男子更衣室(翔太視点)
試合終了の笛が鳴って、体育の時間が終わった。
汗だくのままボールを片づけて、男子たちと一緒に更衣室へ向かう。
藍は「ちょっと膝やったかも〜」とか言いながら、女子の方へ歩いていった。
その背中を見送った瞬間、案の定、始まった。
「おい翔太、さっきのアレ、マジで何?」
「どれのことだよ」
「とぼけんなって。藍が倒れ込んできたやつだよ!」
「うわ〜、あれな!」「完全に少女漫画だったわ」「壁ドンならぬ、壁翔太!」
「いやいやいや、たまたまだろ。あいつがバランス崩しただけで――」
「で、ナチュラルに受け止めてたお前が一番ヤバいって!」
「しかも顔、ちょっと赤くなってたしな〜?」
「なってねぇし!」
タオルで顔を拭きながら、必死に否定する。
けど、内心はちょっとだけ図星だった。
あの瞬間、藍の顔がすぐ目の前にあって、髪がふわっと揺れて、汗の匂いがして――
……いやいや、思い出すな。
「てかさ、藍ってさ、あんなに無防備だったっけ?」
「いや、あいつ昔からあんな感じだろ。男子とつるんでるのが普通っていうか」
「でもさ、翔太にだけ距離近くね?」
「そうそう。あれ、俺らだったら絶対ビンタされてるやつ」
「お前ら、どんだけ被害妄想だよ」
「いやいや、マジで。あれはもう、フラグ立ってるって」
「ねーよ」
「てか、昨日の放課後も一緒にいたろ? なんかあったんじゃね?」
「……別に」
「うわ、怪しい。絶対なんかあったやつの返しじゃん」
「違うって」
「ふーん。ま、いいけどさ。俺は応援してるぜ、壁翔太」
「その呼び方やめろ」
「じゃあ、ヒーロー翔太?」
「もっとやめろ」
笑いながらも、心のどこかがざわついていた。
昨日のこともある。
あの涙も、あの声も、まだ頭の奥に残ってる。
今日の藍は、まるで何もなかったみたいに振る舞ってるけど、
俺の中では、まだ終わってない。
終わらせられてない。
「でもさ、藍って、ああ見えて可愛いよな」
「……は?」
「いや、今日のあの感じ見て、ちょっと思っただけ。あの無自覚な感じ、ズルいっていうか」
「お前、何言ってんだよ」
「いやいや、翔太が一番わかってるだろ?」
「知らねぇよ」
「ふーん、じゃあ俺が告白しよっかな〜」
「やめとけ。お前、秒でフラれるぞ」
「うわ、なんか自信満々じゃん」
「違ぇよ」
ロッカーをバンと閉めて、タオルを肩にかける。
そのとき、廊下の方から聞こえてきた声。
「翔太ー! ちょっと肩貸してー!」
……来た。
俺はタオルを放り込んで、ロッカーを閉めた。
「おお〜!」「付き添い確定〜!」「お幸せに〜!」
「うるせぇ!」
背中に飛んでくる茶化しを無視して、更衣室を出る。
廊下の向こうで、片足を引きずりながら手を振ってる藍が見えた。
あいつ、ほんとに――
「……遠慮って言葉、知らねぇのかよ」
けど、口元は、勝手に笑ってた。




