バスケでの事件(翔太視点)
体育の時間、今日の種目はバスケだった。
体育館に入った瞬間、ボールの弾む音とシューズの擦れる音が響いて、自然と気持ちが切り替わる。
昨日のことは、まあ、今は考えない。
藍が何も言わないなら、俺もいつも通りでいよう。
そう決めた。
「翔太ー! チーム一緒な! さっさと来い!」
藍が男子の輪の中から手を振ってくる。
あいつのテンションは、いつも通りどころか、むしろちょっと高めだ。
男子たちも「今日の藍、気合い入ってんな」とか言いながら、普通に受け入れてる。
藍は昔から男子と混ざって体育やってたし、誰も違和感を持たない。
俺も、昨日まではそうだった。
試合が始まると、藍は最初から全力だった。
ドリブルで切り込んで、フェイントで相手をかわして、レイアップを決める。
速い。
判断が早い。
パスも正確で、声もよく出てる。
チームの中心にいるのが、はっきりわかる。
「藍、やば!」
「かっこよすぎるんだけど!」
「男子より上手いじゃん!」
女子たちの歓声が体育館に響く。
藍はそれを聞いても、特に照れるでもなく、「当然だろ」って顔してる。
あいつ、ほんとブレないな。
俺も、昨日のことを思い出さないように、プレイに集中してた。
藍とアイコンタクトを取って、パスを出す。藍がそれを受け取って、スリーポイントを決める。
完璧な連携。
周りが「おおーっ!」とどよめく中、藍がこっちを見てニッと笑った。
「ナイス、翔太!」
「お前こそな」
自然に返せた。たぶん、今の俺はちゃんと“いつも通り”だ。そう思ってた。
そのときだった。
藍がドリブルで切り込んだ瞬間、相手の男子が横から強めに当たってきた。
バランスを崩した藍が、ぐらっと揺れて――
「うわっ!」
次の瞬間、藍の体が俺に倒れ込んできた。
反射的に腕を広げて、受け止める。
思ったより勢いがあって、俺も少しよろけた。
気づけば、藍の顔がすぐ目の前にあった。
―――近い
髪がふわっと揺れて、汗の匂いがかすかに香った。
呼吸が、やけに近くて、心臓が跳ねた。
「おー、助かったー。翔太、ナイス壁!」
藍は俺の胸に手をついて、あっさり体を起こす。
顔はいつもの調子。
照れるでもなく、気まずがるでもなく、ただ「転ばずに済んだわ」って顔してる。
だが俺の心臓は、完全にアウトだった。
その瞬間、周囲がざわついた。
「え、今の見た?」「ちょ、ドラマじゃん…」「少女漫画かよ」「あれ絶対フラグ立ったやつでしょ」
「翔太、顔赤くない?」「うわ〜!」
女子たちの声が、ひそひそというより、もはや半分楽しげに弾けてる。
男子たちも「おいおい、翔太、壁役うまっ」「お前ら、そういう関係だったん?」とか、ニヤニヤしながら茶化してくる。
俺は何も言えずに、ただ黙って立っていた。
藍はというと、まったく気にしてない様子で、膝を軽くさすりながら「ちょっと打ったかも」とか言ってる。
「……お前、今、俺に倒れ込んだのわかってる?」
「ん? あー、そういやそうだったな。いやー、翔太がいて助かったわ。床に顔面からいったら、鼻折れてたかも」
「……」
「てか、翔太の胸、意外と硬ぇな。筋トレしてんの?」
「してねぇよ」
「ふーん。まあ、いいや。続きやろーぜ。まだ勝ってねーし」
藍はそう言って、何事もなかったかのようにコートに戻っていった。
俺はその背中を見ながら、深呼吸をひとつ。
昨日のことは引きずらないって決めたのに、こうも無防備に来られると、さすがに心が追いつかない。
「翔太、早く来いってー!」
「……わかってるって」
走り出しながら、周囲の視線がまだこっちに向いてるのを感じた。
ざわめきは少し落ち着いたけど、誰かの「マジでドラマだったな…」って声が耳に残った。
藍は、たぶん本気で気にしてない。
あれはただの接触プレイで、たまたま俺がそこにいただけ。
そう思えば、なんてことない。
……はずなのに、なんでこんなに意識してんだ、俺。
書いてて”やべーな”と思った。
次も翔太視点です。




