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暗躍する救済と断罪5

 黒き影の眼前には白い猛吹雪が見えた。

 黒き影は、とある命令を主より受けている。

 黒き影に自我はない。黒き影に思考はない。

 黒き影はただその命令に従い進む。

 黒き影の見る先には目的の存在が居る。

 黒き影は、その領域に手を叩き付けた。


 白き猛吹雪の壁は、まるで結界が引き裂かれたかのように影に道を開けた。


「…………。」


 黒き影は進む。黒き影は歩む。

 

 世を乱す存在を打ち滅ぼさんが為に。


*******************


 「――ヒータ、イモータル。直ちに君達はこの地から転送陣を使って脱出してくれ。この場は私、氷界の魔女ゼロ・アブソリュートが受け持とう。」


 銀髪を靡かせ、階段を上って来た存在に目を見開いた。

黒いマント、白い茨の紋様が刻まれた黒いローブを纏った、十五くらいの見た目をした少女。慈愛に満ちたような笑みを浮かべながら、彼女は目を細めて、己とその背後で身構える赤髪の少女を見た。背後に立つ少女は血のように赤い髪を持ち、銀髪の少女と同じ黒いマント、黒いローブを羽織っている。ただ、二人は強い温度差があり、友好的な銀色の少女に対して赤色の少女は敵意を隠す事もせずに銀色の少女を睨んでいた。


「逃げろだと?ここまでアタシを閉じ込めておいて……第一受け持つだなんてのも意味がわからん。外に居る『魔女狩り』はお前が差し向けて来てる化け物だろーがよ。」


 飛び掛かる様子はない。だが、とても友好的な話をしようとする様子のない赤い少女ヒータは尚も殺気立った声色で銀色の少女ゼロへと問い掛けていた。

 しかしゼロは首を左右に振り、彼女の言葉を否定する。


「閉じ込めてたのは事実だけど『魔女狩り』については違うと何度も言っただろう。君は全く聞く耳を持ってくれてはいなかったけれどね。」


 疲れた様子で瞼を伏せて肩を竦めるゼロ。その様子を見てヒータは「はあ!?」という声を挙げ、


「待てよいつそんな事言ったお前!」


 と噛み付くも、


「言おうとするも数回は失敗、言った時も嘘ついてるんじゃあないって炎を投げつけてきて追い返しただろ、君。」


「………え。」


 ゼロの静かな反論に対して驚愕の声を挙げてそれ以上の言葉が止まってしまうヒータ。なるほど、名前を出しただけでものすごい剣幕で攻撃を仕掛けて来る以上、本人がやってきたらそれ以上になるのではないかと思っていたが本当に想像通りだったようだ。


「私が君を閉じ込めていた理由は次々に消えていく君の気配を察知したからだよ。ここなら安全、そう踏んでた。……しかしどうやらあの怪物は私の想定を越えて結界と、吹雪さえ乗り越えてやってきている。話は後にしよう、とにかくここから逃げてアレから距離を取ってくれ。それまでの時間は私が稼ぐ。」


 そう言って背を向けて階段の下へと歩んで行こうとするゼロの背を、


「待ってください、ゼロ!」


 と、呼び止めた。それは己の声、黒い鎧と黒いマントを身に纏い、今は兜を外して片手で持った、黒いセミロング髪の少女、イモータルは眼帯を付けていないもう片方の瞳で、ゼロに視線を向けた。


「これだけ、これだけは答えてくれないと私は貴女にこれ以上協力出来ない。だから答えてください。――滅びの地の顕現、その原因についてヒータさんから聞きました。ではその原因、それは貴女の意図したものですか?」


 ゼロは足を止めた。僅かにその肩が小刻みに震えたように見えたが、すぐに溜息を零すように肩を落とす彼女。そこで少し間を空けてから、振り返らずに氷界の魔女は言葉を紡ぐ。


「………私は罪というものを、最近漸く理解した。ずっと胸に(つか)えていたものが、認識した瞬間軽くなり、私の心に深く食い込んだ。今はそれだけで、許してほしい。」


 告げ、彼女はそのまま階段を下って行ってしまった。

 ――再度呼び止める事は出来なかった、呼び止めたところで彼女は今、それ以上の言葉を発する事は出来なさそうだから。それに、その分の言葉は、


「ゼロが罪を認識、した……はは。マジかよ、アイツ、アタシより成長が早ぇじゃねえかよ…。」


 そこに怒りの声色は無い。困惑、迷い、混ざりに混ざった感情にどう対応すればいいのかがわからない様子の少女の声色。

 イモータルもまたゼロの回答に納得が至った訳ではない。だから。


「今は、ですね。わかりましたよゼロ。んじゃあ……こっから無事に抜けた後で、しっかり話して貰いますから。――行きましょうヒータさん、どの道ここもヤバいんでしょ?」


 振り返り、問い掛けるとヒータは僅かに迷った表情を浮かべたが、静かに頷くと階段の方へと足早に向かって行く。

 その際、イモータルはヒータから視線を逸らして窓の外を見た。


 ――黒き影は思った以上に速度が速いらしく、その大きさは先程の小さな影とは比べものにならない程巨大になっていて。その姿が多少はっきりと見えるようになり、戦慄した。

 顔らしい顔はなく、金色に輝く一つ目の人型。黒い影はゆっくりと此方の、正確には建物を見据えて直進し続けている。この速度なら、辿り着くまで時間はかかるまい。

イモータルもまた、脱出の準備をするべく下の階へと降りて行った。


*******************


 ゼロは青白く輝く魔法陣の前に前屈みになり右掌を翳して立ち止まっている。ヒータはその背後から様子を見守りながら、外の様子が気になる様子で視線を大きな窓の方へと向けたりを繰り返している。


「ゼロ、お前あいつの足止めをするって言ったな。どう対処するつもりだ?――少なくとも、元々の力よりも弱くなっていたアタシとはいえ六回挑んで負けてんだぜ、アタシ。」


 黒い影を見据えると歯軋りをして表情を顰めるヒータ。それに対して振り返りもせずゼロは、


「知っているさ。正直、結界を破って侵入し、生物を殺す程の猛吹雪を浴びて平然とこっちに向かってくるアレを見たらそれも納得せざるを得ない。けど……君以上にこの地が私向けなのはわかってるだろう?」


 何かが凍り付く音と共に、眩く魔法陣が輝きを放ち始めた。準備は終えたとばかりにゼロは身を離して転送陣から距離を取り、階段から降りてきたイモータルと、腕を組み怪訝な表情を浮かべているヒータへと視線を向ける。

 その視線に対してヒータは尚も納得がいかない様子で喰いついた。


「あいつは魔力を吸収する特性みたいなもんを持ってる上に、目からレーザー出したり指を触手みたいに伸ばしたかと思ったら刃になって切り裂いたり、腕が伸びたりする怪物だ。しかも喰らったダメージをすぐ回復しやがる……力技じゃどうにもなんねえぞ?」


 再三戦ったらしいヒータはそれでも尚、弱点が見つからないという様子で溜息を零す。魔女には倒せない怪物、故に彼女は『魔女狩り』と名付けたのだろう。


「魔力吸収に再生能力って……そんな怪物、伝説上のドラゴンですら書かれちゃいねえっすよね?ありえるんですかそんなの。」


「それがふつーの反応だわ。アタシだって信じられねえよ。」


 長寿らしい魔女ですら知り得ない、ほぼ不死身の怪物。そんな怪物に対して有効手段など果たしてあるのだろうか。

 黙っていたゼロは相変わらずの柔らかな笑みを残しながら、


「それでもヒータは全盛期の力をぶつけられたわけではないだろ?なら私の全力なら通じるかもしれない。もし滅ぼせないならこの地に封じるという手だってあるし、君と違って遠距離戦闘の方が得意だからね、やり用はあるさ。」


 ヒータはそれでも尚喰いつこうとするが、「いや」と言葉を区切り力なく瞼を伏せて溜息を吐いた。


「……魔法の使い手においてゼロの右に出る奴が現時点で存在しねえ。だとしたらお前が試してみる価値は、無くは無い。」


 その言葉を聞いてゼロは満足そうに瞼を細めて笑みを深める。もっとも、ヒータはやはり納得がいかない様子だったが。


「純粋な魔力の高さならヒータの方が上だ、けど今はそれがない。――任せてくれないかい?」


「愚問だろ。……アタシだってわかってる。んで、この転送陣はどこに飛ぶ?」


 諦めた様子で溜息をつくヒータは徐に転送陣の前まで足を運び、行先と問う。

 イモータルもヒータの後に続いて近づくが、その魔法陣は輝きこそ放っているが当初の頃と見た目はほとんど変わっていないように見える。もし当初の頃と同じであるなら、リンドミラ領地付近に出る筈だ。イモータルはそこから滅びの地に足を踏み入れようとして結界の内側に転送されたのだから。


「場所はカルヒネン領地だよ。『魔女狩り』がやってきた方向とは真逆の場所に出る事になる。そこからは済まないが徒歩で距離を取ってほしい。……ああそうだ、イモータル。君にはこれを預けておくよ。」


 出る場所は当初と違うようだ。どの辺りかと思考すると、不意に背後から柔らかな感触が首元に巻き付き、「へあ?」と間抜けた声を挙げて首元に掛かった物に触れて振り返る。


「……ってこれ私があげたやつ」


「だからだよ。ヒータですら勝てなかった相手だ、私が苦戦しないとは断言できないし、万が一傷ついても困る。だから、それは君が預かっていてほしい……ああもちろん戻ったら返してもらうけどね?」


 驚くイモータルの発言を遮って首を傾げ、悪戯な笑みを浮かべるゼロ。

 その表情は驚かせた事が余程嬉しかったのか、本当に子供じみた純粋な笑みへと変化していき、軽くイモータルの背を押して転送陣の中へと押し退けた。


「ちょ……ゼロ!?」


「今更だけどお前、人間と親し気にしすぎなんじゃねえの……。」


 驚くイモータルを他所に転送陣の中へと足を運んでいくヒータ。

ゼロは転送陣から再び離れて相変わらずの笑みを浮かべ続けている。


「いいじゃないか。本来これは君もやって良かった事のはずだよ。……ようやく君に追いついた。」


「バカが。まだまだ足りねえよ、なんでアタシが人間にあまり関わらないようにしてたのか、もうちと勉強するんだな。」


 久々にヒータは笑みを浮かべてゼロを見遣る。その様子を見て、ゼロもまた満足そうに瞼を伏せて微笑んだ。


「なんだ、立場を奪われたっていうのに随分器が広いじゃないか。」


 ヒータはすぐにばつの悪そうな表情を浮かべて「うるせえ」と顔を逸らしてそれ以上何も言わなくなってしまった。


「――ゼロ。」


 そんな二人の間に、イモータルが言葉を挟む。「なんだい?」とゼロは緩やかに微笑みながら、何でも聞いてくれと言わんばかりの様子だ。もっとも、時間もあまり残されていない以上、これが最後の会話になるのだろうが。


「私はまだ貴女に聞いてない事が沢山あるって知ったんで。だから――ちゃんと戻ってきてくださいよ?」


 また笑われるのかと思ったが、ゼロが次に浮かべた表情は驚愕というか、動揺した様子だった。まるで、予想もしてなかったかのように。

 しかし彼女は答える事無くすぐに横に視線を向けて、途端に転送陣が青く輝きを強めて世界を覆い隠そうとし始めた。反射的にイモータルは転送陣から飛び出してゼロを掴もうとしたが、それはヒータに腕を掴まれ、叶わない。


「ゼロ!!」


「――」


 最後に振り向いた彼女は、柔らかな笑みだった。しかしその笑みは儚げで今にも消えそうな物寂し気な表情で。


 ――最後に彼女が呟いた声を聞き取る事は終に、出来なかった。


*******************


「………全く、本当に間が悪く、行儀が悪い上、私の唯一の友人を痛めつけ。随分と横暴なものだね、君は。」


 消えてしまった光を見送りながら突如魔法陣に向けて突き立てられた黒い腕を見遣りながらゼロは心の底からうんざりしているとでも言いたげに溜息を零し、全神経を――閉ざされた世界へと向けた。

 次の瞬間腕が壁を突き破り入り込んだ方向とは逆に氷の柱が突如と出現し、連続してその姿を顕現させては放たれ、黒い影へと突撃し、突き刺さり、爆裂し、幾度となくそれが繰り返され、漸く魔女狩りは体勢を崩して腕を建物の中から引き抜いて後方へと下がっていく。


「うん、効かない訳じゃない。」


 未だに無数の氷の柱が魔女狩りに殺到する。

だが、その次々にぶつかる柱はずっとその巨体を押し退けてくれているわけではない。粉々に砕けたかと思えば黒い影の中に飲み込まれていく――それこそ正しく、喰われているように。


「全身が捕食機関……魔力を幾ら叩き付けても内側へのダメージは足りないらしい。回復力も高いようだ、多分これだけ攻撃を当てて怯ませても見た目程ダメージが通ってない。」


 顎に手を宛てて思案する。打撃的なダメージは予想以上に効果が見込めない。貫くまでに至らないという点もあるが。

 ゼロは即座に地を蹴ると、魔力を全身に纏い、穴の開いた壁から飛び出ると、地上から無数の氷柱を出現させて飛び乗っていく。


 眼前には荒れ狂う猛吹雪と、柱を振り払いながらも未だに倒れる気配のない魔女狩り。金色の瞳が左右に揺れ動き、白い世界で黒い胴体と共によく目立つ。


「確か目からレーザーが出るんだったかな。」


 その呟きに合わせるように、不意に魔女狩りの目が眩い輝きを一瞬浮かべる。

視線は確かに、ゼロを捉えていた。


 直後に破裂するような音と共に輝きを纏った金色のレーザーが放たれ、ゼロの体を貫


「事前に知識があれば大した事はないね。」


 いては、居なかった。

 光の光線が打ち抜いたのは氷の人型の何か。それは次の瞬間には黒に浸食され跡形も無く消滅した。

氷の人形が居た場所より少し離れた位置から表情を変えず、淡々とした言葉を並べながら腕を組み、無傷でその場に立っている。


「そして連発も効かないようだ。それでは、潰してくれと言っているようなものだよ。」


 ゼロは反撃を宣言すると組んでいた腕を解いてその動きもまま右腕を大きく真横へ振るうと、彼女の右側に翼を広げるかのように無数の氷槍が出現。全て小型ではあるが、その分の速度は期待できる物。

 彼女の動きを見て攻撃を再開しようとする魔女狩りであったが、その時既にゼロは氷槍の全てに攻撃支持を転送。高速で槍の束が魔女狩りの頭部目掛けて殺到する。

魔女狩りの動きは鈍く、その槍を一切防ぐ行動に映れず、振り上げた手をゼロに向かって振り下ろすので精一杯だが――その腕は見た目以上に長く延びm容易くゼロの頭上を捉えていた。


 だが、それもゼロは聞いていた事で軽くステップを横へ踏み二件、四件と建物の屋上や屋根を蹴ってその場から離脱、動きに遅い腕は大きいが容易く範囲外から魔女を取り逃し、一気に三件もの建物を大きな黒い掌で叩き潰した。


「威力は大したものだね、当たれば。……けれどそうやって街を荒らすのはやめてもらいたいものだ。」


 視線を腕から魔女狩りへと向けると、その顔を貫かれ、黒い粒子を飛び散らされ大きく上体を逸らし、顔を左右に振って攻撃から逃れようともがいている姿が視界に入った。


「刺突は有効。ダメージ有、防ごうとしているということは……その首さえ落としてしまえば終わりかな。」


 左腕を胸元垂直に構える。するとゼロの左腕から指先、さらにその先へと青白い粒子が高速で収束していく。やがてその形は長い刃のように成し、青白い氷の刃を顕現させてゆく。

 形が固定化され、その姿が完成すると、ゼロは左腕をさらに右側へと大きく伸ばして構え、上体を屈めて真っ直ぐ、魔女狩りに首元を見据えると左足を前に突き出して建物の屋根に叩き付けると同時に大きく左上へと刃を振り払う。

途端、白い霧のような粒子を纏った風圧が刃のような形を浮かべて放たれ、徐々にそれは刃を顕現させて霧の刃へと変貌。槍よりは早いとは言えないが、それでも魔女狩りの動きに比べて圧倒的に早く動くその刃は容易く魔女狩りの首元に吸い込まれ、そのまま首の反対側まで走り抜けて、魔女狩りは動きを鈍らせ、やがて停止した。


「……終わりか、呆気ないね。」


 徐々に首がずれて胴体から離れ、落ちる。


 戦いが終わった、そんな光景の最中、落ちる直前の魔女狩りの首――その金色の瞳が再び輝き、金色のレーザーが放たれて、反応出来ない筈のゼロはその頭を打ち抜かれる。


 打ち抜かれた筈であった。


「死んだフリって奴かな、わかってはいたけど。」


 貫かれた筈のゼロは表情一つ変えずに微笑んでいる。すると彼女の体が左右に揺らぐと穴が左右に広がり、白い霧となって霧散する。

 そこよりも低い位置で、ゼロは膝を抱えるようにしゃがんでいた。幻影――魔女狩りにも視界に対する幻惑が有効だったらしい。

顔中に黒い穴を空けて居ながら瞳だけは再度再生していたらしい魔女狩りの頭部は建物の立ち並ぶ場所へと落下していったが、落下音までは聞こえない。そして、さらにその胴体は再び活動を再開するとゼロに向けて引き戻した腕を合わせ、二本の両腕を突き出してくる。するとその指は音も無く高速で周囲に飛び散るが如く伸び、ゼロを貫こうと迫ってくる。


「それも知ってる――止まれ。」


 目を見開くゼロ、その瞳は青白い輝きを浮かべ、瞬間。

吹き荒れていた猛吹雪とは別の吹雪がゼロを中心に巻き起こり、貫こうとした黒い触手の指を瞬間的に凍り付かせ地面から伸びた氷の柱がその動きを固定する。

 その間にゼロは建物から後方に跳び、屋根から飛び降りて背を向けたまま落下する、間。


まだ左腕に宿したままの剣を振るう勢いで三回程回転をすると、建物の隙間から黒い魔女狩りの本体に先程と同じような霧の剣撃を放つ。

地に落下する瞬間魔力によって落下する速度を急激に減少させて柔らかく着地、途端に地を蹴って凍り付いた都の街道を走り抜けて魔女狩りの方へと走っていく。

 直後頭上で氷が砕ける音が響き、触手が自由を得た事を知る。霧の斬撃はといえば、確かに胴を切り裂いた音を響かせたがすぐに黒い影がその傷を塞いでしまうようだ。


「首を落としても死なない、触手の動きは止まらない。目からレーザーはまだ出る、か。」


 頭上から黒い触手が降り注ぐ。咄嗟に地を蹴り横へと跳ぶと、触手の雨が地面を軽々貫いた。成程威力はどの攻撃においても高いらしい。

 触手はすぐに地から飛び出して逃れたゼロを追おうとする。

 地を蹴り横に跳び退き続けながら右手を後方へと(かざ)すと、ゼロの意志に従うように氷の柱が街道を塞ぐように次々と建物から出現、触手達の進行を阻害していくが、魔力を喰らう力は本体同等なのだろう、一本二本程度ではすぐに打ち貫かれてしまう。なので、無数にその柱を路上に出現させながら跳び退き、一度立ち止まると頭上へ向かってジャンプするよう力を両足に込めると、青白い輝きを放ちながらゼロは宙へと舞った。


「傷はつく。ダメージが無いわけじゃないが、すぐに治る。……成程、これでは確かに不死身と断じる他ないね。」


 建物の屋上へと再び上り切ると、ゼロはすぐさま剣を軸に、踊るように振り払って行く。

霧の剣撃が無数に、舞いの如くばらまかれていった。

 すると彼女を囲むように立ち上って来た数本の触手は容易く切り裂かれ地に落ちて行き、斬撃は魔女狩りの体を幾度となく切り裂き、やがて魔女狩りの後方から左腕を執拗に襲い――ついにはその左腕が支えを断ち切られ地へと落下していった。


「ん、せい!」


 地を踏み、蹴って一回転すると強い吹雪がゼロの中心に引き起こされ、再び取り囲むように襲い掛かっていた触手を凍り付かせる。そこえ彼女の周囲に現れた柱達が殺到し、ゼロだけは直撃しないように凍り付いた触手を打ち砕き、破壊していった。

 その隙を見てゼロは跳躍して建物を飛び移って移動を続けながら凍り付く触手から距離を取る。

腕を落とした事で稼働している触手は目に見えて数を減らしているから、腕を切断するのは有効な攻撃手段だったようだ。再生先を求めるように首の付け根や左腕から黒い泡が膨れては爆ぜている様子が見えるが、生えて来るような気配も無いので確実にダメージは蓄積しているようだ。


「思った通り、切断されると回復速度も落ちて攻撃手段も減る。回復対象を失う。……粉微塵に切り裂いてやれば死なずとも動けなくなるのかな。」


 砕けた触手の粒子が吹雪に巻き込まれて白い世界に呑まれていく。

 だが本体はまだ健在であるので触手による攻撃はすぐに再開される事だろう。同じ手段でもう一方を切断しても良いが、それは手間である。だとしたら攻撃を引き寄せつつ一撃で仕留められる魔力を収束してしまえばいい。

 ――故に。


「顕現せよ、氷界の剣兵!」


 左腕の剣を再び右に振り被り、緩く左へと振り払う。

ゼロの銀髪が吹雪になびき乱れ、白い煙が彼女の後方で激しく舞い踊る。

直後、彼女の背後には氷の鎧を纏った人影が四名、眼前に両手で持った氷剣を構え直立していた。

 氷界の剣兵――魔力で自立駆動するゼロの忠実なる僕。その全てに膨大な魔力が宿されている為に周囲から常時魔力を取り込む事で漸く扱える代物であるが、滅びの地であればその条件は容易く達成できる。よってゼロは札を切った。


「さあ、私の意志通りに動いてくれ。――行くよ。」


 彼らに言葉を然して向ける事無く、ゼロは屋根を蹴って魔女狩りへと距離を狭めていく。魔女狩りは鈍い動きでゼロへと振り返りつつあったが、目が無いせいか彼女の姿を捉える事は出来ないらしい。

 まだ動いている触手は氷を突き破ってゼロ目掛けて襲い掛かる――ではなく、その場に待機していた二人の氷兵目掛けて躍り掛かった。その反応を見てゼロは確信する、魔女狩りは目で追っていたのでも、気配を追っていたのでもなく。


「近くの大きな魔力体に反応する。――どうした、ヒータを苦しめた割にさっきから私の掌だよ?」


 笑みを深め、屋根や屋上と飛び移って徐々に巨大な魔女狩りを目前に迫り、そのゼロの真横から青白い氷兵が剣を後方に振り被りながら突き進んでいく。想定通り、ゼロの意図通りに動く忠実な兵士達はその右腕目掛けて剣を振り被り、ゼロより先に跳躍して突撃して行く。


「だがあれでは切断出来ない。わかっているさ、そんな事は。」


 だから、ゼロだけは近づかずに一定の範囲を跳び退きながら、周囲から青白い光を全身に絡ませるようにかき集めていく。ゼロに従うように吹雪のような青白い光はその規模を大きく大きく、留まる事なく集まり続け、膨大な青い吹雪を巻き起こしていった。


 ――まだ足りない。


 ゼロはそれでも満足する事無く、魔力を延々と高め続ける。

魔女狩りもさすがにその気配に気付いたのか、触手が剣士達からゼロへ対象を変えて放とうと、五本の触手を次々に伸ばす。

 しかしその触手は高速で宙を舞い、切り刻む氷兵達に切り払われ、思うように近づく事が出来ず妨害も満足に行えない。


 ゼロはそれを見ずに把握しながら、魔女狩りの周辺を飛び回り、走り回ってその全体像を視界に収めていく。

 違和感がある、それは――切り降ろした筈の腕と頭部がどこにも落ちていない事。確かに刻み落とし、地へ落ちた筈だが確かに落下音も聞こえはしなかった。だから最初は腕で受け止めたのか、落下せずに取り込み再生しようとしたのかと思ったのだが。


「受け止めた気配も無い。吸収した気配も、無い?なら別に動いている……なら攻撃の手が減るのはおかしい。」


 魔女狩りの背後で足を止め、両腕をその背に向けて突き出し、掌を広げた。すると彼女の眼前に大きな魔法陣が展開されていく。膨大な青白い魔力の粒子がゼロの体を離れ魔法陣てと集まり、その範囲を時計回りに回転して収縮して青白い小さな玉を彼女の眼前に生成していく。

 どちらにせよ、丸ごと凍り付かせて再生も出来ない程に砕いてしまえば済む話。それで魔女狩りはここで命運を尽きさせる。


「――君は表には出させない。これ以上の横暴は私が許すつもりはない。」


 魔力の粒子がゼロから完全に離れると、青白い球体が残り、魔法陣は消失した。その青白い光を放つ玉は緩やかに動き始め、急速に魔女狩りの頭上へと飛来していった。

 魔女狩りは必死に触手を伸ばそうとするが、あと一歩を氷兵に切り落とされ、届かない。


「時間切れだ。………私がこの力を披露するのは二度目、だけどあの時よりもずっと強くなっているから覚悟してほしい。」


 瞼を伏せたゼロには、一瞬で流れていくようにかつての世界が視えた。


 ヒータを打倒する為に行った策。最大規模の魔法で彼女を星の底へと追い返す、それだけの作戦。だがこれはゼロの技量不足により暴発、滅びの地を生み出す結果になってしまった。

 この結果ゼロはこの地に住んでいた筈の生命体全てを意図せずして刈り取ってしまい、その事実に対して妙な引っ掛かりを覚え続けていて、罪を認識した時――初めて表情に笑みを浮かべる事に苦痛を覚えた。


「あの時の失敗を、次は未来に活かす為に。君の存在は魔女にとって有害、ヒータの活動を阻害する。それは、人類にとってもマイナスだ、だから。」


 右腕を大きく左へと振り被り、


「君は私の手で滅ぼす。――魅せよう、これがゼロだ。」


 静かな声で、囁くように呟いて、右手を魔女狩りへと振り払う。


 瞬間。今までの猛吹雪が止み、世界から白が消えた。

 否、白は消えて等いない。凄まじい勢いで上空へと収束され、真っ白な、巨大な槍を上空に生成していく。かつて、ヒータを星の底へと追い遣る為に用意したあの槍よりも、何十倍、何百倍にも及ぶ膨大な魔力で。


 頭の無い魔女狩りは上空を向こうと必死にもがき、ゼロを狙っていた触手達も一斉に上空目掛けて飛び上がっていく。

 しかしその対応は遅い。その対応は手遅れ。狙うにしても、対象を誤っている。


 まだ魔女狩りの腕に斬りかかっていた氷兵達は右腕目掛けてその剣を突き立てた。魔女狩りの魔力吸収が始まるが、彼らは深々とその剣を突き立てたまま離れようとはしない。触手もまた、その攻撃に凍り付いたかのように動きが止まる。


 瞬間、白い輝きが無数に、上空に広がるとそれらは全て青白い輝きを放つ氷の柱へと生成させる。――その数、数百を越えゆっくりと下降を始め、徐々に速度を上げていく。

ついには降り注ぐ槍のように氷の柱は上空から巨大な魔女狩りの体へと叩き付けられ、時折その内部を打ち貫く程の威力を見せた。

 だが氷の柱は突き刺さった傍から吸収されて行き、殺傷には至らない。


「だが、それではもうあれを止める術はないさ。」


 ゼロは両腕を左右に広げ、宣言する。


「これで終わりだ、――ゼロの世界へ堕ちろ。」


 かつて浮かべた事のない、ヒータのような凶暴な笑みを浮かべ、ゼロは勝利宣言をする。

その言葉に合わせ、巨大な白き槍は下降を始めると、その槍の先端から吹雪を巻き起こし、螺旋を描いて槍の鋭さを幾度となく強化する。

 滅びを与える吹雪が一点に収束して、魔女狩り目掛けて下っていく。止めようと右腕を振り上げて掌を大きく広げ、伸ばした。

魔女狩りの触手が、腕が、一瞬にして白く凍り付いて行く。それは魔力を喰らうかの者であろうとも容赦なく、喰らう速度よりも凍り付く速度の方が早く、何よりも。

その腕を押し貫き、打ち砕きながら魔女狩りを抉り取っていく方が早かった。

 魔女狩りは身を捩って逃れようとするがもはや全てが遅い。

何しろ、彼の体は既に半分以上凍り付いて、凍り付いた端から粉々に飛び散っていくのだから。


 世界が振動する。

暴風にゼロの髪が吹き乱れる。だがそれでもゼロはその場を動かない。自分の魔力で傷つく事などありはしない。

 魔女狩りは圧倒的魔力の前に呑まれていく。氷兵はその力に巻き込まれて砕け散り消失し、槍の一部と化して行った。


 やがて、魔女狩りの体は跡形も無く粉塵と化し、地まで突き刺さった槍だけが残り、再び世界に猛吹雪を巻き起こしながらその姿を消滅させた。


「――……ふ、ふふ、あははははッ!上手く行った、上手くいったよ、今度こそちゃんと制御できたじゃないか!」


 高らかに笑う。漸く今までの引っ掛かりの一つが剥がれ落ちた。

暴走で都を滅ぼしてしまった力を、今度はちゃんと目的の為に操り切った。引き起こされた吹雪は元々あった魔力でそこから増えるどころか、消耗されて勢いも弱まっている。ちゃんと出来た、その上でこの世における最大の敵を倒した。

 ゼロはいつになく、興奮していたのだろう。これでヒータの仕返しも出来た、これでやっと、ゼロもヒータと共に世界を再生させる事が出来る――。


 だから、ゼロは。


「……か、は………?」


 気付かなかった。


「―――………黒い、腕?」


 自分の背から胸にかけて、何かが飛び出ていた。


「痛い……、いた、い、だと?何故……。」


 苦しい、痛い。

 伸びているのは黒い人の形をした腕。


「魔力が、抜けて、いく……?不味い、何故……いや、今、消滅、させて…っ!」


 表情が凍り付く、笑みなど浮かべる余裕も無い。

 体のあちこちが粒子となって飛び散り始めている。形状維持さえ、出来なくなっていく。


 逃れようともがこうとするが、力も入る様子も無い。


 ゼロは取り込まれていく恐怖以上に、もっと恐ろしいものを想像した。


 一つ、魔女狩りは一体ではない、或いは本当に不死身である。

 一つ、魔女狩りに喰われる喪失感からして、完全に取り込まれた時は跡形もなく消滅する。

 一つ、もし自分が今のまま消滅した場合、リタは、


「――!!」


 ゼロの右目が青白い光を浮かべ、輝いた。かつて契約を行った際の契約書のような魔力が不安定な姿で浮かび上がり、ゼロはそれを左腕に、咄嗟に浮かべた剣で打ち貫く。

 契約書は青白い炎に包まれ消滅し、それとほぼ同時にゼロは体中のあちこちが爆ぜ、激痛を伝えるのを感じた。


(――リタ、君にはまだ、伝えなければ、謝らなければならない、事が――)


 言葉に出す力は既になく、思考を転送する魔力も既に消え。

 視界が真っ暗に閉ざされていく中で、ゼロは何かを叫び続けたが、その一つさえ――届く事は二度と無かった。


*******************


 ――漆黒の世界に居た。


 右も左も、前後も――否、どの方位だろうと暗闇ばかりが広がっている。


(――ここは?)


 記憶が曖昧だ。この場所に至るまでの記憶がほとんど、いや全く無い。

 何があってここにいるのか、どうしてここに居るのか、考えが及ばない。

しかし、自分が好奇心以外の理由でどこかへ行くという事はそうは在り得ない筈で、ならばその間に何かあったと考えるのが妥当だろう。

 自らの掌を眼前に晒してみる。魔力を帯びた掌は青白い光に照らされて、普段から白い手も青白く染まって見えた。漆黒の服装は光に照らされても色が同化してしまっていてはっきりと見えないが、確かに自分は存在している、その事だけは理解出来た。

 ではやはりここはどこかであり、視界を奪われているわけでもないという事だ。だが、己の纏った魔力の光では世界を照らし切る事は出来ず、暗闇は延々と暗闇のまま完結してしまっている。


「参ったな。私は確か戦って……戦って?」


 記憶に探りを入れてみると、すぐに答えに行きつく事が出来た。


 ――喰われた。一言で纏めるならそれが正しいのだろう。

撃破した筈の魔女狩り、その残りカスであったのか、あるいは別の個体なのかはわからないが、背後に現れていた存在に背後から体を貫かれ、全身の魔力を食い尽くされた。今でもあの(おぞ)ましい感覚が忘れられず、思わず自らの体を抱きしめてしまう。

 こんな反応をする事もあるのか、と己の動作に驚いていると、不意に視界に光が映った。距離は遠い、だが歩くにつれて着実に近づいていくその赤い光。


 見覚えが、あった。


 柔らかな赤い光に誘われるまま、無限に続く闇を歩き続ける。風の一つも吹かず、温度すら感じないその世界であっても、その赤い光は心を満たしてくれる何かがあった。


 やがて、赤い光の中にうずくまる存在に目が行き、ゼロは思わず頬を緩めた。


「………成程、君はまだ消えていなかったんだね。」


 赤い髪の少女がそこには居た。

ゼロと同じ黒いローブ、黒いマントを羽織り、自らを守るように赤い光の結界を小さく展開してうずくまり、その動作を停止している。闇に喰われるのを防ぐ事へ集中する為に、それ以外の全てを停止しているのだろう。


「だとすれば此処がヤツの内側というわけか。成程――がっ!?」


 不意に右足に激痛を感じ体の体勢を崩しそうになる。

反射的に魔力を集中させてそれを刃で引き裂き、拘束から逃れたが、右足には穴が開き、バランスがとり辛くなり、なおかつ塞がらない穴からは魔力の粒子が溢れ出している。


 貫いたのは、どうやら闇の中に潜む何からしく、その穴の細さからして器官か何かが己を取り込もうと攻撃を始めたのだろう。

 何故ヒータがこんな結界を纏っているのか、理由をすぐに理解した、こんな場所ではすぐに結界を貼らなければ一瞬にして穴だらけにされてしまいそうだ。


「どこから来るかもわからない。成程、やっぱりヒータは賢いね。けれど……それじゃあいつまで経ったって出られないじゃないか。」


 ふらりとヒータの傍に歩み寄ると、温かい光に触れてゼロは僅かに苦笑いを浮かべる。

彼女の防御は絶対的な程に強固になっている。魔力が尽きない限り決して消滅させられる事は無いだろう。だが、逆に言えばここから抜け出す術が存在しないという事だ、これではいつまで経っても魔女狩りに取り込まれたままである事は変わらない。

 だが、もし――脱出させる方法を持つ者の到来を待っていたのだとしたら。


「もし『彼女も』同じように考えていたなら大分策士だけど……まあ、君はそこまで考えないよね。――ぐあっ、あ、がっ!?」


 激痛が体のあちこちから走る。

今度は足だけではない、腹部、右耳を掠め、左腕に突き刺さり、絡みついた触手が茨のような棘を出して左足を貫く。

 氷の魔力で振り払うが、ダメージが回復せず徐々に蓄積しているのが分かった。


 ここは、魔女には生き辛い世界だ。魔力の供給が一切ない、ただゆっくりと吸い取られるだけの世界。破滅する為だけの世界、終わった世界。

 ゼロとヒータはそこに落されている。どうあがいても破滅するしかない、そんな世界に取り込み、魔女狩りは嘲笑っているのだろうか。


「ま、っ…たく……長年生きてきた私達が、こうも容易く封殺だなんて。」


 笑ってしまう、笑うしかない。ゼロは弱弱しく笑みを零し、体が崩れ落ち――


「だが、甘い。」


 は、しなかった。


 ゼロは周囲の気配になど構わず、ゆっくりと振り返ると、両手をヒータの結界へと触れさせた。そこからは確かにヒータの魔力を感じるし、もし外での出来事が伝わっていないなら『触るんじゃねぇ』と言って焼き払われていたかもしれないが、今はそれすらない。完全に『力』が己を守る為に引き籠っている。


「こうして、君が残っていてくれたのは幸いだ。私では、こいつは倒せなかったから。――君と、人の力に賭けたい。」


 不意に背後から無数の触手が迫り、ゼロの体を打ち貫く。ゼロは再び魔力を放出してその触手は振り払うが、もはや体は崩れ落ちる寸前であった。


「君は、人に力を授けた筈だ。私は呪いを渡してしまったが、もし私の意志を乗り越えたなら、君の与えた力に並ぶ力となるだろう。それらの力があれば、魔女狩りを滅する事は、恐らく出来る。」


 何度目だろうか、また触手の群れが先程よりも数を増やしてゼロに殺到しようとする。しかし、ゼロは咄嗟に振り返ると同時に左腕に形成した氷の剣で薙ぎ払い、吹雪を巻き起こして一掃する。その表情は痛みに歪んでいたが、気丈に笑みを浮かべてすらいる。


「――君の力を今、返そう。私がこうして残っている、なら、不可能じゃあない。」


 暴風。猛吹雪。

ゼロは己の力を、体内から放出する。それは周囲から集めるのではない、自分の存在を削って用いる力。回りから触手を追い払いながら、崩れ落ちそうな体を支えながら氷剣を両手に持ち、後方へと大きく振り下ろし、身構える。


「ヒータ、聞こえているかどうかはわからない。だが、私が今、一瞬の隙を作ろう。これが出来るのは私だけだし、チャンスは一瞬しかない。意識が残っているのなら、君はそのチャンスを利用して自らの体に戻れ。」


 白い粒子がゼロの中から無数に溢れ出て、剣に螺旋を描いて纏わりつく。その剣は大きさを増し、やがて青い刀身を持った吹雪を纏う剣へと変貌する。


「次元を君へのところまで、断ち切る。そこに飛び込めば、君は戻れるはずだ。一度しか、出来ない。――頼んだよ、ヒータ。」


 目を見開き、ゼロは剣を大きく頭上へと振り上げ、猛吹雪が周囲から離れて剣へと収束する。そんな彼女を止めよう全身を貫き、浸食しようとしていた。

 だがゼロはもう止まる事はしない。笑みを浮かべたまま、串刺しになった右足を踏み出し、触手の浸食など構う事のないまま――一気に、振り下ろした。


「行け、希望の先へッ!」


 久しく、声を張り上げた気がする。

そんな事を考えながら、放った剣撃は青白い光の斬撃となって闇へ一直線に向かって行き、肉を絶つ音を響かせ――闇が歪な空間への道を開くように左右に裂け、途端にヒータの体はその中へと引き寄せられ、吸い込まれて行く。

 そんな彼女を食い止めようとゼロを狙う以外の触手が迫るが、その全てはゼロの放った氷の槍にとって撃墜され、ヒータに近付く事は無かった。

 ヒータの体は閉じかけた次元の先へと飲み込まれ、不意に目を見開き闇の中で体中を貫かれていくゼロの姿を見て、何かを叫ぼうとした、だが声は決して発せられる事無く、一瞬の空間断絶は終わりを告げて。


 光の無くなった闇へと世界は堕ちた。


「……は、はは……どう、だい。私も、やる時は、やるだろ?」


 怒り狂ったように、黒い空間が轟きを響かせる。青白い光が、先程の何倍にもなる触手の群れを照らし出していた。


「私の勝ちだ、魔女狩り。」


 途端、黒い闇はゼロの体を呑み込んだ。体を引き千切るような音、貫くような、喰い散らかすような音を耳にしながらも、ゼロは最期まで笑い続けていた。


(――済まない、リタ)


 思考の最期に過ったのは、結局己の過ちを伝える事の出来なかった少女の姿。

溶けていく思考の中で、謝罪を零した。結局届く事がないとしても、そうしなければ――後悔のまま消え去る運命に呑まれてしまうだろうと思ったから。


 ――ゼロはその日、闇の中へと消滅した。


*******************


「――、あ、え……。」


 ぐらると視界が揺れ、突然イモータルは地に片膝を着いた。転送直後の反動ではない。転送はとっくに終わっていて、滅びの地から離れている最中の事だ。

急に心臓から何かが零れだすような感覚に襲われ、口から血を吐き出した。

それはつまり、ゼロの契約が無効になったという事で、それはつまり、イモータルが生命を維持できなくなったと言う事で。このまま意識が遠退き再び闇に堕ちる、そんな事を考えていたのだが。


「おい、大丈夫かよ。生きてるか?」


 声が聞こえた。

 それは先程まで傍を歩いていた赤い髪の少女。心配そうに顔を覗き込み首を傾げているが、残念ながらもう声を出す余裕は――余裕は?


「あ、あれ?」


 口からは確かに血を吐き出していた。だが、死んではいない。むしろ先程の苦しさは無くなり、また元通りに動けるようになっていて、慌てて立ち上がり自らの体を見渡した。


 どこにも、異常は見当たらない。

 

「どうしたんだよ唐突に。つーか血まで吐きやがって、持病かなんかか?」


 口元から垂れた赤い血が、確かに己の死を予感させたものである事は違いない。しかし、生きている。未だに死んでおらず、その時が来る様子もない。

では今のは一体、何だったのか。


「今、一瞬契約が途切れた、ような。でも…私は生きてる……です?」


「……、おい、まさか!」


 ヒータはその言葉を聞いて目を見開き、滅びの地を見て声を挙げていた。まさか、まさかとは一体。


「何を。」


 言っているのか。


 いや、違うとイモータルは思考する。

言葉が意味する事など、わかっている。


 ゼロが魔女狩りに殺された。


「嘘……嘘っすよね?そんな、まさかあのゼロが、」


「私にはわかる。ゼロの魔力が、無ェ……世界の、どこにも。なんでだ、あんたからもゼロの気配が消えちまって………ふざけんなおい、あの性悪女ッ!!」


 叫ぶ。ヒータは地面を踏み付け声を荒げるが、今戻っても彼女はどうにもできないと理解していた。

 イモータルも同じだ。今戻ったって何もできはしない。もう結界に入る事は出来なくなっていることは、再度確認したのでわかっている。今無為に近づけば猛吹雪に襲われて氷漬けになり、追い返されるだけだ。

 だから無駄なのだ。


「待て、おい。今行ったってどうにもならねえよ!」


 腕を掴まれて、イモータルは滅びの地へと足を向かわせていた事を自覚する。何故無意識にそんな事をしたのか。――否、無意識なんかではない、意識的にそうしていた。

 戻らなければならない、そう思って行動して、しまっていた。


「だって……ゼロが。ゼロは、戻ったらちゃんと話すって。ゼロはちゃんと、世界の為に。」


 突然な喪失感は人の冷静な判断を損なわせる、という事なのだろう。

理解している、イモータルは理解している側面から、理解できていない側面を見据えている。

 わかって居るのに何故そんな事をするのか、意味がない。

 わかって居るなら何故動かない、理解できない。

自分の矛盾が自分自身で刃を突き立て合う。


「なんでですか!どうして、こんなっ!嫌です、ゼロッ……!」


「落ち着けっつってんだ!結界の濃度が濃くなってる、あいつの魔力が感じられねえのはその可能性だってある!だから落ち着け!」


 必死に滅びの地へ向かおうとするイモータルを両手で必死に引っ張るヒータ。

傍にいる魔女の事すら気に掛ける余裕すら無くて、黒い鎧は地を抉る程に踏み付け、進もうとする。


(なんでですか、どうしていつも私の周りから……そうやってッ!!)


 やがてイモータルはバランスを崩し、膝から崩れ落ちた。両手で受け身を取る事も出来ないまま、地面に突っ伏して土埃を被る。だが、そんな事を気にする余裕なんてない。

 思考が乱れている。再びの喪失感に。散々人の中に入り込んで来た癖に勝手にいなくなる魔女に、酷く恨み言を浮かべながら。


 しかしそんなヒータが腕を掴む手から不意に力を抜き、後方に数歩下がる音を聞いた。

放心したイモータルは倒れ込んだまま後方に視線を向けると、先程とは違う、しかし同じ黒いローブ、マント姿の赤髪が居た。ただしその身長はやや大きくなり、少女らしい姿となって。


「………、ひーた、さん?」


 しかし、そんな彼女の表情はイモータルの視線を受け、弱弱しく顔を逸らし、「馬鹿野郎が」と短く呟いたのを聞いた。


 イモータルは、思考した。彼女の身に何があったのか。何ゆえに、誰に馬鹿野郎などと言ったのか。


 ゼロだ。そんな対象現時点で、他に居ない。何よりヒータのその姿が、魔女狩りに取り込まれた分の力を取り戻した姿なのだとすれば、尚更だ。


「……、アタシの分裂して取り込まれていた力が、最期の記憶だけ持ってきた。」


 言葉を止めるヒータ。ああ、そのまま止めていて欲しいとイモータルは視線を落とすが、その望みは彼女には伝わらない。


「魔女狩りの胎内。最期の力で私の力を取り戻して、魔女狩りに――食い尽くされた。」


 気付けば、視界が薄っすらとぼやけていた。次に聞こえたのは嗚咽だろうか。それは己の喉から零れていた。

 振動を感じる。震えだ、それは己が体を丸めて泣き声を喚きながら震えている故の震動だ。


「ぁ………ぁああああ……ッ!」


 何故、どうして。そんな言葉ばかりが次々に溢れそうになり、呑み込んだ。赤いマフラーを両手で強く握りしめる。それは力強く、だが決して離さないという意志故の力であり、決して痛めつける意図など無い。ただ、せめて己のその苦悶を、たった今喪ってしまった彼女へ伝える事が出来るのは、途中までずっと彼女と共にあった、このマフラーくらいなものだろう。


 一つの戦いがここに終わりを迎える。大きな力の一つの喪失を、終点として。


*******************


 猛吹雪が吹き荒れていた。

 気付けば雪の上に投げ出される形で、俯せに寝転んでいたらしい。

気だるげな頭を持ちあげると、眼前には巨大な黒い影が徐々に遠ざかっていく姿が見えていた。あれは何だろう、そう思いながら弱弱しく両手に力を込めて上体を起こす。

 吹雪の影響で銀色の髪が眼前を鬱陶しい程に覆い、視界を妨害するがあまり気にする様子も無く己は体を起き上がらせ、体についた雪を両手で払い落す。


「………??」


 状況が、理解できなかった。

 はて、此処は一体どこで、己は今まで何をしていたのだろう。その理解が及ばぬまま周囲を見渡しても、そこはかつて己が終わらせた滅びの地にしか見えない。では何故このようなところで寝転がっていたのか、その説明が出来ない。


「まあ、いいか。」


 あまり気にする必要も無いだろう。そう結論づける。

緩やかに笑みを浮かべる色白の肌を持つ、漆黒のマント、漆黒のローブを羽織った少女は両腕を絡めて上へと向けて伸ばして伸びをする仕草をする。もっともそんな行動、人の物真似でしかないので意味などないのだが。

 そこでふと、己の中に浮かぶ感覚に意識が向く。


 好奇心、それが心の全てを支配していた。すぐにでもこの好奇心を満たさないと、己は何をしてしまうのか全く想像も出来ない。

 ではまず何をどうしよう。世界を滅亡させようか、人を殺そうか、それとも実験動物でも生み出そうか。


「……それでは詰まらないね。私が求めているのは、そんな事じゃあないんだ。」


 では何をする。そう思考して、ふと一つ、覚えのある感覚が世界に降り立ったのを感じた。


 かつて己が何かの理由で放った呪いの力。それを得た者がこの世界に現れた。


「ふふ、あは。これはこれは良い、なかなか私の呪いに相応しい経歴を持ってるじゃあないか。」


 好奇心の表情に浮かべながら、柔らかく、妖しく微笑みを浮かべる少女。彼女は空を見上げ、その笑みを――歪な、悪魔のようなものへと変貌させ、口端を釣り上げた。


「世界は好奇心を満たすもので満ちている。これで遊ばない手なんてあるものか。ああそうだ、世界は全て……私の物なのだから。」


 高らかに笑いながら、銀髪の少女は宣言する。世界は全て、己のものであると――好奇心の塊にして、氷界の魔女は、再びその地へと顕現したのだった。


***************


「なん、ですって?」


 報告を聞いていた黒いローブを纏った白髪の男は、報告してきた黒い覆面と黒いローブを羽織った黒づくめの男に問い返していた。驚いたように表情を引き攣らせ、詰め居るように覆面の襟元を掴む。


「『黒き魔の者』が全身に大きなダメージ?アレの再生能力を以てして、それでも?……まさか、そのようなことが。」


 在り得る筈がない、そう思いながらも男は喉を震わせた。それほどまでの存在との接触、悪魔的なその不死身さをさらに上回る者との戦い。もし、そんな存在が居るとしたのだとしたら。


「もはやそれは、神に並ぶ者ではありませんか。ああ、まさかそんな………例の姉妹にはこの事は内密に。無用なトラブルになりかねません。」


 念を押してから覆面の男を突き放して白髪の男は自らの顎に触れながら、その表情を狂気的に歪ませる。ペンシェロ・マーレは全身を震わせながら、体を前屈みにして黒ローブの信徒達、己の操り人形に背を向けて喉を鳴らしながら笑い続ける。


「――嗚呼、面白い。この世界は面白い。そのような者が存在するのならば、氷の力を持つその者はきっと……!」


 空を見上げるその瞳には、歓喜と敬愛の色を宿す。神への愛を語るかのように。神の首元に手を掛けた事を、心の底から喜ぶように。悪意を持った人の皮は、ケタケタと不気味な笑いを協会の一室で響かせ続けるのだった。




 ――世界が動き出す、その時まで、もう、間もなく。

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