
「殿下、今日は少しお疲れのご様子ですね」
「あぁ、そうだな」
壊れた人形かッ!と心の中でツッコミながらも、頑張って笑顔を保つ。
「明日は朝から忙しいですけど、頑張りましょう」
「……あぁ、そうだな」
ダメだ、でも諦めるな私!諦めたらそこで試合終了だ!
なんて、「今や使い古された言葉ですよ、先輩」などと、デミアン君に笑われた文言を胸に抱き、私は話題を探す。
「あ、そういえば殿下のお誕生日プレゼント、何が欲しいか結局教えてもらえませんでしたね」
「あぁ、そうだな」
お手上げだ。誰か助けて。さすがに傷つくんですけど。
もはや泣きたい気分で途方に暮れる私。
すると新聞の向こうから顔を半分だけ出した殿下が、こちらをチラリと確認し、ボソリと呟いた。
「無理するな。俺は何もいらないから」
それだけ告げると、サササとまた、新聞の影に隠れてしまう。
どうやら、そういう気遣いはしてくれるらしい。私は仕方なく、単刀直入に問いかける。
「殿下はどうして私の事を避けてるんですか?」
「…………」
返ってこない返事に、殿下の顔を見る。でも新聞で見えないから意味がないなと早々に諦めた私は、ソファーの背に身を預けた。
私は困っている。そして手元にはエーテルフォンとくれば、頼りになるのはあのお方しかいない。
閃いた私は犬のマークでお馴染みのアプリ『チャットチャットン君』を開く。
『隣にいる婚約者が私を無視します、どうしたらいいですか?』
私は早速チャットン君にたずねる。すると画面に文字が即座に現れる。
『婚約者が無視するという状況は、関係に問題があることを示唆しています。コミュニケーションを試みてはどうでしょうワン』
バージョンアップがきたせいで、なぜか語尾に「ワン」を不自然につけるようになってしまった、可哀想なチャットン君が教えてくれた。
この改悪なバージョンアップは、神が私たちに授けた聖人への冒涜でしかない。
しかも、コミュニケーションを試みろと言うけれど、今まさに話しかけて無視同然の態度を取られたばかりだ。
『他に何かいい方法はありますか?』
するとまた、瞬時に返事が表示された。
『無視は一般的に、拒絶や不信感、不安などの心理から来るものです。無視された側は、とにかく自己開示して相手の話を聞くことで、信頼関係を築くことが重要ですワン』
なるほど。これは実践してみる価値がありそうだ。
『なるほど!ありがとうございました。早速実践してみます!』
私はお礼のメッセージをチャットン君に送り、隣で黙り込んでいる殿下にもう一度話しかけようと体を向ける。
すると殿下は新聞をお腹の上に置き、スヤスヤと寝息を立てていた。
「…………」
私は絶句して、それからそっと体をずらし、殿下の寝顔を見下ろす。
「やっぱり、疲れてたんだ」
あまりにも平和な寝顔に拍子抜けしつつも、私はホッと胸をなでおろす。
どうやら疲れていただけのようだ。だから私の話を聞きながら、うとうとして、壊れた人形のようになってしまったのだろう。
「デミアン君が嫉妬してるとか言うから、焦ったじゃない。殿下はそんな事で嫉妬なんてしない、寛大な心をお持ちなんだから」
私はひざ掛けを殿下の体にかけ、ソファーの背に体を戻す。それから、天井を見上げて目を閉じる。
そんな私の脳裏をよぎるのは、やっぱり迫りくる殿下の誕生日の事。
喜んでくれるだろうかとか、今度採掘体験に一緒に行こうと誘ってみようとか、知り合ったおじさん達の事とか、ユアンさんの事とか、殿下に早く話したい。
このまま日を跨いだら、私が殿下を起こしてあげて、それで一番に「おめでとう」を言おう……。
そんな事をぼんやりと考えていたら、私もついうっかり寝てしまったようだ。
次の日の朝、自分のベッドで目が覚めて「ワープしてる!!」と私は目を丸くしたのであった。
◇◇◇
古代魔法フェスティバル二日目。実質今日が正念場だと言える。なぜなら今日の開催時間は朝から晩まで。つまり丸一日となっているからだ。朝早くに殿下と共に屋敷を出て、車で移動しながら軽いサンドイッチの朝食を取る。
今日は頑張らなければと、私は昨日にも増して気合を入れて会場に繰り出したつもりだったけれど。
「先輩、まさか喧嘩してるんですか?」
すでに魔法使いのコスチュームに身を包む、やる気溢れるデミアン君に心配される始末。
「まさか。してないよ……と言いたいところだけど、殿下の様子がおかしいの。変なクスリでもやったのかな?まさかアヘン?」
本気で心配していると、デミアン君は心底呆れた様子で「先輩って……」と言いかけて口をつぐむ。
「一応ね「ああ、そうだな」の呪いは解けたんだけど、今度はずっと心ここにあらずといった感じ。あれはおかしいって」
「あぁ、そうだなの呪いって……」
デミアン君がこちらを見る視線に「こいつ馬鹿だなぁ」といったニュアンスを感じ、私はムッと口を結ぶ。
「そもそも昨日先輩が仲良く話していた彼、あれは友人だと、しっかり殿下に説明したんですか?」
「してないけど?」
私の返事にデミアン君は天を仰いだ。
「だって、昨日は会話らしい会話をしてないんだもん。殿下が「あぁ、そうだな」しか言わないで寝ちゃったから。それに聞かれなかったし」
私は状況を端的に説明する。
デミアン君は「まじで?」と短い返事を返すと、深いため息をついた。
「とにかくちゃんと話した方がいいですよ」
「でも今日は忙しいよ?」
「まぁ、確かに」
デミアン君と私は、お互い微妙な表情を見せ合ったのであった。




