087 採掘体験2
帝国が運営する琥珀採掘体験場。その名もトレジャーランドにて、「エメル殿下ヘの誕生日プレゼントを掘り起こしてやる」とやる気満々になった私。
「じゃ、これを一人一本ずつ。お互い殺し合っちゃだめだよ」
ユアンさんはブラックジョークを織り交ぜつつ、私達にアイスピックを渡してきた。
「まぁ、初めて見ましたわ。一体これはどう使いますの?恐ろしいほど尖ってるわ」
まさかアイスピックをしらないとは。
お嬢様というのは、フローラ様のような人の事なのだなと妙に納得してしまう。
「フローラ様、手を気をつけて下さいね。ツンと指先を刺されたら永遠の眠りにつくかもしれませんから」
フローラ様が鋭く尖った先端に、早速指で触れようとして、眠り姫の物語にたとえたジュディに阻止されている。
実にわかりやすい説明だし、フローラ様を怯えさせるには効果てきめんなようだ。
「コツとかあるんですか?」
アイスピックを地層が出ている所に刺して探す。何となくそんな感じだろうと、すでに掘り始めている人のやり方を見て理解した。ただ、今回私は手ぶらで帰る訳にはいかない。出来たらサクッと入手できる攻略法を教えてもらいたい。
「まずは適当な大きさの石が並ぶ層を探すんだ。こんな感じの。大きな琥珀はこの石灰のある黒い地層から発見される事が多いとされているから」
軍手をしたユアンさんが指差す先には、確かに大小さまざまな石が積み上がった感じの層になっている。ただしどれもすでに誰かに掘られた後なので、表面がかなり凸凹になっている。
「ここら辺から始めようか」
そう言いながらユアンさんがグサッ、グサッとアイスピックを石の層に刺していく。
ボロボロと古い角質が取れるように、石が砕けて水気を帯びた砂利になる。
「あ、ほら見て」
私達はユアンさんを囲む。するとユアンさんの爪ほどもない、小さな黄色い塊が彼の軍手の上に乗せられている。
「これが琥珀」
「まぁ、とても小さいわ」
フローラ様が私の心の声を代弁してくれた。
まぁ私は「ちっさ!」と言った感じだったけど。
「ティア、頑張れ」
これは大変そうだと、即座に察知したらしいジュディは苦笑いを浮かべ、ポンと私の肩に手を置いた。
「とにかく目を凝らして、グサ、グサやるしかないってことか」
私はユアンさんの動きを真似て勢いよくアイスピックを地層に刺す。
「うわっ!」
するとアイスピックの先端が硬い石に当たって、私の体ごと跳ね返る。
「おっと」
ユアンさんが軽く支えてくれたので、何とか尻もちをつかずに済んだ。
「ありがとうございます」
私は即座にお礼を口にする。
「見てて」
ユアンさんはアイスピックで、サクッサクッといとも簡単に石を突き刺す。
しばらくその様子をジッと観察していると、どうやらそんなに力は入れていないようだという事がわかる。地層の間から崩していく。そんな感じだ。
「つまりミルフィーユの層をフォークで剥がす感じか」
私は頭の中にそのイメージを描きつつ、アイスピックを石の層に突き立てていく。するとボロボロと地層が剥がれ落ち、いい感じに掘り進める事が出来た。
「なんかコツ、つかめたかも」
私はだんだん楽しくなってくる。
「へぇ、やるじゃん」
ユアンさんは横に並ぶ私をチラ見しながらも、しっかり手は動かし石の層を剥がしている。
「ユアンさんは、どうしてこの場所を知っていたんですか?」
私はずっと疑問に思っていた事をたずねる。もちろん琥珀チャンスに溢れる地層を凝視し、しっかりと手を動かしながら。
「あぁ、俺はこの街の出身だから。親父が隣の採掘場で働いてたんだ」
働いてたという言い方が、色々とこちらの想像を良くも悪くも膨らませてしまう。
「そうなんですね。お父上は今も採掘場に?」
「いや、三年くらい前に病気で亡くなった」
「す、すみません、不躾な事を聞いてしまいました」
私は嫌な方の予想が当たってしまったと、慌てて発掘する作業を止める。
「いや、いいよ別に。気にしないで。多分幸せな人生だったと思うし。俺ももう成人してるし、親父の死は受け入れてるから」
「そうなんですね。私は幼すぎて両親が亡くなった事も覚えてないんです」
「そっか孤児なんだもんな。俺はまだ母親は元気。大学出たのに、ちゃんと就職しないから、遊んでないで戻って来いってうるさい」
「言われるうちが花ですね」
「確かに」
会話をしながらもユアンさんの手は止まらない。これが経験の差というやつかと内心思う。
「まぁ、これは琥珀かしら?まんまるだもの」
「それはただの石ころですね」
ジュディとフローラ様はいつもの調子で、採掘をしているようだ。
「こうやって掘ってるとさ、何か無心になれていいんだよな。やなことも全部忘れるっていうか」
ユアン様がやっぱり手を動かしながらボソリと漏らす。
「その気持はわかるような気がします。普通に過ごしていたら、無心になる事なんてそんなにないですもんね」
「そうなんだよ。って俺が君の邪魔しちゃってるか。ごめん、ごめん」
ユアンさんはハハッと軽く笑いつつ私に謝る。
「いえいえ、楽しいです」
そんな他愛もない会話をしつつも掘り進めること数時間。アイスピックを持つ手がジンジンしてきたし、肩も腰も痛い。体は限界を訴えてきているのに。
「出ない」
私は絶望感満載で、その場にへたりこんでいた。
琥珀が見つからなかった訳じゃない。小指の爪程度の物はいくつか発見できた。けれど私が狙うのはもっと大きいもの。
出来たら琥珀の中に、太古の生物でも埋まっていたら最高だ。
しかも採掘の先輩、ユアンさんですら小粒の物しか発見出来ないという現実。
「もう少し大きな物が出ると思ったんだけどなぁ」
掘るのを辞めたユアンさんは、申し訳なさそうな顔で、紙コップに入った冷たい紅茶を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
意気消沈しつつも、紙コップを受け取り口に含む。
「お土産センターに、加工済みのものは売ってはいるけど、それじゃダメなんだよね?」
遠慮がちにユアンさんが私に声をかける。
もうそれでもいい気がしてきた。
無心で掘る事が楽しかったし、いい気分転換にもなったから。
「出来れば私が掘り当てたかったんですけど、そうそう上手く行きませんもんね。お土産センターのやつを見て、いいのがあったらそれに……ん?」
座り込んだ私の視線の先。
黒い砂利の中に黄色く光る小さな石が見える。
「さっきは気付かなかったけど」
私は紙コップを傍に置き、再度アイスピックを手にする。そして、ガッガッと黄色の輝きの周囲を掘ってみる。
すると想像してた以上に、琥珀の面積が奥に広がっていく。
「これは……」
きたかもと、期待する気持ちになる。そして該当の石を傷つけないように、私は周囲の砂利をそっとほじくり返す。
その作業に没頭すること数分。
「当たりだ、おめでとう!」
私の手の平にポロンと落ちてきたのは、雫型の琥珀。今日掘った中で一番大きい物だ。
「透かして見て」
ユアンさんに言われるがまま、私は掘り当てた琥珀を指で摘み、空に翳す。
すると暮れていく太陽の光を受け、美しく黄金色に輝いている。残念ながら、太古の虫は混入していなかった。けれどこの石は、私が生まれるよりはるか昔、何千年も前のもの。それが自分の手によってこの時代に掘り起こされたと思うと、感慨深い気持ちが込み上げてくる。
「まぁ、とうとう発見なさったのね!」
「うわぁ、綺麗。おめでと、ティア」
フローラ様とジュディが私を囲み、一緒に喜んでくれる。
「おっ、嬢ちゃんやったな!」
「中に虫はいるのか?」
「残念ながらいないみたい」
琥珀を太陽に透かし、達成感と共にうっとり見つめる私の代わりにユアンさんが答えてくれる。
「一日中泥まみれになって掘り当てた琥珀だ。虫はなくとも、殿下も喜ぶんじゃねーか?」
「頑張ってたもんな、おめでとう」
「良かったな、見つかって!」
一瞬にして、採掘体験場が活気に包まれた。
何だかんだ、たわいもない話をしながら、一緒に掘っていたおじさん達。気付けばお昼もみんなで輪になってお弁当を食べたし、おやつも一緒に食べた。
年齢もバラバラで、昨日まで知らなかった人。それなのに、今はまるで長い旅を共にした仲間のように感じる。
達成感溢れる、こんな気持ちは久しぶりだ。
「ありがとうございます。殿下にも採掘マスターの皆様がアドバイスしてくれたお陰だって、ちゃんと伝えておきますね!」
私はお礼と共に満面の笑みを返したのであった。
それからみんなで記念撮影をして、採掘場を後にした。
「私、とっても楽しかったです。こんな清々しい気分になれた日は、生まれて初めてかも知れません。ティアリス様、皆様、ありがとう」
名残惜しそうに、フローラ様は見送る人に車の中から手を振りながら、そんな言葉を漏らす。
「フローラ様、世の中にはまだまだ楽しい事はいっぱいあるんですよ?」
懸命に手を振るフローラに、ジュディが少し涙ぐみながら言葉をかける。
「こちらこそ、ありがとう」
私もおじさん達に大きく手を振る。
もう二度と会わないかも知れない。それでも今日はみんなで大きな琥珀を掘り当てようと、励まし合い、団結し、私達は彼らと仲間になった。
「一生、今日の事は忘れないだろうな」
別れ難い気持ちで手を振りながら、心からそう思った。
「ユアンさん、ありがとう」
今日の経験が出来たのは、彼のお陰だ。私は心から感謝の気持ちを込め、お礼を口にする。
「お役に立てて良かった。俺も楽しかったし、こちらこそありがと」
ユアンさんも私にお礼をしてくれた。
「疲れてるのに、運転もありがとうございます」
「ドライブ好きだし、苦じゃないから気にしないで」
ハンドルを握り、真っ直ぐ前を向き、ニコリと微笑むユアンさん。そんな彼は、帝都のフランケンシュタインカフェで見た時よりも、ずっと清々しい表情をしていた。
「たまには、外に出るのも悪くないな」
体はぐったりしつつも、心は軽い気持ちに包まれていた私は、今度はエメル殿下を誘ってみようと心に誓うのであった。




