077 反撃の狼煙が上がる
会場となる宮殿ホールは繊細で見事な天井画と、細工が美しいたくさんのシャンデリアが輝く、まさに豪華絢爛といった部屋になっていた。大理石の床には、真っ赤な絨毯が敷かれ、優雅な音楽が宮殿中に響き渡っている。
ゲストたちは豪華なドレスやタキシードを着用し、ダンスフロアに集合している。
女性たちは華やかなボールガウンドレスや宝石で飾られたアクセサリーを身につけ、男性たちは洗練されたタキシード姿で舞踏会を彩っていた。
「まぁ見て。あの子が」
「あら、とってもお似合いなお二人ね」
「可愛い顔して、ホストにハマるだなんて」
「きっと今日は清純そうに見せてるだけよ」
「ドレスだけは素敵ねぇ」
殿下と共に微笑みながら歩く私の耳に、明らかに私を非難する声が飛んでくる。
それでも私はグラント伯爵夫人に教えられた通り、背筋を伸ばし、真っ直ぐ優雅に歩く事に集中する。なぜなら、そうやって殿下の隣を堂々と歩くことで、私がこの場に居るべき正当な人間であることが証明できると思うから。
それに今日の私は、普段と違う。
殿下が「折角だから」と奮発してくれた、キラキラと光るビーズがちりばめられた淡いアメジスト色のドレスに身を包んでいる。
着付けしてくれた侍女からも「上品で可愛らしい」と褒めてもらった一着だ。
肩までのストレートの髪にも丁寧にブラッシングをして艶を出したし、サイドの編み込みだって、メイクだって、宮殿お抱えのメイクさんにやってもらった。だから私は大丈夫だし、頑張れる。
「全く殿下も晴れの日に、あんな記事が出るだなんて災難だな」
「それを言ったら陛下こそ、あの子に顔に泥を塗られたも同然なんじゃないか?」
「しかし、良くもまぁ、この場に出席できるよな」
「図々しいからこそ、殿下のお心を射止められたのかもよ?」
どうしたって私に対する非難の声が多い。私だってその心許ない声に全く傷つかない訳じゃない。
「でも、たまごをぶつけられないだけマシだもの」
私が小声で自分を鼓舞すると、殿下が小さく笑い声を漏らす。
「君にそんな事をする者がいたら、俺が三倍返しで、投げ返してやる」
私の気持ちを汲んでくれたのか、殿下もまた小さな声で返してくれた。
「たまごがもったい無いからダメです。我慢ですよ、殿下」
「君が言ったんだろ」
殿下と話していると、気が紛れて楽になる。
それはきっと、大好きな彼の声しか耳に飛び込んでこなくなるからだ。
「大丈夫だ。俺がついてる」
その一言に私はホッとする。
でもここは、私も戦うと決めた場所だから。
「見つけた」
私はこちらを見守る群衆の中に、一際目立つ赤いドレスに身を包むニナ様の姿を発見した。
ドレスに縫い付けられたビーズがシャンデリアの光に反射し、まるでニナ様自身がキラキラと輝いているように見える。
派手なドレスに負けず、むしろより一層自分を美しく際立たせてせいる姿は、敵ながら「天晴れ」と感服する。相変わらず見た目だけは美しいと認めざるを得ないようだ。
そんなニナ様の隣には、すっかり所在なさげに怯えた表情に逆戻りしている、フローラ様がいた。若草色のドレスに身を包む彼女はなるべく目立たないようにと縮こまっていた。当たり前だけれど、サザランド男爵家のメイド、ジュディの姿がこの場に見えないのが残念だ。
「ジュディがいたら、フローラ様だってもっと元気に背筋を張れるのに」
「他人の心配が出来るなら、大丈夫そうだな。さぁ、陛下に挨拶だ」
私が気を取られている間に、どうやら陛下の前に到着していたらしい。
しっかり前を向くと、陛下と目が合う。
威厳ある顔つきは、やはりエリオドア様が歳を取った姿に重なり、何処か懐かしい気持ちになる。
けれど隣に王妃殿下がいないこと。
それを確認し、やっぱりエリオドア様ではないのだと、私は改めて思い直し、少し寂しい気持ちになった。
陛下は高い玉座に座り、エメル殿下同様、式典用の黒い軍服に身を包んでいる。
カチリとした軍服の肩や胸部には、金や銀の繊細な装飾が施されており、王室の紋章が刺繍されている。これらの装飾は、皇族のみ許されるもので、彼らの高貴な地位と帝国人としての誇りを示しているそうだ。
それから、殿下の胸元に煌めくメダルと同じように、陛下の胸にもメダルが下がっている。ただしその数は一際多い。きっと帝国で一番偉い人だからだろう。
私が陛下を観察していると、エメル殿下は堂々とした姿勢で陛下の前に進み出た。
彼の顔には、敬意と信頼を込めた微笑みが浮かんでいる。一方、陛下は玉座に座り、威厳に満ちた態度で彼を迎え入れていた。
「陛下、このたびは私のために、貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」
静かで堂々とした声で、陛下に挨拶の言葉を述べる殿下。彼の声は、シンと静まる会場全体に響き渡った。
「うむ」
陛下は僅かに目を細め、鷹揚に頷く。そして私にチラリと視線を向けた。
私は自分の番だと、慌てて殿下の隣に並び立ち、軽く膝を折って腰を落とす。
「陛下。本日はご招待頂きありがとうございます」
私は事前に何度も練習した通りに、スカートの裾を摘み、膝を曲げて深くお辞儀する。
「うむ。堅苦しい挨拶は良い。楽にせよ」
陛下からの許しを得たので、私はホッと息を吐き、優雅に体を正す。
「陛下、この場を借りて一つお話ししたいことがあります」
エメル殿下が顔を上げ、陛下を真っ直ぐ見つめて切り出した。
「それはなんだ?」
陛下は興味深げに瞳を輝かせた。そして一瞬、私に視線を向けた後、すぐに殿下に向き直る。
「それは、本日帝国ジャーナルに掲載された、私の婚約者にまつわる根も葉もない噂についてです」
エメル殿下が告げると、会場が僅かに騒つくのを感じた。しかしそれ以上に驚いたのは私だ。私の身の潔白を舞踏会で証明すると殿下に言われていた。けれどよりによって、まさかこのタイミングで言うだなんて思いもしなかったからだ。
思わず「えぇ!?」と叫び出しそうになった私は必死に唇を噛んで堪えた。
「ほう。それは興味深い。儂も真実は如何にと、少々気になっておった」
陛下は、面白いものを見たとばかりに瞳を輝かせる。とここで、私は殿下から数時間前にもらったメッセージを思い出す。確かあのメッセージには「陛下もご存知だ」と書かれていた。となると、如何にも初めて聞いたという風を装っている陛下のこれは、全て演技だという事になる。その事に気付いた私は「まさか陛下までグルなの!?」とスケールの大きさにさらに驚く。
「この場で真実をお話しすることをお許しいただけますか?」
殿下が念を押すように問うと、陛下はしっかり頷いてみせた。
「うむ、許す」
「ありがとうございます」
陛下の許しを得た殿下は感謝を告げ、そしてゆっくりと息を吸い込んだ後、口を開く。
「今朝の記事によれば、私の婚約者である彼女はホストと呼ばれる職業に付く男性と不貞の関係があったとされていました。しかし、彼女にはそのような事実はございません」
殿下は淡々と事実っぽく述べる。
「それにもかかわらず、今朝の記事ではあたかも彼女がホストと一夜を共にしたと。まるで決めつけたかのように書かれていました。その点について、私は非常に遺憾であると言わざるを得ません」
エメル殿下はグッと下ろした拳を握るという、迫真の演技を見せている。それに対し陛下は僅かに目を細め、黙って話を聞いている。
「また、この記事にはティアリス嬢がホスト男性と共に同じベッドに寝ているという写真までもが掲載されておりましたが、それも事実無根であります」
殿下がはっきり言い切ると、会場にどよめきが起こる。
私も危うくあの写真、それは事実なんだけど……と内心どよめく。
「写真があるのに、嘘だとおっしゃるのは、無理があるんじゃないかしら」
明らかに群衆の中からニナ様らしき声があがる。
「確かにあの写真は、ティアリス様が不貞行為をしているという、証拠になり得るものだ」
「それに帝国ジャーナルだって裏取りして掲載しているだろうし」
「そうだよな。殿下が彼女を守りたい気持ちはわかるが、あれを嘘だと断言するのは無理がある」
「どっちなんだ?本当に不貞行為はしていないのか?」
戸惑う人々のざわめきが会場に響く。
こんなに大勢の前で、しかも議論されている内容が、「ホストと不貞行為をしたか否か」だなんて、穴があったら迷わず頭から飛び込むほど恥ずかしい。この状況から私の名誉なんて挽回できるのだろうかと、途端に不安になった。
「殿下が信じたい気持ちはわかりました。でもやっぱり本人の口から本当の事を言わせるべきよ!ね、皆様もそう思いませんこと!?」
ニナ様はさらに調子に乗って、周囲を巻き込む。
「そうだな。本人に聞くのが一番早い」
「流石にこの人数の前で嘘はつけまい」
「あぁ、きちんと彼女の口から説明を聞きたいものだ」
「帝国の未来がかかっているのだからな!」
ニナ様の問いかけに対する賛同の声が高まる中、陛下の声が響く。
「静まれ」
そのたった一言で、会場はシンと静まった。陛下の威厳に満ちた声のおかげだ。
「皆も知っての通り、確かに帝国ジャーナルの記事は皆の心をかき乱すものであった。意見したくなるのもわかる。しかしそれについてエメルが訂正する機会をくれと願い、私は許した。ならば最後まで話しをさせてやらんか」
陛下が諭すと、人々はハッとした様子で押し黙る。
「エメル」
陛下はエメル殿下に視線を向ける。
「はい」
殿下は陛下を見つめ返し、しっかり頷く。
「今回お前の口から弁明する機会を与えたが、それでもなおティアリス嬢を誹謗中傷する意見が止まらない時はどうする気だ?」
陛下の真っ直ぐな疑問に、殿下はゆっくりと首を横に振った。そしてそっと私の方へ視線を向けると、ふわりと微笑み口を開いた。
「私は絶対に、彼女と婚約破棄はしません」
殿下が力強く告げると、陛下は満足げに頷いた。
私も同じです!と心で叫ぶ。
「それではこの場を、帝国ジャーナルによってもたらされた、根も葉もない噂を否定するために有効活用するがいい」
陛下の力強い言葉にエメル殿下は満足そうな表情を浮かべた。一方、会場にいる人々は誰一人として言葉を発しなかった。しかしその面持ちには、困惑と期待が入り混じっているように私には映る。
「では再度陛下のお許しも出た事ですし、ここで皆様が望んでいる通り、今回の事件の当事者を呼びたいと思います」
「呼ぶ?」
私はここにいるのに?と疑問に思う。すると殿下が私をチラリと見て、口元に小さく笑みを刻む。
「デミアン・ロトナス、前へ」
殿下が突然この場にいるはずのない、デミアン君の名を呼んだ。
「はい、お呼びでしょうか」
すると群衆の中から、着飾ったデミアン君が姿を現わす。
バッチリ決めたその姿は、私の天敵ショーンでしかない。
「えぇ!?デミアン君、なんでここに!?」
私が驚いて思わず叫ぶと、彼はいつもの何か企んでいるような、そんな意地悪な笑みを浮かべてみせたのであった。




