082 エメル殿下の謎
波乱の舞踏会が無事終了し、私は日常と名誉。その二つを無事取り戻す事に成功した。
その結果、以前と変わらず古代魔法研究所で黙々と仕事に励む日々を送っている。
そういえば、名誉に関する朗報が一つ。
舞踏会翌日に、帝国ジャーナルの紙面にて私への謝罪文が大々的に掲載された。それにより、デミアン君との熱愛報道は間違いであったと市民にも無事に知らされる事となった。
それでもしばらくは「合成こそ嘘だ」と真実を見抜く者もいたり、合成ではない証拠を検証する人などがいて、私への風当たりの強さは一瞬で収まる事はなかった。
しかし、三年に一回ほどの間隔で行われるという、古代魔法フェスティバルの話でネットは盛り上がり、続いて起きた人気女優の熱愛発覚報道によって、私のスキャンダルは見事風化されていった。
一人一台が当たり前というエーテルフォンの普及により、この時代の人々は昔より多くの情報を目にし、処理せざるを得ない状況だ。
だから悪い噂が拡散されるのもあっという間だけれど、悪い噂を忘れてしまうのも、案外昔より早いのかも知れない。
無事平和な日常を取り戻した私はいつも通り、研究所内にあるエメル殿下の執務室にて黙々と仕事中。
仕事内容は、今月かかった経費の計算。そう、私はついに古文書解読以外の仕事をエメル殿下に任されるようになったのである。
それは地味に自分にとって、嬉しいお知らせだ。
なぜなら殿下が私の能力を認めてくれたということだから。
それはつまり、殿下の中でもう完全に私を過去の遺物ではなく、一人の職員として認識されたと言う事に他ならぬ証拠だからだ。
私は与えられた任務をしっかりとこなし、殿下にもっと認めてもらいた――。
「ティアリス先輩、ここ間違えてますよ。この程度の足し算を間違えるとか、大丈夫そ?あ、まさか色ボケですか?」
今まさに張り切る私が真摯に向き合う帳簿に、ヌッと玩具のウィッチワンドの先端部分が映り込む。
私がデミアン君にあげた、パトーラのお土産だ。
「相変わらず、デリカシーのないご指摘ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして。全然お気になさらずに」
デミアン君は嫌味っぽく返してきた。
「実は計算苦手なんだよねぇ」
デミアン君に指摘された部分に注意を払いながら、数字を書き直す。
「冗談やめて下さいよ。魔法って緻密な計算式から導き出して発動させるものなんでしょ?」
「感覚よ。かんかく」
私は頭がいいくせに、魔法が使えないというデミアン君に正直に教えてあげる。
「こわっ」
デミアン君は大袈裟に驚く。
「よくそんなんで、世界を救えましたね」
「まぁ、魔物を倒すくらいなら余裕よ」
「スケールでかっ」
デミアン君の言葉に思わず吹き出す。
「コホン、君たちいいか?」
横にヌッと現れ、私の帳簿に影を落とし、その存在感をわざとらしくアピールするのは、私の上司で婚約者で帝国の皇子様でもあるエメル殿下だ。
今日は午前中、殿下は会議に出席していたので不在だった。それが今ここにいるということは、会議が無事に終了したという事だろう。
「メレデレク様の誕生を祝う祭りの件だが」
何故か言いづらそうに、目を泳がせるエメル殿下。
「メレデレク様の誕生日でもありますが、今やメインは古代魔法フェスの方ですよね?」
デミアン君が容赦なく指摘する。
今度の三連休を利用し、帝都では三年に一回「古代魔法フェスティバル」というお祭りが開催される事になっているそうだ。このお祭りは「遺物オタクの巣窟」と称され、別名「陰キャの巣窟」とも言われる、古代魔法研究所発祥のお祭りらしい。
正直、内部で働く者として、研究所職員は決して陰気な人ばかりではないと感じている。
けれど、一般の目に映る研究所職員というのは、日々古代の墓や遺跡に穴を掘ったり、ガラクタにしか見えない謎の物体に歓喜乱舞したりと、常人にはわかりにくい自分の世界を持っているのは確かだ。さらに言えば、その世界にどっぷり浸かりきっているように見えてしまうので、陰キャと言われてしまうのかも知れない。
「古代魔法フェスティバルがメインだという事は否定しないが、それでもメレデレク様の誕生日だ」
殿下は「譲れない、この想い」といった熱量高めで拳をギュツと握りしめた。
「つまりパトーラで私の誕生日が春のお祭りと抱合せになっているように、メレデレクの誕生日も抱き合わせになっちゃったんですね」
私は即座に、若干嫌味を込めて話をまとめた。
「ま、まぁ。歴史を重ねると祝い事は増えるからな……」
殿下はバツが悪そうに私から目をそらした。
「メレデレク様の誕生日って、エメル殿下と同じ日ですよね?それに残された資料によると彼の目の色は殿下の目の色と同じ、紫色だったらしいし、勤務先が古代魔法研究所というのも同じ。つまり殿下はかの英雄、メレデレク様と共通点が多い。だから彼を崇拝されているんですか?」
デミアン君は心底不思議そうに首をかしげた。
言われていればそうだなと私は納得した。
エメル殿下が英雄と呼ばれる私達の中で、メレデレク推しなのは薄々勘づいていた。屋敷の執務室に肖像画を飾っているし、彼の日記も読み込んだと豪語しているし、古代魔法フェスティバルよりもメレデレクの誕生日に拘る、今の態度だってそうだ。一体メレデレクの何がそこまで殿下を夢中にさせるのか、それが私にはイマイチわからない。
「へー、殿下とメレデレクって同じ誕生日だったんだ」
殿下の誕生日は勿論チエック済み。それがまさかメレデレクも同じ日だったとは。
「なるほどー」
私は新たに知識を刷新する。
「うわ、酷い。寝食を共にする仲間の誕生日を知らないとか、わりとティアリス先輩って冷たい人なんですね」
デミアン君は私に軽蔑の眼差しを向けてきた。
「違うって。私だって出会ってすぐ、旅の途中で誕生日を聞いたよ?でも本人が「聞くな、呪うぞ」って脅してくるから」
あの当時は本名や誕生日、血液型なんかを元に、相手を呪うことの出来るおまじないのような物が流行っていた。だからメレデレクも「信じちゃってるのかなぁ」くらいに思って、それ以上深く聞こうとしなかっただけだ。
もちろん一つでも多くプレゼントが欲しい私は、おまじないなんて何のその。
聞かれもしないのに、周囲に自分の誕生日を吹聴しまくっていたけれど。
「俺がメレデレク様を特別に思うのは、確かに誕生日だったり、目の色だったり、髪の色だったり、共通点が多かったのもある。幼い頃は生まれ変わりかもと、勝手に妄想していた恥ずかしい時期もある。しかし今は、純粋に彼が残した魔法理論だったり、研究所のあり方だったり、未来への考え方だったり、とにかく尊敬しているだけだ」
殿下は少しムキになった様子で早口で捲し立てる。そして何故か恥ずかしそうに顔を赤く染め上げた。
「なんだ、ただのオタクか」
デミアン君は「はい、終了」と呆れた様子で椅子の背もたれに体重をかけた。
なんだかエメル殿下がしゅんとして、私に萌えを提供してくれたので、この場の雰囲気を変えようと、話題を提供する事にする。
「それで、古代魔法フェスティバルといお祭りで、殿下率いる私達のチームは何をするんですか?」
「それが……」
不自然にスッと目を逸らす殿下。これは嫌な予感しかしないやつ。
「またなんか、大変な事を押し付けられちゃった感、満載なんですけど」
デミアン君もウンザリしたような声を上げる。
「これを見るんだ」
指で摘んだ小さな紙を、殿下がヒラリと開いた。そこに記された文字、それは。
「こ、ん、か、……コンカフェですね!」
私は文字をしっかりと読み上げる事に成功する。
「えっ、まさか僕たちのチームはコンカフェ担当なんですか?」
デミアン君の半ば答えだろうという質問。
「あぁ、残念ながら。いいか、俺を恨むな。恨むなら俺のくじ運の悪さを思う存分、恨んでくれ」
なぜか自慢げな表情で告げる殿下。
「というか、何で古代魔法研究所に勤務してるのに、そんな恥ずかしい事しなきゃならないんですか。どうせ魔法使いの格好をさせられるんですよね。えーコスプレとか嫌ですって。僕二十歳越えてる、立派な成人なんですどー」
デミアン君はコテンと体を折り、机に頬をつけた。そして恨めしそうな表情で「こんな筈じゃなかった」と、口を尖らせた。どうやら彼は、夢にまでみた念願の職場に、今まさに幻滅しはじめているようだ。
「まぁ、そういう事だから。よろしく頼む……」
殿下は若干居心地悪そうに、そそくさと自分の席となる大きな執務机に戻っていく。
残されたのは、私の机の上に乗る「コンカフェ」と書かれた一枚の紙。
何となく違和感を覚え、その紙を観察すると、四つ折りにした時に外側となる部分に不自然に二箇所ほど、黒い丸がつけられている。
これはもしや、殿下は周囲にはめられたのではないだろうか。
「エメル殿下、くじ引きの順番って何番でした?」
「くじ引きは、ノブレス・オブリージュの精神を持ち、役職の下の者から引く事になっている」
疑う事を知らない殿下は、さもいい事をしただろうと言った感じで、自慢げに教えてくれた。
「つまり、副局長の殿下は……」
「最後だ。局長は祭りの最高責任者だからな」
「なるほど」
つまり他のメンバーはくじを引く時に、黒い丸さえひかなければ、最後に自ずと「コンカフェ」が残るという仕組みか。
私は殿下にバレないよう、向かい側のデミアン君にくじ引きの紙を見せる。するとデミアン君は即座にトリックに気付いたようで肩を落とす。
「ねぇ、殿下ってわりと抜けてるよね」
私が小声でぼやくと、デミアン君は「まぁね」と少し嬉しそうな表情を浮かべたのであった。




