40.これでお別れ
「どうして、レオシス様が……」
「お従兄様……? 外出していたはずじゃ……」
顔色の悪い二人は、震えた声を漏らす。
見られたくない姿だったのだろう。二人の様子に、わたしまで息が詰まった。
隣にやってきたレオシス様が、わたしの肩を抱いてくれる。
その温もりにほっとしてしまって、泣きたくなってしまったのは隠せているだろうか。震える吐息をそっと逃し、ぐっと握った拳を逆の手の平で覆い隠した。
両親もわたしの隣にやってきて、その後についてきていた侯爵家の衛兵達が扉の前を陣取っている。
ラナとペルーシュ夫人が、もうどこにも行けないように。
「メリア……いや、ペルーシュ夫人。今までもこうやって、私の娘を虐げていたのか」
お父様の声は静かだけれど、抑えきれない怒りが感じられる。
それを真正面から向けられたペルーシュ夫人が、小さな悲鳴をあげて肩を跳ねさせた。
「私とペルーシュ夫人の間に、結婚の話があがったことはない。私が君のことをそういう目でみたこともない。妄言も甚だしいな」
「そんな……! お従兄様、あんなに良くしてくれたのに!」
「従妹としてな。君以外の親戚にも同じ対応をしているが、勘違いをしているのはペルーシュ夫人だけだ。今となっては後悔しかないがな」
お父様の冷たい言葉に、ペルーシュ夫人がその場に崩れた。
蹲って悲痛な嗚咽を漏らしているけれど、その身に寄り添う人はいない。
ラナは青白い顔をして、わたしを見ている。
縋るようなその視線に、応えることは出来なかった。
「ラナさん、あなたが私の娘にしてきた事を、私は一生許さない」
お母様の言葉に、ラナの瞳から涙が溢れる。
いやいやと、子どもがするように首を横に振る様子は、いつもよりも幼く見えた。
「エ、エミリア……私達、お友達よね? フューラー夫人が怒るような、そんな事してないわよね?」
「これでもまだエミリアに縋ろうとしているのか」
呆れたようなレオシス様の声に、ラナが顔を上げた。ふらふらとレオシス様に手を伸ばしている。
「レオシス様……私、あなたをお慕いしているんです。その気持ちは本当なんです。エミリアが羨ましかったのは、あなたと婚約が出来たからで……どうしても、レオシス様との婚約を譲ってもらいたかったんです。それも全部、あなたの事が好きだからで……」
緑の瞳から涙を流しながら、ラナは自分の想いを告げた。
隣に立つレオシス様を見上げると、見た事もないような苦々しい顔でラナを睨んでいた。
「この状況で、よくそんな事を口に出来たものだな。先に言っておくが、俺はエミリアだけを愛していて、お前の事はどうでもいい。むしろエミリアを傷つけていたお前の事が憎くて仕方がないんだ」
地を這うような声に、背筋が震えた。
わたしに向けられたものではないって分かっているのに、何だか落ち着かない。
そんなわたしの様子に気付いたのか、肩を抱く腕に力がこもった。その温もりに、安心する。
「エミリアが妬ましくて、羨ましかったんだろう。エミリアを傷つけることで自尊心は満たされたのか? それでも結局、お前は何も手に入れることは出来なかったけどな。お前がどれだけエミリアを傷つけようと、エミリアの価値が落ちることはないんだ」
「なん、で……どうして、エミリアばっかり……!」
「エミリアはお前のように人を陥れようとしないんだよ。自分を高めるために努力を重ねられる人だから、元から格が違うんだ」
レオシス様の言葉に、ラナはその場に座り込んでしまった。
蹲って泣いているペルーシュ夫人と、顔を両手で覆い隠して泣いているラナ。
二人は、どこまでもそっくりだと思ってしまった。
きっと彼女達に、誰の言葉も届いていないのだろう。
どこまでも被害者だという意識があるのだ。だって二人は、わたしに謝罪をしていない。
そんな二人を許すことはわたしには出来ない。だからもう、二人を救う術はない。
自分で省みて、これからを歩いていくしかないのだけど……二人にそれが出来るのか、分からなかった。
「フューラー侯爵家はペルーシュ子爵家との縁を切る。もう二度と我々に近付くことのないように」
「ローヴァイン公爵家も同様に。話しかけただけで処罰対象とするから、身を弁えるように」
お父様とレオシス様からの処分に、二人は揃って顔を上げた。
「い、いやよ! お従兄様! 私を捨てないで!」
「エミリア! 助けて!」
二人の言葉に、隣に立つレオシス様の怒りが膨れ上がるのが分かった。
わたしは彼の背に片手を回し、宥めるようにそっと撫でた。こちらを見たレオシス様の瞳が揺れているのが分かる。
わたしは首を横に振ってから、一歩前に踏み出した。
「ラナ、もうお別れよ。わたしは自分を傷つける人を側に置きたくない」
「私、そんなつもりじゃ……!」
「あなたがどんなつもりだったとしても、わたしが傷ついた事に変わりはないの。あなたの言葉が嘘偽りだったって、今なら分かるけれど……でも、本当に悲しかった。皆に疎まれているって、皆がわたしを嫌いだって。落ちこぼれと言われるより、それが一番辛かったの」
「エミリア……」
「もう名前も呼ばないで。二度と会うことはないでしょう」
わたしの言葉を合図とするように、衛兵達が前に出る。
蹲って動かない二人を引き立てて、応接室から連れ去っていった。
呆然としている二人は、抵抗することもなく、いなくなっていった。
***
それからしばらくした後の、グレーテとのお茶会でのこと。
グレーテがわたしに教えてくれたことがある。
「ペルーシュ子爵夫人と令嬢は、領地に戻ったそうよ」
あれ以来、ペルーシュ子爵家の話はうちで禁句となっている。
だからグレーテから聞いた話に目を瞬いた。
「子爵は離縁したかったみたいだけど、それが許されなかったんですって。夫人と令嬢の暴挙を把握していなかった子爵の罪ということね」
わたしは紅茶のカップにお砂糖を落とし、スプーンでゆっくりかきまぜた。
スプーンには羽を休める蝶が飾られている。羽に埋められた青の色ガラスが光を浴びて輝いている。
「フューラー侯爵家とローヴァイン公爵家に睨まれて、もう社交界に戻ってくることは出来ないでしょうね。無理矢理出席したお茶会では、悪評が流れていて白い目で見られたそうだもの」
「もう今回の話が知られているの? ……ねぇ、あなた何かした?」
わたしの問いに、グレーテは何も答えずに笑っているだけだった。
でもペルーシュ夫人とラナの悪評を流したのは、グレーテだろう。
「ありがとう、グレーテ」
「ふふ、どういたしまして」
わたしの為にしてくれたことだ。
礼を告げるとグレーテは悪戯っぽく笑った。黒い髪が揺れるのが、綺麗だと思った。
ラナとペルーシュ夫人に言われてきた事は、まだ私の心に残っている。
蔑まれたのも何もかも、忘れる事はないだろう。
でも、もうそれに囚われない。
わたしには……わたしを認めて、わたしを大切にしてくれる人が沢山いるって気付けたから。




