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暗躍する救済と断罪4

 目を覚ました。

 ――いや、どうだろうか。確かに瞼の感覚は開いていると伝えてきているが、閉じても開いても、世界の色は変わらない。

 余す事なく黒に染められていて光はほんの一欠片さえも見えない。完全なる闇と言えば、その一言で片付いてしまう。

 時折聞こえる胎動の音。心臓の音というよりは、不気味に幾度も無く、無数の心音が重なり合って雑音のように頭を揺さぶってきている。


 己は時折忘れるのだ、この闇の中どれだけの時間この場所に居たのか。自分が何者であったのか。自分が本当に望んでいたものは何だったのか――何一つ思い出す事は出来ない。

孤独感もある。喪失感もある。希望は無いが、絶望に至る程でもない。

 ただ、時折誰かの声を聴きたいと願う事がある。誰かに触れたいと思う事がある。

そして思い浮かべた直後に、そんなものは夢物語だと否定する。


 その誰が誰だったのか、それさえも己の中には存在しない。全くの空白、否、黒。


 まるで空っぽだ、そう考えるとほんの一瞬、誰かの顔が過る。思い出せない、思い出せないが――こうして、己が闇に完全に呑まれそうになる度にその誰かは己を引き留めてくれた。


 ――少し疲れた、また少し休もう。


 元々深い暗闇である。光の一つない闇の中で意識を手放しても、意識を手放した自覚も無いかもしれない。

それでも、今はいい。まだ誰かを思い出せる内は――自分の存在を、証明できるのだから。



*******************


「………!」


 咄嗟に意識を取り戻し、顔を挙げる。

 視界を埋め尽くしたのは、真っ白な世界だった。どこかの宮殿の内部のような構造ではあるがその壁や室内に余す事無く雪が入り込み、元々は別の色であったろう壁も今や崩れ、あるいはひび割れ、白い雪に染め尽くされている。

 対照的な黒い鎧の騎士は首を左右に振り、緩く立ち上がって周囲を見渡した。


「んん…?私いつの間に寝ちまったんでしょう。」


 腕を組み、首を微かに捻る。記憶が曖昧ではあるが、一先ずは状況を整理するとしよう。


 黒騎士――イモータルは今、滅びの地へと足を踏み入れていた。勿論理由も無く近づいたわけではないし、そもそも行こうと思って通れるような場所ではない。滅びの地には極寒の吹雪が絶えず吹き荒れており、人が踏み入れれば無事では済まない、そんな領域なのだ。

 しかしそれ自体はゼロの敷いた結界であるので、ゼロの加護を得ているイモータルは通れる、筈だったのだが。


「……確か結界に足を踏み入れた直後に猛吹雪が吹き付けて来て。あれ、待ってください私死んだ!?」


 両手で頭を抱えて「ひぎゃー」などと意味のわからない悲鳴をあげて身を仰け反った。つまり今見ている世界は天国、または地獄、或いはあの世と言う事になるのだが。


「冗談はさておいて。」


 誰の反応もないところで冗談など発しても何の意味もない、空しいだけである。なので、イモータルは膝を叩いてジャンプするように立ち上がると凍り付いた床をブーツで踏み付け僅かに滑りそうになりながら両腕でバランスをとって、一息。


「死んだわけじゃないなら、滅びの地の内側って事になりますが……これ、運ばれたんじゃなくて結界の効果って事なんすかね。」


 よく見ると、足元には何やら雪の下に魔法陣らしきものが見えている。恐らく、一定の資格を持つ者が結界の中に入ると転送されるという効力が組み込まれていたのだろう。尤も、意識を奪われるというところまでは想定していなかったが、これは恐らく。


「絶対ゼロです。こんな悪戯すんのゼロに決まってます。」


 肩を落として溜息を零しながら、氷の床を歩き始めた。窓らしきものもあるが、凍り付いていて外の様子はよく見えない。

また、周囲に人の気配は無く、あるのは崩れかけた建物の壁だとか、既に朽ち果てた松明が凍り付いているものだとか、そんなものばかり。だが自然と凍えるような寒さは感じず、極寒の地というには室内は随分まともなのだなと考える程。


 イモータルの視界の先に、薄っすらと白い雪の隙間に見えるのは絨毯だろうか。無数の柱がそびえ立ち、その中央から真っ直ぐに絨毯は続いていて、凍り付いた階段の上まで続いている様子だが、その上からも人らしい気配は感じ取れない。勿論離れているし、気配を殺しているのならそれを察知できる程イモータルは気配に敏感ではない。

 で、あるからこそ。己が来た事を伝えるように彼女は足音を隠す事無く響かせ、階段の方まで歩み寄って行き、直前で足を止めて階段の先を見据える。どうせ薄暗くて見えないだろうが――そう思っていたのだが。


「あれ?」


 視界の先には淡く何かの光が映って見えていた。松明がまだ残っている、とはとても考え難い。ともすれば可能性など一つに集約される。

 そしてその予想が正しいのなら、イモータルの目的も達成される事になる。ゆっくりと足を進めて階段を昇って行く。

 相変わらず、外から聞こえる吹雪の音以外は何も無く、足音が長く続く階段に木霊した。

近付くに連れて遠目に見えていた淡い光はその存在を明確に示し、徐々に視界に明るさを与えてくれた。

ふと視線を壁へと向けると、いつの辺りからか、氷は無くなっている。薄汚れ傷んだ宮殿の壁が露わになって、凍結していたからかそれでも老朽化はあまり進んでいないように見える。


 やがて、階段を昇り終えるとそこには柔らかな赤い光が室内を照らしていた。

赤い絨毯が敷かれ、その奥には玉座らしきものが置かれている。柱は本数を減らしたがその道を挟むように左右に伸びていて、そのどれもがやはり、凍り付いていない。

 視線を正面へと戻し、次に見たのは赤い柔らかな光を発する存在を視界に収めた。


 半透明が白い霧に囲まれるようにして座り込み、両手を組んで祈りを捧げるように瞼を閉ざし、微動だにしない赤髪の少女。背は低く、幼子と言っても問題の無さそうな彼女は延々と赤い輝きを自らの周囲に放ち続けている。しかし彼女は石像のように動かず此方が音を立てて足を踏み入れても一つの反応をする様子も無かった。


「これがもう一人の魔女さんっすか……。」


 腕を組み、そんな彼女の様子を見ながらイモータルはここを訪れる理由を思い出すのだった。


*******************


 『救済と断罪の一派』との交戦から一週間程経過した頃の話。氷界の魔女ゼロと黒騎士イモータルは再び互いに顔を合わせていた。

 この頃のイモータルは未だに敗北した己の惨めさに打ちひしがれていて、ゼロには八つ当たりをしてしまった事から顔を合わせるのはあまり乗り気ではなかったのだが、「来ないなら人前で突然姿を現した挙句親し気に本名を呼んでやる」と脅されてしまったので渋々従う事にしていた。


「やあ、イモータル。今日もちゃんと来てくれたね。」


「……そりゃ突っ込み待ちなんですかねぇ。」


 いつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべるゼロに対し、兜を外して疲れ果てた表情のイモータルは肩を落として溜息を零す。

 銀色の長い髪を持つ、黒いローブとマントと羽織った少女の名をゼロ。今やイモータルとは共犯者的な関係ではあるのだが、最近に至ってゼロは自重と言うものを覚えたらしく人類を掻き回して遊ぶような真似はしなくなった。それもこれもイモータルと共に歩んだことで感情を学んだ、という事はイモータルは未だ知り得ない事実。

 一方彼女、イモータルもまた、いつも通りの黒いショートカットの髪に黒い眼帯を右目に着け、黒い鎧で身を包み黒いマントを靡かせているという漆黒そのものの姿。違和感があるとすれば生きているとは思えない死人のような白い肌くらいなものだろうか。

 しかしそんな見慣れた光景の中で、ふとイモータルは違和感が一つある事に気付き、表情を切り替えて視線をゼロへと向ける。主に、その首元――赤いマフラーが巻かれている部分へと。


「ふふ、突っ込みか。そうだよ、気付いてくれるのを待ってたよ。……どうだい?君から貰ったこれ、似合うかな……というより、結び方はこれであってるのだろうか。」


 最初はいつも通り柔らかな笑みを浮かべていたのだが、言葉が後半になるにつれて自信なさげに、戸惑うかのような表情へと変えながら自らの首元に両手を伸ばし、丁寧に巻いたマフラーを両手で持ち上げて見せた。

 ――その赤いマフラーは、かつてイモータルがとある人物の誕生日にプレゼントしようと考えていたものだ。残念ながらとある出来事を境にそれが不可能(自分の問題ではある、といえばあるのだが)になってしまった為、持て余していたもの。最初の頃にゼロに命を救われ、今の自分があると漸く考えられる余裕が出来た時、何か礼をしようとこのマフラーを半ば強引に押し付けたのだ。その時のゼロはとても興味が無さそうに首を傾げているだけだったので、多分捨てられてしまうのだろうなと物寂しい気持ちになっていたものだが、まさか。


「え、……ま、まだ持っててくれたんすか?それ。」


 そう、持っている事なんてほんの少しさえ考えても見なかった。だからこそ唖然とした表情は驚愕に変わり、瞬きを数度してゼロのその姿がまやかしではないのかと疑ってしまった。


「なんだい、捨てたほうが良かったと?」


「違う違います!いやその、なんていうか……意外っていうか、これも違いますね。」


 勿論、捨ててほしいなど考えた事もない。これも事実である。

 とすれば、イモータルはこう考えているだけである。


「なんていうか、その。ちょっと嬉しかったんすよ。貴女が私のプレゼントなんて持っててくれた事が。」


 次に不思議そうな表情を浮かべたゼロは尚も首を傾げる。それこそ「一体何を言ってるんだ今更」とでも言うかのような。


「私だって貰った物は大切にするよ。というか、人間からのプレゼントなんて好奇心を誘う要素しかないもの、どうして持たないと思うんだい。」


 それこそが氷界の魔女にして好奇心の魔女たる彼女のポリシーなのだろう。今回も彼女の好奇心に触れたが故に、マフラーは棄てられずに済んだという事なのだろうが、それについてゼロは何やら、困ったような笑みを浮かべつつマフラーに口元を埋めつつ、


「………もちろん、それもあるんだが。こう、なんだろうね?温かい…?そんな、ちょっとわからない感覚があったというか。」


 自分の中にある感覚が掴めない。そんな様子のゼロに最近は微笑ましくさえ思うイモータル。そんな自分に驚きながらも、徐々に彼女の感覚も人に近付いているのだとすれば喜ばしい事だ。彼女が人に近付けばその分、今までのような他者の不幸だろうが構わず好奇心の為に仕込みを入れようだなんて考えはしなくなるだろうから。

 それ以上に。ちゃんとした友人となれる日も近いのかもしれないと思えるのはイモータルにとって悪い気持にはならなかった。


「その気持ち、大事にするといいっすよ。魔女視点じゃなくて人の視点としてこの世界を見れるかもしれないですしね?」


 だからこのまま、ゼロが変わってくれればと思った。そうしたら己だけではなく、他の人間とももっと仲良く出来るようになるだろう。過去に盗賊に襲われた時に話していた人物のように。それを彼女が覚えているか否か、首を傾げていた彼女だが、瞼を伏せて一つせき込む仕草をする。それも人の真似なのか、どこで覚えたのだろうと思考するイモータルを他所に。


「参考にさせてもらおう。………さて、今日の本題と行こうか。君には行ってもらいたい場所があるんだ。――滅びの地、君も知っているよね。」


 滅びの地。かつて大厄災に見舞われ極寒の大地となり未だに止むことのない猛吹雪がかの地を呑み込んでいて、人間の侵入を拒み続けている。よってその内側がどうなっているのか、現状を知る者はほとんど存在しない一種の未開の地となっている筈だが。


「………んぁ?ちょ、待ってください。いや全力で待って!行ってほしい場所ってまさか、」


「うん、滅びの地の最深部。」


「行けるかァッ!!」


 ここまでのやり取りに間隔はほとんど空かなかった。もうお互いに何を言うのかわかってしまっていたかのようにゼロは悪戯染みた笑みを浮かべ、イモータルは声を張り上げるように両手を強く握りしめて喉を逸らして瞼を伏せて却下した。


「何か勘違いしてるね。今の君なら結界を越えて入れるのに。」


「何無茶苦茶言って……は?え?何、どゆことっすか。」


 ろくでもない事を言われると思って用意していた答えは、ゼロの言葉を聞いた後途中で止まり、一体何を言っているのか理解できずにイモータルは思い切り首を傾げた。


「だってあそこの結界を敷いているのは私だ。その私によって生命を繋がれている君が通れな道理がどこにあると?」


 成程、と納得しかけてイモータルは即座に、反射的に姿勢を正した。色々を聞き捨てならない。


「待った、待ってください。結界?なんすかそれ、まるでゼロが滅びの地に居た事があるみたいな…。」


「言ってなかったかい?私達魔女はかつて滅びの地と呼ばれるカルヒネン王国の森に棲んでいた。大災厄が起きた後に結界を貼る事自体、わけないさ。」


 しれっと、本当にあっさりと。大して重要な事でもないかのように語るゼロにイモータルは唖然とする。それはつまり、生命の生きられないような環境に住んでいた経験があり、しかもその言動を聞けば今も尚住んでいるというような。そして、さらに付け加えるなら。


「それだとまるで貴女の他にも住んでる人……というか、魔女が居るみたいなんすけど。」


 イモータルの問いに「まさに今回の要件はそれさ」と腰に手を宛てて前のめりになったゼロは人差し指を上に立てながら腕を伸ばしてきた。


「目的の一つとして、君にはその魔女に会ってもらいたい。まぁ、多分今は話せる状態じゃないと思うけれど…私が直接出向くよりは話が出来ると思うからさ。」


 この会話を行っている時のゼロの表情は、笑みこそ浮かべていたが色は曇って見え、まるで何か気まずい事でもあるかのような様子だったことは、記憶に深く刻まれている。

結局彼女が滅びの地にてどのような存在だったのか、この場で聞く事は出来ず、この後別の用があると話を切り上げて強引に向かう事を押し付けられた上に逃げられてしまったので渋々滅びの地に向かう事になった。


*******************


 話を戻すとしよう。

 周囲には宮殿の、いわゆる権力の高い者が鎮座するような椅子のある大きな室内。だが玉座には誰も居ないし、周囲に眼前の少女以外の存在は見受けられない。ついでに言えばここは恐らく滅びの地の内側で間違いはない、となれば行きつく答えは一つ。


「私に会って来いって言ってた魔女……なんというか、ゼロと真逆っすね、雰囲気。」


 ゼロは柔らかな表情を浮かべているが、彼女の持つ魔力はどうにも冷たく、凍り付くような印象を抱かざるを得ない。しかしこの魔女の放つ雰囲気や魔力の輝きはほんのりと体を温めてくれるような、包み込むような優しい感触。微動だにせず祈りを捧げるような姿勢のままの少女が喋ったらどのような喋り方をするのだろう、等、興味が尽きない。

 ゆっくり足を進めて数歩近寄るが足音を聞いても反応する様子もない。揺さぶって起こしてみるしかないのだろうか。


 そう思いながら近寄って行こうとして、不意に正面から眼前を通り過ぎた熱に、咄嗟的に足を止めた。

 ちりちりというような音が聞こえたかのように、兜越しに聞こえる音。もし兜を着けていなかったなら髪が焦がされていたのではないだろうか。

真横を通り過ぎたのは、赤い小さな火の粉。しかしそれは明らかな敵意を宿していて、


「――ゼロじゃねえ。だとしたら何だお前は。新しい怪物かよ?」


 顔を挙げた赤い瞳を持つ少女。その表情は警戒の色を濃くして凶暴な狼のように歯を剥き出し、今にも飛び掛かりそうな姿勢だ。あからさまな敵意、それも本能的に死を予感させる類の殺意の籠った。


「ま、待ってください!別に私、争いに来たとかじゃなくて…っていうかゼロ!今ゼロって言いましたよね!?」


 このままだと何を仕掛けてくるかわかった物じゃない。魔法の発動すら早すぎてイモータルには避ける暇すらなく外れてくれただけなのだから。咄嗟に、互いにとって知っているらしい者の名を出す。もし知り合いなら留まってくれるはずだ。


 だが、その淡い期待は。


「ああ、そうだ。ここに来られるのはあいつだけだ。そしてあいつがアタシを飼い殺しにしてる此処に部外者を入れたって事は……いよいよ外のアタシらは壊滅したってことか。クソ!」


 続いた彼女の言葉を聞いて表情が消えた。内心では、あの悪魔女やっぱりなんかやらかしてたぁっと叫びたくなるのを抑えるのが精一杯で、無意識に一歩下がってしまった。

 それを逃走行為を判断したのか、ゼロの被害者らしき魔女は鋭い視線をイモータルへと向けた。


「よお、待てよ。お前が何なのかわからねえがゼロに繋がりのある生物なのは違わないんだろう?――そこで止まれ。」


 不意に、後方から何かが燃え上がるような音が聞こえる。振り返ると赤い炎の壁が、来た道を塞ぎ階段へ向かう道を完全に封鎖していた。一体これは何なのだ、何の間もなく魔法をこうも容易く扱えるのが魔女だというのか。

 だが、そういえば、とも思う。イモータルはまだこの時までに、ゼロの実力というものを知らない。一度死んだ筈の命を蘇生する程だ、余程の使い手だろうとはイモータルも考えてはいたのだが。


「……その上なんなんすかその臨戦態勢。」


 背後の光景よりも、正面の光景の方が信じたくはない。

 何しろ、赤い魔女は周囲に炎の剣やら槍やら柱のようなものから何まで、計二十を超える攻撃魔法を同時に展開しているのだから。「普通の魔法使いなら精々五本が限度っすよね!?」と思わず叫びそうになったが内心に押し留める事には成功した。


「決まってんだろ、侵入者を鹵獲及び駆逐だ。アタシを処分しようってんだ…覚悟は出来てるだろ?」


「だから待ってくださいっつってんですよ!なんで私が貴女を処分なんてしなきゃならねーんです!?っていうか状況が全く呑み込めないんでまずは魔法引っ込めて貰えませんかね!」


 戦うつもりなんて微塵もない。武器を取れと言わんばかりの眼光に答える事も出来ず、逃げ場を奪われている以上は身構えた。最悪、あの二十の越える炎柱を単独で全て削り落とさなければならないのだから。

 黒い鎧が身構えるのを見てから赤い魔女は指先をその頭に向けて突き出し、こう告げた。


「……そもそもそんな恰好しといてどの口が言うんだ?明らかに戦いに来ましたって恰好だろォが。」


 あ。

何を失念していたって、そういえば確か、今の己の恰好は真っ黒な鎧騎士の姿をしていた。それは通常、他者から見れば戦闘をする者の姿であり、もしそういった敵意を警戒する者であったなら今のイモータルは、差し詰め暗殺者と言ったところか。


「えーと……わかりました!兜取りますからそれで勘弁してもらえません!?」


「は?…え、ちょっと待て、お前、そんな事したら首取れ」


 何を言ってるのか気にする様子も無く、慌てて両手で兜に手を掛けると、制止の声を気にせず兜を外した。

 黒い短髪を靡かせ、眼帯を付けた、白い肌の少女らしい顔。かつての『リタ』の顔を晒す。すると不意に眼前から炎の気配の一切が消え、唖然とした赤い魔女が居た。


「んな、な……ばっ……何ぃぃぃ!?」


「え、いやあの、何をそんなに驚いて」


「なんで人間がこんなとこに居るんだよォ!?」


 跳び退き、目を見開いた赤い魔女。いや、もう少女らしい姿にしか見えない、何をこんなに驚いて胃rうのかはわからないが、どうやらイモータルが人間であった事に驚いているようなのだが。


「いやあの、それ以外何だと思って」


「うるせえええ!黒い鎧を着てた時はゼロと何かが混ざった気配しかなかったんだよ!鎧の中身空だと思ったよなんで人間が出て来るんだよここ滅びの地じゃねえのかよ!!」


 凄まじく動揺している様子だが、攻撃を仕掛けて来る気配はない。一先ず体からの強張りを緩めて兜を片手に腕を降ろす。とりあえずこれで話す事は出来そうだ。


「えーと、とりあえず落ち着いてください。見ての通り戦いに来たわけでもないですし、ちゃんと人間なんで。私は本当にゼロに『会って来い』と言われて来ただけっすよ。」


 敵意が無いと示す為、両腕を曲げて掌を前に向けて説明する。その様子を見ていた赤い魔女は強張らせた表情を漸くするメルト、瞼を伏せて溜息を零した。


「……こんな滅茶苦茶な場所に人間放り込むなんてどんな神経してんだアイツ。」


「ああ、それはとても思います。つっても滅びの地に足を踏み入れた途端、下の階に飛ばされたんすけどね。」


 赤の魔女の言う事には心の底から同意しつつ、状況の説明をすると赤い魔女は目を丸くさせたが、すぐに納得したように頷いた。顎に手を宛てながら思い出すように視線を泳がせ、


「道理であいつが現れる時はいつもこの宮殿の内部なわけだ。」


 と呟いていた。何度かここには足を運んでいたらしいが、それなら色々と聞く機会もあったのではないだろうか――そこまで考えたが、だがそれには疑問が一つ残っていると気付く。


「ずっと気になってるんですけど……あの、ゼロと何かあったんです?」


 と聞くと「ああ!?」とものすごい剣幕で前のめりになったので思わず身を竦ませる。その様子を見て気付いたのか口元を握り拳を宛てて一つせき込むと赤い魔女は言葉を続ける。


「悪ぃ、アイツの名前を聞くとどうしてもな。――アイツに関わられちまってる以上今更巻き込まないなんて選択は無ぇし。というか逆に不便だろうしな。」


 諦めた様に肩を落とすと、赤い魔女は足を胡坐を掻くように組んで腰を降ろし、「とりあえずお前も楽にしてくれ」と告げられたので仕方なく絨毯の上に腰を降ろした。足を抱える姿になるのは、通常の座り方だと鎧の圧迫で体が痛くなるからで、その様子を見届けて赤い魔女は自らの胸に掌を押し当ててから、


「まずはアタシについてだ。アタシはヒータ・アブソリュート、炎界の魔女にしてゼロと対なる存在ってとこか。……お前は?」


 ゼロの名前を出す時、瞳がゆらりと光るように見える。

 それは決して悲しんでいるとか、泣きそうになっている等ではなく――純粋な怒りを感じた。

 名を問われた以上は名乗り返そうと「イモータルっす」と短く答えると、ヒータは一つ頷いて浮かべていた怒りはすぐに薄らいでいく。


「元々は滅びの地がこうなる前からずっと、ゼロと共に住んでたんだが……とある理由があってアタシは力を減衰させちまってな。結果、アイツの反逆に気付けず敗北してこの様ってワケさ。今や外に出る事も出来ん。」


 嘆息を零し、両膝に手を置いて上体をくたびれた様に屈める、ヒータと名乗った魔女。

 話の内容はイモータルにとってどれも初めて聞いた内容である。ましてゼロが反逆をしたという発言は今の彼女がゼロに対して敵意を隠さない理由の一つだろうが、何故そんな大事な話を隠して己をこの地に向けたのかがわからない。イモータルが人間である事を明かさなかったらヒータに焼き尽くされていた可能性さえあったというのに。

 そして最後に続いた言葉、外に出る事が出来ないという点についてはこの地から、という事だろうか。


「ええと、いくつか聞きたい事があるので……いいっすかね?」


 右手を持ち上げて緊張した面立ちになりながらイモータルはヒータへと問い掛けるとすぐに「構わん、好きに質問しろ」と許可を頂いた。


「じゃあまず順番に。滅びの地に住んでた、って言いましたけど一体いつから?神聖歴216年の頃の話っすよね、でも貴女の話を聞いてるとその前みたいに……けど、どう見てもそんな年齢には。」


 見えない。そこまで言おうとしてヒータは顎に手を宛てつつ軽く首を傾げていた。細めた瞼、その表情は何かを思案している様子。僅かに間が空いたが、すぐに「あぁ!」と小さな声を挙げてから顔を挙げた。


「そうか、そりゃそうだよな。お前らからしたら今のアタシやゼロの姿は人間の成人にすら届いてるように見えねぇのか。」


 外見年齢、正直に言えば今はヒータよりもイモータルの方が断然年上に見えている。だから、多少何かしら年齢が低く見えるだけにしても数年単位の話だと思っていた。


「――正確な事を言おう。アタシとゼロは少なくとも大厄災が起こるより前からこの地に住んでいる。」


 思わず「は?」という声が出そうになったが、そうでなければ彼女の発言は辻褄が合わなくなる。だがもしそれが事実なら、彼女達は。


「……ちなみに、前ってどれくらい?」


「いやすまん、そこから先はわからねえ。いつの頃からかゼロもアタシも記憶が曖昧でな。だから、今の状況で正確な情報として伝えるなら大厄災より前ってワケ。」


 それ以上はわからない、と肩を竦めるヒータ。ゼロもまた知らないというのなら、この件に関して問い質しても意味は無いのだろう。帰ってくるのは恐らく同じ答えだ。

 ならばこの件に関しては別途調べてみるまでは答えが出る事は無さそうだ。


「ちょっと腑に落ちないんすけど……まあ、それはまた追々。次は……そうですね、ゼロが反逆したって言いましたけど、ゼロとヒータさんがなんで争ったのかがよくわかんねーんですけど。」


 ヒータの眉間に皺が寄るのを見た。

 多分、これが『ゼロがイモータルに向かわせた理由』でもあるのだろう。最初にヒータが敵意を剥き出しにして攻撃まで行ってきた理由。これが分からなければ、二人の本質には近付くことは出来ない。

 問いに対して、ヒータは少し嫌そうな顔は浮かべていたのだが、そこから何かを行うわけではなく再びの嘆息を零す彼女。


「………まあ、そうだな。考えの違い、って簡単な話ではねえ。アイツには絶対言う気はねえが。――今回に関しちゃ、アイツの反逆する意志そのものは正当性があった。アイツの反逆の根底にあるのは抑えきれない程の好奇心。それが抑えきれなくなったのは、アタシがアイツをこの地に閉じ込め続けたからだ。」


 自分自身で納得がいかないらしいままに自らの後頭部を乱暴に掻くヒータ。

 確かにゼロは、この世界で活動する目的を『好奇心の為』と言っていたのはイモータルも覚えている。最初は何故、ゼロがここまで人の心が分からず、人の考える事に疎いのかと頭を悩ませた時期もあったが、


「ゼロがこの世界に対して認識が浅かったのは、ヒータさんが彼女を閉じ込めていたから?」


 少なくとも最初のやり取りで、ヒータは人の考えにある程度認識がある事が伺えた。魔女の全てがゼロのようであるわけではない、という事は相応の理由というのが、彼女がずっとこの地に留められていたからなのではと推測した。


「アイツにおけるマイナス印象があるなら大抵はそのせいだと思ってくれていいぜ。ゼロは生きてる年月に対して精神の成熟度が極端に幼い。だから、こんな場所まで作っちまった。」


 それだけは許す事が出来ない、とでも言うようにヒータは首を横へ向け、窓の方へと視線を送った。

 イモータルもそれに続くと、そこは氷界が広がっている。極寒の地は今も尚、猛吹雪に見舞われ続けていて外に歩み出たなら最後、凍り付けになってしまうのではと予感させる光景だ。生命の存在一つさえ許す事のない極寒の地。ゼロの用意したらしい転送陣が無ければこのような建物内に入る事などする前に氷漬けになっていた事だろう。

 しかしヒータの言葉には奇妙なものがあった。――こんな場所まで作った。


「ヒータさん、その物言いだと、まるでゼロがここを生み出したかのような……。」


 そんな事があり得るのだろうか。イモータルはこの時は気付いていなかったが、確かに否定の言葉を欲していたのだと思う。だってそれでは、ゼロが――己の好奇心の対象となる筈の都市を一つ、自分の力で滅亡させたことになってしまうのだから。

 しかし、そんな否定は


「事実、そうだよ。これは全部あいつがやった事だ。そしてアタシがアイツに敵意を向ける最大の理由だ。」


 あっさりと、肯定される事で否定された。忌々し気に語るヒータは、窓の外を睨み付けたまま、悔しそうに歯を食い縛っている。


「そんな……でも、何故?私の知るゼロだからなのかもしれませんけど、それではあまりに、認識と食い違います。」


 何故なら。ゼロは自分の知る限りでは好奇心を向ける対象、あるいはそれになり得る存在が失われる事をひどく嫌っている。都市一つとなれば、引き籠らされていた彼女にとっては好奇心を惹く宝庫のようなものだろう。それを滅ぼして、生命の生きられない世界に変えるなんて彼女が望むなのだろうか。


「さあな。だが、アタシを対峙した時あいつの使った魔法の威力は実際にここ一体を滅びの地へと変える力があった。使った事実は、どんな理由があったって消えねえ。アタシをこんな場所に閉じ込めて結界まで敷いて、反撃する手段を奪った上に都市を蘇らせる事さえ許してないアイツの行動を見たら、意図的にしか思えねえよ。」


 確かにこうしてヒータを封印するように結界を敷いて、外は元々極寒の地であるが故に表に出る事も出来ず、こうして復活させる事すら許していない状況を見れば、ゼロが意図的にそうしているようにも見える。

 だが、それでもとイモータルは思考を止めない。ならば何故ゼロは、己に滅びの地へ向かわせたのか。何故ヒータと会わせたのか。失望、敵意を向けられる相手が増える可能性が尤も高いこの状況を、意図的に封鎖している彼女だったとして、行うメリットがあるだろうか。


「なんか、腑に落ちねーですが……」


 しかし、どちらにせよヒータをこのまま閉じ込めさせておく、という事には納得も行かない。勿論彼女の素性を何も知らないのだ、魔女故に何かしらの悪意を抱いている者である、という可能性は棄ててはならない。尤も、これだけ自分の感情を素直に抑えもせず、悔しそうに表情を歪める彼女の全てが演技だとしたらイモータルにはそれが嘘か誠かなど判断する術が無いのだが。

 ならば一先ずはゼロと話し合う要点が出来たという事だ。もし、今までイモータルに見せていた彼女が偽物ではなく、イモータルが想像している通りのゼロなのであれば、話を聞き入れてくれる可能性はあるはずだ。

 そう思って一度ヒータにその話を告げようと思ったところで。


 ふと、ヒータの目付きが鋭く変わり、窓の外を睨み付けていた。


「………、ヒータ、さん?」


「全ての生命が存在出来ない極寒の地。だのに……なんでアイツが居る。やっぱりアレもゼロの操ってる化け物って線は外れてねえってことか?」


 彼女の見遣る先。極寒の猛吹雪に包まれた街並。その、ずっと奥に浮かび、左右に揺れ続ける黒い影のようなもの。

 何故かはわからない、それを視界に認識した瞬間、悪寒が背筋を撫で上げ、小さな悲鳴が零れた。はっきりとその姿が見える距離ではないが、あまりにも黒いそれは、白に包まれた世界ではあまりに目立ち過ぎている。


「おい、お前……イモータルって言ったか。こっから逃げられるか?アイツは並の魔物とはワケが違ぇ、恐らくアタシを狙って来てる……逃げれるなら今すぐ逃げろ。」


 ヒータは両腕に魔力を集めながらゆっくりと立ち上がる。しかしこの宮殿には今のところ出口が無い。脱出しようにも、来た道しかない。即ち、ゼロの転送陣しか――転送陣?


「に、逃げられます。多分…私が来た転送陣、あれが行きも帰りも使えるなら、ヒータさんも!」


 あの得体の知れない怪物と、この外見だけは幼い魔女を戦わせてはならない。そんな直感がイモータルの中では芽生えていて、慌てて立ち上がると彼女に来るように手を差し伸ばす。

 然し。


「無理だ。アレは多分ゼロの縁者…つまりお前みたいな特殊な奴とゼロ本人に限る。アタシは使えねえ。だからお前だけは逃げろ。」


 容易くその案は絶たれた。しかし、言っている事は多分間違いでないともイモータル自身も感じてはいる。

 そうでなければ、ヒータがこの場に監禁され続けていた理由も、他の誰もがここまで辿り着けない理由も説明できない。だとして、ならばどうやって逃げるのか。

イモータルは思考する。そもそもにしてこの場所に来るのに使ったのは転送陣による瞬間移動。一時的に意識を失っていたし、そもそもどうすれば滅びの地自体から徒歩で抜けられるのかはわからないのだ。そんな中、ヒータを連れて逃げるなど間違いなく自殺行為である。表は猛吹雪、途中でイモータルが力尽きるか、ヒータが力尽きるのは目に見えている。

 ならばあの黒い影が猛吹雪に対処できずに倒れるという可能性はどうか。だがその可能性は非常に低いと考えられた。もしそうなら、生命体であるならばその危険性を考えてまず滅びの地になど近づこう筈もないのだから。


(ダメ……、どうしたらいいんすか…ッ!)


 イモータルも残って戦うとしても、あの存在がどんなものかはわからない。そもそも、長年生きているであろうヒータが「ただの魔物ではない」と警戒心と敵意と殺意全てを丸出しにして睨み付ける程の存在を相手にたかだかちょっと強い程度のイモータルでどの程度戦えるというのか。

 守って戦うという選択肢もない。ともすれば、外に救援を呼びに行くくらいなものだが、しかしゼロはあえて己にこの場に行かせた。なら当人から自らこの場に足を運ぶなんていうのは、紛れも無く希望的観測で――


「いいや、ヒータ。逃げるのは君も一緒だ。」


「!?」


 そんな焦りに頭を抱えそうになったイモータルとヒータが声の聞こえた階段に振り返るのはほぼ同時。

ヒータは憎悪を、イモータルは思わず救われたような表情をしてしまったが首を左右に振って表情を引き戻し、階段を昇ってくる銀色の髪を揺らす少女を見た。


 ――膝裏まで届く長い銀色の髪。黒いローブに黒いマントを羽織り、首には赤いマフラーを巻き付けた、柔らかな笑みを常に浮かべている少女は、階段を上り切るや否や、イモータルとヒータに視線を向け、慈愛に満ちた笑みを浮かべて見せた。


「すぐに攻撃してこない、という事はイモータルによるヒータの懐柔は成功したようだね、よかったよ。」


「ゼロ、てめ――」


「話は後だ、ヒータ。要件を伝える。君はそれに従ってほしい……君がこの世界の安寧を望むのならば。」


 柔らかな笑みを浮かべるゼロ・アブソリュートは、その視線にある種の決意を宿して、ヒータの貫くような敵意の視線と真っ向から受け返しながら、続けた。


「――ヒータ、イモータル。直ちに君達はこの地から転送陣を使って脱出してくれ。この場は私、氷界の魔女ゼロ・アブソリュートが受け持とう。」

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