064 殿下と花火1
フロートから離れた私は箒に流す魔力を徐々に減らし、ゆっくりと下降する。そして大聖堂の人気のない裏手に降り立った。
「ふぅ」
私は箒を石壁に立てかけ、ペラペラのローブを脱ぐ。
フリッツ様が用意してくれたローブは、昨日『英雄のさかな』でコスプレイヤー達が着ていたものと同じような化繊のもの。見た目だけ魔法使いになれるタイプのものだ。
「クラリス様っぽさを意識してみたつもりだけど、うまくいったかな」
私は立てかけていた箒を手にし、一人呟く。
実のところ本当の私は、カトリーナさんに諭せるほど、偉くはない。
現にエメル殿下から、有り余るほど沢山の施しを受けて生きている。それなのに私は与えられている分を、未だ殿下に返せていないのが現状だ。
それはある意味、タダで欲しい物を手にしたカトリーナさんと変わらないような気がする。
「カトリーナさんみたいに可愛くなくて良かった」
もしカトリーナさんのように特別可愛く生まれたら、それを利用し殿下だけではなく、もっと沢山の人からタダで欲しい物を手に入れていたかも知れない。
だけど普通に生まれたお陰で、私は殿下だけに迷惑をかけるだけで済んでいる。
「同じ美貌に恵まれた人でも、クラリス様なら絶対にそういう事にならないんだろうな。って、フリッツ様はどこ?」
待ち合わせはこの場所で間違いないはずだと、私はキョロキョロと辺りを見回す。すると前方からフリッツ様とエメル殿下が、呑気な様子で肩を並べ歩いてきた。
「お疲れ様です。バッチリだし、格好良かったです。それにみんなティアリス様の幽霊だって信じてます」
「それなら良かったです」
上機嫌のフリッツ様はヌッと私に手を差し出す。
「はい。ローブは預かりますよ」
「ありがとうございます」
私はフリッツ様の伸ばした手に、素直にローブと箒を渡そうと差し出す。
「箒はそのままで」
「え」
「じゃ、後はごゆっくり。エメル頑張れよ!」
ポンとエメル殿下の肩を叩くと、フリッツ様はスタスタ歩いて行ってしまった。
「相変わらず、陽気で元気な人ですね」
私は箒を手にしたまま、笑顔でフリッツ様の背中を見つめる。
しばし待つも、横に並ぶ殿下から返事がない。
「どうやら屍のようだって、ど、どうしたんですか?」
私はエメル殿下の顔を見てギョッとする。
エメル殿下はギュツと口元を結び、思い詰めたような表情を私に向けていたからだ。
「まさか、カトリーナさんに何かされたんですか?」
私はその「何か」が良くわからないまま尋ねる。
「何でもない。とにかく、行こう」
ようやく口を開いた殿下はソワソワとした様子で、大事な主語を置き去りにした。
「どこへ行くんですか?」
「大聖堂の上だ」
「上?」
私は思わず顔を上げ、すぐ近くにそびえ立つ、重々しくかつ壮麗な尖塔を見上げる。
「階段は無理です」
流石にひと仕事終えた今、頂上まで階段で上がるのは勘弁願いたい。
「いくぞ。時間がない」
下ろしていた私の手が殿下に掴まれた。
「遠足ですか?」
以前殿下に「遠足では誰しもがペアの異性と手を繋ぐ」と言われた事を思い出し、私は深く考えず殿下と手をつなぐ。
「良く覚えてるな。でも今日は遠足じゃない」
少しだけ頬を緩ませた後、すぐに口元を引き締めた殿下は歩き出した。
「花火、楽しみですね」
「……そうだな」
不自然に開いた少しの間が気になる。
そういえば、今日は朝からエメル殿下はおかしかったような。
いや、いつもあんな感じのような。
私は正解がわからないまま、殿下に手を引かれ歩く。そしてすぐ、大聖堂の正門から敷地内に堂々と侵入した。
「流石にみんなパレードを見に行ってるんですかね」
普段は人で賑わう大聖堂。しかし今はガランとしており、人っ子一人いなかった。
もしかしたら、先程私が起こした幽霊騒ぎでみんな中央通りに駆けつけたのかも知れない。
「特等席で花火が見たいだろ?」
いつも以上にぶっきらぼうに口にする殿下。彼の視線の先は、私が手に持つ箒に向けられている。
「もしかして、箒に乗って上にいけと?」
「もしかしなくてもそうだ。ほら、はやく。花火が始まる前に」
殿下に謎に急かされ、私は箒に跨る。
「殿下、後ろに。私の腰にちゃんと捕まっていなきゃダメですよ」
「り、了解だ」
ぎこちない様子で私の腰に腕を回そうとして、すぐに手を引っ込める殿下。
紳士的な態度は大歓迎だ。けれどそれは時と場合による。
「落とされたいんですか?」
私は振り返り、殿下を睨みつける。
「いや、それは困る」
諦めた様子の殿下は、私のお腹の前でしっかりと手を組んだ。
自分でそうしろと言っておいて何だが、背中に殿下の体温を感じドキドキしてしまう。
「しっかり箒に掴まってください。いきますよ!」
私はぐっと足に力を入れ、地面を蹴る。するとフワッと浮遊した箒は、大聖堂の壁に沿ってゆっくりと上昇していく。
「意外と高いな。絶対落とすなよ!」
耳元で叫ぶ殿下の腕がより強く私を締めた。同時にお腹の前で組まれている手にも力が入る。
「痛いです殿下。あんまり締め付けると、私が意識を失って、箒から落っこちますよ?」
「すまない」
「もしかして高いところは苦手でしたか?」
「……わりと」
消え入りそうな声だ。よほど怖いのだろう。内心、なぜ怖いのに上に行きたいのか意味がわからないと思いながら、私は何とか恐怖を和らげてあげようと声をかける。
「大丈夫ですよ。私は英雄と呼ばれるほどの魔法使いですから」
「それは良く、知っている」
顔を見たわけではないのに、ふっと殿下が笑った事が私にはわかった。
「もうすぐ大聖堂の一番上に着きますから、安心してください」
私は箒を操り、大聖堂の屋根を目指す。
程なくして目的地に無事辿り着く。
石造りの尖ったアーチ、小さな尖塔などに囲まれた屋上テラスは、思っていたよりずっとなだらかな傾斜になっていた。
「着きましたよ殿下」
私は箒を大聖堂の屋根に下ろし、声をかけた。すると殿下はすぐさま私から手を離し、箒から降りる。
「もう怖く無いんですか?」
「足が地につけば、平気だ」
そういうものなのか。私は何となく納得し、先を歩く殿下を追う事にする。
「この辺がいいか」
殿下は屋根の一番上、棟と呼ばれる平たくなった部分に腰を下ろす。
「ここからの眺めは最高だな」
「そうですね」
屋上からは、パトーラ周辺の景色や町の風景を一望することができた。
お祭りと言うこともあり、普段より多くの灯りが点り、賑やかな街の光景が広がっている。屋根の間を抜ける風が心地よく、人々が楽しむ歓声や祭りの音楽が聞こえてきた。
「君の過ごしていた時代にも、花火はあったのか?」
「ありましたよ。祝祭なんかの時に、魔法使いが空に火球を打ち上げたりするんです」
「魔法使いが?」
「えぇ。だから春のお祭りの時期は、魔法使いは稼ぎどきだったんです。一発いくらって感じで小銭を稼げるので。でも打ち上げているうちに楽しくなっちゃって、ついおまけで何発も空に花火を咲かせちゃうんですよ」
話しながら当時の事を思い出す。
一度嫌がるメレデレクを無理やり誘い、花火のアルバイトをした事があった。
『花火ってすごく綺麗だと思わない?』
『思わない。なぜなら自分で打ち上げているんだからな。とんだ肉体労働だ。俺は二度としない』
あの時は珍しく饒舌に不満を口にするメレデレクだった。けれど私は今までみた中で一番大きくて、複雑で、誰よりも彼の花火が美しく夜空を飾っていたと記憶している。
「現代の花火を見たら君は驚くかもな」
殿下の声で私は意識を現実に戻す。
「そんなに凄いんですか?」
「あぁ。星の瞬く夜空に、大きな火球がいくつも浮かび上がるんだ。光の筋は赤や青、黄色など様々な色に輝き、まるで色鮮やかな花が咲くように爆発する」
殿下の言葉に私はテンションが上がる。
「それはすごく楽しみです」
「だろ?」
私達はその時がくるのを待つため、しばらく黙って街を眺めていた。
するとついにその時はきた。
「あ、あれですよね」
私は夜空に真っ直ぐ上がる一筋の光を指差す。
「あぁ、そうだ」
殿下の静かな声と共に空がキラキラと光り輝いた。それから間を置かずに、ドーンと地を震わせるような爆発音が鳴り、大聖堂や街の至る所から歓声が聞こえてきた。
「すごい、綺麗ですね」
まるで夜空を覆うように、大輪の花が幾つも咲き乱れる。一つ一つの火球は小さいけれど、その分多く花開き、とても美しい光景を作りだしていた。
「きれい」
私は自然に口から漏れる。花火を表現する他の言葉が思いつかないからだ。
現代の花火は爆発音が増しただけではなく、色彩豊かだ。それに形も単純な円形のものだけでなく、花や動物の形をした花火など多彩なデザインのものが夜空に次々と浮かびあがっている。
空に広がる花火の美しさは、見る者の心を幸せで満たしてくれる。そして一瞬の間だけでも平和と喜びを感じさせる、特別なもの。どうやらそう感じる気持ちは、時代に関係ないようだ。私もかつて花火を見て同じような事を思った事があるから、間違いない。
「みんなにも、こんな凄い花火を見せてあげたかったな」
囁くように口からついこぼれてしまう本音。
私は今は隣にいないみんなの分もしっかりとこの目に収めようと、花火を見つめていたのであった。




