080 説得力ある嘘3
殿下の説得力ある存在感のお陰で、私のムフフな写真が合成であるとみんなをうまく騙せた。さらにはニナ様が悪意を持って、私の写真を新聞社に持ち込んだという事実が公の場で明らかにされた。
個人的には「私は持ち込んでないわ」とシラを切ればいいのにと思ったが、きっと用意周到な殿下の事だ。すでにこの会場内に新聞社の人間を潜り込ませているだろう。
だとすると、やっぱりニナ様は網にかかった魚状態。
自由に逃げ回れる海には戻れない、そういう状況だ。
「皆のもの、静かに」
今まで状況を静かに見守っていた陛下が声をあげた。場内は一瞬にして静まり、この場にいる誰もが陛下に体を向ける。
「事情は良くわかった。つまりティアリスが映るあの写真は合成。ただし自らが了承し、作らせたもの。それで間違いないな」
陛下は私に、確認するようにたずねた。
流石に陛下に嘘をつくのはいかがなものかと迷う気持ちが込み上げる。しかしすぐに、全て陛下はご存知であるという事実を思い出す。
だとすれば、躊躇している場合ではない。
私は背筋を伸ばし、陛下にしっかりと向き直る。
「あの写真は合成です。私はデミアン君と、人に後ろ指を差されるような行為はしておりません」
私はきっぱりと嘘を本当だと告げた。
これが全て私を守るための茶番だと知りながら、嘘をつくことに胸が痛むのは、自分の中に正義の心がちゃんと残っているから。そう思いたいし、信じたい。
「ふむ。事情があったにせよ、他人から誤解を招くようなことで物事を解決しようと企んだ事。その点については、お前達にも非がある。それは理解できるな?」
陛下に問われ、デミアン君と私は神妙な表情で大きく頷く。
「だが、人の弱みにつけ込み、己の利益を得ようとする。そう思いつき、行動した者の方が、罪が重いものであると、儂は感じる」
陛下のお言葉で、私は難局を乗り切ったと確信する。
「ティアリスは友を助けるために捏造を許した。かたやサザランド男爵家の者は、他人を貶めようと考え行動した。つまりはそういう事。そして儂は前者の方が息子の妻としても、帝国の顔としても、相応しいと考えておる」
陛下が公で私を認める発言をしてくれた。
これでもう、私は救われたのだとホッとする。
私だって常に正しくはいられない。ニナ様のように嫉妬に狂い、おかしくなるかも知れない。でもそんな時、少なくとも誰かを率先して傷つける事はしたくない。
私はこの先も、正々堂々と勝負する事を選ぶ。そんな人生を歩みたい。
「ありがとうございます、陛下」
エメル殿下が陛下に頭を下げる。
「ありがとうございます」
私も慌てて、心から尊敬と感謝の念を込めて淑女の礼をとる。
「ふむ。今日はお前の誕生日だけではなく、婚約を祝う会でもある。愛する者の疑いが晴れてなによりだ」
頬を少し緩めた陛下の顔に、息子の幸せを願う父親の影が浮かぶ。
エメル殿下にお母さんはいないけれど、その分ちゃんとお父さんが愛してくれている。その気持が今の態度で垣間見れ、私は胸に熱いものが込み上げる。
「さて、エメルよ。すでにティアリスは正式にお前との婚約が認められた者だ。つまり皇族に等しい扱いを受けるべき者だと言える。よって、サザランド男爵家の娘を、名誉毀損で訴える事も可能だ。さて、どうするつもりなのだ?」
陛下から名誉毀損という言葉が飛び出し、会場内は緊張した空気に包まれる。
「流石にエメル殿下の顔に泥を塗ったようなものだし、仕方がないわよね」
「そうだな、何か罰を与えるべきだ」
「爵位返上しろと言われないだけマシだよな」
「あぁ、今回彼女がした事は、百年前であれば不敬罪で取り潰しもあり得る事だからな」
周囲の声から察するに罰を望む声が多そうだ。
私は流石に爵位剥奪までは望んでいない。こちらとしても嘘をついているという弱みがあるので、そこまでやられると心が痛む気がするからだ。
「本来であれば、許す事など出来ません。しかし、自らを犠牲に多くの者を救う事が出来る彼女ならば、きっと許せと私を諭すでしょう」
エメル殿下が私を見て優しく微笑む。
殿下が思うほど、私は清く正しくない。けれど、百五十年前、世界を救った英雄として名を残したのは、間違いない私だ。
現代に馴染み過ぎて、さらには婚約の件で忙しくしていたせいもあり、私は自分が英雄であること。それをすっかり忘れかけていた。
英雄となった、あの時の自分が思っていたこと。
それは、自分が救った世界を生きる人には、幸せでいて欲しいと願う気持ちだ。
それは今も変わらない。だって、そうじゃないと、たった二年だけれど、私が塔に籠った意味がない気がするから。
私は顔を上げ、陛下にもう一度向き直る。
「彼女には今回の件を自分を顧みる良い機会だと捉えてもらいたいです。自らの行いを反省し、今後は誰かを不幸にするのではなく、幸せにする側になって欲しいと願います。ですから名誉毀損で訴える事はしたくないです」
私はしっかりと自分の意見を伝えた。
できればニナ様に届きますようにと願いながら。
私はこれで合ってるよね?とエメル殿下に視線を戻す。すると彼は満足そうな表情で小さく頷いてくれた。
私はようやく肩の荷が全て降りたと脱力する。
すると会場内からこちらを刺すような勢いで、とても鋭いエーテルの気配を感じた。
キリキリとピリピリが微妙に混じる、この感じ。
「絶対グラント伯爵夫人だわ」
私は慌てて、背筋をピンと正すのであった。




