なんであんなことしたんだろ(藍視点)
なんか、ずっと変だった。朝からずっと。
別に何かあったわけじゃない。テストが近いわけでもないし、部活で怒られたわけでもない。
友達とケンカしたわけでもないし、家で何かあったわけでもない。
なのに、胸の奥がずっとモヤモヤしてて、落ち着かなくて、なんかこう、体の中に小さな石ころが転がってるみたいな感じ。
歩くたびにカラカラ音がして、気になって仕方ないのに、どこにあるのかはっきりしない。
そんな感じ。
だから、放課後、なんとなく校舎裏に来た。
別に理由はない。
人が少なくて静かで、風が通って、夕焼けが差し込んで、ちょっとだけ世界が止まってるみたいな場所。
誰にも会いたくなかったわけじゃないけど、誰かと話したい気分でもなかった。
とにかく、ひとりになりたかった。
壁にもたれて、空を見上げる。
雲がゆっくり流れてて、風が制服の裾を揺らして、どこか遠くで部活の声が聞こえてきた。
何も考えずにぼーっとしてた。いや、正確には、考えたくないことがありすぎて、思考を止めてた。
「藍?」
その声が、突然、背中から届いた。
心臓が跳ねた。
ドクンって、でかい音がした。
え、なに? なんで? 俺、別に悪いことしてないよな?
振り返ると、翔太が立ってた。
制服の襟がちょっと曲がってて、髪が風でふわっとなってて、いつもの顔。
なのに、なんか、やけにまぶしく見えた。
その瞬間、何かが弾けた。
気づいたら、体が勝手に動いてた。
考えるより先に、俺は翔太に飛びついてた。
胸に顔をうずめて、腕を回して、ぎゅっとしがみついて――
……なにやってんだ、俺。
翔太の制服、あったかかった。思ってたよりもずっと。
翔太の匂いがして、心臓の音が近くて、耳が変になりそうだった。
その全部が、やけにリアルで、やけに優しくて、気づいたら、涙が出てた。
「……ごめん……なんか、わかんないけど……止まんなくて……」
自分で言ってて、ますます意味わかんなくなった。でも、止められなかった。
翔太の手が、そっと肩に触れたとき、そのぬくもりが背中にじんわり伝わってきて、なんか、こう……安心したっていうか、あー、これ、落ち着くなって思った。
「……いいよ」
その声が、やけに優しくて、胸の奥がぎゅってなった。
いや、たぶん、風邪ひきかけてるんだな。
最近、夜ちょっと寒かったし。そうだ、きっとそれだ。
でも、なんか変だった。翔太の顔、ちゃんと見たの、いつぶりだ?
いつもは隣にいるのが当たり前で、顔なんていちいち見ないのに。
今日の翔太、なんか違って見えた。
光のせいか? それとも、俺の目が疲れてんのか? いや、たぶん寝不足だな。昨日、夜ふかししたし。
でも、翔太、昔から変わんねぇな。冷静で、落ち着いてて、でも、ちゃんと見てる。
俺が何も言わなくても、気づく。
そういうとこ、ほんと、ずるい。いや、ずるいっていうか……なんだろ。便利? いや、違うな。
なんか、ありがたい? うーん、まあ、そんな感じ。
思い出した。小学生のとき、俺が男子にからかわれてたとき、翔太が無言でランドセル引っ張って、教室から連れ出してくれたこと。
あのときも、何も言わなかった。ただ、俺の顔を見て、「行くぞ」って。それだけ。あれ、地味に助かったんだよな。
屋上の階段に座って、ひとりで頭抱えてた。
顔が熱い。
胸がざわざわする。
落ち着かない。
なんか、変だ。風邪か? いや、熱はない。
じゃあ、なんだ? ……わかんねぇ。
でも、ひとつだけわかるのは、翔太の顔が、ずっと頭から離れねぇってこと。
あの声、あの手、あの距離。
思い出すたびに、なんか、変な感じになる。
これって、なんなんだ? なんかの前兆? 成長期? いや、もうとっくに終わってるし。
……もしかして、俺、どっか悪いのか?
あーもう、めんどくせぇ! 考えるのやめよ。忘れよ。
明日から、いつも通りに戻ればいい。何事もなかったみたいに、普通にしてれば――
……できんのか、俺。
次回は翔太視点です




