山賊退治です
状況は大体理解できた。
山賊が街を襲おうとしているところに出てきてしまったのだ。この街は山間にあって人も少ない。そのくせ街の規模だけは大きいので山賊が入り込んで悪さをするにはうってつけなのだろう。
この前までは山賊の噂など聞かなかった。やはり、職にあぶれた傭兵が増えているのだろうか。
私がぼけっとそんなことを考えていると、山賊たちが私と一緒に転移してきた大型馬車を好奇の目で見ているのがわかった。そりゃそうだ。絹から陶磁器、細工物と金目の物の山がつまれている。
それでも襲いかかってこないのはなぜだろう?
ちょっと考えてその理由が分かった。私が《転移》でこの場に現れたからだ。小娘ひとり出てきたところで獲物が増える程度にしか考えないだろうけれど、魔術が使えるとなると別だ。警戒してうかつに近づかないのは、正解とは言わないが当然の判断だろう。
「お、おい賢者……」
褐色娘が何人かの若者と一緒に馬車のところまでやってきた。若者たちは鎧や武器を装備してはいるが、どうみても不慣れなのがひと目でわかる。褐色娘がもっている短刀のほうがずっと様になっているくらいだ。
私は馬車から降りると、ちょっと縮こまって言った。
「ただいま帰りましたー……。あのぅ、褐色娘さん。私ね、頑張ったんですけど。どうしてもおぜぜができなかったんです。いや、たぶん資産価値としてはかなりのものだと思うんですけど……」
「ンなことはどーでもいいだろうが! 今は!」
「はぁ」
私の反応がお気に召さないのか、褐色娘は眉を吊り上げる。
「ちっと会わない間にバカに磨きがかかったかぁ? 山賊に囲まれて今、街のピンチなんですがねえ?」
「あ、そういえばそうですね」
私は軽く背伸びをして準備運動をする。
「じゃあ。私がなんとかするんで、みなさんは馬車を移動させてください。借り物なんで傷つけたくないんですよ」
「あの、あの賢者さま! お一人で行かれるおつもりですか?」
「そーだよ賢者。みんなで戦おうぜ!」
若者たちが剣を握りしめて鼻息あらく言う。私はそれをやんわりと静止する。
「お気持ちは嬉しいですけど。大丈夫ですよ。私、いちおう賢者ですから」
不安げな若者たちをあとに、私は山賊たちの方へと向かっていった。だが、褐色娘だけが私にひっついてきた。
「一人で十分ですってば」
「お、お前みたいなヘタレ賢者だけに任せとけるかよ」
「ふふん。心強いですね」
しゃべっている間に、山賊たちは陣形らしきものを組み替えていた。魔術には魔術師、ということなのだろう。六人ほどの魔術師が出てきてこちらに杖を向けている。
それに私はすこし驚く。魔術師というのは学識が高く選民意識が高い一種のエリートだ。山賊に身をやつすようなことは滅多にない。それが六人もいるなど普通はありえないことだ。
山賊のわりにずいぶん堂々としているなと思っていたが、これが理由なのかと納得する。正面から脅すだけで屈すると踏んでいるのだろう。魔術に疎い一般人なら、ちょっと初歩的な呪文を見せるだけで怯えてくれる。それが六人となれば、気が大きくなるのもわかる。
「あぁー……そこの姉ちゃん。ちっとは魔術が使えるみてえだが、この人数には勝てるめえ。できりゃあ降参してくれると嬉しいね。なに、ちっと飯と金を分けて欲しいだけさね」
頭目らしき、黒髪の不健康そうな男が大声でそう言ってきた。周囲の男たちが下卑た視線を送ってくるのが癇に障る。
「ふざけないでください! この街の人たちは今、一生懸命新しく街を生まれ変わらせようと頑張っているんです。あなた達のような穀潰しにあげるごはんは麦一粒ありません! あなた達も男なら、暴力に訴えるよりも汗水たらして働きましょう! お父さんお母さんたちが泣いていますよ!」
「お、おい……、そんな強気で大丈夫か?」
私は胸をはって言った。それなりに良いことを言ったつもりなのだがいまいち彼らには通じないようだった。
頭目が命じて、一斉に魔術師たちが呪文を唱え始める。それを見て軽くため息をつく。今すぐ全員を殺すこともできるのだが、それはしてはいけないしやりたくない。どうしたものかなぁと考えているうちに向こうの呪文がやってきた。
火炎・風・閃光・雷などが私めがけてやってくる。六人同時の呪文はなかなか派手で見応えがある。
背後から街の人たちの悲鳴が聞こえてきた。褐色娘が私の腰にぎゅうっと抱きついてくる。
攻撃呪文がぶつかろうというその瞬間。すべての呪文が、消滅した。
炎も、真空波も、光熱波も、雷も、まるで霧のように消えてしまった。
単純に私の魔力壁にぶつかって消滅しただけだ。呪文で防いだのですらなく、ただ魔力の力押しでかき消しただけである。
「え? な、なんだ? お前なにかしたのか?」
褐色娘がきょろきょろと周りを見ながら言った。
この場にいるだれもそれを理解していなかった。山賊たちも、街の人たちも何が起こったのかわからずぽかんと口を開けている。術を放った魔術師たちですらわかっていない。
「魔神級以上の呪文じゃないと私には通りませんよ。ここらの精霊や妖精程度より、私のほうが『格上』ですから」
そう言っても、目の前の魔術師たちは理解していないようだった。
同じように何発か、今度は強めの呪文が放たれた。それも意識すらする必要なくかき消してしまう。柔らかい果物を岩にぶつければ潰れてしまうようなものだった。そんな単純なことすらも、理解できないレベルの魔術師たちだということだ。
面倒だが、格の違いを思い知らせてやるしかない。
右足で一度、強く地面を踏みしめた。その瞬間。私の魔力が踏みしめた地面を中心に広がっていった。魔法を使ったわけではない。ただ、魔力を空間に拡散させただけだ。この周囲の精霊や妖精に、「私はここにいる」と大声で伝えたようなものだ。
「も、もう一度だ!」
魔術師たちが躍起になって呪文を唱えだす。基本的にエリートの魔術師にとって、魔術をまるでないもののように振舞われたらプライドは大きく傷つくだろう。さっきよりも私に対して敵意をむき出しにしている。
だが、魔術師たちの呪文は、消されるどころは発動すらしなかった。まるで素人が魔術の真似事をしているように。
当然である。この周囲の精霊や妖精たちは今、私におびえてそれどころではないのだ。素人に毛の生えたような魔術師の呪文など、聞いていられない。
魔術師たちは、なぜ魔術が発動しないのかもわかっていないようだ。いや、一人だけ腰を抜かしている魔術師がいる。あの中ではそこそこ使う方だった。それでも、実際に私の魔力に触れるまでそれに気づかない程度の者なのだが。
「ば、化物……」
「しつれーな」
よく勘違いされるが、賢者とは魔術師や僧侶などに代表される術者の上位互換ではない。
現象としてはたしかに、賢者はこの世のあらゆる魔術・秘術・法術を扱うことができる。氷を操り炎を放ち、天候すらも操作するのは魔導の学徒たる魔術師そのものだ。傷を癒し呪いを解き、時に死者すら蘇らせるのは神の使徒たる僧侶でしかありえない。
だが、それは外からみた結果が同じだけだ。実のところ、やっていることはまったくの別物である。
人が魔術・法術を使う時、呪文や印を使用する。また、秘薬や宝玉などを媒介にすることも多い。これらはすべて『儀式』だ。魔神・聖霊・妖精といった『人間以上のもの』に、こういった奇跡を起こしていただけませんかとお願いしているのだ。儀式を通じ、魔力や秘薬といた代償を払うことで、『人間以上のもの』が力を貸し、奇跡はこの世に顕現する。
高位の術者が呪文を省略することがある。これは代償で払う魔力が高品質なので『人間以上のもの』がオマケをしてくれているのだ。金払いのいい客ならばちょっと無作法でも笑って見過ごすようなものである。
つまるところ、魔術師や僧侶は魔力を代金に奇跡を下請けに出しているのだ。どんな高位術者でもこれは変わらない。どれだけ魔力が高くとも、彼らは自分自身で奇跡を起こすことはできない。
さて、次に賢者である。
賢者とは、空間と時と魂の関係を解き明かした超越者である。太一に触れた者。摂理の観測者。全知全能に一歩だけ近づいた者。
彼らは賢者になった瞬間から、この世の摂理を理屈ではなく感覚で『理解』する。森羅万象を知覚しあらゆる法則を体感する。それは、魔術を直接行使できるようになるのを意味しているのだ。
わざわざ『人間以上のもの』にお願いしなくても、自分で魔力を操り奇跡を起こせるようになる。どうやればどんな奇跡が起きるのかが完全に理解できてしまう。手をどうやって動かせばいいのかと同じレベルで魔力が扱えるようになる。
その在り方は、人間というよりも精霊や妖精。あるいは魔族に近いものである。
つまり、賢者とは魔術師や僧侶の上位互換なのではない。
人間の上位互換なのだ。
もう魔術師たちは呪文が使えない。それが理解できれば降参するだろうか。
その時、頭目がピィッっと笛を吹いた。それが合図だったのだろう。一斉に弓矢が放たれる。
魔術などよりもこっちのほうがずっと私には面倒なものだ。魔術なら無意識にでも消せるが、弓矢となると一応はそれらしい手順を踏まなければならない。
空中を飛ぶ矢に視線を向ける。ただそれだけで、すべての矢が焼き消された。空中で灰となり、ぱらぱらと炭と火の粉だけが野原に舞った。
ここまで来ると、事態を理解しつつある者も出てきた。それでも、一度始まった戦いというのはなかなか終えられるものではない。山賊の戦士たちが剣を振りかぶってこちらにやってくる。
「むぅ……やっぱり真理というのは普通の人には伝わりにくいものなんですねえ。わかりやすい魅せ方をしないと理解はえられませんか」
「んなのんきなこと言ってる場合か! さっさとどーにかしろ!」
「はいはい。じゃあ、耳を塞いでいてください」
褐色娘が耳に手を当てるのを確認すると、私は天に向かって高く手を掲げた。
瞬間、七つの巨大な魔法陣が空間に出現する。重ねた皿のように天に向けて連なり描かれた魔力の円環。術者自身の魔力で輝くのは手元の一枚のみ。残りの六枚は周囲から強制的に魔力を強奪して循環増幅させる並列炉だ。魔力を吸い上げ、術者の操作に連動して円環を加速させる。
「な、なんだありゃ?」
突如現れた魔法陣に山賊たちはおののき、足を止める。
それを傍目に見ながら、私は命じる。
「転」
その言葉と同時にすべての魔法陣が姿を変えた。中央に道を作るようにリング状へと変形する。その間も魔力炉は廻り続ける。もっと疾く。もっと強く。もっと激しく。増幅、加速を繰り返して練りあげていく。もはや魔法陣の中心は生物はおろか物質の存在さえ許さない力のうねり。
「な、なんだ?」
褐色娘が声を上げる。周囲にはホタルのような光が空中に無数にあふれていた。凝縮された魔力に反応して、周囲の精霊や妖精たちが騒いでいるのだ。『それ』はもはや、人間だけでなくこの周囲の生き物すべてが見上げるもう一つの太陽。
「じゃ、いきますよー。破!」
言葉とともに、私の手から球状の魔力塊が放たれる。拳ほどの小さなそれは一直線に連環魔法陣へと飛び込む。すると――
カァッ!
火をつけた油のように、一瞬で燃え上がった。
魔法陣の魔力を吸い上げながら成長しつつ加速。一枚・二枚・三枚。魔法陣をくぐるたびに倍々に肥大。食いきれなかった魔力が閃光と轟音となって周囲に降り注ぐ。最終魔法陣を抜け、完成した超魔力の塊はもはや山一つをゆうに吹き飛ばせるものになっていた。魔力砲はそのまま天を穿つ。虚空へと放たれた力はそのまま彼方へと消えていった。
空に浮かんでいた雲はことごとく余波で吹き飛ばされ、抜けるような青い空だけがのこる。
「ふぅ。やっぱり魔族級がいないと制御が楽ですねえ」
「お、お前……ほんとに賢者だったんだな。なんだありゃあ……」
「ふふん。見直しましたか」
褐色娘はまだ耳を塞いだまま青い空を見上げている。
「さて、まだやりますか?」
山賊たちを見る。逃げ出す気力もないのか、山賊たちは座り込んで動こうともしなかった。




