063 降臨、満を持して
箒にまたがり空に勢いよく飛び出した私は、フロートの正面でピタリと止まる。
「あれは何だ!!」
馬に騎乗した騎士扮する殿下が、わざとらしく私を指差す。
「魔法使いだ」
「でも街中で魔法を使ったら、エーテル管理局が飛んでくるぞ!」
「不審者だ」
「無許可の魔法使いかも知れないぞ」
「誰か早く警察に連絡しろ」
地上にいる人達が一斉に各々のエーテルフォンを取り出した。画面の明かりに人々の顔が下から照らされ、ある意味ホラーな状況だ。
「いや待て。黒いローブのあの格好。ティアリス様の幽霊なんじゃないか!!」
またもや殿下が声をあげ、集団心理を誘導する。
そもそもこの茶番は発案者のフリッツ様により、エーテル管理局にも帝国警察にも報告済み。
『フロートが停止する場所でティアリス様の幽霊が現れるんだ。それで人々に世界平和の大切さを悟るという余興を、軍主催でやるって報告してあるから、思う存分やっちゃって下さい』
今朝、フリッツ様は悪巧みをする子どもみたいな表情で、私に計画を明かしてくれた。
正直なんで私が?と思わなくもないが、殿下に「フリッツ様に協力すべき」と進言した手前、自分だけ蚊帳の外というわけにはいかなくなった。
それにやっぱり、私の名前の横に犯罪者の名がつき、新聞の見出しを飾るのは遠慮願いたい。
そんなわけで現在私は、関係各所から渡された魔法使用許可書をしっかりと懐に忍ばせ、箒にまたがっているという状況。
言い換えれば、今日は公的に魔法使用が許可されているということで。
私は殿下から借りたウイッチワンドを天に掲げ、雷魔法を打ち上げる。
ピカッと鋭い閃光が空に咲いた瞬間、地上から一斉に歓声が上がった。
「あんな凄いの見たことない。やっぱりティアリス様だ!!」
「すげえ、生ティアリス様初めて見たぞ!!」
「バカ、当たり前だろ。百五十年前に塔に封印されたんだから」
「だとすると、あれって本当にティアリス様なのか?」
「きっと、封印の塔から幽霊となり復活されたんだ!」
エメル殿下がまたもや、「幽霊」という単語を人々に刷り込むため大声をあげる。
「まさか……」
「本当に……?」
「誕生日に釣られたのか?」
「幽霊なのに?」
人々の間に、ざわめきが広がる。
「静まれ!!」
私は最大限の声量でそれっぽく、告げてみる。するとざわめく人々が一斉に口を閉ざした。
多くの人が自分の声に従うという滅多にない現象に、私は密かに快感を覚えた。どうしよう、癖になりそうだ。
「幽霊となり降臨して下さったティアリス様、お会いできて光栄です。しかし、いったいなぜ?」
エメル殿下は大げさな声と、芝居がかった動作で両手を広げる。
私は天に向けていた杖をゆっくりと殿下に向ける。すると彼はビクリと身体を震わせた。
今からする事は私からのサービスであって、台本にはないからだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! まずは話を」
私は殿下の言葉を遮るように、再度空に雷魔法を打ち上げた。
今度は先ほどよりも二回りほど大きな光が空を照らし、弾けて消える。
辺りがシンと静まり返った後、先程より大きな歓声が上がった。
「やばい、ほんとに癖になりそう」
私は小さく呟き、人々の視線が集まる中、口を開いた。
「静かにして。私は怒ってるのよ」
またもやシーンと静まった後。
「かわいいな」
「あぁ、以外に人間っぽいし」
「なんだ、全然怖くないぞ」
のんきな声が聞こえてきた。
私は拍子抜けし、攻撃力が三割ぐらい低下した気分のまま言葉を続ける。
「今日はみんなが私を祝ってくれると言うから楽しみにしていたの。それなのに、さっきの茶番は何だったのかしら。あれじゃ、まるでカトリーナ様のお誕生日みたいじゃない」
人々は頷きながら私の話に耳を傾けている。
「一年に一度しかない誕生日に、それを祝ってもらえないことほど悲しいことはないわ」
悲しげな表情と声を作り告げると、辺りがざわつきはじめた。中には鼻を啜る者もいる。
「確かに、さっきのアレは酷かった」
「そうだよ。あたし達はティアリス様に感謝を伝えたくて、この祭りの準備を頑張ったんだ」
「そうだ、そうだ。カトリーナはティアリス様を演じているだけで、本人じゃない!!」
人々の同情が私に向いた所で、本題に入る事にする。
「あなた達の気持ちはちゃんと受け取りました。ありがとう。でもね、私はまだ怒ってるわ。そう、堪えきれない、この思いッ!」
怒りを表すために再度ウイッチワンドを上に向け、空に向かって雷魔法を放つ。
先程よりも大きな破裂音と光が空にはじけ、地上からは拍手が巻き起こった。
「すごいなぁ」
「花火みたいで綺麗」
「幽霊とは思えないほど、魔法がリアルだよなぁ」
ドキリとする声の後。
「どうか怒りをお鎮め下さい」
「世界平和のためにもお願いします」
人垣から漏れた懇願の声に私は、恭しく頷く。
「私は人々の笑みが絶えない、そんな世界を望んでいます。だから私一人の犠牲で世界が幸せな未来を迎えるのであればと、封印の塔にも迷いなくひきこも……鍵をかけました」
緊張を含む状況で「ひきこもる」はなんか違うと、慌ててそれっぽく変更し、話を続ける。
「そんな私の想いを引き継ぐ子こそ、私の代役にふさわしいと考えます。さて、あなたはどう?今年の私にふさわしいと自分で思うのかしら?」
私はウイッチワンドの先をフロートの上にいるカトリーナさんに向ける。すると人々の視線が自然と私から彼女へと移る。
「わ、わたしは世界がいつまでも幸せであって欲しいと、毎日願っています!」
堂々と宣言するカトリーナ。
「違う、彼女はティアリス様のように世界平和なんか望んでいない。自分さえ得すればいい。そういう世界を望んでいる女性だ!」
人垣の中から男性の声があがる。
「その意見に賛成だ。俺も「自分のためにどれだけ出来るのか、それが愛情の証よ」なんて言われて、高価な指輪を彼女にプレゼントした事があるぞ」
「僕もだ。彼女は他の人からプレゼントされたと言って、わざわざもらった物を見せてくるんだ。それで「あなたの愛情はどのくらい?」って聞いてくるんだぞ」
「わかる。惚れてる間は、他の男に負けられないって、つい高価な物をあげちゃうんだよな」
男性の切ないため息が夜空の下に響く。
どうやらフリッツ様の言う通り、カトリーナ様に抱く好意を上手く利用され、金品を与えてしまった被害者男性が多いようだ。
「でも、あなた達はわたしが好きだからプレゼントをくれたんでしょ?嫌だったら断れば良かったのに」
カトリーナ様は平然と言い放つ。
「それは……」
「違うと言いたいところだが」
「確かに俺は君の気を引きたくて、プレゼントをしたけど」
苦い顔をする男性達から、なぜか私にすがるような視線が投げかけられる。
正直、私はカトリーナ様の外見にまんまと騙された男性側にもだいぶ非があると感じている。
けれど、そういった男性からの純粋な好意を犯罪スレスレで利用しているカトリーナ様も、人としてどうかと思う。
「あなた達は彼女の魅力に惹かれたから、高価な贈り物をした。彼女もそれを受け取る権利がある。だってそもそも贈り物なんだから受け取ると思うの」
私は客観的な事実を口にする。
「それは……」
「そうなんですけど」
「ぐぬぬ」
男性達は苦い顔で俯いてしまった。
「なんか可哀想じゃない?」
「そうだよね。好きな気持を利用されたって感じなのに」
「言葉巧みに貢がせた事実はあるんだろうし」
男性を諭した私に周囲がざわめきはじめる。
「そもそも勝手に見返りを求めていたのはあなた達じゃない。わたしは悪くないわ。ティアリス様の言う通り、欲しい物を言ったら買ってくれた。だから貰っただけだわ」
まるで水を得た魚のように、自分の正当性を主張するカトリーナさん。
「ティアリス様、この人達は、わたしにフラれた腹いせに嫌がらせをしているんです。わたしは一人しかいないのに。みんなと付き合えないから仕方ないのに」
ぐすん、ぐすんとカトリーナさんは涙ぐむ。
「私たちは全員が誰かに愛される権利を持っていると思います。ただし、その愛情が本物かどうかは、きちんと見極める必要がある」
私は箒を操り、カトリーナさんに近づいた。
「私は、皆から私に相応しいと選ばれたあなたならば、誰かを悲しませるのではなく、幸せにすることができると信じています。そのためにはまず、他人を利用する事をやめ、人への誠実さを持つ事が必要です」
カトリーナさんは私の言葉をじっと聞いている。
正直、聞いているのか、フリなのかはわからない。けれど彼女の心に何か届けばいいなと願い、話を続ける。
「これからは、同じ過ちを繰り返さないでください。そうすれば、周囲もあなたをもっと好きになるわ」
悲しそうに表情を曇らせる彼女に私は告げる。
柄にもなく、真面目に諭したせいでちょっと恥ずかしい。けれどいい機会だからと、最後の力を振り絞り集まる人々に向け私は再度口を開く。
「私の誕生日を祝ってくれてありがとう。来年も、再来年も続く事を楽しみにしています。それと百五十年前、私以外にも多くの人がこの世界を救いたいと願い、その生命を散らしていったこと。それも忘れないでいて欲しいです」
「はいッ!!」
「もちろんです」
私の言葉に人々から、調子よく威勢のいい声があがる。
私が言ったこと、それを明日になればみんな忘れてしまうかも知れない。だけど伝えておけば、ふとした時に思い出すかも知れない。
言葉にしておくこと。それはとても大事な事だ。
メレデレクに教えられたから、間違いない。
「それでは、そろそろお別れの時間です。残りのお祭りを楽しんで下さい」
私は人々が明るい雰囲気に包まれたのを見て、別れを告げる。
「では、みなさま、ごきげんよう。ララルーラ」
私はウイッチワンドを一振りし、空に火炎魔法で花火を打ち上げた。
それから、天高く箒を飛ばす。
「ティアリス様、おめでとうー!」
「ティアリス様、来年も来て下さいね」
「お元気でーー!」
「平和をありがとう!」
地上から人々の歓声が上がる。私は緩む頬のまま、夜空の向こうに消えるのであった。




