081 説特力ある嘘4
陛下にニナ様の処遇をどうするか聞かれ、私は「今までの行いを反省し、今後に行かせ」とチャットン君に褒められそうな、模範な解答を口にした。
こちらとしても嘘を突き通した手前、罰を与えるのは気が引けたからだ。
「それじゃぁ、示しがつかないだろう」
「いや、エメル殿下がそれでいいと言うのであれば、我々が口を出す事ではない」
「しかし、ここで何も罰を受けないとなると、今後同じような事をする者が出てくるかもしれん」
「それはそうだな……実に悩ましい」
聴衆から不満の声があがる。
どうやら私の対応に納得できない人が一定数いるようだ。
「ティアリスの考え、それは承知した。サザランド男爵はおるか?」
陛下が聴衆に問いかける。すると見事に人垣が割れ、その中心には見覚えのある夫婦が所在なさげに立っていた。
「そなたの娘が起こした不祥事。それについては当事者である息子達の意見に従う事にしよう」
「はっ、ご配慮ありがとうございます」
サザランド男爵がピシリと頭を下げ、数秒遅れて奥様もぎこちなく淑女の礼を取った。
「しかし、国民が楽しみにしておった祝いの日に混乱を招いた罪は別だ」
陛下が告げると、益々サザランド男爵夫妻は青ざめる。
「なるほど。陛下は別でお仕置きを用意されていたのね」
これでみんなが納得するサザランド男爵の処遇は決定するはずだと、確信を持って成り行きを見守る事にした。
「サザランド男爵家は家族共に、今年一年の謹慎とする。個人で開催されるものを含み、全ての社交への参加は禁止だ」
陛下がはっきりと告げた言葉を受け、またもやざわめきが大きなものとなる。
「まぁ、あそこはお嬢様二人とも、まだお相手がいらっしゃらないのに」
「お綺麗で有名なお二人なのに勿体ないわねぇ」
「無駄に歳を重ねてしまう事になるのだもね」
「随分とお嬢様のドレスにお金をかけてらしたのに、残念ねぇ」
「ようやくうちの子にも気づいてくださる男性が現れるかも知れないわ」
「オホホホホ」
年頃の娘を持つ母親世代からは同情とも、やっかみとも取れる、様々な声が飛んでくる。
「もしかして、ニナ様がいない今期が婚活チャンスってこと?」
「そうよ。弱みを握られないで済むし、堂々と好きな人にアタックできるってことじゃない?」
「そうよね。あの子美人だけど意地悪だから。推しが被ると睨んでくるし、怖かったのよね」
「頑張らなくちゃ」
年頃の令嬢達は溌剌とした表情で、俄然やる気を出している。
漏れ聞こえる内容からするに、どうやらニナ様は私以外にも、嫌がらせに似たような事をしていたようだ。
これで社交界にも平和が訪れた……であっているだろうか。
「時間はたっぷりある。これを機に娘の抱える問題に、しっかりと家族で向き合うといい」
陛下は厳しくも優しい言葉をかける。
「はっ」
夫妻は揃って頭を下げる。
これで全て終了したとホッとしかけて、ふと気づく。
フローラ様は関係ない。
巻き込まれているだけだと。
私は彼女に助けてもらった恩がある。しかもまだそれを返していない。
それなのに家族という括りで、フローラ様まで引き篭もり生活を余儀なくされるのは違う。むしろあの家族から、これを機に引き離した方がいいくらいだ。
善は急げと、私は扇子をポケットから取り出し口元に当てる。そして斜め前にいる殿下に小声で声をかけた。
「エメル殿下、お願いが」
「どうした?」
こちらにすぐ気づいてくれた殿下は、私に耳を傾けてくれる。
「フローラ様は悪くありません。殿下のお屋敷で引き取る事は可能ですか?」
扇子越しにコソコソと告げると、殿下は苦笑いを返してきた。
「まったく君は、自分以外のことには敏感なんだな。でもそうだな。彼女は君の味方でもあるか」
しばし考えたのち、殿下が陛下に向き直る。
「陛下、一つ提案がございます」
「うむ、申せ」
意外だと言った表情をしつつ、陛下はエメル殿下に発言を許した。
「サザランド男爵家の長女、フローラ嬢は度重なるニナ嬢の嫌がらせから、私の大事な婚約者を守って下さった女性です。その恩にティアリス嬢は報いたいと申しております」
殿下が私の願いを素晴らしい形で翻訳し、陛下に伝えてくれた。
頼もしくて、最高な私の自慢の婚約者だ。その事を再確認した私の頬は自然に緩む。
「ふむ。しかし次女の件は家族の問題でもあろう。姉にも責任がある」
陛下はあまりいい顔をしなかった。
普通に考えたら、そうなる。だけどあの家は闇を抱えているのだ。だから何としてもフローラ様だけは助けださないと。
私は陛下にしっかりと視線を向けた。
「陛下、私はまだ礼儀作法が完璧ではありません。それに、庶民の出なので、貴族に知り合いもあまりおりません」
私は言葉を切り、デミアン君を真似てしょんぼりしてみせた。
「ですから、差し出がましいお願いではありますが、もしフローラ様がよろしければ、私の侍女として彼女には色々と教えて頂きたいと思っております」
我ながら口にして、いい案だと思った。
私も得するし、フローラ様も家族から離れる事が出来るからだ。ただし、フローラ様が了承してくれればの話だけれど。
私はフローラ様を慌てて探す。すると両親から少し離れた背後にひっそりと隠れていた。
しかし周囲の視線は容赦のないもの。皆が彼女に注目をし、突然晒される事となったフローラ様は、困惑し涙目になっていた。
そんな彼女に申し訳ないと思いつつ、私は声をかける。
「フローラ様、私には助けが必要です。どうかあなたにお願いできませんか?」
私の願いを聞いたフローラ様は、何が起こったかわからない。そんな表情のまま小さく頷く。
「わ、私でよければ、ぜひティアリス様のお力になりたいと願います」
フローラ様は震える声でなんとか告げると、その場で美しい礼をとった。
「是非お願いします!」
私は「やったー!」とジャンプ仕掛けて、何とか堪えた。
「双方が望むのであれば、許可せぬわけにもいかん。それでいいな?」
陛下がサザランド男爵に有無を言わせる圧をかけながらたずねる。
「はっ、陛下のおっしゃる通りに」
サザランド男爵はより深くお辞儀を返す。
これで全て上手くいったと今度こど本当に肩の荷を下ろしかけた時。
「ずるいわ、お姉様だけ」
すっかりその存在を忘れかけていたニナ様が低い声で不満を口にする。
ここでゴネても自分の評価を落とすだけだ。もうやめておけばいいのにと私は冷めた視線をニナ様に送る。
「いつもお姉様だけ特別扱いしてずるいわ」
突然シクシクと泣き始めるニナ様。
白けた雰囲気になるかと思いきや、新たに訪れた修羅場の予感に会場内の熱気が高まる。
「人間って、愚かね」
思わず呟くも、悲しいかな私もそんな人間の仲間だ。
「ニナ、辞めなさい」
男爵が娘に注意する。
「お父様はお姉様の方が可愛いんだわ。亡くなった前の奥様を愛していたから。お姉様はその方の忘れ形見だから。だから私よりお姉様の方が大事なんでしょ!」
ニナ様の言葉に男爵夫人が青ざめ、ふらりとその場に崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
「貧血みたいよ」
「そりゃ、あんな娘を持ったら気苦労も多いし、倒れたくもなるわよねぇ」
心もとない声が響く中。
「警備の方、医務室まで運んであげて頂戴」
凛とした声をあげたのは、私の礼儀作法の先生、グラント伯爵夫人だ。
「ほら皆様、道を開けて頂戴。警備の方が通れませんわ」
野次馬と化した人々にテキパキと声をかけ、無事人混みの中からグラント伯爵夫人が救出された。彼女は担架に乗せられ、この場から退場していく。
「さすが、私の先生は立派な方ね」
グラント伯爵夫人の適切な行動に、まるで自分の事のように誇らしい気持ちになる。
「家族なんだ。どちらの娘も可愛いに決まっているだろう」
突然サザランド男爵が大声をあげた。
今度は揃って、今なお開催中の親子喧嘩に注目する。
「嘘よ、絶対、嘘。お父様はお姉様だけを愛してるくせに!」
「あぁ、これだけ言って伝わらぬのならば、そうかも知れないな。ニナ、お前がそうやって不機嫌になるとフローラにきつく当たる。だからお前を贔屓していただけだ。これでお前は満足なのか?」
とうとう男爵が隠された思いを吐き出した。
流石のニナ様も、青ざめた顔で男爵を見つめる。
「そろそろ自分の幼さに気付きない」
男爵が諭すように厳しく告げる。
「私がお前への教育を間違ったのだろう。甘やかす事が愛情ではない。それを今日は心底感じたよ。ニナ、これからはお前ときちんと向き合うつもりだ。時間はあるのだからな」
厳しい表情で男爵は告げると、青ざめ固まるニナ様の腕を掴んだ。
「嫌よ、一年間も社交に参加出来ないなんて、嫌だわ!」
ニナ様は父親の腕を振り解こうともがく。しかし怒れる父親がその腕を離す事はない。
「本日は混乱を招いた責任を取り、家族共々、お暇させて頂きます。フローラの件は早急に準備の手筈を整え、改めてエメル殿下にご報告させて頂きます。陛下、殿下、大変申し訳ございませんでした」
サザランド男爵は深く頭を下げる。それから顔をあげるとニナ様を引きずるようにして、会場を後にしたのであった。
屋敷で見る男爵は娘に甘いだけ。躾を放棄した駄目な父親に見えた。けれど彼が口にしていた通り、娘への教育を間違えさえしなければ、二人の娘を愛するとても良い父親なのかも知れない。
私には父の記憶はない。だからだろうか。
ニナ様がほんの少しだけ、うらやましいと思ってしまった。
「まったく、いつの時代も子は親を悩ませる存在だな」
陛下が呟いた言葉に会場内に漂う空気が大きく揺れる。どうやら今の言葉に賛同する多くの親達の頷きによるものらしい。
「さて、我が子が抱える問題は解決したようだ。気分を取り直し、皆楽しんでくれ。帝国のさらなる繁栄を願い、帝国祝賀舞踏会を開催することを宣言する!」
力強く威厳ある陛下の堂々とした声に応えるように、衣擦れの音が響く。
私も慌てて、陛下に心から感謝の気持ちを込め、習いたての淑女の礼を取ったのであった。




