花火見ようぜ(藍視点)
第二章の幕開けです!!
「あー、もう、めんどくせぇ……!!!」
金曜日の夕方。俺は自分の部屋の姿見の前で、絶叫していた。
目の前の鏡に映っているのは、慣れない紺色の浴衣を着て、母親に無理やり結ばれた帯に苦しんでいる自分だ。
なんで俺、こんな格好してんだ?
ただの地元の祭りだろ。いつも通りのTシャツとジーパンでいいじゃん。
なのに、頭の片隅で、あの保健室の時の翔太の「俺だって男だから」っていう低い声が、今もカラカラと石ころみたいに転がって離れない。
『男は狼なんだ』
……狼? 翔太が?
あいつはいつも冷静で、ずるいくぜに優しくて、俺のヒーローみたいなやつで、狼なんかじゃ……。
でも、あの時、ベッドの上で俺を見下ろした翔太の目は、確かにいつもと違ってた。
「……いや、違う。これはただの風邪のぶり返しだ。熱があるから、変なこと考えてんだ。そうだ、きっとそうだ」
自分に言い聞かせながら、約束の駅前のロータリーへ向かう。
下駄の音がカランコロンとうるさい。歩きにくいし、足が擦れてちょっと痛い。
人混みの向こう、いつもの街灯の下に、スマホを見ながら立っている翔太の姿が見えた。
いつもの制服じゃない、黒い私服の翔太。
その姿が見えた瞬間、俺の心臓が、またドクンとでかい不正脈を起こした。
「……翔太」
声をかけると、翔太がゆっくりと振り返る。
その目が、俺の浴衣姿を見た瞬間、丸く見開かれた。
いつも冷静な翔太が、言葉を失ったように、俺をじっと見つめてる。
「……なに、その顔。変かよ。やっぱ着替えてくるわ!」
恥ずかしさに耐えきれなくなって、俺が背中を向けようとしたその時。
ギシッ、と俺の手首が、強い力で掴まれた。
「……変じゃねぇよ。、すごく……似合ってる」
翔太の声が、やけに低くて、掠れていた。
掴まれた手首から、マグマみたいな熱がじわじわと体中に広がっていく。
あー、もう、やっぱり俺、どっか悪い。絶対に病院に行かなきゃダメだ。
「……そ、そっか。じゃあ、行くぞ! 早くしねーと、唐揚げ売り切れる!」
俺は掴まれた手を振り払うこともできずに、翔太を引っ張るようにして、祭りの人混みの中へと飛び込んだ。
この時の俺は、まだ知らなかった。
お祭りの人混みと、鳴り響く花火の音が、俺たちの『いつも通り』を完全に粉々に打ち砕いてしまうなんて――。




