065 殿下と花火2
空に打ち上がる花火は、夜空に華やかな色彩を広げている。
最初は静かな光が打ち上がり、次第に空を照らし大きく広がっていく。青、赤、黄色などの鮮やかな色が夜空を舞い踊り、煌めくグラデーションを次々と作り上げていく。
私は飽きることなくその様子を眺め、無言で空を見上げていた。
「泣いているのか?」
「え?」
突然殿下に問われ、私は頬に触れる。
すると、確かに頰に濡れた感触があった。
「あ、これは目にゴミが入っただけで」
慌ててポシェットの中に手を突っ込む。すると私がハンカチを探り当てるよりも先に、殿下が私の頰に触れた。そしてそっと指の腹で涙を拭い取る。
「君はいつだってそうやって、過去の仲間を思い出して、寂しそうな顔をするんだ」
殿下は手を引っ込め、不貞腐れた声でそう言うと空を見上げた。
「……私、そんなに頻繁に寂しそうな顔をしていますか?」
「している」
きっぱりと言い切られ、私は気まずくなった。
そんなにあからさまだったのだろうか。
というか、なぜ殿下は私の涙をあんなふうに、恋人同士みたいなやり方で拭いてくれたのだろう。
次々と疑問が湧き起こり、私は落ち着かない気持ちになる。だから殿下を真似するように、空を見上げた。
ドーン、ドーンと大きな音が響き、花火が絶え間なく打ち上げられている。
切なくて、でもとても綺麗だ。
「君が寂しそうな顔になると、俺は辛い」
「なんでですか?」
何も考えず、口から疑問が飛び出した。
そしてすぐに、今の自分がした発言は酷いと気付く。
「別に塔から助けられたこと。それを後悔したりしていません。むしろエメル殿下にはお世話になりっぱなしで、申し訳ないと思っています」
私は慌てて、日頃の感謝を述べた。
「気にするな。それに俺が言いたいのはそういう事じゃない」
「そうなんですか?」
私はさっぱり殿下の気持ちがわからなくなった。
最近は何となく意思疎通がスムーズに出来ていると思っていたので、わりとショックだ。
「メレデレク様が」
殿下は言いにくそうに、かつての私の仲間の名前を口にした。チラリと横を覗き見すると、殿下はまだ真面目な顔で花火を見つめていた。
「かの英雄、メレデレク様が残した日記。それを俺は子どもの頃、偶然見つけて読んだんだ。それから何度も何度も読み返した」
「子どもの頃ですか」
子どもなら対象年齢にあった、他に読むべき本は山ほどありそうだ。それなのになぜよりによって彼の日記を、しかもそんなに何度も読み込んだのだろうか。
私は理由が気になり、殿下の言葉を静かに待つ。
「彼の日記には、君が良く出てきたんだ」
「私が一人塔に残ったこと。それを後悔していたんですよね。それから……まぁ、うん」
メレデレクが私を想ってくれていたこと。それが記されていたのだろう。
「だから俺は君に会う前からずっと、君の事が気になっていた。だから俺は……」
殿下が意味深に言葉を切る。
「つまりはそういう事だ」
つまり殿下の言葉を要約すると、察せということのようだ。
「な、なるほど。確かにそれなら、私を研究対象として、殿下がついうっかり保護したくなる気持ちが理解できたような?」
思わず疑問形になってしまった。なぜなら私が寂しそうだと殿下がどうして辛いのか。肝心なその点が今の回答では全くわからなかったからだ。
「君は人には何でも口にしろと言うわりに、自分は何もわかっていないんだな」
今度は殿下が突然怒り出した。
大抵こういう時の殿下は、言いたい事を上手く言い出せなくて自分にイライラしている時。
私は殿下と一年近く共にいて、すでにこのパターンは学習済みだ。
「あいにく、全然わかりません。よろしかったら教えて頂けますか?」
私は大人気ない殿下の真似をして、嫌味っぽく返した。
人にした事は、自分に返ってくる。
その事を殿下に知らしめるためだ。
「メレデレク様は偉大だ。そんな彼が好きになる女性はどんな人なんだろうと俺は興味を持った。それで自分なりに、彼の日記に登場する君を分析したんだ」
「え、それは気になります」
一体メレデレクから私はどう映っていたのか、どこが好きになってもらえるポイントだったのか。
今後に活かしたいので、是非とも聞きたい。
私は空を見上げる事を完全に放棄し、殿下の返事をジッと待つ。
「性格とセンスが良くて、才能溢れて、何より美しいと」
言いにくいのか、聞かれたくないのか、殿下がボソリと蚊の鳴くような声でもらす。しかし私にはハッキリと聞き取れてしまったんだな、これが。
「もしかして私って、客観的に見たらそう見えるってことですか?」
ひょっとすると、今まで私は自己肯定感が低すぎたのだろうか。私が美しい、そうか、美しいのかと思わず頬を緩める。
「実際の君を見て俺は気付いた。全然違うじゃないかと」
大真面目な顔で告げられた。
「……」
私は無言の圧をかける。
「いや、実際はその通りなんだが、そもそもが違うというか。流石伝説の魔法使い、目の付け所が違うというか」
殿下は回りくどい言い方をした。
「概ね理解できました。私が人並み外れて美しいということが」
私はまるっと要約しておく。
「そこまで言ってない」
「でも性格とセンスが良くて、才能溢れて、何より美しいとメレデレクは彼の日記に、しっかりくっきり記していたんですよね?」
「そうだ。でも俺は君が織りなす魔法を見て、正確とセンスが良くて、才能溢れていて、何より美しいと感じたんだ」
「…………」
私は思わず沈黙した。つまり私が褒められていたのは、魔法の事だったと。
「酷い、それって、全然恋じゃない」
「いや、俺はそう思わない。メレデレク様は君が好きだった。その事実は間違いないだろう。ただ、常人には理解し難い感覚で、君が好きだっただけだ」
「……そういう事にしておきます」
私は潔く殿下の考察を受け入れた。
メレデレクが私を好きだった。
色々知って、少し大人になった今なら何となく、彼の気持ちがわかる。何より私が塔に鍵をかけるあの瞬間、彼は私の誕生日を覚えてくれていたのだ。それが全ての答えに違いない。
「誕生日、おめでとう」
こちらを凝視した殿下が、私を祝ってくれた。
唐突すぎるけれど、エメル殿下はそういう人だ。
「ありがとうございます」
私は笑顔で喜びを伝える。
塔で過ごした二年間に知ったこと。
それは、自分一人で祝う誕生日は寂しいということ。
いくら「おめでとう」と自分に言い聞かせても虚しいだけ。
むしろ誕生日なんて儀礼的に認識しておくだけのもの。
塔にいる限り、今日も明日も何も変わらない。
そんな風に一際強く実感してしまう日で、とても侘しかった。
けれど誰かに「おめでとう」を貰うのは嬉しい。その事を私は今、すごく実感している。
「ティアリス嬢、手を出してくれないか?」
「手ですか?」
私は首を傾げながら、右手を差し出す。すると殿下はポケットから小さな箱を取り出し、私の手の平の上にのせた。
「開けても良いですか?」
私が尋ねると、殿下は黙って頷く。
了承を得た私は、ゆっくりと箱を開ける。すると箱の中には指輪が納められていた。
「わぁ、綺麗」
シンプルなデザインだが細かい彫り細工で模様が施されている。
指輪の中心に光る小さな石はアメジストだろうか。エメル殿下の瞳と同じ色でとても綺麗だ。
「こんな高そうなもの、いいんですか?」
「君の為に用意したものだから」
殿下は私の手から箱を取ると、指輪を取り出し左手の薬指にはめてくれた。
「……ぴったり」
私は呆然と自分の左手を眺める。一体いつの間に測ったのだろうか。
「なるほど。泥棒疑惑の時か」
殿下に遺跡泥棒だと疑われていた時。私は頭のてっぺんからつま先までくまなくお医者様に調べあげられた。
多分あの時にしっかりと指のサイズまで測っていたに違いない。
「エメル殿下、ありがとうございます。初めてこんな高価で素敵な物を頂きました。とっても嬉しいです」
私はぴったりはまる指輪を眺めながら、思わず頬を緩める。
「つまり、そういうことだ。よろしく頼む」
大真面目な顔で殿下が私に告げる。
「なるほど、そういうことですね」
一体どういう意味なのかわからない。
とは言え、殿下はいつも主語を忘れがちなので、私の読解力はこの一年で随分鍛えられた気がする。
そんな私の自慢の読解力が示すのは。
これからも古文書の解読を頑張れ、という事なのだろう。
言われなくても頑張るつもりだけれど、指輪という素敵な餌をもらったので、もっと頑張ろうと私は密かに誓う。
「それから、君は美しいと思う」
ドーンと花火の音が鳴り、私の心臓は殿下の言葉にドキドキしているのか、それとも花火のせいなのか、判断が出来なくなる。
「もちろん君の魔法もだが」
私は黙って殿下をジッと見つめた。花火の光に照らされた殿下は頬を赤くして私を睨みつけている。その様が妙に可愛くて、私は笑いがこみ上げてきた。
「もう魔法、それでいいです」
「笑うな」
エメル殿下は私の鼻をむぎゅっとつまんだ。それから二人で何だかおかしくなって、花火を見ながらしばらく笑い続けた。
「誕生日おめでとう、ティアリス」
最後にもう一度、殿下が私に最高の誕生日プレゼントをくれた。それはようやく私の名に「様」も「嬢」もつかなかったこと。
こうして私は、久しぶりに幸せいっぱいな誕生日を過ごしたのであった。




