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◇とある先輩令嬢の憂鬱 ⑤


「あ」


 彼と再び顔を合わせる機会を得たのは、それから一年以上も後――私が卒業パーティのドレスを仕立ててもらう時期のことだった。


 私とアリオンは噂が消え去るまでに誠実に過ごすことだけで精一杯だったし、何より、ほとんど壊滅的だったアリオンの成績を持ち直すだけでも、学生生活は飛ぶように早く過ぎ去っていった。

 学年も違う以上、時折、遠巻きに聞こえてくる彼女の噂を耳にする程度の、そんな関係でしかない。


 元より、ミシュリーヌ様は我が家の保有する鉄加工の技術を欲して繋がりを得たかっただけであるし、そもそも家格が違いすぎる人間が下手に関係を深めると碌な事は無い、というのがナーウィング家としての判断でもあった。


「ナーウィング先輩」

「クロエでいいわ」


 だから、彼――ダニエル・グリエットが私の顔を覚えていたという事実が、私には一つの驚きであった。

 ちょうど、採寸を終えて発送の手続きをしていただけだ。あとは使用人に任せて、私はほんの少し彼の時間を貰うことにした。


 彼は珍しいことに一人だった。聞いたところによると、近頃のミシュリーヌ様は特待生の男爵令嬢に随分と目をかけているそうで、二人だけで出かけることが増えているのだという。

 ノエル・ぺルグランの名前は私も聞いていた。百年に一人の天才だとか、千年に一人の天才だとか。

 確か、魔法実技の授業で、一生に一度見られるかどうかという魔法だから見ておきなさい、と教授が実演のためにぺルグラン嬢を呼んだこともあった。

 実際、優れた魔法使いであることは疑いようもなかった。平民上がり故の奔放な振る舞いを嘲笑する者もいたようだけれど、それも、彼女がしばらくしてミシュリーヌ様と学内決闘をした後からは、ぴたりと止んだ。

 もしもあの決闘を見た後で、それでもあの二人に何か言える人間がいるのなら、それはもう勇気ではなく無謀だ。


 やはり、才能ある人間の周りに集まるのは規格外の存在ばかりなのだろう。

 何より、私の目の前に立つ彼こそがその筆頭であるのだし。


「あれから、どうなんですか。例の……彼とは」

「そうね、結構上手くやっているわ。ミシュリーヌ様のおかげね」


 彼はあまり、他人に興味のあるタイプではないように思う。だから、こうして話を振ってくれているのは、私に対する気遣いでしかないのだろう。私に、というよりは、ミシュリーヌ様が関わったことのある人間に対して、かもしれないけれど。

 心からのお礼を込めて口にしたのだけれど、彼はどうやらあまり信じてはいない様子で、少し困ったように笑うだけだった。


 あら。

 せっかくの素敵な婚約者の手柄だというのに、彼がその成果を信じてあげないのは如何なものかしら。


「アリオンの顔は覚えている?」

「ええ、一応」

「彼、この一年半で、更に美しくなったのよ」


 春妖精どころか、もはや幻獣呼ばわりされる程である。アリオンは半年ほど前から、卒業後に備えて我が家の事業に関わるようになったのだが、商談の場につれていくと成約率がなんと二割も上がるというから驚きだ。


 私は彼が美しさを保つために手を尽くしている時の、真剣な顔が好きだった。美容の最先端を行くには正しい知識が必要であって、彼はそういうもののためなら時間を惜しまないのだ。

 尋常ならざる美貌を保つために成される努力の全てを愛しいと思う。いつか、彼が自身に衰えを感じることになったとしても、そこに至るまでの時間全てが、彼が辿り着いた輝きと同等の価値を持つのだ。


「なるほど」


 アリオンの好きなところ、を語った私に、彼は分かっているのかいないのか、あまり熱のないように聞こえる相鎚を打った。

 その眼差しの真摯さを見るに、さほど感情が表に出るタイプではないというだけだろう。

 あとは単純に、私の語るアリオンの〝美貌〟というものが、彼にはあまりぴんと来ていないのかもしれない。


 まあ、そうだろう。なんたって、彼の隣に立つのは、あのミシュリーヌ・シュペルヴィエル公爵令嬢である。

 天上の女神もかくやという美しさを持つご令嬢だ。もしも私が彼の立場だったなら一秒も冷静ではいられないと思うのだけれど、どうやら、彼にとっては慣れたものらしい。

 と、思ったところで。


「確かに。そうですね」

「そうって?」

「美しさには価値があると思います。先輩が言ったような意味も、それ以外にも」


 視線で問う私に、彼は少し躊躇ったあと、分かりやすく冗談めかしたような声音で続けた。


「あまりに美しいと、多少の難は仕方が無いかな、という気になりますから」


 口の端だけを持ち上げて、ついでに両手いっぱいの紙袋も持ち上げてみせる。どうやら、全てミシュリーヌ様から言いつけられた買い物であるらしい。

 使用人に任せればいいものを、よりにもよって、一番大事に思っているだろう婚約者に任せるのだから、確かに彼の言うとおり、あの美しい御令嬢にはこれ以上無いほどの難があるのだろう。

 それを〝多少〟で済ませるあたり、彼も随分と参ってしまっているに違いない。彼女の持つ美しさ、というものに。


 もちろん、それだけではない。件の決闘を見れば、ミシュリーヌ様が彼をどれほど愛しているのかは明白だ。

 彼女のような人間が選ぶほどの〝何か〟が彼にはあって、そして、彼はきっと、自分が選ばれていると悟っているから傍にいるのだ。

 それは彼にとってはもはや誇るようなことではないほどに自然なことなのだ。だから、あんなにも当然の顔をして、彼女の傍らを歩いている。


 私もそうなれればいいな、と思った。アリオンに選ばれているのだと、意識することもなく確信を持っていられる自分に。


「お礼を伝えておいてくださる? ミシュリーヌ様のおかげで、とても良い学生生活になりましたって」


 笑顔で告げた私の言葉に嘘はないと察したのだろう。

 彼は浮かべていた笑みをほんの少し深いものに変えて、了承の意を返した。




 それからも、私とミシュリーヌ様の間にさしたる接点は生じなかった。あったとしてもそれはナーウィング家としてであって、私個人のものではない。

 一度、卒業後に後輩経由で、彼が帝国からの留学生と決闘したと聞いたくらいだ。ミシュリーヌ様との婚約をかけてのものだったらしいが、無事に彼が勝利したと聞いて、よかった、と思った程度でしかない。


 彼女にとっても、学生時代に少し手を貸した程度の先輩など、すぐに忘れてしまっているだろう。

 純鉄の加工は我が家の専売特許という訳ではないし、何より、彼女はもっと分かりやすく弱みを握った伝手もあることだし。


 精一杯生きている内に、日々はめまぐるしく過ぎていく。

 アリオンと私はあれから、約束通りに喧嘩と仲直りを繰り返して、同じようで違う日々をなんとか乗り越えていき、二人の娘と、息子をもうけた。

 娘二人はアリオンに似ていて、息子は私に似ている。天使も顔負けの麗しの姉妹と、顔立ちに華はなくとも背の高い息子は、どうやら割と目を引く姉弟のようだった。


 さて。此処でひとつ、問題が生じた。

 長女のルメリアが魔法学園の高等部に入学するとなった頃のことだ。


「お母さま! どうしましょう! 私、私、王子様と出会ってしまったわ……!」


 嫌な予感がするわね、と私の頭の片隅が、他人事のように言った。孫可愛さに様子を見に来ていた父は恐らく、我が事のように思い出していることだろう。私がアリオンと顔合わせをした日の夜のことを。

 ルメリアのはしゃぎようはそれにそっくりだった。はて。さて。


 王子様、とは一体誰のことだろうか。現在の学園高等部には王族は通っていない。

 あれから定期的に帝国からの留学生も来ているそうだが、私の調べた限りではそれも王族ではない。


 つまりはきっと、〝まるで王子様のような〟という意味の『王子様』ではあると思うのだが。


 アリオンを振り返ると、彼は若い頃と変わらぬ麗しの美貌を分かりやすく引きつらせていた。

 そうね。娘が何処の馬の骨ともしれない男に引っかかったかもしれない、と思うとそういう顔にもなるでしょうね。

 それが自分の美貌に見慣れた娘を一瞬で虜にする男だと確定しているのだもの。たまったものではないでしょう。


「まあ、そんなに素敵な方と知り合いになれたの? どなたかしら」

「知り合い、ではないの。遠くからお見かけしただけで、そんな、メリーみたいなのが声をかけたらいけないに決まっているわ……」

「メリーは世界一可愛いのに!? 何処のどいつだ、君をそんな風に言うのは!」

「アリオン、ちょっと黙っていて」


 娘の恋路において、彼に口を出す権利はない。

 学生時代の自分を殴りにでも行けるのなら考えてあげるけれど。


 熱っぽい頬を押さえ込むように両頬に手を添えるルメリアを促すと、彼女はその『王子様』の姿でも思い出したのか、うっとりと目を細めながら、溶けるような声で囁いた。


「ソルヴァート・シュペルヴィエル様…………」

「………………しゅ、シュペルヴィエル様なのね……」

「とっっっっても美しいの……天使様みたい…………」

「お、お父様よりも!?」

「アリオン、」

「お父様よりも!」


 黙っていて、と言うよりも早く、アリオンは黙り込んだ。気絶したとも言うわね。椅子に崩れ落ちたアリオンを、父が支えているのが視界の端で見える。

 父は、この二十数年の間、アリオンの真面目な働きぶりを見て随分と態度を軟化させたようだった。男同士にしか分からない感覚というものがあるのだろう。

 私と母、あるいは私と娘の間に、女同士でしか分からない感覚というものがあるように。


「……お顔を拝見したことはないけれど、ミシュリーヌ様のご子息ですものね……それは……恐ろしい程に美しいに決まっているわね……」

「まあ! お母さま! ご覧になったことがないの!? もったいない!」

「そうね。とても勿体ない気はしているわね……」


 有り難いことに我が家にも声がかかるので、公爵家のパーティに呼ばれたことは幾度かあった。

 主に、ご息女であるリフィルナ様の誕生日のお祝いの席がほとんどであり、長男であるソルヴァート様に関しては公爵家の身内のみでお祝いをされているようだった。 

 毎度、集まる面々が王太子妃となったノエル・ぺルグラン男爵令嬢だとか、帝国の大商家だとか、かと思えば伝説の商人であるとか、とても、お近づきになるにも恐ろしい方ばかりなので、ご挨拶だけして当たり障りなくお暇している。


 ソルヴァート・シュペルヴィエル公爵令息は、現在の公爵家の長男である筈だが、あまり表舞台に姿を現さない。

 生まれつき身体が弱いらしく、多くの高位貴族がそうであるように中等部の入学は見送っていると聞いていた。


 ただ、貴族籍を持つ人間は学園の卒業資格が得られなければ当主となれない。

 公爵家の長男がそれでは困るから、高等部からは入学だけして休学の手続きを取っていた筈だ。


 体調が戻って復学されたのなら、それは何よりである。心から祝福する思いだ。

 ただ、ほんの少しだけ思う。ルメリアの入学の時期でなくても……と。ほんの少しだけ。


「ソルヴァート様……! お母さま、私、私、ソルヴァート様の……」


 婚約者に、などと言われたらアリオンだけではなく私まで倒れてしまうだろう。

 病弱なご子息の身を案じてか、シュペルヴィエル家はソルヴァート公爵令息の婚約者を選定していないのだ。

 体調が落ち着いたら、と思っていたのかもしれないが、今ここに来て、婚約者の居ない恐ろしいまでの美貌の令息、などという爆弾を投げ込まれた学園は一体、どんな気持ちでいるのだろうか。


 それも含めて、ミシュリーヌ様は愉快に思われているのかもしれないけれど。そして多分、彼は変わらず、隣で額を押さえているのかもしれない。


「――ファンクラブを作りたいの!」

「ファンクラブ……」


 なるほどね、と私の頭の片隅が言った。そう、ファンクラブである。

 婚約者がいない、人ならざる美貌を持った麗しのご令息による諍いを防ぐのに、こんなにもいい手はないだろう。

 さて。そうと決まれば。


「ルメリア、貴女には迅速な働きを期待するわ。こういうのは手早く確実に済ませてしまわなければならないの。出来るわね?」

「もちろんですわ、お母さま!」

「そう。じゃあとりあえずお父さまを叩き起こしてちょうだい」

「もちろんですわ、お母さま!」


 ああ。

 本当に、美貌に弱いところだけ私に似てしまって……。


 倒れ込んだアリオンを嬉々として揺さぶるルメリアを横目にしつつ、私はいつぞやのダニエル・グリエットと同じように、額に手を当てたままそっと息を吐いた。




(最初は子供世代でも書こうかと思ってたのですが、メインカップル出ないのもな……と思って変えたら結局そんなに出番がないまま終わってしまいました。

 また何か浮かんだらおまけを置こうかなと思います。読んでいただきありがとうございました)


 特に意味の無いおまけ


【現シュペルヴィエル家】


◇ソルヴァート・シュペルヴィエル(長男)

金の髪にシアンブルーの瞳。祖父(ミシュリーヌ父)の血が髪色に出た。

ミシュリーヌと同じく闇属性の魔力が出てしまったために幼少期に隔離され、悪属性を習得するまで屋敷から出られなかった。別に屋敷の中でも楽しく過ごしていたのであまり気にしてはいない。

両親と比べると才能に劣るので『俺って顔ばっかりで最悪だな~』と思いながら過ごしている。自分の顔面がLv.100並である自覚はあるが、実際はLv.150であることにはあまり気づいていない。

母のことは(あまりに才能に溢れているので)ちょっと苦手。

父が休日に何をするでもなく遠乗りに連れて行ってくれるのが好き。馬より父の方が物理的に足が早いんだよな……と知ってからは微妙な顔になる日もある。父は馬と併走はしないから大丈夫だよ。

一番気を許している相手は伯父(ダニエルの兄)。


◇リフィルナ・シュペルヴィエル

二つ下の妹。黒髪にシアンブルーの瞳。瞳が兄妹でそっくりだとよく言われるので自分の目がお気に入り。

父と母が均等に混ざった結果、表情に乏しい美少女が出来上がった。あんまり印象に残らない雰囲気をしているが、のんびり屋なので本人としてもちょうどいい。気に入った人以外とはあまり喋りたくない。

小さい頃から母が大好き。父も好きだけど、残念、母はリフィルナのものなので……と思っている。

父は別に、まあ何がどうなろうと父自身は母のものなので娘がそれでいいならいいかな……と思っている。

中身も父と母が均等に混じったようなもので、やる気は無いが大抵のことは全部出来る。

一番心を許しているのはルーシェの娘。


◇母

娘を産んでからしばらくして髪を切った。貴婦人の間で短髪を流行らせたりもした。

息子は闇属性だったので習得の手解きをしたが、思ったよりも自分の才能を継いでいないことにはすぐに気づいた。大抵の者は自分より劣っているので特にどうとも思っていない。

が、元婚約者候補だったオーギュストからは昔の君なら絶対に碌でもない教育法になってたよね、とは言われている。実際、軟化している。

子供を産んでも変わらず夫を一番に愛している自分に気づいている。夫の子供なので好き。娘がどうも自分を好きすぎるので不思議に思っている。たまに困惑している。


◇父

妻の長い髪がとても好きだったが、実際子供が生まれてから闇属性だの魔力暴走だのなんだのかんだので尋常じゃなく忙しかったので言うまいと決めた。でも好きすぎるのでたまに夢に見る。

娘も息子も大変可愛いと思っている。二人のためなら何でもするつもりでいる。子供と妻を天秤にかけられたならまずはその天秤を壊しに行く。先に妻が壊すと思う。

妻が妻なりの理屈で子供達を愛してくれていることに気づいている。それでも仮に自分がこの世からいなくなっても子供達さえ居れば生活を続けてくれるという確信があり、そういう部分を愛している。


◇ルーシェ

学園にも通わなかったし、お嬢様のために生涯を捧げるつもりで全く結婚を人生計画に入れていなかった。

お嬢様も理解してくれていると思っていたが、どういう訳かある日お嬢様が「碌でもない男に攫われたら困るから」と突然結婚相手の選定を始めた。

すったもんだ(お嬢様が全然妥協してくれない)の末、とある子爵に相手が決まる。自分の意思で、一番一緒に居て安心できる人を選んだ。



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