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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第四章 新たな魔物と対峙する
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068 新しい扉、オープン!!

 シャローゼ様を呼び出し相談に乗ってもらっていた。

 そこへ届く、悪魔……いやエメル殿下からの「今どこにいる」の恐ろしい文字。


「早く返信した方がいいわ。あいつならスコップ片手にどこまでもティアの行方に関する痕跡を掘り起こそうとするだろうから」


 私は青ざめる。なぜなら、スコップではないにせよエメル殿下が私を探そうと、あちこちに声をかけまくる姿が安易に想像出来たからだ。


 これ以上周囲にこの件、というか殿下と私の微妙な状態を知られるのはまずい。


 そんなわけで私は手遅れになる前に、「今から屋敷に帰ります」と殿下にメッセージを送り、慌てて屋敷に戻ったのであった。




 ※※※




 屋敷に到着すると、すでに私を待ち構えていたらしいレイモン様が笑顔で迎えてくれた。


「おめでとうございます。ささ、坊ちゃま……殿下がお待ちですよ」


 かつてないほどニッコニッコの笑顔で私を待ち構えていたレイモン様。その姿は確実に私を怯えさせた。けれど、ニッコニッコのレイモン様は、こちらに躊躇する隙を与えない勢いで、屋敷にあるエメル殿下の執務室に私を連行した。


 まるで死刑宣告に聞こえるノックの音が響き。


「殿下、ティアリス様がお戻りになられました」


「あぁ、入って構わない」


 不機嫌な殿下の声が聞こえてきた。


 これはもしかしたら、いや絶対にデミアン君かシャローゼ様が、色々とチクッたに違いない。


「失礼します……」


 私はおずおず殿下の執務室に入室する。

 初めて入るその部屋を私はぐるりと見回す。


 部屋の中には豪華な彫刻が施されたオーク材の机が置いてある。机の上は研究所の執務室と同じように、書類や書籍。それから古いガラク……遺物で埋め尽くされていた。


 真鍮製の置き時計が、静かに秒を刻み、執務室の雰囲気をさらに重く演出している。


 書棚には、古い革装丁の本が整然と並べられ、ここがエメル殿下の執務室であることを確実に示していた。


 壁には、貴族あるあると言った感じ。古い肖像画や装飾的な絵画が掛けられており、その中に何故かメルデレクの肖像画もある事に私は驚く。


 ただのマニアなのか、それとも別の理由があるのか。実に気になるところだ。


 そんなふうについ思考を飛ばしていると、


「座ってくれ」


 執務机の向こう。椅子に座るエメル殿下は窓の方を向いたまま私に告げた。


「し、失礼します」


 私は慌てて部屋の真ん中に置かれたソファーに腰を下ろす。


「レイモン、君は席を外してくれ」


「かしこまりました」


 恭しく一礼すると、レイモン様は執務室を出て行く。残されたのは、私と殿下。実に気まずい空間だ。


「それで……」


 殿下が私の方を振り返る。


「一体どういう事なんだ?」


 殿下は不機嫌さを隠しもせず私にたずねる。


「君は了承してくれたと、そう思っていたのだが」


「それはその……なんというか……」


 私は何と返事を返せばいいものか考えあぐねる。


「君は他に将来を共にしたいと願う者がいるのか?デミアンか?」


「いませんし、デミアン君は同僚で、友達に近い知り合いなだけです」


 そこだけはきっぱり否定しておく。


「ならば、君にとって俺はどうなんだ?」


「それは……」


 今一番答えが欲しいと、私が願う問いかけだ。


「で、殿下は色々良くしてくれるし、好きです。でもこの気持ちが恋愛的なものなのかどうか。それが自分でも良くわかりません」


 うまく取り繕うことすら無理だと悟った私は、正直な今の気持ちを伝える。


「そう、か」


 エメル殿下は落胆したように顔を机に伏せる。


「あの……殿下」


「……なんだ?」


 顔を伏せたままの殿下に、私は思い切って提案してみる事にする。


「いままでみたいな関係じゃ、ダメですか?」


 その上でおいおい萌えポイントを見つけたいんです……とは流石に言えないので、上辺だけ伝えてみた。


 しばしの沈黙の後、エメル殿下はゆっくりと顔を上げる。その顔にはどこか傷ついたような複雑な表情が浮かんでいた。


「君はそれでいいのか?」


 むしろそれがいい。けれど、殿下がまるで心にガラスが刺さった、そんな表情をしているので、そんなこと言えない。


 それにそんな切ない表情をさせているのが自分のせいだと思うと、罪悪感で私も心が痛い。


「どうして、殿下は私に婚約指輪なんてくれたんですか?」


 質問に質問で返すなんて、ルール違反だとわかっている。わかってはいるけれど、今の私にはこう返すのが精一杯だ。


「それは……あぁ、もう!!」


 エメル殿下は髪をくしゃくしゃと掻きむしると、どこか諦めたような表情で私を見つめた。


 そしておもむろに椅子から立ち上がり、私の方にツカツカと歩いてくると、ソファーの横で停止した。


 私は今から何が起こるのかと、殿下を見上げる。


「いいか俺はティアリス・アルミスト……君に惹かれているんだ。だから、つべこべ言わず婚約しろ」


 恥ずかしそうに、しかし最後はぶっきらぼうに、いつものエメル節が炸裂した。


「で、でも」


「でもじゃない!!」


 まるで駄々をこねる子供のようにエメル殿下は私から視線を逸らす。


「君が……好きなんだ、たぶん自分で思うよりもずっと」


 蚊の鳴くような声で呟いた殿下は、不貞腐れた顔をしているのに、頬は赤く染まっている。


「くそっ、死ぬほど恥ずかしい」


 殿下は吠えると、私の隣にドカっと座り込む。そして両手で顔を覆うと、上半身をかがめてしまった。


 まるでこの世界から消えてしまいたいといった、弱々しい雰囲気満載で、ソファーに縮こまる殿下。


「俺は君がいないと生きていけない。どうしたらいいんだよ……」


 聞き取れるギリギリ、微かな声で殿下が呟く。


 今にも死にそうと言った、弱々しい殿下の本音を聞いた瞬間、自分の中で何かが弾け飛んだ。


「くっ、苦しい……」


 私は自分の胸をギュッと押さえる。


 苦しむ私の脳裏に浮かぶのはもちろん、現在進行形で私を悩ませる殿下のこと。


 エメル殿下という人は、いつも私の事を助けてくれるし、言葉足らずで察しろと丸投げするし、自己中で私の事を振り回す事が多い。けれど実はとても優しいし、頼りになる人だ。


 そんな頼りになる殿下が、私に好きだと告げた瞬間、不安気で、どこか懇願するように瞳を震わせていた姿が忘れられない。


 それに殿下が、今隣で羞恥に悶える姿がたまらなくいい。心にくる。私がいないと駄目だと言って、弱み全開で泣きそうなのもたまらない。


 ついでに殿下のこの姿を守りたいし、誰にも見せたくないし、見てほしくない。


 つまり独り占めしたい。


「こ、この気持ちはまさか……」


 私は殿下がたぶん好きだ。そしてその好きは誰にでも抱くものではなくて、特別な人に抱くほう。そして願うなら、私は殿下に「大丈夫だよ」とヨシヨシしたいまである。


 そう、ヨシヨシだ。


「ま、まさか私の中の眠れる母性が爆発した?」


 まだ、子どももいないのに?

 早すぎやしないか?


「まって、この心が鷲掴みにされる気持ち」


 これはシャローゼ様の言う、萌えポイントというやつなのではないだろうか。


 つまり私は弱った殿下が好き。


 そう気づいた私は、あまりの衝撃に言葉を無くす。


「何か言ったか?」


 殿下は体を折り曲げたまま、チラリと私に視線をよこす。その姿を私は自然に愛おしく感じた。


 心から溢れるのは、慈愛満載の優しい気持ち。


 なるほど、恋とは、愛とは、こういうものなんだと、私は穏やかな気持ちに包まれる。


「エメル殿下」


 彼の名を口にし、居住まいを正す。そして改めて殿下に向き直る。


「ど、どうした?」


 何処か怯えたような視線を私に向ける殿下。

 そんな殿下に構わず私は真面目な顔で告げる。


「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


「……それは婚約を受けるってことか?」


 一瞬キョトンとしたエメル殿下が、ガバリと体を起こし、期待に満ちた目で私を見つめる。


 私は殿下に小さく頷き返す。そして溢れる思いのまま、思い切り殿下に抱きついた。


「うわっ」


 殿下の情けない声が私の耳に届く。けれど私は、そんなのお構いなし、思いきり殿下を抱きしめた。ついでに頭をよしよしと撫でておく事も忘れない。


「お、おい」


「ふふふっ、殿下は私が守りますから」


「守る?一体何から?」


「ふふふ」


「ね、熱でもあるのか?」


 戸惑う殿下を私はさらに強く抱きしめる。すると殿下も恐る恐る私の背中に手を回し、ギュッと抱きしめ返してくれた。


 そして耳元で一言。


「ありがとう、ティアリス」


 殿下の口から囁かれたその言葉は、今まで聞いた中で、一番優しい声色だと思った。


「こちらこそ、ありがとうございます、エメル殿下」


 慈愛の心に満たされた私は、愛おしい気持ちいっぱいで殿下の肩に顔を埋めたのであった。

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