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059 オフ会に参加しています(半ば強制的に)

 百五十年ぶりに訪れた『英雄のさかな』はたくさんの人で賑わっていた。私と殿下は席を少し空けてもらい、何とかお店に入る事が出来た。


「とりあえず、お疲れ」


 向かいに座る殿下が、エールの入った木のジョッキを掲げる。


「お疲れ様でした」


 私も殿下にジョッキを掲げ、並々に注がれたエールに口をつける。なんだかんだ一日中出歩き、カラカラになった私の身体。そんな時飲むエールは格別に美味しい。


 私は飲み過ぎないようにと、チビチビエールを口に含みながら、お店の中をぐるりと見回す。お店の壁には沢山の絵画が飾られていた。一体何が描かれているのかと目を凝らせば、それらはみんなが思う、美化された私の肖像画だった。


 今は春の訪れと抱合せで、私の誕生日を祝う祭りが街をあげて開催されている最中だ。


 致し方ないと私は乾いた笑いを漏らす。


「それにあれは私じゃないし」


 他人だと思う事で心を落ち着かせようとし、ついでに酔ってしまえと、グイッとエールを煽る。


「封印の塔が発見されてから一年かぁ」


 突如、隣からそんな言葉が聞こえてきた。


「そろそろ帝都で塔から発見されたティアリス様関連の遺物が展示されないかなと、期待してるんだが」


 私は殿下と思わず視線を合わせる。殿下は冷静を装っている。しかし確実に気になるようで、話し声のする方に自然に耳を傾けている。


「そうだよな。古代魔法研究所の連中だけで楽しむのは許せない」


「確かに。帝国市民の税金で運営されてるんだし、公開する義務がある」


 どうやらここにいるティアリスマニアを名乗る人達は、私の使い古した櫛やらシミのついたパジャマを見たいと願う人達らしい。


 英雄と呼ばれた人物の私物を見たいと思うのは自由だ。


 けれど自分のものを見たいと願う、生の声を聞くと実に複雑な心境になる。


「古代魔法研究所からの報告書によると、ティアリス様があの塔にいたという事実も発見出来たらしいしな」


「ほんとだよな。俺実はさ、封印の塔に自ら閉じこもるだなんて、美化されたおとぎ話なんじゃないかと、少し疑ってた」


 思わずピクリと眉間が動いてしまう。


「おいおい、そこがティアリス様が凄いところなのに」


「しかも封印されたのは自分の誕生日だという悲劇」


「そして封印の塔が解除されたのもまた、彼女の誕生日だという偶然」


「なんかドラマチックだよなぁ」


 想像を膨らませ盛り上がる面々。


「でも実際、ティアリス様の亡骸は未だ見つからずなんだろ」


「そうそれ、気になる」


「もしやエメル殿下あたりが密かに囲ってたりして」


 殿下がブホッと盛大にエールを口から漏らした。

 私は無言でハンカチを差し出す。


「すまない」


 眉根を下げ、私のハンカチで口元を拭う殿下。


 そもそもエメル殿下が私を囲っている。それは当たらずと言えども遠からずな指摘だ。よって、先程殿下が見せた動揺は、致し方ないというもの。


 けれど「本人も納得して囲われている」という重要な事実が抜けている。


「囲ってくれて、ありがとうございます」


 私は殿下に感謝の気持ちを伝えておく。


「あぁ……気にするな」


 口元を拭きながら、複雑な表情を浮かべる殿下。


 それにしても自分達の話題で盛り上がる人達と同じ空間で食事を取る。それは食事を楽しめる状況とは言い難いもの。


 これは早いとこ食事を済ませ、店を出た方が良さそうだ。


「この魚フライ美味しいですよ」


 私は魚フライとポテトの乗ったお皿をツツツと殿下の方に寄せる。


 大衆向けのお店なので、一皿を二人で分けても食べ切るのが大変そうだ。


「ありがとう」


 殿下が魚フライにフォークを伸ばす。


「でもさ、万が一ティアリス様が塔から発見されたとしても、百七十二歳ってことだろ?」


「あーそれは無理だ。俺はあのままのティアリス様が発見されて欲しい。ほんと、可愛いよなぁ」


 そう口にした男性の視線の先にあるのは、壁に飾られた美化した私だ。


「悪かったわね」


 実物は可愛くなくて、と思わず叫びたくなる。


 もちろん何気なく言った彼に悪気がないのはわかっている。けれど、本当の自分がどの程度なのかを良く理解する私は、どうしたって美化された私が褒められる状態が納得出来ない。


 もはやあれは私ではないのだから。


「ティア、このフライドポテトもなかなかうまいぞ」


 今度は殿下がお皿をツツツと押して返してきた。

 しかも周囲を気遣ってか、ティアと呼んでくれた。


 いつもは圧倒的に「君」と呼ばれ、次点で「ティアリス様か嬢」と呼ばれる事の多い私。殿下からの大変レアな呼び捨てに、つい嬉しくなり少しだけ心が落ち着いてきた。


 なぜなら、仲良くなったって感じがするから。


「ありがとうございます。ポテトって美味しいですよねぇ」


 私は遠慮なくポテトフライを口に入れる。

 何か食べていれば、反論したくとも物理的に無理だから。


「でもさ、封印の塔に何らかの魔法がかけられていて、あの塔から、肖像画そのままのティアリス様が発見されるって可能性だってあるよな」


「そうだよな。塔自体、急に出現したわけだし」


「タイムワープだったりしてな」


 私はポテトに手を伸ばしながら、何気なく放たれたタイムワープという言葉について思考を巡らせる。


 確かに未だ塔の中で私が感じた二年と外の世界の百五十年。その差異については解明されていない。その点について殿下に聞いたところ「俺は文系だから」の一言で片付けられてしまったからだ。


 けれど気にならない訳じゃない。


 しかしそれを解明した所で今の私が元の世界に戻れる保証もない。万が一タイムワープという時空を超える技術が確立され、過去に戻れたとしても、百五十年後の世界を知ってしまったニュータイプな私が、過去の常識の中で生きていけるか。


 それも全くわからない。


 だったら細かい事を気にせず、今を懸命に生きるのみ。そう思うしかないと、私は深く考えない事にしている。


「ポテト美味しいです。どうぞ」


 私は殿下にポテトを進めようと顔を向ける。


「いや、彼女に英雄らしさを押し付けるのは果たして正しい事なのだろうか」


 少し目を離した隙に、殿下はなぜか隣の人と話し込んでいた。


「英雄らしさってなに?」


 私は意味がわからず呟く。


「もしティアリス様が生きてたらって話しだよ。生きてたら、帝国の象徴として表立って活動して欲しいって会長が言ったら、君の彼がそういうのは良くないって」


 隣に座るペラペラのローブを羽織る男性が、親切に教えてくれた。


「なるほど」


 殿下は私の彼だと思われているのか。


「しかし、ティアリス様は我が国が誇る偉大な方だ」


「偉大だろうとなんだろうと、普通の女性でもある。英雄だから完璧だとは限らないし、人並みの幸せを願っているかも知れないだろう?」


 殿下が珍しく私の気持ちを代弁してくれている。


「まぁ確かに。あんだけ可愛かったら、浮いた話の一つや二つ、ありそうだもんな」


 またもや「その肖像画はフィクションだし」と指摘したくなる。


「歴史的にみて、エリオドア様とクラリス様はご結婚なさったし、ウィルマー様も。となると実はティアリス様は、メレデレク様と付き合ってたとか」


 男と女がいると、すぐにペアリングしたくなるという、人類の悪い癖が出たようだ。


「うわぁ、ありそうだな、それ」


「メレデレク様は古代魔法研究所を設立したしな。あれだってティアリス様が封印された塔の鍵を解除する方法を探る事が目的だったらしいし」


「切ないねぇ」


 当事者である私を置き去りにし、しんみりとした空気に包まれる皆様。


「メレデレク様が残した日記には彼女を塔に一人で残してしまった事への後悔。そして彼女への想いが書き綴られていたそうだ」


 殿下が静かに告げる。


「わた……彼女への想い?」


 それは初耳だ。


 メレデレクはいつもフードを目深に被り、人を寄せ付けない所があった。仲間の皆もそれを理解し、何か深い事情があり彼は一人が好きなんだと、わざと深入りしないようにしていたくらいだ。


 確かに仲間の中では同じ魔法職として、私が一番喋っていたけれど、彼から告白された事実はない。


「実際はどうだったんだ?」


 突如、大真面目な表情で殿下が私に尋ねた。

 それ、今聞く?と焦りながらも渋々答える。


「全く何もなかったと、記憶しています」


「ふむ。だとしたら彼の片想いだったのかも知れないな」


 殿下は、納得したように頷く。


「片想い……」


 あのメレデレクが?と私は内心ポカンとする。


 いつだって無口で、無愛想で……でも、そうだ。


 私に真剣にこうした方がいい、こうするべきだと魔法のコツを沢山教えてくれた。


 彼は人を避けているから、理解されにくい。だけど本当はとても仲間思いで優しい魔法使いだった。とその瞬間。私が塔に閉じ込められる事を選んだ時の記憶が鮮明に蘇る。


 確か彼は――。


『ティア、今日は君の……』


 メレデレクは何か心残りがあるような、そんな表情のまま、揺れる紫色の瞳を私に向けていた。


 あの時彼が言いかけた言葉、それは。


「誕生日」


 私は呟き、百五十年越しにようやく理解する。


「どうして言ってくれなかったんだろう」


 私は悔しくて涙が出てきた。いまさら彼の気持ちを知ったところで、もう手遅れだ。


「言いたくても、勇気がなくて、なかなか自分の気持ちを伝えられない人間もいる」


 殿下がまるでメレデレクの気持ちを代弁するように私に告げる。


 確かにメレデレクならそういうタイプだとしっくりくる。けれど当時の私は今よりもっと幼くて、魔物のことしか頭になくて、そういうわかりにくい彼の気持ちには気付けなかった。


「そうだとしても、やっぱりちゃんと伝えて欲しかったです」


 告白されてどうなるかなんてわからない。でも折角平和になった世の中で、私への後悔と想いに囚われ、誰とも結婚もせず、一人で生涯を終えたなんて悲しすぎる。


「メレデレクのバカ」


 私は涙を拭き、グビグビとエールを煽る。


「メレデレクのバカ、臆病者」


 今はいない彼への文句を口にし、魚フライにフォークを刺す。


「私は絶対幸せになってやるんだから」


 決意を込め、魚フライに齧り付く。少し冷めて硬くなった衣がサクッと音を立てた。


「言わなければ伝わらないか……」


 殿下はボソリと呟き、エールのジョッキをグイっと飲み干した。


「君の彼女は随分と、感情移入するタイプなんだね」


 殿下の隣に座る、魔法使いのコスプレイヤーが唖然とした表情で呟くのであった。

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