089 古代魔法フェスティバル2
古代魔法フェスティバル一日目となる前夜祭は、日暮れの少し前から始まり、夜十時までが開催時間だ。
開始直後は慌ただしいのと、こっちも慣れない事ばかりで、てんやわんやだった。けれどあたりの日が落ち、夜空に月が輝く頃になると、だいぶ客足も落ち着いてきて、私達にも余裕がでてきた。
すでに残すところあと一時間で本日は終了。
「早く湯船に浸かりたいかも」
泣き言を口にしながら、空いた席の魔法陣を模したテーブルクロスの上に、ランチマットを敷いていると。
「メインステージでは、フローラ様が詩を朗読してるよ」
デミアン君に教えてもらい、私はテントの外に視線を移す。
広場の一角に設置されたステージでは、この日メインとなる演目が行われているようだ。会場となった広場の周りにはステージ以外何もないため、多くの人が集まっていた。
実はこのフェスティバルには朗読コンテストという物があり、私達の勧めで出演したフローラ様が、まさかの二位を取ったのだ。
最初はもちろん「わたくしは無理ですわっ!」と頑なに拒んでいたが、ジュディの「何事も挑戦です、フローラ様!」の応援で参加を決意し、彼女は立派な成績を残したようだ。
「あのフローラ様が二位か」
フローラ様の、まるで小鳥のさえずりのような美しい声が、風に乗って聞こえてくる。
「なんか、すごいなぁ」
私は誰ともなく呟く。
彼女とは偶然出会い、助けてもらって今がある。
じめじめして、薄暗くて、不衛生で、お手洗いに行けなくて。人生でわりと三本の指に入るほど酷い目にあった時、私を救ってくれたのは彼女とジュディを含むメイド仲間と殿下だ。
出会った時はおどおどしていて、出来るだけ目立たないよう、そんなふうに生きていたフローラ様は私を助けてくれた。
私は、あの時勇敢な行動を起こせたフローラ様こそが、彼女の本当の姿だと思っている。
だから今こうして家族の呪縛から解き放たれ、生き生きと新たな事に挑戦するフローラ様を見ていると、何だかとても嬉しい。
そう思うのは自分の境遇に少し似ているからかも知れない。
私も封印の塔にいた時、もう二度と出られないと思っていたから、諦めの気持ちで生きていた。そして、今の時代に降り立った時。あまりに常識がかけ離れていて混乱し、頼れる仲間もいなくて、こんな世界では生きていけないと泣いた。
でも今は、出会ったみんなのお陰で、私は塔を出られて良かったし、生きていて楽しいと感じている。
そう思えるのは、こうして穏やかな日々を繰り返せているからだろう。
「つくづく今が平和な世の中で良かった」
思わず感情を込めて呟く。
「あざーっす、英雄どの」
デミアン君が私の呟きに反応して、おちゃらけた返事をしてきた。
「もう、お調子者とは、デミアン君みたいな人のことを言うよね」
私は数時間前彼に「惚れた弱み」と言われた仕返しをする。
「そうだ、デミアン君は休憩とかいいの?今なら行けると思うよ」
私はデミアン君に休憩を勧める。
デミアン君は今日、私とずっと一緒に給仕の業務についていた。気付けばお互いに休憩していないという状況だ。
そろそろ関係各所の挨拶周りに駆り出されているエメル殿下も戻ってくるだろうし、行くなら今がチャンスだと思い声をかけた。
「あと一時間くらいで終わるし、別に約束してる子もいないし、いいですよ」
「え、彼女とかいないの?」
私は意外に思ってたずねる。
なぜなら彼はホストクラブで、ナンバーワンを取るくらい女性に人気があったからだ。
その記憶のせいか、私は勝手に彼は女性を選び放題なんだと思っていた。
「いい人がいたら紹介して下さいと頼みたい所ですが、流石に女性と付き合うのは、しばらくいいです」
肩をすくめるデミアン君。
「そっか。まぁ、その気になればデミアン君はすぐ彼女できそうだしね」
別にモテる人は焦る必要はないのだろう。
その余裕さが、羨ましい限りだ。
「あ、でも」
彼は思い出したように、声を上げた。
「先輩が殿下に愛想をつかして、いや違うな。殿下が先輩に愛想をつかして、もしティアリス先輩がフラれたら、僕が付き合ってあげてもいいですよ?」
ニコリと悪びれず微笑むデミアン君。
私は無言で、彼のお腹に軽くパンチを入れておいた。縁起が悪い事を口にした罰だ。
「うっ、暴力反対」
デミアン君はわざとらしくお腹を抱えよろける。
「大袈裟だから」
私は薄目で指摘する。
「ティアリスさん。うぃーっす!」
後ろから声をかけられ、私は振り向く。
するとそこには、お世話になった人の顔があった。
「え、ユアンさん?」
私は久しぶりに会った、採掘の先輩ことユアンさんを見て驚く。
「今日は友達と来てて、ティアリスさんがいたから、声をかけにきた」
「わざわざありがとう。じゃ友達とお茶でもしてく?」
私はすかさず、営業をかける。
「悪い、友達が出店しててさ、そっちにも顔出さなきゃ行けないんだ」
申し訳なさそうに、ポリポリと頬を掻くユアンさん。
「なら仕方ないね。気にしないで」
「そうだ、また機会があれば一緒に。みんなもまた君に会いたいって言ってるし」
私の側に立ち、聞き耳を立てているデミアン君の視線を感じてか、ユアンさんは採掘の事をあえて濁し、私に伝えてくれる。
サプライズプレゼントなので、その気遣いは有り難い。なんせデミアン君にバレたら、殿下に筒抜けになるのは確実だから。
それに丁度私も、今度は殿下と採掘に行きたいと思っていた。その時、あそこで知り合った人達と会えるなら嬉しい。
「私もまた行きたいな」
「じゃ。連絡する」
「うん、色々ありがと。お祭り楽しんでね」
「そっちも、頑張れ」
ユアンさんと私は笑顔で手を振り合う。
私は久しぶりに会ったユアンさんが元気そうで良かったと安堵する。
「ふぅん、連絡するだってさ。ティアリス先輩、モテモテじゃないですか」
ユアンさんの背中を笑顔で見送る私に、デミアン君が茶化すように言った。
「何言ってるの?彼とはお友達なだけ」
私は澄まし顔で返す。
「殿下が見たら、嫉妬しそう」
「するわけないし」
私はこの話はおしまいとばかり、テーブルの上に乗せられた紙ナプキンの補充に戻る。
「うわ、殿下が怖い」
「え?」
デミアン君に言われて顔を上げると、テントの反対側、物陰に隠れるように殿下が佇んでいた。
そして私と目が合うと、ハッとした表情を浮かべたのち、サササとバックルームに消えて行った。
「今のなに?」
「あれは先輩の浮気現場を目撃し嫉妬してた顔ですね。そしてそんな自分を恥じて隠れたに違いない。ま、バレバレだったけど」
まるで探偵のように、デミアン君が殿下の不可解な行動を分析する。
「でも、ユアンさんは友達で先輩だし」
「わりと仲良さげに見えたけど。誤解されても仕方がないくらいには」
デミアン君に指摘される。しかし私だって別にやましくないから、普通に接しただけだ。そもそも嫌いでもないのに、ツンツンと塩対応しなければならない理由はない。
「お願いだから、今回は僕を巻き込まないで下さいね、先輩」
デミアン君に念を押される。
「何もないし。だから巻き込む事もありません」
私はきっぱりと答えたのであった。




