購買ダッシュ(翔太視点)
「メロンパンと牛乳、よろしくなー!」
保健室のベッドに座ったまま、藍が人差し指を立ててニカッと笑う。
まるでコンビニの店員にでも頼むみたいな軽さで。
俺は「はいはい」と手をひらひらさせて、保健室を出た。
廊下に出た瞬間、さっきのざわめきがまた耳に蘇る。
「ドラマじゃん」
「少女漫画かよ」
「あれ絶対付き合ってるでしょ」
――全部、俺の背中に貼りついてるみたいに離れない。
購買部に向かう足取りは、なんとなく早足になっていた。
案の定、購買部前はすでに長蛇の列。
昼休み前のこの時間、人気商品は秒で消える。
特にメロンパンは、藍のお気に入りってだけあって、争奪戦レベル。
俺の前に並んでるのは、同じクラスの佐伯と中村。
「お、翔太じゃん。購買とか珍しいな」
佐伯が振り返ってニヤニヤしてる。
「頼まれたんだよ」
「……あ〜、藍か」
「なんでわかんだよ」
「いや、そりゃわかるだろ。さっきのアレ見たらな」
「またその話かよ」
「だってさ〜、あれはもう事件だったって。『壁翔太』、トレンド入りしてたぞ、クラス内で」
「クラス内トレンドってなんだよ……」
中村が割り込んでくる。
「てかさ、あれ、マジで狙ってた?」
「狙ってねぇよ」
「いやいや、あの反応はプロだったぞ。自然すぎて逆に怖かったわ」
「プロってなんだよ……」
「てか、藍ってさ、翔太にだけ距離近くね?」
「そうそう。あれ、俺らだったら絶対ビンタされてるやつ」
「お前ら、本当にさっきからどんな被害妄想だよ」
「いやいや、マジで。あれはもう、フラグ立ってるって」
「ねーよ」
言いながらも、内心はちょっとだけ引っかかってた。
昨日のこともある。
あの涙も、あの声も、まだ頭の奥に残ってる。
今日の藍は、まるで何もなかったみたいに振る舞ってるけど、俺の中では、まだ終わってない。
終わらせられてない。
ようやく順番が回ってきた。
メロンパン、残り2個。
ギリギリセーフ。
牛乳も無事ゲットして、レジを済ませる。
袋を受け取って振り返ると、また別のクラスの女子たちがこっちを見てニヤニヤしてた。
「おーい、翔太〜!」
「メロンパンって、もしかして藍ちゃんの?」
「え、なにそれ、かわい〜!」
「お似合いじゃん!」
「違ぇよ!」
言いながら、早足でその場を離れる。
なんで俺がこんなに注目されてんだよ。
ただの差し入れだろ。……いや、違うか。“ただの”って思いたいだけかもしれない。
保健室に戻ると、藍はベッドの上で体育座りして、窓の外をぼーっと眺めてた。
俺の足音に気づくと、パッと顔を上げて、笑う。
「おっ、ナイス! メロンパン残ってた?」
「ラスト2個だった。危なかったわ」
「さすが翔太、やるじゃん。これでチャラな!」
「チャラってなんだよ」
「助けてもらったお礼。メロンパンと牛乳で相殺ってことで」
「お前の中の物々交換、雑すぎるだろ」
「えー、いいじゃん。俺、ちゃんと感謝してるし?」
そう言って、藍はメロンパンの袋を開けて、がぶりと豪快にかじった。
パンの端からふわっと甘い香りが広がって、藍は「うまっ」と満足げに目を細めた。
その顔が、あまりにも普通で、あまりにも楽しそうで――俺は、なんて返せばいいのかわからなくなった。
「翔太も食う? 半分こする?」
「いや、いい。お前のだろ」
「そっか。じゃ、牛乳はあとで返すな」
「別にいいよ。おごりで」
「マジ? やったー!」
満面の笑み。昨日の涙も、さっきのざわめきも、全部なかったことみたいに。
藍は、ほんとに――変わらない。
「……お前、さ。ほんと、なんでそんな普通でいられんの?」
「ん? なにが?」
「……いや、なんでもねぇよ」
「ふーん? ま、翔太は翔太で考えすぎなんだって。もっと気楽にいこーぜ」
「……お前に言われたくねぇよ」
「えー、なんでさ!」
笑い声が、保健室の白い壁に響いた。
俺のモヤモヤは、まだ晴れないまま。
けど、藍の笑顔を見てると、まあ、いっかって思えてしまうのが、悔しい。
でもーー
「なあ、煽ってんの?」
ドサッ
俺は藍をベッドへ押し倒す。
「ーーいい加減にしろよな」
「えっ」
「俺だって男だから。あんまり油断してっと襲うからな」
「知ってっか?男は狼なんだ。忠告はしたから」
俺は藍を解放した。その時、藍の唇からとんでもない言葉が紡がれた。
「翔太ならいいよ」
「は?」
「…襲えば?」
……ヤバいっすね




