060 殺害予告が届きました
自然豊かなパトーラで迎える三日目の朝は、静かな鳥のさえずり――。
「殺害予告です」
わさわさと揺さぶられ、私は布団の奥により深く潜り込む。
「ティアリス様、寝てる場合じゃないですよ。ほら起床してくださいよぉ」
ガバリと無慈悲に布団をめくられ、私は渋々目を開けた。
「フリッツ、貴様。ここはティアリス嬢の部屋なんだぞ」
ドタバタとエメル殿下が私の部屋に飛び込んでくる。
「でも一応事件だし、閃いたというか、何というか」
「だとしてもだ。寝起きを見られたくない場合だってあるだろうが」
「あー確かに。よだれとか」
「そうだ、よだれとか」
エメル殿下とフリッツ様は揃って私の顔を確認した。
「朝からお揃いで、一体どうされたんですか?」
私は目を擦りつつ、さりげなく口元を袖口でなぞり、半身を起こす。
「大丈夫だ。君はよだれっていない」
殿下にはしっかりバレていたようだ。そしてよだれっていなくて良かったとホッとする。
「ティアリス様に殺害予告が届いたんですよ」
フリッツ様は「殺害」という言葉を物ともせず、ニコニコと笑顔で私に伝える。そんな彼とは対照的に、私は頭が一気に冴えた。
「わかりました。でもひとまず出て行ってもらえます?」
私は独身女性の寝室にノックもなく立ち入る不届き者を、ひとまず部屋から追い出したのであった。
※※※
手早く着替えを済ませた私は、現在朝食を取りつつ状況を確認している所だ。
「殺害予告って、 一体誰からですか?」
パンに手を伸ばしながら尋ねる。
腹が減っては戦はできぬと昔から言うからだ。
「それが、特に差出人の名前は記載されていなかったんですよ。しかも殺害予告は、なぜか我が家の玄関前に、これ見よがしに不自然に置かれていたし」
フリッツ様がコーヒー片手に教えてくれた。
侯爵家の玄関口に近づくためには、正門を突破しなければならない。しかし正門には門番が駐在しているため、用がなければ近づく事は不可能だ。
となると犯人は。
「屋敷の玄関に殺害予告が置かれていた。つまりそれは内部の者が手引きした可能性が高いと言えますね」
私は自分が立てた仮説を誰ともなく告げる。
「だよね。俺もそう思ってる」
部屋まで私を起こしに来たわりに、フリッツ様から焦った気配を感じない。とても不思議だ。
「まさか、もう犯人は捕まったのですか?」
「まだだよ」
フリッツ様は即答する。
「だったら、もう私は帰宅した方がいいですかね」
「だめだ」
新聞を広げたまま、エメル殿下が短く答える。
「じゃ、殿下は残ればいいじゃないですか。狙われているのは私なので、朝食が済み次第お先に失礼します」
自分が近くにいたら殿下まで危ない。それに生誕祭当日という人手がいる日に私のために人員を割いてもらうのも悪い。そう考えて帰ると提案した。それなのに殿下はこちらをチラリとも見ず、一言「だめだ」で済ますだなんてあんまりだ。
そっけない殿下の態度にイラッとした私は、パンにバターを塗りたくる。こういう時はカロリーなど気にしていられない。むしろウェルカムだ。
「落ち着け。狙われているのは君じゃない。今年のティアリス様役の子らしい」
新聞の横から顔を出した殿下が、衝撃的な発言をする。
「え、どういう事ですか!?」
「たぶん、うわさは本当だったって事だね」
フリッツ様が訳のわからない事を口走る。
「もう、殿下は新聞を読んでばかりだし、フリッツ様はのんきだし、今日の皆様はちょっとおかしいです。殺害予告ですよ?」
私は皿に落ちたパンを拾い、怒りを逃がすようにブチリとちぎる。
「す、すまん」
殿下が慌てたように新聞を畳んだ。
「フリッツの言い分だと、どうやらカトリーナ嬢の自作自演なんじゃないかと言うことだ。それにこの屋敷に勤める使用人の中に、彼女を信奉する者がいるらしい」
早口で殿下が私に事の経緯を説明してくれた。
今の殿下の証言で間違いないかどうか、私はフリッツ様の顔に視線を向ける。
「そういうこと。なぜなら彼女から自分を警護して欲しい人物としてエメルを指名してきましたからね。だから自作自演をしたんじゃないかと疑ってるってわけです。ほら昨日の事もあるし」
フリッツ様はニコリと微笑む。
そのわざとらしい笑顔を見つめ、確かに昨日フリッツ様は、カトリーナ様が殿下を狙っていると口にしていた事を思い出す。
「カトリーナ様本人には、ご確認したのですか?」
今の説明だけでは不十分だと感じた私は尋ねる。
「いや、まだだ。フリッツに何か考えがあるらしい」
こちらの機嫌を窺うように殿下は答えた。
「彼女は自らの美貌を武器に、罪なきピュアな男の心を弄ぶ危険な女性。被害が拡大する前に、大人である俺たちが、少し痛い目に遭わせようと画策しているという訳です」
フリッツ様は爽やかな笑顔で物騒な発言をする。
「大人が子供に手を出したら、それは立派な犯罪ですよ」
私は冷静に指摘する。
「彼女はすでに帝国で成人と認定される二十歳を超えている。だから立派な大人です」
フリッツ様は悪びれない。
「殿下、ちょっと」
私は隣に座る殿下に身を寄せる。
「もしかして、フリッツ様はカトリーナさんに告白をして振られたんでしょうか?」
私は殿下に耳打ちする。
「いや、あの手の女性は、フリッツのタイプではないような気がする。だから交際を申し込むとは思えないが」
殿下が小声で答える。
「聞こえてますよ。彼女に告白もしてないし、振られてもいません。それにエメルの言う通り俺のタイプでもない」
きっぱりと言い切るフリッツ様。
「じゃあどうして、懲らしめるなんて言うんですか?」
「個人的には正直放置しとけばいいと思います。そもそも騙される方も悪いし。ですが知り合いから、彼女に被害を受けたと訴える者が後を立たないと相談を受けまして」
「そんなに被害を訴える人がいるなら、帝国警察に頼んだらどうですか?」
そもそも法律や秩序を維持し、犯罪を防止し、犯罪者を捕捉、逮捕する役割を担う組織は帝国警察だ。だから今回のようなケースは軍に所属するフリッツ様の管轄外であるはずだ。
そう考えた私は、真っ当な意見を口にしたつもりだったのだが。
「それが、カトリーナ嬢はなかなか巧妙な手口を使うらしく、今のところ法で取り締まる事が出来ないらしいんですよ」
フリッツ様は困ったように眉を寄せる。
「それに何を隠そう俺に相談してきたのは、帝国警察の人間ですし」
「それは……」
確かに帝国警察以外で対処するしかなさそうだ。
しかし一体カトリーナ様はどんな悪い事をしたのだろうか。
「カトリーナさんの行った巧妙な手口って、具体的にどういった事なんですか?」
「報告に上がっているのは、悲しい話を作り出す、または弱々しい態度を取ることで、男性の同情を誘い、自分に貢がせる。同じように、自分の弱さや不安を見せ、男性に助けを求めることにより、思い通りに男性を操作しようとした。それから」
「わかりました。ありがとうございます。もう充分です」
私はうんざりした気持ちで、フリッツ様の話を中断させた。
もしフリッツ様の話が真実なのであれば、カトリーナ様は可愛らしい容姿には似合わず、かなり男性を意のままに操る事に長けているようだ。
「恐ろしい女性もいたもんだな」
他人事気味にエメル殿下が感想を述べた。
「そう。だからエメル。今回はお前が恐ろしい男になるんだ」
「断る」
殿下は即答する。
「考えもせず断るな。今のままでは、ティアリス様の名前までもが穢れるかも知れないんだぞ?」
ピクリと殿下の眉が動く。
「確かに、今後カトリーナさんの行動がエスカレートして詐欺師にでもなったら、殿下の大好きな新聞の見出しに、「ティアリス役の美女が詐欺」なんて大きく出ること間違いなしですもんね」
私はフリッツ様の肩を持つ。
私としても自分の名が悪いこととセットで使用されるのは勘弁だ。ここは殿下に何としてでも人柱になってもらいたいところ。
「ふむ、確かにそれは困るな」
殿下が真剣な顔で腕を組んだ。
「それなら殿下も力を貸してくださいますよね?」
私は満面の笑みで尋ねる。
「……で、俺はどんな悪人になればいいんだ?」
悪巧みを持ちかける私達に、殿下は渋々と言った感じで了承したのであった。




