079 説得力ある嘘2
私のムフフな写真が合成であると証明すると堂々と言い放ったエメル殿下。
そして殿下はまるでこの流れになると予想していたかのように、待機する青年に合図を送る。
殿下が合図を送る青年は、まるで燃えるような美しい赤髪に、化石化した樹液のように輝く琥珀色の瞳を持っている。
青年の顔立ちは柔らかく、品のある曲線を描き、彼の人懐っこい笑顔は周囲を明るく照らし出している。こちらを見る眼差しは優しく、しかし力強く、誰もが彼の近くにいるだけで安心感を覚えることができる。そして私はその顔に懐かしさも覚えるわけで。
「あれ、もしかしてフリッツ様?」
「あぁ、そうだ」
殿下が即答する。
まさかの再会に私は驚く。しかし今日は国内貴族のほとんどが、この場に招待されているという事実を思い出して納得した。
「いったい何が始まるんだ」
「合成の証明だなんてどうやってやるのかしら?」
人々が不思議そうな声を出す中、フリッツ様はスルスルと紐を引っ張り、白くて大きな布を壁に垂らす。
そして突然場内が薄暗くなり、映像が映し出された。
白い背景しかない所から始まり、切り抜かれたデミアン君の写真と、私の写真がそれっぽく配置されていく。そして、いとも簡単に問題となっている画像そっくりに加工する映像が流された。
この映像こそフェイクだ。けれど、言葉で説明するより一目瞭然。あたかもそれが事実かのような印象を受ける。
まさに嘘が本当になった瞬間だと感じた。
「こんなものまで用意してくれていたんだ」
殿下の手際の良さに、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。
そして映像を映し出すために薄暗くなっていた場内は、元通りの明るさを取り戻す。
「これで納得頂けただろうか。帝国ジャーナルに掲載された写真が、人為的に作られたものであるということを」
エメル殿下が真剣な声で、淡々と説明を続ける。
本当は嘘なのに、まるで本当の事のように思えてしまうのは、殿下が持つ皇子という肩書き。それから、隠しきれない高貴な雰囲気のせいもある。
私がもし同じ事を主張しても、こうはならないはずだと感じた。
その証拠にざわめく聴衆の中で、驚きの声はあがりつつも、嘘だと大きな声で主張する人がいなくなった。
「さて、今回私はなぜこのような写真が出回ってしまったのか……その原因を調べた。フリッツ、次の写真を」
殿下の声に応えるように、照明が落とされ、フリッツ様が新たな写真を布に映し出す。
「まぁ、なんてこと!!」
「破廉恥な」
「まさか、サザランド男爵家のお嬢様が?」
「貴族女性にあるまじき行為だわ」
周囲がかつてないほど、大きくざわつき始める。
それもそのはず。画面にはデミアン君扮するショーンとニナ様の二人が、熱い口づけを交わす破廉恥な写真が大きく映し出されていたからだ。しかも写真のデミアン君は少し嫌がっているように見える所が生生しい。
決して舞踏会で、しかも大画面で表示して良いものではない。
ここに未成年がいないこと。もはやそれだけが救いといった感じだ。
「こうやって晒されると、意外に恥ずかしいな」
デミアン君がのんきにボソリと漏らす。
「な、な、な、何よ、これこそ合成じゃない」
ニナ様が叫ぶ。あの様子からするに、今晒されている写真こそ偽物なようだ。
「もういい。画像を消してくれ」
殿下の声でプツリという音と共に画像が消え、会場は元の明るさを取り戻す。
「ぼ、僕は酔った彼女に店で唇を奪われ……」
絶妙なタイミングで顔を覆い、俯くデミアン君。彼の演技力のお陰もあり、女性から無理矢理という構図が人々の脳裏に色濃く焼きつく。
「先程の写真が合成だと主張するのであれば、その証拠を見せてくれたまえ」
殿下が無理を承知でニナ様に言い放つ。
「そ、そんなの今は持っておりません!」
半ばやけっぱちと言った様子で叫ぶニナ様。
その様子を「でしょうね」と、私は冷めた心で肯定する。
正直私は嘘で乗り切ろうとしているし、ニナ様に対しやり過ぎかなとも思う。けれど、彼女は私を屋根裏に閉じ込め虐待し、殿下と婚約破棄をしろと脅した人だ。
自分を磨き正々堂々と勝負しないで、嫌がらせによって人を蹴落とすのは、最低な行為だ。
ニナ様のやり方は、間違っている。それは絶対に譲れない私の主張だ。
「そもそも君はなぜ、ティアリス嬢の合成画像を本物だと信じ、新聞社にリークしたんだ?」
じわり、じわりと殿下が確信に迫っていく。
「こんなふしだらな女性は、エメル殿下のお相手にふさわしくないと思ったからですわ」
「そうだろうか。もし君が本当に私の事を考えているというのであれば、多くの人の目に無条件で晒される場所に持ち込むのではなく、私宛に送る事だって出来たはずだ」
殿下がついに、ニナ様の悪どさを晒すターンに突入した。
「新聞社に持ち込むだなんて、エメル殿下を貶めようとしているとしか思えないわ」
「そうだな。彼女はわざわざ事を大きくしたかったのだろう」
「彼女はランス殿下にフラれたから」
「あぁ、だからエメル殿下を狙っているって噂だったものね」
「浅ましいな」
先程まで私を非難していた人達は攻撃の矛先をニナ様に変えた。その変わり身の速さに、私は呆れる。
けれど、噂話を信じる人なんてその程度なのだろう。
提示された情報の精査をしようなんて思わない。目の前に提示されたものが偽物だろうと、本物だろうと、彼らにとっては関係ない。
叩ける相手が目の前にいたら、つい口を出したくなるだけなのだから。
彼らにとっては所詮人の事。だから言われた相手がどう思うかまでは考えない。自分の放ったその一言で、誰かが傷つくなんて、思いもしないのだ。
私だって、今回のように自分がその対象にならければ、誹謗中傷される側が病みそうになるくらい追い詰められるだなんて、気付かなかった。
「聖人チャットン君の方がずっと優しいとか、世も末ね」
思わず、ため息が漏れてしまう。
彼は人に嫌われる方法を教えてくれない。だから人を傷つける方法なんて聞いた日には、物凄い速さのタイピングで、「そんな事を考えるのは建設的ではないからやめろ」と言ってくるに違いない。
もしや彼は愚かな私達人間を正そうと、神様が分明の力と共にこの世界に遣わした本物の聖者なのかも知れない。
「あやしい」
私は周囲が混乱に包まれる中、一人「チャットン君、神の使い説」を疑うのであった。




