056 新たな目標
駐屯地でお偉方と昼食を囲み、無事視察日程を終えた殿下と私は、ようやく自由時間となった。
「街に繰り出そう。大聖堂と孤児院は行かないとならないからな」
公務のような視察から解放された殿下は、まるで水を得た魚のように上機嫌になった。
しかもなぜか自分だけいつもの黒いスーツからカーキ色のワークパンツに、水色のダンガリーシャツというラフな格好に着替えている。
初めて見る殿下のラフな格好に、深い意味もなく凝視していると。
「何だよ。お忍びなんだ。これくらい許せ」
殿下は少し恥ずかしそうに、プイッと横を向く。
「別におかしいとか、そういうふうには思っていません。似合ってます、とても」
私は慌てて弁解する。これから二人で街を散策するのに、気まずいままは嫌だからだ。
「そうか。おかしくないなら良かった」
私に褒められた殿下はすぐに機嫌を直してくれた。付け足すように告げた「似合ってます」の言葉が、気分上昇の効果を遺憾なく発揮してくれたようだ。
「勝負に負けたから、夕飯は俺が奢る。何が食べたい?」
「魚フライとポテト。まだあるかわかりませんけれど、美味しい店があるんです」
「じゃ、そこで」
浮かれた様子の殿下と私はフリッツ様を駐屯地に残し、市内まで軍関係者に魔導車で送ってもらう。
市内に降り立った途端、今度は私のテンションが嫌でもあがる。
かつての記憶にあるまま。石畳の歩道も、大聖堂へと続くうねった細い路地裏の小道も、それから煙突やアーチ型の出入り口が特徴的なレンガ造りの店も、私が知る雰囲気そのままだ。
もちろんよくよく見てみれば、古いレンガの建物は、時の流れと共に色褪せ、ややくすんだ赤や茶色の色合いを帯びているし、店の中は至って近代的。今の時代に使いやすいよう改造、改築されている。それでも、パッと目に飛び込む風景は、私がよく知るパトーラの街そのままだった。
「すごい、タイムスリップしたみたいです」
私は思わずそんな感想を漏らす。
「君の口からそういった感想が出るってことは、現代に馴染んだ証拠だな」
「あ、確かに」
殿下に指摘され、私は納得する。
帝都に一年弱。私はどうやら百五十間のブランクを確実に埋めつつあるようだ。
「この辺は保存地区だからな。景観を守るための規制が特に厳しく、自分の庭にある樹木でも勝手に切っては、いけないことになっているんだ」
「不満は出ないんですか?」
自分の家なのに自由に出来ないなんて不便だし、そもそも好きなように庭いじりをしたい気もする。
「外から見える建築というものは多くの人の目につく。ある意味公共のスペースだ。だからこそ周囲を配慮してデザインされるべきという考えが帝国市民には、浸透しているからな。特に不満を持つ者はいないんじゃないか?」
「なるほど。この私が懐かしいと感じる景色は、理解ある市民のおかげなんですね」
「あぁ、その通りだ」
殿下と話しながら、私の生誕祭ということで、ピンクのリボンに鮮やかな花。それから美化された私が印刷されたタペストリーなどで目一杯着飾った、古き良き街並みを進んでいく。
「あ、確かこの先の横道」
見覚えのある風景に逸る気持ちを抑えきれず、私は先に立って細い路地裏の小道に入る。
「うわぁ、この道は全然変わらない」
私は急な坂になった石畳の道を見上げる。
頂上にある孤児院へと続くこの坂道は、行きはハンナ先生に、帰りは隠居した魔法使いのおじいちゃん、サイモンド先生に連れられて何度も往復した場所だ。
「子どもの頃は、魔法の練習の後は疲れちゃって。歩いても歩いても頂上につかなくて。あの頃は物凄い坂道だと思っていたんですけど」
大人になって実際に歩くと、そんなに大した事はない。
そうか、子どもは手足が短いせいで歩く歩幅が狭い。だからあの時は、遠く感じたのかも知れない。
「君の師である古の魔法使いサイモンドが晩年過ごした家は、ティアリス博物館として運営されているぞ。後で時間があれば立ち寄ってみるか」
「博物館ですか?」
「君が恥ずかしがるであろう品々が陳列されている。例えば、幼い君が髪の毛に結んでいた色褪せたリボンだとか、孤児院の先生を描いた絵だとか、それから将来の夢を書いた作文だとか」
「それ、絶対黒歴史。英雄にはプライバシーというものが存在しないんですかね」
私は薄目になって、殿下を見つめる。
「残念ながら、我が国から排出された英雄は国民の誇りであり、財産だからな。大なり小なりそういったものも一国民の記録として保管、展示され、後世にその人柄が語り継がれていくものなのさ」
殿下はすまし顔でサラリと恐ろしい事を口にした。
「あーあ、飾られる未来を知ってたら、絵の上手い子にお菓子と交換で描いてもらったのに」
「その気持は、わからなくもない」
「もしかして、殿下も、黒歴史を展示された事があるんですか?」
「もちろんあるさ。皇子なんて生まれた瞬間から、プライバシーのかけらもない生活を強いられるからな」
「心中お察しいたします」
殿下とお互いの境遇を嘆きながら、坂道をぐんぐん登る。
私たちは坂を上り切り、丘の上に立つ孤児院の前へ辿り着いた。
春を思わせる暖かい風が吹き抜ける丘の上からは、パートラの街並みが一望できた。
私は殿下と並び立ち、なだらかに広がる故郷を静かに眺める。
目の前に広がる風景は、私が幼少期に慣れ親しんだ懐かしい街並みだ。
古い石造りの建物が並び、レンガの壁が歴史と風格を語りかけるように佇んでいる。
孤児院の先生と、友人と過ごした日々を思い出す。そして初めて冒険者ギルトに登録した日のこと、それから新しく知り合った年齢も性別も違う仲間たちのこと。
「最初にこの地を離れる時、私には同郷の仲間がいたんです」
絶対有名になって、次この場所に帰ってきた時、その名を多くの人が口にするようになる。そんなふうに誓って旅立った仲間は、志半ばで魔物に破れこの世界に別れを告げた。
「私は確かに最後まで残って、だから英雄だなんてこんな風にみんながお祝いしてくれますけど、でも本当は沢山の仲間が私を助けてくれたから生き残れたんだと思います」
ヒラヒラと風に舞うピンクのリボン。
あれは私だけのものじゃない。
名は残らなくとも、私の中には数えきれない英雄の名が刻まれているのだから。
「そうだな。例え歴史にその名が残らなくても、君と同じ志で世界を救うために戦った、名もなき英雄は多く存在する。彼らの残した功績は、今から俺たちで語り継ごう」
殿下が励ますように、私の肩をポンと叩く。
「研究所に帰ったら、私も自分の覚えている仲間のこと、ちゃんと記しておこうと思います」
「そうだな。俺も手伝うよ」
殿下はどこまでも優しく私に微笑んだ。
「さてと、時間は有限です。行きましょう!」
私は思い出の詰まった懐かしい景色にくるりと踵を返し、大聖堂へと続く道に足を踏み出す。
今私の胸に湧くのは、懐かしさ。それからこの街との再会を心から喜ぶ気持ち。そして新たに出来た目標へと歩む決意だった。




