055 久しぶりにぶっぱなします
第二訓練所に入ると、殿下は腕組みし壁に寄りかかりながら、魔法の練習をしている人達を眺めていた。
「遅い」
こちらに気付いた殿下に、不機嫌そうな声で短く叱られた。
「すみませんでした。ちょっと野暮用で」
私は最大限、濁して伝える。
「俺がちょっと引き止めちゃったんだよ」
フリッツ様が私を庇ってくれた。
「まさか、余計なことを」
殿下がキリリとフリッツ様を睨む。
「言うわけないだろう。それよりティアリス様から見て、うちの魔法隊はどんな感じですか?」
フリッツ様に問われ、私は慌てて首を振る。
「私は誰かを批評できるほどじゃ」
魔法は得意だ。けれど人に教えたことはない。もちろんメレデレクと魔法論のような事を話し合う事はあった。
けれど私の過ごした時代は、魔法が使えるだけで優れている証みたいなところがあった。だから、人の魔法を見極めるとか、その良し悪しを云々するなんて考えは浮かばなかったし、私にそれが出来るとも思えない。
「世界を救った君が批評出来ないんじゃ、誰も出来ないだろ」
エメル殿下に冷たく言われてしまう。
どうやら独りぼっちにしたので、ご機嫌ななめのようだ。
「でも、魔法の発動方法とかって、私の時代は師である魔法使いのやり方を盗むみたいな感じで、みんな我流でしたし」
「そのコツをみんなに教えてもらえると助かります」
フリッツ様はまたもやウィルマーを思い起こさせる、明るい笑みを私に向ける。
「コツですか……」
私は渋々魔法を放つ練習をしている面々を観察する事にした。
「はいそこ、もうちょい頑張って!教本通りの腕の角度で!はい撃て!」
教官らしき女性の叱咤激励の声で、炎や水が飛び交う訓練が繰り広げられている。どうやら的に向かって一斉に攻撃魔法を放つ練習のようだ。
そもそも魔法は大気中のエーテル内に存在する水・火・土・光・闇の属性を含む魔力を操作して行われるものであり、その操作方法は人によって異なる。
しかし、基本的な原理や技術は変わらないため、教本通りに学ぶのは魔法を発動させる最短ルートだと言えるだろう。
私の時代では、魔法の使い方は個々の感覚や直感に頼ることが多かった。けれどそれが正確な魔法の発動に繋がるわけではない。
見ている限り、「感覚よりも正確な技術が必要だ」という考えは、新しい時代の魔法訓練において大変効果的であるような気がする。
「彼らはまだ基本的な魔法の使い方を練習しているようですね。でもみんなとても上手だと思います」
私は殿下とフリッツ様に伝える。
実践となると、瞬時に該当の魔力を探る力が必要となってくるけれど、それはもう練習あるのみ。だからこうして指示され、一斉に魔法を放つ訓練は、魔力を探る力を鍛えるのに悪くない方法だと、私は感じた。
「基本をしっかりと身につけなければ、応用も効果的にできない。よって基本訓練は大切だ」
エメル殿下が言い放つ。
「ま、それでもあの女性軍官がもう少し厳しく指導するといいだろうな」
ボソリと殿下がとんでもない事を呟く。どうやら殿下の目指す先は、かなり高いレベルなようだ。
以前魔法が得意ではないとそんな風に言っていた。けれど思い返せば、彼はエリオドア様とクラリス様の子孫。だとするとあれは謙遜しただけ。実際の殿下はとんでもない魔法使いなのかも知れない。
「ならば殿下、私と手合わせしてもらえませんか?」
思い切って提案する。
私は腐っても魔法使いだ。百五十年前はこの腕一本で生きてきた。そのプライドが、殿下と腕試しをしてみたいと疼いている。
「君と?」
驚きの表情をこちらに向ける殿下。
「もちろん、私と」
私はウィルマーの明るい笑みを真似る。
「だめだ。帝国では通常、人に対して攻撃魔法を使用してはならない事になっている。そもそも魔法を当てたら怪我をするじゃないか。遊びで勝負していいものではない」
「そう言うって事は、私に当てる自信があるってことですよね?でも私はそう簡単に当たりませんよ。なんてったって、魔法は唯一の得意科目ですから」
私は殿下に、挑戦的な視線を向ける。
「いいじゃんか。魔法で自分にバリアをかけてさ、バリアが破壊された方が負けってことで」
フリッツ様が楽しそうに殿下に提案する。
「フリッツ、お前が口を挟むな」
エメル殿下はフリッツ様をジロリと睨む。
「そんな怖い顔しないでくださいよ、それに俺も久しぶりに見たいです殿下の魔法。みんなも実践を見た方が勉強になると思うし」
ニヤニヤとフリッツ様が笑う。どうもフリッツ様は殿下をいじるのが得意なようだ。
「みんな、今から帝都よりいらっしゃった一流の魔法遣い達の模擬戦が見られるぞ」
フリッツ様が殿下の返事を待たず、練習中だった面々に伝える。
「フリッツ!!」
殿下が慌てた様子でフリッツ様の名を呼ぶ。けれど、フリッツ様はパチンと片目をつぶる。そして殿下に近付くと何やら耳打ちをした。エメル殿下はチラリと私を見て、深々と溜息をつく。
「そこまで言うなら、君の力を見せてもらおう」
そう言ってエメル殿下が壁際から離れると、方々から拍手が沸いた。いつの間にか魔法訓練していた人達が一箇所に集まりこちらに注目している。
「負けた方が、今日の夕食を奢りで」
私は少し悪戯っぽく微笑み殿下に伝える。
「む、俺は負けない」
殿下が低い声で言い放つ。どうやら本気のスイッチを入れてしまったようだ。けれど私は、自分が負けるとは微塵にも思わない。
※※※
私達は公平を制するために、魔法指導をしていた教官の女性に魔法を弾くバリアをかけてもらった。というのも、バリア一つとっても、術者の魔法技術により効果に違いが出るからだ。
「あなたのウィッチワンドを貸してもらえますか?」
私はこちらを見守っていた、近くにいた女性に声をかけた。
「あ、はい」
緊張した面持ちの女性は、手にしていた木の杖を私に差し出してくれる。
「ふむ、オークか」
強靭で丈夫なオークの木は、初心者用の芯材としてよく用いられる。魔法の力をしっかりと受け止めることができ、長く持続させることができるのが特徴だ。
初心者でも扱いやすいため、私のいた時代も魔法使いとなる最初の一本となるウイッチワンドはオーク材を選ぶ者が多かった。
かく言う私も最初の一本はオーク材だった。
少し懐かしい気持ちで、ポンポンと片手に杖を叩き付ける。
それから少し魔力を流し、杖の癖を見極める。
どうやらこの杖はかなり使い込まれているようだ。魔力の伝導率も悪くない。
私は杖の先からボッと小さな炎を出し、確認を終える。
「とても使い込まれている良い杖ですね。これをお借りしてもいいですか?」
「は、はいっ!」
嬉しそうな表情で返事を返す女性。
自分の杖が褒められて嬉しいと感じる人はすでに魔法使いの素質あり。
彼女は良い魔法使いになる予感がする。
「ありがとうございます」
私は杖を貸してくれた女性に微笑み、お礼を告げる。
それから少し離れた場所に立つエメル殿下に向き直った。
「お待たせしました。準備ができました」
私は杖を握る手に、魔力をためておく。
「それじゃあ行きますよ、せえのっ!!」
フリッツ様の合図で私は即座に火炎魔法を発動する。
しかし、殿下も同じタイミングで火炎魔法を放つ。
二人同時に放った火炎は、空中で衝突し見事相殺する。
どうやら最初の一手は同じ事を考えていたようだ。
「いけっ!!」
私は即座に氷結魔法を発動する。すると一瞬で氷結魔法が炸裂し殿下の足元めがけ氷柱が走る。
「すごい!流石ティアリ……ティア様!!」
周囲に身元が気づかれる事を警戒してか、私の名を省略したフリッツ様が手を叩いて喜ぶ。
「くっ、流石に早いな」
エメル殿下は私が放った魔法の発動速度を見て感心したように呟くと、なんとか土の壁を作り氷柱を打ち消した。
「殿下も、かなり早いじゃないですか」
私はニヤリと微笑み、スッと杖の先から魔法を発動する。すると殿下の足元の地面が一瞬にして泥のような液体になり、彼の足を地面に縫い止める。
「くっ、拘束魔法か」
殿下が杖を持った右手を突き出す。その手から電撃魔法が放たれる。
私は即座に殿下の頭上に水を張り、放たれた電撃を避けると杖を振る。すると殿下の頭上に大量の水が降り注ぎ、バリアを伝って床に落ちていった。
「やるな。俺も本気を出さないとな」
こちらに挑発的な視線を向ける殿下。すでに先程私がかけた足元の拘束魔法を解いているあたり、殿下もかなりの手練だ。
でも悪いけれど私だってまだ本気を出していない。
「これならどうだ!」
殿下が床に杖を突く。すると殿下がいるあたりの床から土槍が出現し、そこから無数の土槍が私に向かって襲いかかる。
私は自分の周囲に分厚い氷の壁を出現させ、土槍を防ぐ。今度はこっちの番だと、私は殿下に火炎魔法で応戦する。私の放った火炎は途中で無数の玉へと分裂し殿下に向かう。しかし殿下は土壁を何層にも出現させ、私の火炎を防ぐ。
「くそっ」
なかなか私に攻撃を当てられない事に苛立つ殿下に、私は素早く風属性魔法を発動する。周囲に強風が巻き起こり、エメル殿下のバリアめがけ風の刃が襲いかかる。
「くっ!!」
私の風の刃は殿下が咄嗟に出現させた岩に当たって弾け飛ぶ。しかし弾け飛んだ風の刃を操り、もう一度殿下に向かって飛ばす。魔法のリサイクルだ。
「なっ」
驚いた顔の殿下が再度杖を振るう瞬間。
「もらった」
私は自分の作り出した気流に背中を押してもらい、素早く殿下の元に走り込む。
「嘘だろ」
まさか魔法の戦いで間合いを詰められると思っていなかったらしい。
エメル殿下は驚き一瞬怯む。
そんな殿下に私の鋭い蹴りが入る。私の魔法を込めた強烈な足蹴りの一撃に吹き飛ばされるも、なんとか体勢を整える殿下。
「魔法使いだと思って油断しましたね」
私は殿下の背後に回り込む。そして咄嗟に振り向き、杖を振ろうとした殿下の杖を蹴り上げた。
「うっ!」
私が蹴り上げた衝撃で杖は吹っ飛び、殿下の手を離れる。
私はすかさず殿下の喉元に杖をつきつけた。
「ふふ、私の勝ち」
殿下を見上げ、私はニコリと微笑む。
「そこまで!!」
フリッツ様の声が響くと、周囲はどっと湧いた。
「魔法使いだからって、武術が苦手ってわけじゃないんですよ?」
私は殿下に突きつけた杖を放す。
「そうらしいな。俺は一生君を敵に回さないと宣言しよう」
肩を落としたエメル殿下は、私に一生の忠誠を誓ったのであった。




