085 困った時のシャローゼ様2
流行に敏感なシャローゼ様に連れてこられたのは、フランケンシュタインカフェ。ただし今は期間限定で、メレデレクバージョンになっているという、もはや訳の分からないお店だ。
赤いソファーがL字型になった角の席に通され、私達は何とか注文を終えた。
因みに私が注文したメニューは『無罪放免サラダ』と『不完全な生き物』で、シャローゼ様は『生命発生の原因』と『命は苦しみの積み重ね』を頼んだ。
その独特なネーミングセンスを一語一句間違えずに言えと叱られ、カチンと来た私は、ナプキンを椅子に投げつけて帰ろうかと思った。
わりと本気で。
ただ、ここはそういう事も含め、エンターテイメントとして楽しむお店なので、そのツンツンした態度も楽しまなくてはならないらしい……とシャーロゼ様が私を諭した。
そうは言われても、私は本物のメレデレクを知っている。だからつい「そんな風に言わないですよ?」などと、彼の名誉のためにも指摘したくなるのである。
こういうのを、巷では老害というらしい。
『ティアリス先輩って、自分の時代と違う点をいちいち指摘しちゃうところとか、現代社会に馴染めてない感じで、少し可哀想。それに、そういうのって老害だって言われて若者に嫌われるから、意識して気をつけた方がいいですよ?」
得意げな態度でデミアン君に指摘された事を思い出し、私はしっかり自重する。
実のところ正式には百七十歳越えではあるので、老害と呼ばれてしまうのも仕方がない可能性がある。けれど、見た目は二十歳そこそこなのだから、まだ老害とは呼ばせない、絶対に。
私は人知れず、グッと拳を握りしめる。
「それで、今日は何の相談なの?」
シャローゼ様は『生命をもて遊ぶ赤き血』という名の赤ワイン片手に、私にたずねた。
「実は最近殿下が、すぐ都合が悪くなると身体的接触でその場を誤魔化したり、弱弱しくシュンとした態度で、私を丸め込もうとするんです」
「なるほど?」
「こっちは、話し合いたいのに、なんかいつも誤魔化されちゃうし、最近は前より冷たいんですよ」
この前の衣装の件だって、私の機嫌を損ねる前にと、まるで竜巻が過ぎ去るが如く、部屋を後にした。
そういうことの小さな積み重ねで、私は不満を感じているという状況だ。
「つまりエメルは釣った魚に餌をあげないタイプなのね?。で、寝たの?」
「ブフォーッ」
私は飲んでいた『憎しみと悪徳を手にする液体』という名のエールを噴き出し、咳き込む。
「ちょっと、大丈夫?」
シャローゼ様はナプキンでテーブルと私の服を拭いてくれた。そしてハンカチを手渡してくれる。
さすがお貴族様だけあって、ハンカチまでいい香りがする。
「ゴホッ……あ……ありがとうございます……」
「その反応は、まだなんだ」
シャローゼ様はやれやれといった感じでワインを口に含む。
「私の相談は、そうじゃなくてですね」
「わかってるって。きっと古代魔法フェスで忙しいからじゃない?研究所が主催なんでしょ?」
「忙しいは、あるかも知れない」
今週末に控えた古代魔法フェスティバル。殿下はお祭りの実行委員に名を連ねるし、メレデレクの誕生日ということで、張り切っている。だからその準備に追われているのは間違いない。
「そっか、忙しいからか。もう私のこと嫌いになりかけてるのかと思いました」
「あり得ないわよ」
「何があり得ないんだよ。ほら『生命発生の原因』という名のミモザサラダだ」
乱暴な口調で現れたのは、私達を席まで案内してくれた、偽メレデレクだ。
口調は悪いけれど、料理を静かに置く所は好感が持てる。
「ビビリの君は『無罪放免サラダ』だったよな。別名グリーンサラダだ。ほら食え」
静かに私の前に置かれるのは、綺麗に盛り付けられた緑豊かなサラダだ。ある意味、このあとに控えたパスタを無罪放免にしてくれるに違いない、奇跡の食べ物なのかも知れない。
「ありがとうございます」
私は礼を言い、フォークを取る。
「で、何があり得ないの?」
普通の口調になり、偽メレデレクが問いかけてきた。仕事はいいのだろうかと店内を見渡すと、どうやらあまりお客さんがいないようだ。
「この子が婚約してる彼に嫌われたかもって話し」
「へー何ソレ面白そう」
俄然目を輝かせ、隣のテーブルの椅子に背もたれを前にして座り込む。
「前より雑に扱われてるんだって。だから忙しいからじゃないって答えたところよ」
シャローゼ様は私の情報をポンポン漏らしていく。とは言え、オブラートに包んでくれているので、まぁ許す。
「なるほど。男ってさ、行動で示せって脳が司令を出すんだよ。だから女の子が自分の気持ちとか、やって欲しい事なんかを明確に伝えない場合、男は気づきにくいってわけ。だから君もこうして欲しいって、言ってみたら?」
意外にも真面目な答えが返ってきた。
「確かに言えば、何でもかなえてくれそうではありますね」
殿下は基本的には私には甘いから。
「へーいい婚約者じゃん」
褒められて嬉しくなる。
「そうなんですよ。私にはもったいないくらいの人です」
「そう思うから、不安なんでしょ。別にティアはあいつに勿体なくはないわ」
シャローゼ様は、私を励ますように断言してくれる。
「ユアン、料理出来たぞ、道草してないで、早く運べ」
「やべ、じゃまたな」
通りすがりの店員仲間に注意された偽メレデレクことユアンさんは、椅子を素早く戻すと、店内に消えていった。
「さ、食べよ」
「はい」
私はすでにドレッシングがかけられたサラダを口に含む。
草なんてわりとどれも同じだと思う派なので、ドレッシング命みたいな所がある。その私が評価するに、このハーブドレッシングの爽やかな香りと味わいが、新鮮な野菜の風味を引き立てていて、これぞまさに完璧なサラダとドレッシングのマリアージュといった感じだ。
「で、エメルの誕生日プレゼントは決まったの?」
「本題はそれなんですよ。何をあげたらいいのかわからなくて」
実のところエメル殿下の誕生日が迫っているのに、未だ私はプレゼントを用意出来ていない。
このままじゃ、自分にリボンでも巻いて「私を食べて」なんて、痛い事をする羽目になるかも知れない。そうならないためにも、早急に何が用意しなくてはならない。
「本人に直接聞いたら?」
「はい、聞いたんです。そしたら……」
君が側にいてくれればいいと甘い言葉をかけられ、そのままキスされて、うやむやになった……やはり私はこの件でも上手く丸め込まれたようだ。
今頃気付いて「してやられた」と反省する。
「そしたら何て?」
「教えてくれないんですよ。別に欲しい物はないみたいで」
私はザッと要約して伝える。
「なるほどね。ティアとも上手く行ったし、確かにアイツは今一番幸せなのかもねぇ」
「でも、私はコレを頂きました。だから、何かお返しがしたいんです」
私は左手にはまる指輪をシャローゼ様に見せる。
最近はもうここにあるのが、違和感を感じなくなった大事な指輪だ。
勿論、こんな高価そうな指輪と同額とはいかない。けれど誕生日に、まとめてお返しをしたいと思っている。だからこそ悩むわけで。
「ちょっといいディナーでも奢ってあげたら?いつも屋敷で一緒に食べてるんでしょ?」
シャローゼ様はグラスに入ったワインを揺らした。
「はい。夕飯は必ず一緒に、まぁお昼も比較的一緒に、朝も……一緒に」
「もう夫婦じゃない」
「一緒に住んで、一緒の職場ですからね」
私はちょっと照れくさくて俯いた。
「じゃ、旅行をプレゼントするとか」
シャローゼ様はワインを一口飲んでから続ける。
「どっかの遺跡巡りの旅とか、エメルなら喜びそうじゃない」
「お休みが取れますかね?」
「無理ね」
シャローゼ様と私は、微妙な空気に包まれる。
「お待たせ、じゃなくて。おい、待たせたな。『命は苦しみの積み重ね』という名の、タラコクリームパスタだ」
ユアンさんがシャローゼ様の前にピンクと白に輝く美味しそうなパスタを静かに置いた。
「で、こっちは『悩める幸せな乙女』海老のトマトクリームパスタだ」
私の前に置かれたのは、確かにエビが乗せられたトマトクリームパスタだ。けれど先程「間違えるな、きちんと言え」とユアンさんに怒られたのは、『不完全な生き物』という名だった気がすると、ユアンさんの顔を見つめる。
「ティアは悩めるけど、確かに幸せだもんね」
シャローゼ様はこちらをみてニヤニヤする。
どうやら、先程の話しの流れから、ユアンさんがアドリブで付けた名前らしい。
「ねぇ、男の人が誕生日プレゼントでもらって嬉しいものってある?」
シャローゼ様が唐突にユアンさんにたずねた。
まるで迷宮に迷い込んだ冒険者のごとく、エメル殿下へのプレゼントで悩む私達。よって他の人の意見を聞くのは全然アリだ。
私は期待して答えを待つ。
「うーん、流石にそれは人によるだろうな。趣味の物とか違うしさ」
「じゃ、土偶をあげるしかないわね」
シャローゼ様が全てを投げ出した瞬間だ。
私だってそれは考えた。けれど土偶なんてそう簡単に手に入るものじゃないから悩みどころなのだ。
「へー、君の婚約者って、土偶好きなんだ」
ユアンさんが食いついてきた。
「土偶も好きですけど、古い物にロマンを感じるタイプの人です」
一応誤解があってはまずいと補足しておく。
「ならさ、掘りにいかない?いいとこ知ってんだ、俺」
掘るという言葉から連想されるのは土、土を掘って出てくるのは遺物しかないと、私の脳内で都合よく変換された。
「掘ります、掘りたいですッ!」
私は即答する。今まさにユアンさんが全ての悩みを解決してくれる救世主に思えた瞬間だ。とは言え、流石に会ったばかりの男性にホイホイ付いていくわけにはいかない。
「シャローゼ様、良かったら」
一緒に行こう?と笑顔で誘う。
「私も行きたい。でも魅力的なこのお誘いはフローラ様に泣く泣く譲るわ。残念だわ、本当に。私も行きたかったのに」
シャローゼ様は、全然残念そうではない表情で、私にそう告げたのであった。




