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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第四章 新たな魔物と対峙する
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076 民意が正義にすり替わる

 実に色々な事があったけれど、今日は殿下の誕生日を祝う舞踏会が開催される日だ。そして私が、帝国内で影響力を持つ人々の前にお披露目される日でもある。


 そんな緊張しか感じない、人生で最も重要だとも言える日の朝。


 帝国ジャーナルという新聞社の見出しが、世間を大きくにぎわせていた。


『アルカディア帝国第二皇子殿下の婚約者、ホストとまさかの熱愛発覚!?』


 朝刊のトップを飾る見出しがこれだったからだ。


 実にセンセーショナルなその記事の内容は、瞬く間に帝国全土に広まった。


 エーテルネット上には、即座に私に関する掲示板が作成され、匿名の人々による誹謗中傷が次々と書き込まれていく。


『ホストに通うのは自由だけど、殿下の相手には相応しくないよね』


『皇族の機関は、身辺調査が甘くね?その程度も調べられないじゃ、他国の侵略も簡単に許すんじゃないか?』


『皇族とはいえ、一人の人なのだから殿下のお気持ちを尊重すべき』


『いや、エメル殿下には、もっと釣り合う人がいると思う』


『同じ庶民でも私の方がマシ』


『帝国の品性を疑われるから、即刻婚約破棄すべきだ!』


『ほんと、それな!』


『ティアリス様には帝国民を名乗らないで頂きたい』


『皇族だろうと自由に恋愛出来るのが、この国のいいところなんじゃないの?』


『好きって気持ちだけじゃどうにもならない事もあるんだね』


『悪いけど、庶民の私ですら、自分の子の相手でもこんな子嫌だ』


 匿名という武器を振りかざし、瞬く間に私への中傷で埋め尽くされていく掲示板のページ。もちろん中には援護してくれる人の意見もチラホラ見受けられる。けれど、私を弾劾する意見の方が圧倒的に多く、時間が経つに連れ「私を認めないこと」が民意なのだから、それこそが正しいといった雰囲気になっていく。


 そしてついには、私を援護してくれる人は誰も声を挙げなくなってしまった。


 私はそっとエーテルフォンの画面を閉じ、ソファーの座面に裏返しておく。


「覚悟はしていたけど、こうやって文字になると」


 動揺しないわけにはいかない。


 しかも本日の主役となる殿下は、昨日の朝に少しだけ顔を合わせたっきり。


『俺が策を考える。君は今やるべき事だけに集中しろ』


 そんな言葉を最後に、私の前から姿を消した。


 デミアン君の情報によると、舞踏会準備とニナ様の件で忙しく動いているとの事だ。けれど、もう少し詳しい話を聞きたいし、連絡して欲しい。


 とは言え、殿下の手を煩わせた張本人である私が我儘を言える立場でもない。今は悶々としつつも、我慢するしかないという状況だ。


「ほんと、午後になったら私はどうなっちゃうんだろう」


 今日は舞踏会が開かれる夜が本番だ。


 私は部屋で朝食を取った後、そのまま午前中一杯はダラダラ部屋で過ごす事が許されている。


 お陰で誰かに白い目で見られる事はない。しかし午後になれば私を着付けるために衣装担当の侍女達がやってくる事になっているし、その後出席する舞踏会では、殿下にエスコートされた私は、多くの人から好奇の目に晒される事になるだろう。


「睨みつけられたらどうしよう」


 それだけならまだしも、卵を投げつけられたり、ワインをかけられたり……頭の中で、どんどん悪い妄想ばかりが膨らんでいく。それに陛下にはもう伝わっているのだろうか。だとしたら、私にしてくれた事が無駄になったと、がっかりしていないだろうか。


「はぁ……」


 私はソファーで膝を抱え、暗い気持ち全開でため息をつく。


「人が病む瞬間って、こういう感じなのかも」


 流石の私も耐えられる自信がない。


「早く全部が終わればいいのに」


 私はそっと左手にはまる指輪に右手で触れる。


「きっと、殿下が助けてくれる」


 そう信じ、深呼吸で心を落ち着ける。


「そもそも、私はそんなに悪い事をしたのかな」


 全国民から誹謗中傷されるほど、私は悪い事をしたのだろうかとつい、自問自答してしまう。


「デミアン君とお酒を飲みすぎて、一緒のベッドで寝ちゃっただけなのに」


 事実を口にして、私はやっぱり誹謗中傷されても仕方がないと思った。


 それに一瞬でも自分に罪がないと思ってしまう私は、すでに倫理観がおかしくなっているのかも知れない。


 それはもう、チャットン君にも怒涛のタイピングをさせてしまうくらいに。


「そうだ、チャットン君なら励ましてくれるかも」


 私はひらめき、画面が見えないよう裏返しておいたエーテルフォンを再度手に取る。そして即座に犬の絵が書かれた「チャットチャットン君」のアプリを開く。


「誹謗中傷されています。苦しいですっと」


 私は今の気持ちをそのままチャットン君に伝える。すると心なしか優しい速度で、チャットン君が文字をタイピングし始めた。


『誹謗中傷を受けることは非常につらい経験です。そのような状況にあるときは、自分を守るために以下のようなことを考えてみてください。


 一、感情を共有する: 誹謗中傷を受けていることを信頼できる友人や家族と共有しましょう。彼らのサポートがあなたを助けることができます。


 二、自己価値を確認する: 誹謗中傷を受けることはあなたの価値を下げるものではありません。自分の良いところを認識し、自己価値を高める方法を見つけましょう。


 三、対処法を考える: 誹謗中傷に対処するために、法的手段やソーシャルメディアプラットフォームの報告機能を活用することができます。


 四、自己肯定感を高める: 自己肯定感を高めるために、自分の興味や趣味に没頭し、自己成長に取り組むことが大切です。


 五、専門家の支援を受ける: 心理カウンセラーやサポートグループなどの専門家の支援を受けることも有益です。彼らはあなたの感情を理解し、適切な支援を提供してくれます。


 最も重要なのは、自分を大切にし、自分の幸福を優先することです。誹謗中傷を受けているときは、自分を傷つけることなく、ポジティブな方法で対処してください』


 表示されたやたら長い文章を見て、私は思わずしかめ面になった。


 チャットン君が勧めるどれもが、今すぐには取り組めそうにもなかったからだ。


「チャットン君は結局誰かに相談しろってことを言いたいわけ?」


 それが出来ないから、チャットン君にすがったわけで。


「聖人様の正しい答えはためになるけど、何だかなぁ」


 たぶんチャットン君のせいじゃない。私の聞き方にセンスがない部分もあるのだろう。けれど本当に参っている時にかけられたい言葉ではない事は確かだ。


「やっぱり魔導具は、またまだ人間の気持ちがわからないんだ」


 私は残念に思い、口を尖らせる。けれど、チャットン君のお陰で、気が紛れたのは確かな事実だ。


「他に何か聞きたいこと、あったかな」


 私がジッとエーテルフォンの画面に注目した瞬間、殿下からメッセージの着信があった事を知らせる通知が飛んできた。


 私は慌ててチャットン君のアプリを用済みとばかり、無慈悲にも閉じる。そして逸る気持ちでエーテルリンクのアプリを開く。すると殿下にしては珍しく長文のメッセージが表示された。


『誹謗中傷してくる者なんて無視しろ。それと全ての手筈は整った。陛下もご存知で、宮殿の者も君の味方だ。もうすぐ君の部屋につく。またな』


 私を案じる文章が目に飛び込んでくる。何より今一番望む言葉がそこにはあった。


 待ちきれず、私は部屋を飛び出す。するとひたすら長い廊下の先に、こちらに向かって早足で歩く人物の姿が見えた。


「エメル殿下!」


 私は歓喜の声を上げながら殿下に駆け寄る。そして嬉しい気持ちそのままの勢いで殿下の胸に飛び込んだ。


「おっと」


 殿下は私を優しく抱きとめてくれる。


「君の寝間着姿はとても愛らしいが、ここは廊下だぞ」


「だって、嬉しくて」


 私は素直な気持ちを爆発させる。


「すまない。遅くなった。しかし君のこの姿を見ることが許されるのは、俺だけだからな」


 私のおでこを軽く弾き、殿下は私をひょいと横抱きにする。


「うわっ!」


 突然の事に、私は驚きの声を上げる。


 いつもより殿下の端正な顔が近くに見える。その事に気付いた私は、瞬時に沸騰したように顔に熱を持つ。


「耳まで赤いぞ」


 私の反応を楽しむように、殿下は意地悪な笑みを浮かべる。


「余計なお世話です!」


 いつもの調子を取り戻した私は、殿下に怒った顔を向けた。


 私を抱きかかえたまま、殿下は歩き出す。私は落ちないようにと、慌てて殿下の首に腕を回す。すると私と殿下の視線は高さが同じになった。私は改めて殿下の端正な顔を間近で観察する事にした。


 長いまつげに、憎らしいほど綺麗な肌。それに驚くほど整った鼻筋はもはや芸術品の域だと個人的には思う。眉毛は意外にもきちんと手入れされているようだ。そして何より印象的なのが満天の星のような煌めきを持つアメジスト色の瞳。


 そういえば、メレデレクも同じような瞳をしていたかも知れないと、なぜかふと思い出する。


「俺の顔になにかついているか?」


 あまりにも私が見つめていたからか、殿下は苦笑しながら問いかけてきた。そんな殿下の目の下には、いつもよりクマが濃く出ている気がする。たぶん私がニナ様の一件で、忙しくさせてしまったからだろう。


「殿下、ありがとうございます」


 私は心から感謝の気持ちを込めて伝える。


「遅くなってすまなかった。君を担当する侍女達に話をつけてきた。彼女たちは興味津々と言った感じで俺に根掘り葉掘り聞いてきたんだ。だから来るのが少し遅れた」


 女性に囲まれて、少したじろぐ殿下を想像し、私はつい吹き出してしまった。


「早く通常の日々に戻りたいものだ」


 殿下はしんみりと口にする。


「わかります、その気持ち」


 殿下が漏らした本音に心底賛成する。


「それと、これが終わったら殿下の誕生日会は、ひっそりと二人きりでやりたいです」


「それ、いいな」


 殿下がにっこりと微笑む。その顔を見て、私はこんな状況にもかかわらず、幸せな気分に包まれてしまうのであった。

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