わらしべ長者です!
さて困った。
ここのところ商取引はほとんど褐色娘にまかせっきりだった。自分で売ってこいと言われてもなかなか厳しいものがある。
さらに、褐色娘が設定した最低ラインがかなり厳しいものだった。街を見て回ったところ、ここの市場価格で売ってようやく届くくらいの額である。つまり、卸の値段では稼ぐのが無理だということだ。商会や行商人に卸しても目標額には届かない。
だが、私がここで露店売りをするわけにもいかない。こういうのには届出が必要だと聞くし、だいたいこの私に接客業などできるはずがないのだ。どんなにちゃんと売ろうとしてもそのうち忘れて適当な値段で売ってしまうにきまっている。妙な部分で私には自信があった。
私はとりあえず港湾都市で情報収集をすることにした。この街は物流と商売の街である。いろいろな人に話を聞けばきっと何か方法が見つかるはずだ。ちなみにイモは貸し倉庫にブチこんである。これも自腹なので早くどうにかしないと私の貯金がやばい。
飛び込んだのは、船でやってきた商人たちが集まる港の酒場だ。最初は商人でも水夫でもなさそうな私は訝しげに見られた。だが、身分を明かすと途端に扱いが変わった。酒場で一番いい席に案内されて、色々な人が話をしにきてくれるようになった。こういうときくらいは名前の力を使ってもバチは当たらないだろう。
「ほうほう。綿布を扱ってらっしゃるんですか」
「ええ。最近北の国の貴族たちの間で流行しておりましてな。いくらあっても足りないくらいです」
「ははぁ。ですが綿布だと夏山の国ですよね? 北の国までは遠いでしょう」
「そこはそれ。途中でも儲けどころはいくらでもあります。わたくしは手を出しておりませんが……ええと、おお。あちらの彼などは香辛料を手広く扱って儲けていますよ」
「あー、香辛料はここの市場でもたくさん見ましたねえ。素人考えですけど、日持ちするのと軽いのが扱いやすそうですね」
「や、まさにそのとおり。その上よい値段で売れるのですからな。目をつける商人は多いですよ」
「ほほう」
さすがに港湾都市の商人たちだった。半日ほどいただけでまるで世界中を旅したような気分だ。海の向こうのどの国でどんな物が作られていて、どんな物が必要とされているか。今年の気候や農作物の状態。政治情勢。この街に集まる商品以上に膨大な量の情報が集まっている。
同時に、これくらいの話はここの商人には当たり前のことなのだというのもわかった。褐色娘のいう通り、商人は世辞に疎くてはやっていけないのだろう。きっと、私や他の人間の前ではけして言わない自分だけのとっておきの情報をみんな持っているのだ。
もはや、もとの目的は半ば忘れるくらいに話に没頭していた。世界の海をまたにかけて商売をする彼らの話は、そこら辺の本を読んでいるよりずっと刺激的だ。また、書物でしかしらなかった話を実際に経験した人の目線で語られるというのも新鮮だった。
「僕は東龍の国から絹や焼き物などを買っていました。良い商売でしたが、今年はちょっと行くのをやめておこうかと」
「あら? 何故です?」
「飢饉が起こっているようなんですよ。それで政情も不安定になっているとか。いくら儲かっても、命あっての物種ですからね。しばらくは近づかないほうがいいですよ」
「なるほど……。でも、食べ物のないところにこちらから持っていけばとっても儲かるんじゃあないですか?」
モノが必要とされているところに持っていけば高く売れる。私でもわかる商売の原則だ。それに、政情が不安定になるくらいの飢饉ならばきっと餓死者もたくさん出ているのだろう。その人たちに食べる物を届けられないものだろうか。
「ははは。そう上手くいけばいいのですけどね。食べ物は日持ちしないものが多いですからな。大丈夫だと思っていた物も気候や船の状態で簡単に腐ってしまいます。そういったリスクや、輸送にかかる費用を考えれば、とても効率の良い商売ではありません」
「で、でもその。食べ物を持っていけば感謝されると思うんです。そうすれば次からお仕事もうまくいくんじゃあ……」
「おっしゃることはわかりますが……僕らも商売でやっていますからねえ」
商人たちは困ったような顔で私を見た。
それはそうかもしれない。赤の他人の生き死によりも自分の生活のほうが誰だって大切だ。でも、だからと言って書類上の数字のように飢えている人のことを計算するのは、私には慣れないものだった。
私は東龍の国にも行ったことがある。街の食堂で一緒にご飯を食べたことがある。宿屋のおかみに洗濯をしてもらったことがある。村の子供と一緒にあそんだことがある。私にとって彼らは見ず知らずの他人ではなく、ちゃんと実在する人間だった。
彼らが飢えに苦しんでいるのならばすぐにでも食べ物を届けてあげたい。
こういうことを言うと、綺麗事を言うなといつも褐色娘に叱られる。彼女は現実に対応して生きる現実主義者だからだ。
だが、私はそれでも綺麗事を言うのをやめない。綺麗事を言うのが私の仕事だからだ。誰かが綺麗事を言わないと、魔王なんか倒せなかった。
実際問題として東龍の国は遠いし、そこまで行こうとする商人も少ない。向こうまで長期間保存できる食べ物もなかなか無い。ここの商人たちの言っているように、リスクの大きいことなのだ。
だが、何かが引っかかる。もう少しで何かが閃きそうな予感がする。もう少しで解けるところでほったらかしになっている方程式のようなもどかしさ。もう少しで孵化する卵を見つめているような高揚感。魔力を編み上げ呪文を放つ前のような興奮。
遠隔地。
物資。
飢饉。
輸送。
賢者。
商売。
金。
食糧。
船。
呪文。
私のなかの無数の記憶がパズルのようにつながり合っては霧散していく。あるべき、完成形を目指して試行錯誤を繰り返していく。
「あ」
その瞬間。
わかった。
とても簡単なことに気がついた。なんでこんな簡単なことを誰もやっていないんだろう。そう思ってしまう単純なことだ。
「ああーーーっ!」
思わず絶叫する。黙り込んでいた私が急に大声で叫んだので酒場の者たちはなにごとかと注目していた。
「ど、どうされました。賢者さま」
「皆さんのお陰で道が開けた想いです。ありがとうございます」
「は、はぁ……それはようございました」
もうじっとしていることができず、私は走りながら店を飛び出した。今、この瞬間に思いついたことを早く実行に移さないと。その衝動だけが私を突き動かしていた。
このときのちょっとした思いつきが、のちに世界中を変容させることになる。私はまだそれに気がついていなかった。
街で一番大きな馬車を借り、イモを積めるだけ積み込んだ。三分の一ほど積んだところで馬車がいっぱいになる。積み込みは先日助けた水夫たちがタダでやってくれた。
「よし、じゃあ行きますよー」
私は印を組み、呪文を唱えた。
「転移!」
一度行ったところになら、魔力次第でいくらでも人や物を運べる呪文。私ならば大型船をまるごと飛ばすこともできるのだ。この程度の馬車を飛ばすなど造作もないことだ。これを使えば、飢えに苦しむ地域に瞬く間に食べ物を届けることができる。
馬車とともに、私は一瞬にして地の果てまで移動する。以前に一度訪れたことのある、東龍の国の小さな町である。
たまたま転移した場所の近くに、子供が一人いた。以前ここに来た時に仲良くなった男の子だった。向こうも私のことを覚えていてくれたようで、こちらに駆け寄ってきた。
「けんじゃさま!」
男の子は見るからにやせ細っていた。背はのびていたのだが、肉が削げ落ちているのでむしろ小さくなった印象をうける。
「お久しぶりですね。町長さんのところに案内してもらえますか?」
「おやじに? まかしとけよ!」
「はい。じゃあお願いしますね」
男の子の先導で私は町に入った。やはり、町の人々もやつれ、痩せている人が多かった。こころなしか町自体の空気もどんよりと重く感じられる。人の活力はそのまま町の活気にもつながるものなのだろう。
この土地に食料が足りないのは事実のようだ。他の町はわからないし、大都市にいけばまた違うのかもしれない。だが、食べ物に直結する農村でここまで人々がやせ細っているのは大規模な干ばつや不作があったと思うべきだろう。
男の子が町長の家に飛び込んでいくと、すぐに中から大勢の人がやってきた。
「おお! 賢者さま。お久しゅうございます」
魔王討伐がどうのという、どこに行っても言われる話を終えたあと、私は単刀直入に切り出した。
「町長さん。実はこのあたりで飢饉があったとお聞きしたんですが」
「ええ。ご覧のとおりです」
町長もほかの町人と同じように痩せていた。もともと太っていたのであまりそうは見えないが、やつれ方は他の町人以上なくらいだ。
「日照りにやられましてな。冬越しの食べ物どころか今日の粥にもこまる有様です。首都にいけば食べ物があるという噂も聞きますが、どこまで本当だか……。皆で木の実などを集めて冬に備えているものの、どれだけ持つかはわかりません」
「よそから食べ物を買ったりはできないのですか?」
「こんな山のなかまではほとんど商人は来ません、海沿いの街や国境付近ならなんとかなるようですが。それでもこちらの足元を見て値段をつけているといいます。それでも食べ物が必要なので、村じゅうで金を出し合って食べ物を買いに行こうかと話しているのですが……」
しんと静まり返る。話に出てきた食べ物の値段は法外もいいところだった。物資が枯渇しているところでは価格が高騰するのが常とはいえ、これはあまりにもひどい。
怒りを振り払い、私は満を持して言った。
「安心してください。私、食べ物を持ってきたんです」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。このあたりではまだ珍しい食べ物だと思いますけれど、きっとお口にあうと思います。茹でても焼いても美味しいので、ひとまずみんなで食べてみましょう!」
私はそう言って馬車からイモの袋を一つ持ちだした。
鍋でゆでたイモを町長や家人がまず口にする。最初は見慣れぬ形のイモを不気味がっていたが、一度口にすると顔色が変わった。男の子などはやけどするのではないかと不安になるくらい一心不乱にかぶりついている。
「馬車一杯分あります。必要ならばまだご用意できます」
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか……」
「あ、いえ……そのう。申し訳ないのですがお代は頂きたいのですが……」
かっこうつけた手前、お金が欲しいなどとはちょっと言いにくかった。私の顔を見て、町長は少しきょとんとしていたがすぐに大笑いして言った。
「もちろんです。我らとて施しを受けるほど窮してはおりません」
私の馬車いっぱいのイモを町長は買い取ると心よくいってくれた。値段はごく普通の額だ。輸送費ゼロなぶん、むしろこっちでは安い部類に入るだろう。ついでに、ジャガイモの栽培方法も教えておく。かなりの痩せた土地でも育ち、地中にあるため虫の被害も受けにくい。この作物が広まれば今回のようなことも少なくなるだろう。
街の倉庫にイモが運び込まれていく。この町は町全体が一つの農家のようなところなので、町長が独占するようなこともないはずだ。
「けんじゃのおねーちゃん! ありがとー!」
「おいしー!」
「いえいえ。私もお金が必要だったんでもちつもたれつです」
「せちがらいなー」
「ですねえ」
これで褐色娘に怒られずにすむ。子供たちと一緒に焼いたイモを食べていると、町長がやってきた。
「賢者さま。お代の方なんですが」
「ああ、はいはい! 頂きますよ!」
「その、できれば銀でお支払いしたかったのですが。持ち合わせがありませんで……」
「はい?」
「代わりに絹でもよろしいでしょうか。西では高く取引されていると聞きます」
「げ、現物支給ですか……」
ここは絹を作っている町だった。東龍の国の絹はたしかに高価で取引されている。私が適当に売りさばいても十分な値段になるだろう。
「はい。けっこうですよ」
私は町長の頼みを快諾し、代金相当の絹を受け取った。
その後、私は同じように《転移》で東龍の国の町や村を回ってイモを売って回った。どこに行っても感謝されたのだが、飢饉ですでに困窮しているところが多く、現物支給が目立った。絹以外にも、茶葉・陶磁器などが私の馬車にどんどんと積まれていった。
「ど、どうしましょう……」
困っている人たちに食べ物をもっていけたのはいいが、お金はほとんど手に入らなかった。少量の銀は手に入ったものの、倉庫と馬車には絹や陶磁器など東龍の国の工芸品が山とつまれている。
(ええと、たしか絹が最近人気のある国は……)
酒場で収集した情報を便りに、私はふたたび転移で飛ぶ。行き先は熱砂の国だ。世界中を勇者様と回ったので《転移》で行けない国は私には存在しない。
「おお! これは質の良い絹ですな! 本当にこんなにお売りいただけるので?」
「もちろんです」
「いや。しかしこまった。これだけ上質な絹となると持ち合わせがない。……おお、そうだ! 香辛料ではどうでしょう。向こうでは人気があるとお聞きしますが」
「あ、えっと……じゃあそれで」
絹が香辛料になった。
(香辛料が一番高値で売れるのは……)
北海の国へと飛ぶ。
「おお! これは良い香辛料ですな。状態も申し分ない!」
「ではお代を……」
「しかしこれだけの量となるとなかなか持ち合わせが……そうだ。果実酒などはどうでしょう。とくに出来がよい年のものを厳選してお分けしますぞ」
「あ、あの。できればお金か銀で……」
「いや、ここのところ我が国の果実酒は人気がありましてなあ。商人たちが遠方よりこぞって買い付けに来るのです」
「じゃ、じゃあそれでいいです……」
香辛料が大量の果実酒になった。
(お酒……たしか……)
青海の国の海上都市へと飛ぶ。
「これはなんとも芳醇な果実酒ですな! あるだけ売っていただけるのですか?」
「ええ。お金さえくれるのでしたら」
「金よりももっと良いものがありますぞ! 我が国自慢のガラス細工です。この精緻さといったら、四海で並ぶものはないでしょうな。どこの国に持って行っても高値で取引されるでしょう。これを買わない愚か者などは存在しませんな。ハッハッハッハッハッハ!」
「はいぃ……」
果実酒がガラス細工にと変わった。
(こ、こんどこそ! たしか夏山の国ではガラス細工が人気だったはずです!)
夏山の国ではガラス細工が綿布へと変わった。
その後も綿布が毛皮になり、毛皮が岩塩になり、岩塩が宝石細工になり、宝石細工が麦へと変わった。各地で数合わせのように細々とした工芸品や特産品ももらっていたので倉庫の中身は多くなるばかりだった。
そして最後に、麦をふたたび東龍の国へともって行った。そこで最初にもらった量の三倍の絹を手に入れたとき、私の心は折れた。
どれだけ回っても現金や銀は手に入らず、物々交換になってしまう。交渉のしかたが悪いのだ。どうあがいても私に商売というものは向いていないらしい。
(お金を手に入れるって大変なんですね……)
私は気がついていなかったが、輸送費ゼロな上、農作物の場合は新鮮な状態で届くのだ。そりゃあトントン拍子に儲かる。そして考えなしに大量の高級品を持ち込むものだから、むこうとしても現金で払いたくても持ち合わせがないのは当たり前の話なのだ。そこら辺を私はさっぱり理解していなかった。
半月ほどそんな物々交換の旅を続けるうちに、私のもっていたジャガイモ一山は、数倍の工芸品と特産品の山になっていた。
(みんなに謝ってゆるしてもらいましょう……)
転移の印を組む手が重い。きっと褐色娘にまた叱られるのだと思いながら呪文を唱える。山間の街へと帰るのだ。
「え?」
転移したさきで、私は絶句した。街の人たちが武器や農具などをもって通せんぼをしているのだ。街には一歩も入れさせないというような雰囲気が漂っている。まるで戦争でもしているようだ。
「ひ、ひどいです! たしかにお金は使い込みましたけど! 私だってこの街のためにがんばってきたじゃあないですか!」
泣きべそをかいて訴える。本当に絶望的な気持ちだった。私のしたことはそんなにも、そんなにもひどいことなのか。
すると、群衆のなかから褐色娘が大声でなにかを言っているのがわかった。
「賢者! 後ろ! うーしーろー!」
「後ろ……?」
言われて振り返る。
そこには武器をもったがらの悪い男たちが何十人も立っている。
どこからどう見ても山賊であった。




