暗躍する救済と断罪2
とある平和な村があった。
そこに住まうのは、何かの理由を持って住み着いた者。
或いは、特に理由も無くのんびり過ごしている者達が居る。
彼らの暮らしは平和的であり、適度な生活を絶えず続けている。
そう、何事も起こらない平和なその小さな世界。
だがそんな世界は、弱い。
ただの、ちょっと規模の大きい出来事でも起こってさえしまえば。
容易く、その村の平和は終わるのだから。
朝日の差し込む木製の室内。二人の影が忙しなく動いて回っていた。
二人は互いに荷物を持ち、箱に積めたり、或いは部屋の隅に運んで行き置いては別の場所へと足早に向かって行く。
そんな二人はすれ違い様に視線を合わせると緩く微笑み、
「この調子なら朝の内に片付きそうですね。」
女性は黒いポニーテールを揺らしながら目の前の金色の短髪な男性に言葉を掛けた。荷物を両手に抱えてはいるが、女性が抱えるのは本を箱の入れたもので、置く場所も既に決めているらしく足取りは真っ直ぐだ。
対し、金の短髪な男性は両手に持った袋をどこに置こうか迷っていたのか、その場に立ち止まっていた。
「そうだね。私達の分はこれで纏まるし、後は外で遊んでいる二人の荷物か。」
視界を女性から外して、男性は荷物を両手に部屋の壁際にある机の下に設置した棚へ袋ごと押し込んでゆく。
そんな彼の言葉を聞いて女性も荷物を置くと、茶色の袖で自らの額を拭い一息ついた。振り返るとリビングとなる部屋の中央には四人で囲む程度の丸い木製の机と、その周囲に一先ず整理されていく荷物達が次々に置かれていく状態であり、引っ越したばかりという状況が見てわかる。
その視線を廊下の方へと向けると、小さな木箱が二つ残されていて、その荷物は二人にとっての家族の荷物である。
「どこに置くかは決めてもらいましょう。後で文句を言われては大変ですもの。」
女性は微笑みながら、廊下の方へと歩いて行くと玄関の方へと近付き、扉を少し開き、その先に見えた二人の少女へ声を掛けた。
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「はーい、お母様!」
金色で短く切りそろえた髪の少女は、地面に座り込んだまま頭をあげると無邪気な笑みを浮かべて、扉を開いて顔を覗かせた親しき母親の姿を見遣れば右手を持ち上げて振り上げて左右に振った。
「いきましょう、パメラ。きっとお父様とお母様のお片付けが終わったんだわ。」
笑顔で答えた金髪の少女をパメラと呼んだのは、その隣で膝を両手で抑えながら前屈みになっていた真っ黒なセミロングの少女。姿勢を直立姿勢に戻して母親に緩く手を持ち上げて挨拶を返すが、表情変化が少ない彼女は他者から見ると両親と上手く行っていないのではないかと見えるかもしれない。しかしこの少女、ニナは表情変化が上手く出来ないだけであり父も母も妹も溺愛していて、心配性な性格まで見せている。口調は淡々としているが、時折浮かべる微笑みは妹すら魅了する程で、妹のパメラもまたそんなニナを溺愛していた。
「うん、御姉様!あとは私達のお片付けですね!」
慌ただしく立ち上がるパメラはそのままバランスを崩して倒れそうになり両手を上下に振って耐えようとするが堪え切れず――その腕をニナに素早く取られ、引き戻された。
ニナは瞼を細めて溜息を零すと、「えへへ、ごめんね」と舌先を出してパメラは微笑みを返した。視線を逸らしたままニナはその手を引いて家へと戻ろうとすると、ふとパメラがその手を引き立ち止まった。
「あ、待って姉様。あの砂のお城、どうします?」
それは姉妹が共に作った砂の城。少女二人で作った城というには精巧に出来たとニナも自負しているが、基本的に作り上げていったのはパメラである。ニナも自分の力よりもパメラの力があってこそ完成したものであると認識しているし、その出来栄えに壊すのも勿体無いと思って残しておこうと思ったのだが。
「…壊してしまうのは惜しいわ。折角貴女と私で作ったのだもの、暫くあのままにしておきましょう?」
「……!うん、そうする、そうします!御姉様!」
パメラは満面に満足そうな笑みを浮かべてニナの腕に抱き着いた。照れくさそうに視線を逸らす彼女の様子は妹から見ても愛らしく思えてしまう。こういう時に見せるちょっとした反応が可愛らしく、それを本当にわかっているのは両親と自分だけなので、それ故か心が満たされていた。
そんな二人は半分開いた家の扉を開けて室内に戻っていく。後に廊下に置き去りにされていた木箱を二人で片付け、どこに置くのかちょっと喧嘩してみたり。そんな日常が送られて。
――彼女達を少し離れた物陰から見つめている存在に気付く事は、終ぞ無かった。
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時は暫く過ぎて、日が落ち夜の帳が落ちた頃。
夕方頃から降り出した雨の音が徐々に強くなり、室内に居てもその激しさが耳に届く程となっていた。
「酷い雨ですね、本当に今日中に片付けが終わって良かった。」
パメラとニナの母親――名をアリアンナ。長袖厚手の灰色シャツながら袖は茶色の布が縫いこまれ、シャツの上からは白いエプロンを身に着けている。長い茶色のスカートを身に着けたその姿は主婦らしい恰好をしていて、今も料理の途中だった。待ち時間が出来たのか、お盆に水を入れたコップを四つ載せて丸型のテーブルの前へと一つずつ、座っている人物達の前へ置きながら溜息交じりの声を零していた。
「そうだな。この分だと朝まで止まないか……うん?どうしたパメラ。」
本を捲りながらアリアンナの言葉に同意するように頷くのは父親だ。名をエルベルトといい、母親に合わせるように白い半そでのシャツと茶色のベストを身に着けている。黒灰色の長ズボンは少し裾が傷んでいて、年期を感じさせていた。そんな彼がふと本から目を離し、置かれたコップを手に取ろうとして、何やら玄関の方を見たり、視線を落としたり忙しなく顔を動かしているパメラが視界に入り首を傾げて見せた。
「ううん、えっと、その。」
どう言えばいいのか悩む様子で、声を掛けられて一瞬顔を挙げた彼女は視線を落とした。紫色のケープを肩に羽織り、白い袖の長いセーターに手首から先も潜ませつつ、その両手をテーブルの上に置き、両手を合わせる形で袖ごと指を絡ませている。
「お父様。パメラは多分、外に作った砂のお城を心配しているのだと思うわ。」
対し、落ち着いた様子で水を一度口に含んで呑み込んで位からコップを置き、青色の肩の部分の無い長袖シャツを羽織ったニナは背を真っ直ぐ伸ばして父親のエルベルトに向き直って妹に代わり告げた。解答を聞いたエルベルトは困ったように眉尻を下げてパメラに視線を向ける。
無論、パメラも分かって居て何も言わないのだ。ただ、どうなったのか気になって仕方がない。そんな様子で。
「……落ち着きなさい、パメラ。どちらにせよ砂のお城、いずれ風化して崩れてしまうし、それがちょっと、うん…かなり早まってしまっただけよ。」
咎めるというわけではない、ニナも当然とういうつもりはない。だが向けた視線が少々鋭く、厳しくなってしまうのは彼女の表情変化が薄い影響で。それを見たパメラは怒られた子供のように瞼を伏せ、肩を竦ませた。
「あっ、ち、違……パメラ、怒った訳ではない、わ?」
僅かに浮かんだのは慌てた様子の表情。大して変わったように見えないのはやはり表情変化が薄いからなのだが――そんな様子を見てふと、顔を伏せたパメラが肩を震わせて、続いてエルベルトやアリアンナまでもが小さく笑いを噴き出し、
「……ちょ、っと?」
「ご、ごめん、お姉様、じょう、冗談……っ。」
同時に、エルベルト、アリアンナも笑いを我慢せずに零し、パメラもすぐに砕けた笑みを浮かべて見せた。唖然とした様子のニナを他所に、肩を叩いたのはエルベルトだった。
「はははっ、お前こそ心配のしすぎだよ、ニナ。俺以上に一緒に暮らしてるんだろう?パメラだってよくわかってるに決まってるじゃないか。」
当然だろう、と言われてニナは無表情のまま頬を赤く染め、
「ばかっ、知らないっ!!」
顔を大きく横に背け、瞼を伏せてそっぽを向くニナ。そんな姿に皆が笑いを浮かべつつ、立ち上がったパメラは彼女に柔らかく甘えるように抱き着いた。
ニナは抱き着いたまま見据えるパメラを暫くそっぽを向いて無視していたが、次第に薄く目を開いて、観念したように溜息を零してそっと妹の頭を撫でるのだった。
皆、良くわかって居る。
いずれ城であろうと、崩れ落ちるものだ。人の作った物体は大抵、いずれ寿命を迎える。だが、それ故に家族の手は、今度こそ離すまいと思っている。人が作りあげたものでも絆は物体ではない。繋いでいればきっと途切れるものではない――少なくとも姉妹は、そうだと信じていた。
「――夜分にすみません、エルベルトさん、いらっしゃいますか?」
終わりの声は、唐突に家の外から、聞こえてきた。
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「……うぇー、酷い雨っすねぇ、もう!」
木の物陰に背を預け、うんざりするような声を挙げて腕を組み、溜息を零す黒い影が居た。珍しく黒い兜を外して素顔を晒し、右目を隠すために眼帯を付けた黒いショートカットの少女。かつての頃よりも少し髪が伸びたが、まだ切る程まで伸びてもおらず、雨の影響か髪に湿り気を帯びていて鬱陶しそうに右手を持ち上げて額に張り付く髪を払った。
かつては自警団の一人にして、今は氷界の魔女の騎士、イモータル。彼女は氷界の魔女の依頼でとある村の様子を見に来ていた。ただ、残念ながら大雨に逢い、視界が悪く動き回らないとその全貌の全てを見る事が出来ないし、妖しい影があったとしてももし暗闇に紛れる服装なら見つけ辛い。さらに今は夜間である、見つけるには闇が深すぎた。――尤も、それはイモータルにも言える事。真っ黒な鎧を纏った黒髪、死人のように白い肌である事以外は完全に闇に紛れていると言っていい。条件はお互いさまと言ったところだろう。
「『救済と断罪の一派』でしたか。あの方が言うには…そのターゲットの家ってこの辺だと思うんすけど。」
周囲に視線を向けるが、家の中にある光だけが唯一場所を照らしてくれているだけで、とても村の状況を見遣る事は出来ない。どうしたものかと周囲を見遣ってから、仕方ないので尋ねてみる事も手だろうかと思考する。もし先手を取られると手遅れになる可能性は依頼主から既に提示されていた事だから。
――だからこそ、次の瞬間眼前に浮かび始めた光景に、イモータルは致命的な後手を感じざるを得なかった。
「………え。」
村の一つ、ずっと奥にある一軒家から火の手が上がった。雨によって弱まる事のない炎の力は魔法的な影響であると直感する。咄嗟に動こうとしたイモータルの足は、さらに続いて二件、別々の家から上がり始めている事に気付き目を見開き硬直してしまう。
(――雨の中に同時に火事。しかも魔法的な。予定では、明日の早朝に到着じゃなかったですか……?)
思考が硬直する中。その思考が現実に引き戻してくれたのは、徐々に増えて来る村人らしき悲鳴だった。次第に、争うような声や刃物がぶつかり合うような音が聞こえてくる。
(何を、何をやってるんだ私はッ!!)
弾かれるように木を蹴り、雨の中を走り始めた黒騎士。兜を被り直し、両手に意識を集中させ――青白い光が槍の形を形成する。握りしめるとその光は鋭く輝きを放つ半透明の氷の槍が形成された。
二双氷槍の黒騎士、イモータル。身体能力も強化され、その速度は人間の限界を最初から越えていく。走った先は見張っていた家ではなくその奥で刃物を振り上げ、村人に迫ろうとする黒い影。その影目掛けて突進し、一撃必殺の槍をその頭部目掛けて突き放った。
しかし、その槍は振り上げ振り下ろす姿勢となり、回避体勢に移行するには難しい筈の黒い影の頭部を貫く事なく空を切る。目を見開き突き出した姿勢のまま硬直するが、直後眼前に走った白い刃に対して反射的に身を引き、致命的な一撃は回避した。
「……マジすか?」
完全な不意打ちを成功させたつもりだった。
だがそれは外し、その上で黒い影は反撃を放って見せた。しかも的確に、頭を真っ二つにするような、そういう動きで。
「何者でしょう……知らない、お前のような存在は知りません。感じ取れない、読み取れない、一体何ですか貴女ァ………ッ!」
狂気的なくぐもった声を吐き出す黒い影。目を細めてその姿をよく見ると、黒い覆面を被り、真っ黒なローブを羽織って体中に返り血のようなものを浴びた人型。目元に穴が開いていてどうやらそこから視界を確保しているのだと知る事は出来たが、どうにも言動が異常だ。
「村の窮地に駆け付けた正義のヒーローっすかね?……そこのあなた!さっさと逃げるですよ、ここは私が!」
村人は腰を抜かしたまま振り得ていたが、その喝を受けて慌てて立ち上がり、背を向けて走り出
「はい、デス。」
村人はその姿勢のまま硬直し、動きを止めて赤い何かを口から噴き出した。深く背から生えていたのは白い刃のようなもので、成人男性に見えた男が容易くその命を刈り取られていた。別の、黒尽くめの人型に。
「逃げられる訳がありません。貴方達は断罪を拒んだ男を匿った疑いがあります。よって処刑デス。
デス致します。」
今度は女性のような声色だと思う。しかし、そんな筋肉質のようにも見えない黒い覆面ローブが、どうやって、剣で正面から一直線に背中まで肉を貫き、即死させられるというのか。どう考えても素の力では有り得ない殺傷力だ。
「………ああ、団体っつってましたもんね。そりゃあ複数いますよね。」
舌打ちをしながら体勢を立て直すイモータル。両手の槍を降ろして肩を落とし、二人の黒い『救済と断罪の一派』における信徒に対峙する。男性の亡骸は無残に転がされ、周囲から次々と悲鳴や、炎が上がるような音が聞こえ、徐々に村中が明るく染まってくる。もはや、お互いの色が黒い事など意味はない。明るくなりすぎている故にお互いの姿ははっきりと見えている。
「はて、何者です?」
「はてはて、何者なのだろう?」
二人の信徒は同じような言葉を続けて発する。しかしそれはどうにも違和感がある。会話をしているというよりは、まるで一人の意志だけが働いているような、そんな言動であったからだ。
薄気味の悪い二人のやり取りもそうだが、周囲の悲鳴が次々と数を減らしている事だから時間はあまり残されていない事を理解するイモータルは。
――その瞬間、人の域をあえて踏み外す事を選択した。
(ゼロさん、色々と言いたい事はありますが……今は頼らせてもらいます。)
青白い光が全身から噴き出し、黒い鎧が凍り付いて行く。氷の膜を黒い鎧が纏って行きながら、黒き騎士は氷の鎧を纏い始めた。
そんな光景に、信徒は同時に動揺した声を挙げる。
「氷!?まさか!」
「氷の力!?ばかな!」
彼らが何を言おうとしているのか気にしている暇はない。イモータルは直感で判断を下した――彼らは人であって人ではない何かだと。
気付くとイモータルは地を蹴り、雨粒を弾き飛ばしながら眼前の黒い信徒に左腕の槍を突き放つ。その速度は先程の比ではなく音速へ及ぶ。人ではそう容易く至れない領域へ、イモータルは至っていた。
ゼロの魔力供給を受けているイモータルは、一定の超人的な力を得る事が出来る。これもその一端。故に人の反応速度に勝った一撃を放つ事が出来る。だから容易くその信徒の心臓を確実に打ち貫いた。
「……なっ!」
「あまあまあまあま!」
しかし、それでもしかし。
信徒の速度はそれを上回るように、もう一人が入り込んだ。信徒と信徒の間に入り込んだ白い剣が槍を打ち上げ、軌道をずらす。そしてもう一人の信徒が素早くイモータルの側面に回り込み、短剣を叩き付けた。
金属と硬質の物質がぶつかり合う音を耳にしながら身を捻り薙ぎ払う槍によって短剣を振り下ろした方の信徒を弾き飛ばし蹴りを使って正面の信徒をも蹴り飛ばす。
「なんで……!」
自分ですら追い切れない音速の刺突さえ反応し、死を免れる信徒。咄嗟の反撃は届いたが彼らには致命傷になり得ない。感触としては鎧を着こんでいるわけでもない脆い体のようだったが、蹴りや槍の刃ではないところで払ったところで打撃以上の威力にはなり得ないのだ。
「見事です……。」
「見事みごみごととと……えふ、えはっ!」
再度同時に口を開く信徒。地面に転がった信徒達は立ち上がるものの、槍で弾き飛ばされた方はそれでも若干のダメージが入ったらしく咽返っていた。
「そのまま寝てろってんですよ……!」
今の一撃では足りないという事を理解している。イモータルは身構えながら遠くに飛ばしてしまった二人を見遣りずつ一歩後方に下がる。まだ悲鳴は止まない。戦っている音も聞こえるが、彼らを片付けない事にはキリが無い。
この速度による攻撃を防がれるというのであれば、この二人の信徒は並の兵士の力をとうに越えている事になる。逆に言えばこの二人を倒す事が出来れば他の信徒程度なら相手にならない筈なのだ。だから早急に倒さねばと再び二本の槍を降ろして深く身構えた直後である。
後方から、扉を壊すような音と、少女の悲痛な声と淡々とした声が聞こえた。
「お父様、お母様ぁッ!!」
「だめ、パメラ!逃げるの、お父様とお母様の言いつけを守るのよ!」
表情が薄く、それでも必死さを瞳に宿した少女と、涙を流し悲痛な声を挙げ続ける少女が、手を伸ばしながら、表情の薄い黒髪の少女に引きずられるように家から遠ざかっていく。
「……不味い!!」
イモータルは即座に二人の存在を無視して逃げようとする少女二人に駆け寄ろうとした。
この状況だ、非力な少女二人などきっと逃げ果せる前に殺される。そう判断した。
だが、その行動は正面に降ろされた黒いカーテンのように、そんな印象を抱かせるように現れた三名の黒い信徒達によって遮られる。
「なっ……どっから!?」
今までは居なかった筈の彼らは突然空中から飛来したように思える。それは燃え盛る建物を飛び越えてやってきた、人外の信徒。
「ざけてんじゃねえですよ………まさか、この信徒の連中、全員!?」
冷や汗が額に浮かぶのを感じる。
正面に現れた黒い信徒は剣、槍、杖を手にもっていた。
「全て真実。これもまた真実。」
「あなたが見ているものも真実。あなたに与えられるのも真実の救い、即ち、デス!」
信徒達は一斉に武器な笑いを浮かべ始めた。彼らは狂っている上に――人外の境地に至った己さえを上回っている。そんな存在が一人どころではなく、この村を襲撃している信徒全員なのだとしたら――
「……割に合わない事この上ねぇんですよッ!!」
しゃらくさい。
そう思考したイモータル、瞬間体に纏った氷の膜が弾かれるように吹き飛び、暴風のような氷の嵐が彼女の周囲に巻き起こる。
「ぬおっ!?」
「うお、おおおおっ!?何故!あなた、何故氷のおおおおっ!?」
信徒達はその攻撃に対抗しようと武器を構えたがあまりに遅い。その風圧に耐えきれず各々が、まるで先程見せた異様な運動神経が嘘のように無様に地面に転がり倒れていく。
体を凍り付かせる程の威力はない。精々少し体温を奪う程度、これは氷界の魔女の力から借りた、本当に仮初の力でしかない。
だが隙は出来たと地を蹴り、先程のような音速は出せないものの、それでも人としての限界域には達しているであろう足の速さで信徒達と飛び越え、逃れていった少女達の姿を探し、追おうとした。
その腕に鎖さえ巻き付いていなければ、そのまま村の奥へと走り込んでいくつもりだった。
「いけません、ええイケません。何をなさろうとしておいでですか。ダメですよ、大人しくなさってください。何者ですか、偽物ですか。あなたは――」
「邪魔すんなって言ってんですよッ!」
氷の槍を振り上げ、鎖を引き千切る為に振り下ろした。
だが鎖は寸での所で腕から程彼、扉を越えて現れた黒い信徒の元へと戻っていった。
黒い信徒は覆面の裏で目を細め、歓喜の笑みを浮かべている事がわかったが、それは人が通常浮かべるようなまともな笑みではないとイモータルは直感する。
「すばらし、すばらすばららら……あなた、その力一体どこで。まるで、まるで善なる神カラヴェルナの慈愛を受けたかのようなお力!あなたはまさか彼女の眷属なのでしょうかァ?」
薄気味悪く笑う彼の言葉に疑問を浮かべながら槍を、手首で捻って一回転、逆さ持ちに身構えて腰を深く落とす。
「善なる神…?はっ、どうでしょうねぇ。私が力を受けてる方ってのは悪党と呼ばれこそすれ、善なる神なんてとてもとても呼べねえと思いますよ?」
その言葉に、その態度に。或いはそれ以外だろうか。
信徒は一斉に、声を唄うように荒げ、言葉を投げつけてきた。
「貴様は偽物だ!」「貴様は偽物だ!」
「おのれ盗人め!」「盗人は罪だ!」
「罪は断罪だ、断罪されるべきだ!」「断罪され、聖女様に救済されるべきだァ!!」
瞬間、黒い影は音速を越える勢いで四方八方から襲い来る。
イモータルはその動きを見ながらも、感覚に回した魔力で動きを全て捉えた直後、その魔力を全神経の方へと移行、目で追うのは一瞬だけで残りは身体の反応に賭けた。
二つの白い刃が適格にイモータルの兜の隙間から顔を貫こうと腕を突き出し、剣を差し向けた。
その二つは即座に身を翻すように回ったイモータルの槍の柄に弾かれ、二人の体を連続して蹴りを見舞い吹き飛ばし、小型の氷槍を生成してその胸部へ放ち、貫く。
側面から迫るように走り込んだ二つの影は短剣と杖を持ち、短剣を持った方は一直線に、杖を持った信徒は即座に氷の魔法を詠唱した。
イモータルは短剣を持った信徒に槍を振るって対抗。横に向けた槍の柄で、高速に突き放たれる短剣を捌き攻撃の全てを凌いで見せる。だがその直後に小さな氷の柱が後方で生成され、杖を持った信徒が杖を振り下ろすと共にイモータルの背中を貫き、そのまま心臓を破壊しようと目論んだ。
勿論成功すればイモータルには致命的なダメージとなるはずだが、イモータルはその間隔までも、前もって『知覚』している。短剣の攻撃が鈍った信徒に槍の柄を押しつけた後にその襟元を掴んで振り返る勢いで一人の信徒を投げつけると氷の柱は空中で信徒を凍らせ爆散する。
その氷の中に紛れて黒い影は駆け抜ける、信徒は慌てて魔法を詠唱しようとするが、さすがに時間稼ぎも無しに彼女の動きに勝った魔法を唱える事など出来ず、氷により強度を大幅に強化した右手で力強く覆面顔を破壊する威力で殴りつければ、大きく吹き飛び、三度地面に転がってから停止。杖は空中に放り投げられ、イモータルの足元へと落下。
「なん、なんなんなんなん!!」
「なんですかあなたはァ!!」
残った二人の信徒が絶叫する。
一人は槍を構えながら突進し、もう一人は鎖をイモータルの首目掛けて投擲していた。
『知覚』された攻撃は、イモータルの反応を上回る事など、出来はしない。
杖を蹴り飛ばし、鎖の進行距離へと放たれると鎖は杖に絡まって勢いを落とし、イモータルに届かず落下。だが槍を構えた信徒を止める術は残った一本の槍しかない、そのように見えている。
「『アイスランサー』。」
そう、だから信徒は攻撃を知覚する事を忘れたから、それを防ぐ事が出来ない。
故に、降りかかった凶槍に反応が遅れ、背中から右足を足を打ち抜かれた事に気付けず前に進もうとして。
肉が千切れる音と床に大きく転倒、深々と足に食い込んだ槍は地面を貫き、無理な姿勢を取ろうと舌信徒は流れ出る血の感覚に気付き、痛みに悲鳴をあげていたがやがて動かなくなった。
「馬鹿な……馬鹿な、ななな、ナナナナナナナナン!」
「ごちゃごちゃうっせーんですよ。何なんですかこの能力……あの人が間に合わなかったら死んでるとこだったじゃないですか。嫌ですよ二度死になんて。」
残った槍を手首を再び捻って一回転。刃を下へと向けてゆっくりと残った鎖の男に近寄っていく。
「あの人、あの人ォ?とは、とはとはとは」
「あんたが知る必要はねぇですが、会話できる知性が残ってんなら答えなさい。――そのの家の人達はどうしました?」
逃げる事も忘れてただただ言葉を震わせる信徒の首元に槍の先を突き向けて制止する。見ずともこれだけの状況だ、聞かずともわかるが、もし否定してくれるなら――この男くらいは見逃してもいいのかもしれないと、そう甘い考えを浮かべていた。
即座にそんなもの、否定されてしまうのだが。
「………、従わないので断罪し、救済致しましタ。それが何、カ……………???」
「もういいです。」
黒衣の信徒は最期まで言葉を発する事が出来ず、喉からあふれ出た血に声を打ち消され、目を白黒させながら後方に尻餅を着き、口を震わせているような痙攣をして見せた。
彼の首には氷の槍が突き立てられていた。溢れ出る血を抑えようと両手を喉元へ向けたところで力尽きたのか、力が抜けて仰向けに倒れ、それきり動かなくなった。
『君の思考の乱れを感じて来てみたら……成程、これは驚いた。私の知らない力を彼らが持っていたとはね。』
頭の中に直接響く声を聴きながら、離れた氷の槍を消失させ、魔力として回収する。イモータルはそんな声を聴きながら体を引き摺るようにして村の奥へと向かおうとする。
『やめた方がいいよ、イモータル。幾ら君が死を越えた者であっても、今の力は負荷が大きすぎる。魔力の高速転移なんて人間のする事じゃない。』
無機質ながら気遣うような言葉。そんな言葉さえ、イモータルは無視をし続けた。無視してでも、助けなければならない者達が居るのだから。
『もう一度言う、イモータル。止めろ。………もう誰も生き残りは居ない。私が確認したんだ、間違いな』
「うるせぇんですよ黙っててくださいよッ!!」
八つ当たりだ。イモータルは直後にそう思った。
それきり、氷界の魔女たる声は聞こえなくなる。彼女が彼らの力を分析し、コピーをイモータルへ移してくれて居なかったら死んでいたのは己だと言うのに。
それでも彼女の言う事を信じたくなかったのだ。イモータルは、死して尚『人を守る者』なのだ。それが、誰も救えなかったなど――あってはならない。信徒を一気に六名を殺害して、殺しただけで救えないなど、在り得てはいけないのだ。
自分の価値が否定されたかのような気分だった。存在する意味などないのではないかと、不安だった。
イモータルは燃え盛る村の中を歩き続けた。
歩き続けて見つけたのは、村人だった者の黒焦げた死体ばかりだった。信徒らしき死体は一つも無く、いかに彼らが驚異的な能力で強襲してきたのかがよくわかる。
歩き、歩いて、歩き続けた。
終ぞ、求めていた二つの影を見つける事は出来なかった。
『……、満足、したかい?』
また、そういう声で問い掛けるのかとイモータルは口を突きそうになる。聞こえてきたのは怯えた少女のような声色だった。全能であるはずの魔女が、何故そんな弱弱しい声を挙げると言うのだろう。傷ついているのはイモータルだけで、魔女は何の心も痛めて居ないんじゃないのか。
――そんな言葉は全て呑み込んで、問うべき事を問う事にした。
「ゼロ。……村人は『全員死んだ』?」
否定してほしいという願いは、もはや淡い期待だと理解している。だからその声色は乾いていて、まるで失意の中にあるような声だと、自らで嘲笑しそうになる。
そんな彼女の意図を汲み取ったのか、事実をただ告げただけなのか。淡々とした声色で事実が語られた。
『君が見た村人の死体は間違いなく全員死亡。魔力が失われていたので間違いない。ただ――この村から抜けている者達が二人居る。その者達の生死は不明だね。』
彼女がどの程度までの範囲を認識しているのかはわからないが、少なくとも生死不明という言葉を使うからには、事実その通りなのだろう。
二人というのは、恐らくイモータルが最後に見た二人の少女。救おうとしたが妨害に遭い、それが出来なかった者達。きっと無事に逃げきれているなんて、希望的な観測は出来ない。
途中で使徒に殺されたか、或いは魔物に襲われて死亡した場合、その死体を探すのは困難だろう。
「………すみません、ゼロ。私、依頼について失敗してしまいました。」
本来、先に謝らなければならなかったのはイモータルだ。依頼を完遂できず、それどころか被害ばかりを拡大させ、結局依頼者の力を借りる形になってしまったのだから。
ただ、少し認識が違うのだとすればイモータルは任務失敗が悔しいというより、最後の最後で、最期の生き残りさえ満足に救う事も出来なかった事がたまらなく、悔しかった。
「私って強くなったもんだと思ってました。死んで、生き返って…あなたから力を貰って。この力があればもしかしたらセレナさんも守れるようになったんじゃないかって。」
だが、それは。
『勘違いだよ。君の力は私の与えた仮初の力。そして、技術は君が得た物から何も変わっちゃいない。』
ばっさりと否定される。嗚呼、こうでなければならない、彼女はこれくらい冷たく無ければ。イモータルは兜の内側で弱弱しく微笑んだ。希望を持つ事など、己には許されな
『だが、君はあの時よりもずっと成長している、と私は思うよ。素人的観点で悪いけれどね。』
い。その筈なのに遅れて淡々とした声色のままゼロはその否定をさらに、否定して見せた。
『だって当然だろう?私の力だけなら、さっきの信徒を処理する事は君には出来なかった。私の力を使うタイミングを自ら決めたのも君だ。それは間違いなく君の技量だし、判断力…なんじゃないかな。うん、上手く言葉が出てこないや。』
悪辣なる氷界の魔女。そうである筈の彼女が、不器用な口調でどうにか傷つけまいとしているような、気使い。笑み掛けていた表情は唖然としたものへと変わり、暫くしてから純粋にイモータルは笑みを零した。
「……"空っぽのゼロ"。人の真似事なんてしないでください。――しない方がいいっすよ、きっとね。」
もし彼女が本当に人の気持ちを理解し、考えるようになったら。
彼女にはどれほどの負荷が掛かることだろう。「え?」とういう戸惑った声色が聞こえる、きっと意識などして行っていないのだろうが――彼女は間違いなく、人間を学んで自らに取り込んでいる。
そうなったら彼女は一体どれだけの後悔と絶望と、失望を思い知るのだろう。
イモータルは彼女の唯一の理解者として、そうならないように釘を差すのが、今出来る精一杯の気遣いだった。
*******************
「報告しなければ、しなければぁ………!」
震えた声を挙げる、黒い覆面を被った黒いローブの者は馬車を高速で走らせながら怯えたような、恐怖を宿すような、或いは――歓喜を浮かべるような声色で呟き続けていた。
「新たなる信徒候補!それは良し……然し然し然ししかしか。あの存在、カラヴェルナ様の偽物。許してはならない、存在してはならな、ならなぁああああああい!!」
声を震わせ、背仰け反らせ、信徒は喘ぐように言葉を発し、荒い呼吸を零し続ける。それは狂気、狂った感情。内側にあるそれが抑えきれない。人ならざる感情であると理解しているが、それが善なのか悪なのか、理解する事が出来ない。ただただ頭に浮かぶ目的を遂行しなければという使命感だけが、彼を、彼らを突き動かしている。
「……この姉妹、また不思議な力があるようですが。」
唐突に冷静になり、馬車の中に寝かされている二人の少女に視線を向ける。黒いセミロングの少女に金色のショートカットの少女は互いに手を繋ぎ、涙を流したまま泣き疲れた様に眠り続けていた。
「まぁ!例えハズレでしょうとも信徒としての使い道はありますので問題無しでしょう。我ら信徒は十分な働きをしたと誇って帰れば良い!」
急に楽観的になったように笑みを含んだ声をあげ、腕を振り上げる信徒。
馬車が進む先に見えるのは大きな協会のような建物と城壁。そこはこの世界における最大の宗教国と呼ばれた――救済と断罪の一派の属する宗教団体の拠点であった。




