過疎化が大変です
最初はただの小さな集落だったらしい。山あいで放牧をしながらほそぼそと暮らす農村だった。街道沿いにあったため、旅人はもともと多く訪れていたようだ。閉鎖的になりがちな農村では外部からの刺激は歓迎されていた。
きっかけは、山一つ越えた場所にあるトートアレが港湾都市として発展したことだった。トートアレから内陸部へと向かう安全路として、街道の利用者が爆発的に増加したのだ。そのことにより、集落にやってくる人間の数も比べ物にならないほどに増えた。それこそ集落の人口よりも多くの人がくるような状態で、村は農村から宿場町へと変わらずを得なかった。
まずは宿泊施設がいくつも作られた。貧乏旅人向けの木賃宿や旅籠から、身分のある者向けのきちんとした宿屋までひと通り揃えられた。もちろん、宿だけでは宿場町として機能しない。食料もなければやっていけない。小さな農村の作物だけではとうていたりなかった。商人たちが定期的にやってきて食べ物を卸すようになった。それにより商館や市場なども整備された。
宿場町としての機能が最低限整うと、あとは自然と人が増えていった。人が集まるところには金が集まり、金が集まるところには人が集まるのだ。酒を飲む店や女を買う店が出来、護衛の仕事目当ての冒険者たちも集まってきた。通りには行商人や露天がひしめき合い、馬車や荷車でごった返していた。市場や商店には港湾都市からからやってくる人や物であふれ、かつての山村の面影はもはやどこにもなかった。
私たちがかつて訪れたとき、この街はそんな豊かで活発な街だった。
だが、私と褐色娘が目にしたものは人気のまるでない、廃墟のような街の姿だった。
「お、おい……どうなってんだ? ここほんとにお前の言ってた街なのか?」
「そ、そのはずですが……」
変わり果てた街を私たちは歩いていった。
まず、通りに人がほとんどいない。前に来たときは人でごった返していた中央通りにはまばらに人影が見えるのみだ。以前の姿をしらなくても、大型馬車二台分の大きな道に誰もいないというのは異様に映るだろう。通るもののない広い道は、干あがって水のなくなった川のように見えた。
商店や物売りもまったく見られない。かつては行商人の馬車や商会の天幕などでひしめき合い、各地の様々な物品が行き交っていた広場がただの空き地になっている。歩きまわってようやく見つけたのは、しなびた果物ばかり売っている商人一人だった。小さなカゴに不味そうなシワだらけ果物が並べられている横で、同じようにしわくちゃの老人が置物のように座っている。
宿屋や酒場も、どこも人が入っていないようだった。無数にある宿屋の窓はどれも閉め切られていて、客が入っている様子はない。店先を覗いて見ても、主らしき者が暇そうにしているだけだ。酒場はまだ人がいるようだったが、中で飲んでいるのは旅人や商人という感じではなかった。街の者が暇をもてあまして集まっているようだ。
街のどこに行っても、私たちは街の人にじろじろと珍しいものでも見るような目で見られた。私がわけもわからずきょとんとしていると、褐色娘が小声で言った。
「よそ者が珍しいんだな……、山の中の村に行商でいくとこんな感じだった」
「ここ……宿場町ですよ? よそ者って……」
「もう人が来なくなったんだろ。なんでかは分からないけど」
褐色娘の言うとおりだった。旅人のことを『よそ者』と見てしまうくらいに、この街は宿場町としての機能が死んでしまっている。理由は分からないが、人が集まらなくなりもとの山村へと逆戻りしてしまっている。もともと多くの人間が利用するために作られ、発展してきた街だ。そこから人間がいなくなるというのは、慎ましやかにくらす普通の農村よりもずっとみすぼらしく見えるものだった。
街の商人から買った砂のような食感のくせに高い果物を食べていると、一人の老人が近づいてきた。腰は折れ曲がり、髪は荒地の草のようにまばらな老人だ。農作業の帰りなのか、鎌などを入れたかごを手に下げている。
老人は私のことをじいっと見ると、しわの一部のようになっている目をはっと見開いた。
「お、おおぉ……。あなた様は、賢者様ではございませんか?」
「はい……、そうですけど?」
食べかけの果物を褐色娘に押し付けると、老人の方を向いた。
「覚えておられますでしょうか。以前に勇者様と一緒にこの街に立ち寄られたとき、微力ながらお助けした者ですじゃ。薬草の生えている場所をお教えいたしました」
「あっ……、はい! 覚えています。その節は本当にお世話になりました」
言われてようやく思い出す。
勇者様がたちの悪い毒にやられ、その治療のためにこの街にたちよったのだった。毒の治療には、ここから少し山の中に入った場所にある洞穴の中にのみ自生している特殊なコケが必要だった。この土地に古くからいる人物を探し出し、その洞穴の場所を教えてもらった。その人物がこの老人である。老人や街の人たちは、私たちが洞穴に行っている間の勇者様の看病までしてくれた。私たちは、この街に感謝しきれないくらいの恩があるのだ。
「あの頃はまだ賢者にはおなりになっていませんでしたなぁ」
「ええ、まだ私が僧職にあったころですね。未熟ゆえに毒の治療もできず、皆さんに迷惑をかけてしまいました」
「いやいや。見事ご使命を果たしたと伝え聞いております。ワシごときが畏れ多いことじゃがお礼と祝辞を申し上げます。ほんとうに、よくやってくださりました」
老人はそう言って深くその場にひざまずいた。私はあわててそれを止める。
「やめてください。あの時おじいさんが助けてくれなければ私たちの旅はここで終わっていました。皆さんが助けてくれたからこそ使命を果たすことができたんです」
「そのように言ってくださいますか。まこと、優しい賢者様になりましたなぁ」
私たちは旅のなかで多くの人に助けられた。老人のような多くの人々の力によって使命を果たすことができたのだ。私たち四人だけが英雄のようにもてはやされているが、世界中の人々の力があわさった結果なのである。
老人と昔話に花を咲かせていると、褐色娘がつまらなそうに声を上げた。
「ジーさんはともかくよー。賢者まで昔話ばっかしてるとフケるぜ。そのほうが賢者らしくていいかもしんないけどさ」
「なっ……こ、この小娘」
「ほっほっほ。元気のよい娘さんですなあ。賢者殿のお弟子様ですかな?」
「あたしはこの世間知らずのお守役だよ。ほっとくと誰に騙されるか分かったもんじゃないからね」
「黙れクソガキ」
パチンと指を弾いて褐色娘の口を封じる。口ばかり達者な子供にはこれが一番だ。すると褐色娘は私のすねを思い切りけりあげた。激痛にもんどり打ちながらもう一度指を弾き、今度は全身の自由を奪ってやった。
褐色娘がいーっと歯を見せる。私は動けない相手を見下ろして溜飲を下げてやった。
それを見て老人はさらに楽しそうに笑っていた。
私たちはそのまま老人の家に世話になることにした。老人の家はこの街がまだ山の中の寒村だったころからある古い家だ。宿屋として客をとるようになったのは実はこの家がもっとも早かったらしい。宿場町として発展してからも、安い民宿として細々とやっていたようだ。
古くて狭い部屋だったが、なかはよく手入れされて綺麗に整えられていた。高くて新しい宿屋とくらべるとたしかに見劣りする。それでも、長く旅を続けていた私のような者にとってはこういう宿のほうが落ち着くものだ。
「お世話になります」
「いや。久しぶりのお客じゃ。なんのもてなしもできんがゆっくりしていってくだされ」
老人はヒツジの乳を使ったお茶を出してくれた。褐色娘はこの飲み物を初めて見るようで、少しずつ舐めるようにして飲んでいる。
「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
私は老人が席につくのを待って口を開いた。老人が黙って頷く。
「この街はどうしてしまったんでしょうか? こちらに来てから街の中を見て回りました。旅人さんがまったくいません。道もガラガラで馬車一台見かけません、どこのお店もお客さんが入ってる感じがしません」
「やはりそのことですか……」
「何かご存知なのですか?」
「いや。わしも皆目見当がつきませぬ。少しずつ訪れる人が減っていき、今はご覧の有様ですじゃ」
「そうですか……」
付近に魔族の住処ができてしまった村でもこれほどひどいさびれ方はしていなかった。まして、魔王を倒した今となってはなぜこのようなことになっているのかが想像もつかない。
「いつごろからこんな状態なんですか?」
「そうですなあ。勇者様たちがこの街に来なすった少しあとからでしょうかのう。旅人や商人の数が少しずつ減ってきたのは」
「はぁ……」
「ここまでひどくなったのは本当につい最近のことですじゃ。訪れる旅人がへり、出入りの商人も少なくなり、若者や女たちは仕事がなくなり他の街にいってしもうた」
「それでこのありさまですか……」
私たちが過疎の問題について悩んでいると、褐色娘はミルクティーに興味を失ったようだった。私のほうに残りを押し付けて、話に割り込んできた。
「なぁなぁ、賢者たちはこの街にきたときは勇者様の治療に来たって言ってたよな? じゃあその次はどこへ行ったんだ?」
「え? そうですねぇ。たしか洞窟を抜けて港街に出ましたね。そこで船を手に入れたんですよ」
「へー? 洞窟って言うとさっき言ってた薬草が生えてるとこか?」
「ええ、そうです。ここにいた魔物がまた難敵でした。巨熊ほどの大きさの猪でしてね。勇者様が倒れていたので三人で倒したのですが、本当に大変でした」
あの時はまだ僧侶だった。攻撃手段にも欠け、治療や回復の術も満足なレベルではなかった。港街の次に立ち寄った真理の塔で賢者へと至ったので、この付近の怪物では一番手ごわかったと言ってもいい相手だ。
「そうでした。そうでしたのう。あの洞窟は大昔に天然の洞窟を隧道としてつなげたものでしてな。そこに怪物が巣くうようになってからはよほどの腕利きか命知らずしか通れなくなっていたのです。勇者様たちの活躍のおかげでまた通れるようになったのですじゃ。旅人たちもいたくよろこんでおりましたぞ」
「あら、そうでしたか」
思いもよらないところで人の役に立てていたとわかり嬉しくなる。あの時死にかけてまで洞窟で戦ったかいがあったというものだ。こういう、具体的な形で人々の助けになれたのは感慨深い。今度みんなに教えてあげなければとメモしておく。
「ううん……」
なぜか褐色娘が難しい顔をしていた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと……、なぁじーさん。この辺の地図ってあるか?」
「地図かえ? ううん、ちょっとウチにはないのう。大通りの宿屋なんかにはたしかかざってあったと思うんじゃが」
「地図が必要なんですか?」
「ああ。たぶんそれでこの街が廃れた理由がわかると思う」
「……わかりました」
私は自分の荷物の中身をあさって大きな紙を一枚とりだした。どこかで買った薬の説明書だ。しみだらけだが裏はきれいなものだった。
紙を机の上に広げると、私はこの付近の地図を描きはじめた。海岸線をひき、山を書き加え、街や村の印をつけて、印と印を道でつないでいく。私の書いている地図があまりに正確で細かいことに気がついたのか、褐色娘は妙な顔をしてこちらをみた。
「……なんでこんなに細かくかけるんだ?」
「そりゃあ、私は一回みた本は忘れませんから。地図だって同じです」
「はぁ?」
頭のなかにある地図の映像を引き出してそれをなぞるだけだ。これは別に賢者だからできるわけではなくて、私が生来もっている才能である。というか、小さなころはこれができるのが普通だと私は思っていた。
しばらくして地図が書き上がる。褐色娘に言われるままに描いて行ったらかなり広域の地図になってしまった。
「できましたよ。それで?」
「うぉ……すげえな。これだけでも普通に売り物になるよ。あんたこれで食ってけるんじゃねーの?」
「いーからさっさとしなさい」
せかすと、褐色娘は地図を凝視して何かを考えはじめた。ときおり、街と街との距離や、移動にかかる日にちなどを訪ねてくる。私はそれらが何を意味するのか、ぼんやりと浮かんではいたが具体的な言葉にはならなかった。
地図が数字でうめつくされたあと、褐色娘は神妙な顔で口を開いた。
「だいたいわかった……けど」
「けど、なんです?」
「あんたや、この街の人にとって面白い話じゃあないと思うよ」
私と老人の顔を見て気まずそうにする。老人と顔を見合わせ、お互いに頷き合う。
「いいんですよ。とりあえず問題を知らないと街の助けにもなれませんから」
「じゃあ、聞いてくれ。商人として言うよ。あたしがもし、港湾都市から商売にいくならさ、この街をわざわざ使わないと思う」
「なんでですか?」
「こんな山の中の道を時間かけて通る理由がねえよ。こっちから行けばいいだろ」
そう言って地図の中の、沿岸に近い平野を指さした。それでようやくはっと気がついた。
褐色娘が言った平野のあたりは、凶暴な怪物が多く出没することで有名な土地だった。土地勘のあるものが用心しながら怪物を避けて通ってなんとか生きて越えられる魔の平原だったのだ。
だが、今はもう違う。私たちが魔王を討伐したことで危険な怪物はほとんど姿を消してしまった。かつては怪物が跋扈していた土地も、今となってはただの荒地でしかない。
「そういうこと。山道を長い時間かけて通って行く必要がどこにあるよ。金もかかる、馬も人も疲れる。時間がかかれば生ものは痛む。いいことなしだ。ちょっとばかり道があれてるかもしれないけど、平原つっきったほうがずっとお得だね」
「あぁ……そっかぁ、そうですよねぇ……」
私はことを理解して頭を抱えた。
港湾都市トートアレから内陸部への中継基地としてこの宿場町は発展したのだ。危険な平野部よりは、少し不便で時間がかかっても山間の迂回ルートが好まれた。この街の付近は怪物が少なく、交易路としてはうってつけだった。
だが、大魔王が倒れた今となっては『怪物が少ない』というのは土地としてセールスポイントではなくなってしまった。そんなものはどこにでもある当たり前のことになってしまったのだ。
結果として、ここは『安全な街道沿いの宿場町』から、『時間も金もかかる不便な宿場街』になったのだ。したたかな商人たちに見放されるのは当然のなりゆきだった。
「それに、この隧道つかえばさ、ほら。こっちの町に一日でいけるじゃん」
「あ。そ、そうですね」
内陸のとある町を指さして褐色娘が言った。たしかに、私たちが復旧させたという隧道を使えば、この宿場街を介さなくても十分に山越えができるのだ。大型の馬車を使う商人たちはともかく、旅人たちにとってはこの道は利用価値があるだろう。
「んで、これは想像だけどさ。たぶん航路も新しいのができてる。あたしが居たところでも海魔がガッツリ減ってからいろんなルートができたからな。速さならやっぱ船だよ船」
「う、ううう……」
聞けば聞くほどこの街が宿場街として終わっているのがわかる。
地形が変われば水の流れが変わるように、世情が変われば人の流れも変わる。私たちが魔王という大きな岩をどかしたことで、世界中の水の流れが変わったのだ。魔物や怪物によってせき止められていた流れがいっきに開放されて、流れの循環が新しく効率のよいものへと生まれ変わっていく。
この街はそれから取り残された。必要のない過去の遺物なのだ。街道という川が干上がり、くぼ地にのこった水たまりがこの街だ。水たまりにはまだ逃げ遅れた魚が残っている。いつかまた、水が流れてくると信じて。
「なるほどのう……」
老人がぼそりと呟いた。
「わしは、この街がまだ宿屋と農家が半々といった時分からここにおる。子供の頃からこの街が大きくなるのを見てきた……。それが自然なことだと思っておった。人が増え、街が豊かになるのが当たり前じゃと」
「じーさん……」
褐色娘が居心地の悪そうな顔をみせる。この子はこの街は終わりだとはっきり告げたのだ。そして、その原因を作ったのはほかでもないこの私と仲間たちだ。
悪いとは言わない。口が裂けても言わない。命がけで挑んだあの戦いを、恐怖に打ち勝つ勇気を、悪いなどとは言えるはずがない。それは仲間たちと世界中の人たちに対する侮辱だった。
だが、それが原因でこうして衰亡している街がある。私たちが作った新しい世界で生きていけなくなった街がある。そのことがどうしようもなく私の胸をしめつける。私たちを助けてくれた老人が、諦めたように話す声が突き刺さる。
「ええんじゃよ。娘さん。お前さんが悪いわけじゃあない。わしと同じじゃ。この村はもう年寄りで、ひっそりと暮らしていくのがあっているんじゃろう。何、昔に戻るだけじゃて」
「そ、そんなことはありません!」
私は思わず立ち上がっていた。
「こんなにたくさんの建物があるんです! そりゃ……、宿場町としてはもう難しいかもしれません。けど、きっと頑張れば人は来てくれるはずです!」
「お、おい賢者……」
「私は別に、世界中のこういった街が救われるべきだとは思いません。新しい時代には変化がつきものです。多少の痛みは必要でしょう。ですが、この街は私たちの恩人です! まだどこの馬の骨とも分からない私たちをこの街の人たちは助けて下さいました。それに報いなくて、なんの英雄でしょう、なんの賢者でしょう」
いつの間にか手を握りしめて大声を張り上げていた。
そう。この街には救われる権利があるのだ。この街は勇者様の命の恩人である。いわば、英雄の一部だ。その功績が報われないなど、私は認めたくない。新しい世界は、善良な人々にやさしい世界であるべきだ。
「私が、この救世の賢者が! この街を過疎から救ってみせましょう!」
考えなしに大風呂敷を広げてしまった瞬間であった。




