054 超絶美人なカトリーナさん
殿下の許可を得た私はスキップしたい気持ちをなんとか堪え、魔法の訓練をしているという、第二訓練所に向かった。
「あ! エ、エメル殿下っ」
第二訓練所に入ろうとした瞬間、殿下を呼ぶ声がして私は振り向く。すると数人の軍人に囲まれている一人の女性が、こちらに物凄い勢いで駆け寄ってきた。
彼女の勢いに思わず一歩下がる。そんな私とは対照的にフリッツ様はスッと殿下を庇うように前に出た。
今まさに、帝国軍人の模範的行動を見た気がする。
「なんだ、カトリーナさんでしたか」
どうやら彼の知り合いだったようだ。
フリッツ様は、スッと殿下を庇うように横に伸ばしていた手を下ろす。
「シアラー侯爵様から、殿下が来てるって聞いて、ご挨拶、しなきゃって」
はぁ、はぁと膝に手を置き、肩で息をしながらなんとか話すカトリーナさん。
裾に向かってきれいに広がる淡いピンク色のワンピースが良く似合う、とても可愛らしい女の子だ。
「どうみても民間人に見える彼女がどうしてここに?」
和やかムード満載のフリッツ様に対し、エメル殿下は厳しい表情で誰となく尋ねる。
確かに民間人が軍に出入り自由だとしたら色々とまずい。
「そんなに怒るなって。カトリーナさんは、今年のティアリス様役の子。明日のパレードの警備は軍が受け持つから、多分その打ち合わせなんだよね?」
フリッツ様が優しくカトリーナさんにたずねる。
なるほどこの子がそうなのねと、私は物語の悪役の代名詞、継母になったつもりでカトリーナさんを上から下までチェックする。
彼女からは二十歳とは思えないほどの愛らしさと無邪気さを感じる。
純白の肌は透き通り、瑞々しい青い瞳は清らかな泉のよう。
彼女の蜂蜜色の髪は、太陽の光を浴び輝きを放っている。
さらに言えば彼女の笑顔は、まるで春の陽光のように、周囲を明るく照らしている。
これはまさに、圧倒的美少女といった感じ。
私は「負けました」と早々白旗を揚げ戦意喪失。と言うか、こんなに可愛い子が私になるから、みんなが私を想像する際、外見のイメージレベルがどんどん上がるのだと気付く。
しかしその事は目の前の美少女には関係ない。完全に私のやっかみだ。
「はい。フリッツ様の言う通りです。まさか殿下がパトーラにいらして下さるなんて思ってなくて、とても緊張してるんですけど、でもとっても嬉しいです。明日は頑張りますので、是非見学なさって下さいね!」
明るく笑顔で答えるカトリーナさん。
彼女の周りにはポワポワと花が見える……気がする。
私は思わず「可愛い」と呟き、見惚れてしまった。
「あぁ、ありがとう」
エメル殿下は少し困惑した様子で、しかし最後には笑顔をしっかりと貼り付け答えた。するとカトリーナさんはポッと頬をピンクに染め上げる。
「憧れのエメル殿下に会えるなんて嘘みたい」
もじもじしながら、上目遣いで憂いある瞳を真っ直ぐ殿下にロックオンするカトリーナさん。
「今年のティアリス様にそう言ってもらえるのは、光栄だな」
エメル殿下は、カトリーナさんから目を逸らさずそう答えると、「じゃあ明日」と言って第二訓練所に向かって歩いて行った。
「かっこいい……」
カトリーナさんがそう呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
「カトリーナさん、気持ちはわかりますが、彼らも困ってますよ」
フリッツ様がその場に残った彼女に声をかけた。
打ち合わせ中なのか、数人の軍人さんがこちらに困った顔を向けている。
「あ! ご、ごめんなさい。私ったらつい」
彼女は顔を真っ赤にさせて、軍人さん達にペコペコと頭を下げた。
「フリッツ様、ありがとうございました」
そう口にすると軍人さんと共にその場を後にした。
フリッツ様は彼女の姿をしばらく見つめ、ため息を一つ吐いた。
「気付きました?」
突然問われ、私は意味がわからない。
「彼女、エメルを狙ってますね」
「え!?」
フリッツ様の言葉に思わず大きな声が出てしまう。
「でもそれは年頃の帝国女性ならば、誰しもが通る道です。なんてったって、あの見た目に皇子ですからね。でもエメルは絶対に靡かない」
「あんなに可愛いのに?どうして?」
私は素直に驚く。男性なら誰しもが横に並んで欲しいと願うであろうカトリーナ様に、エメル殿下が靡かないと断言する、その根拠が気になる。
「それは、まぁ、あいつも色々あるんですよ」
フリッツ様はお得意の二パッとした明るい笑みで誤魔化した。
私はふと今朝、エメル殿下が「俺には守るべきものがある」と照れてたようにフリッツ様に明かしていた事を思い出す。私はてっきり土偶……遺物の事だろうと思っていたけれど、実は誰か特定の人の事なのかも知れない。くわしく聞きたい。けれど、私がそれを問えば、カーテンの隙間から覗き見していた事がバレるというジレンマに悶える事しかできない。
「エメルは大丈夫だとして、気になるのはティアリス様、あなたを完全に無視していたことです」
フリッツ様は一人悶々とする私に真面目な顔を向けた。そこで私はエメル殿下の「守るべきものとは何か?土偶か?」という問題をひとまず封印し、先程カトリーナさんが私を無視していたかどうか。それを思い返してみる事にした。するとすぐに結論が出た。
私は不躾を承知で彼女をジロジロと観察していたけれど、彼女と目が合う事は一度もなかった。
なるほど、これはニナ様パターンか?と私は一人苦笑いする。
「先程ティアリス様は彼女に思わず「可愛い」と呟いていました。普通なら何か反応するはずです。しかし彼女はあの瞬間、眉間をわずかに動かしただけ、あなたを完全に無視していました」
「なるほど、眉間には気づかなかったです」
流石軍人だと、フリッツ様の洞察力に感心する。
「彼女はパトーラでも可愛いと評判の子なんですよ。だから彼女を信奉する若者も多い」
「確かに可愛い子ですもんね。ファンはいくらでもいそうです」
私はうんうんと頷く。帝都に比べ人口の少ないこの街では、相当な有名人である事は間違いない。
「彼女に惚れ込むあまり、少しでも彼女の気を惹こうと、彼女の言いなりになる過激な取り巻きもいて。それが密かに問題になっていたりもするんですよ。ティアリス様役の投票も、彼女が不正をしたと、そんな噂が一部で出ているんです」
フリッツ様は声を潜めて話す。
「でもあれだけ可愛いと、やっかみで悪い噂を流されたりもするんじゃないですか?」
私はクラリス様があることないこと。様々な噂を流されていた事を思い出しながら告げる。
主にエリオドア様の事を狙う貴族女性達から、彼女は偽善者だとか、一緒に旅する仲間の男を取っかえ引っ変えしているとか、不誠実な事をしているとか。実際は大したことない聖女だとか。
それはもう真実とはかけ離れた、酷い噂を流されていたものだ。
今思い返しても、腸が煮えくり返るほどムカつく。けれど目立ってしまうと、それだけ敵も増えるもの。当時同じ旅の仲間として存在していた私が女性の嫉妬の対象にならなかったのは、側にわかりやすく誰が見ても美しいクラリス様がいたからというのも大きい。
「やっかみ、その可能性が全くないとは言い切れません。しかしあの眉間の動き、何だか嫌な予感がするんですよ」
フリッツ様が顎に手を当てながら眉を顰めた。
「でもま、彼女も明日の準備で忙しいだろうし、もう会う事はないか」
フリッツ様は自分に言い聞かせるように告げる。
「そうですよ。殿下は予定が入ってるし、私はその付き合いでわりと忙しいですし」
「その点については、申し訳ございません。さ、世界を救った魔法を見せて下さい」
フリッツ様は爽やかな笑顔で私に告げる。
「ふふ、任せてください!!」
私は張り切って、第二訓練所に足を進めたのであった。




