41.胸に宿る自信
「──なんてこともあったわよね」
過去を振り返りながら、わたしは隣で紅茶を楽しんでいるレオ様へと顔を向けた。
カップをソーサーに戻したレオ様は、わたしの肩をそっと抱き寄せながら小さく頷いてくれる。
ここはフューラー侯爵家の温室。
秋が深まり、風も少し冷たくなってきた。最近はサロンでのお茶会が多かったのだけど、今日は一緒にお花を楽しみたくて温室へ招待したのだ。
明るい日差しが降り注ぐけれど、夏とは違って温度が一気に高くなることもない。
ガラス越しに見える空は、澄んでいるからか色が薄く見える。広がった雲がゆっくりと流れていくのが綺麗だと思った。
「あったね、そんなことも。自信のないエミリアも可愛かったけれど」
「ふふ、そう言ってくれるのはレオ様だけよ。あの頃は……自分が不出来だと思っていたから、皆に嫌われているというのが恐ろしくて堪らなかったの」
「言葉をまっすぐに受け止める素直さは君の長所であるけどね。あの言葉だけは信じなくて良かったのに」
「言い続けられると、それが事実だと思ってしまうのよ。今ならそんな事ないって言えるけれど……あの頃のわたしは、前に出るのが苦手で、自分の胸の内になんでもしまい込んでいたから」
あの頃のことを思い出すと、少しだけ胸の奥がちくりと痛む。
悲しかったこと、不安だったこと、すべてを忘れることは今も出来ないでいる。
あれからもう六年も経っているし、自分の中で昇華出来ているはずなのに。それがあったという事実はなくならない。
わたしはレオ様の肩に頭を預けてもたれかかった。
レオ様はわたしの髪を指に絡めては解くことを繰り返している。
「レオ様がわたしを好きだと言ってくれたから、その気持ちを疑いたくないと思ったの。わたしが変われたのは、レオ様のおかげね」
「そうだったら嬉しいね。あの頃はさ、俺と競うようにグレーテ嬢も君に好意を伝えていただろ? 正直、気が気じゃなかったな」
レオ様にグレーテを紹介した時の事を思い出して、くすくすと笑みが零れた。
グレーテはわたしが幸せになることを喜んでくれていたけれど、レオ様が相手ということに難色を示してもいたのだ。
『あなたが好きならいいのよ。間違いなく大事にしてくれるだろうし、目移りもしないって断言できるけれど……あなたが囲い込まれてしまいそうで。閉じ込められた時のために、通信手段を確保しておいたほうがいいかしら』
そんなことを真顔で言っていたのを思い出す。
グレーテ曰く、レオ様は愛が重いらしい。
一目見ただけでそれを感じ取ったらしいグレーテは、わたしのことを心配してくれたのだ。
杞憂だと笑えなかったのは、わたしもレオ様の愛が重いことを感じ取っていたから。
でも、わたしも相当重いのだからお互い様だ。
「それで、急にその件を思い出してどうしたの?」
「そうそう。グレーテに聞いたんだけどね……ラナが西国の商人に嫁ぐことになったんですって」
「へぇ? また何かやらかした?」
「鋭いわね」
領地での謹慎を命じられていたラナとペルーシュ夫人だけど、ここ最近になって王都に出てきていたらしい。
領地にある学校の卒業を控え、婚約者を探すために社交界に戻ってきていたそうだ。
わたしは全く知らなかったから、侯爵家と関係のない家との交流を深めていたのだろう。
グレーテがいうには、伯爵家の夜会に招かれたらしいけれど。
その場でラナは、わたしがどれだけ悪辣かということを泣きながら訴えたらしい。
わたしに嵌められて、領地に引きこもることになってしまったと。
本当はレオ様と婚約をするのはラナだったということ。すべてをわたしに奪われたと言って、周りの同情を買おうとしたそうだ。
「うわ……懲りてなかったんだな」
「六年経っても、彼女は何も変わらなかったみたい。でも一緒に謹慎していたペルーシュ夫人も同じようなことをお茶会で声高に騒いでいたそうだから……あの二人は領地でも被害者として愚痴りあっていたのかもしれないわね」
「謹慎なんて生温かったな」
ラナとペルーシュ夫人にとって想定外だったのは、誰もそれを信じなかったということだろう。
波が引くように周りから人がいなくなったそうだ。
まるで見てきたみたいにグレーテが話してくれたけれど……一体どこから情報を仕入れているのか。
彼女が知らないことの方が少ないから、それを問うのも野暮かもしれないけれど。
「それを知ったペルーシュ子爵が、夫人との離婚を決意したそうよ。夫人は実家からも縁を切られているから、領地の修道院で働くことになったんですって。ラナは子爵の伝手で、西国の商人へ嫁ぐことになったそうだけど、もうこの国には戻ってこられないでしょうね」
「もうリアが煩わされないなら、それでいいよ。でもペルーシュ子爵にしてはいい決断だったな。俺の元にその話が来ていたら、それじゃ済まさないところだった」
「何をしていたか、聞かない方がよさそうね」
くすくすと笑みを零すと、レオ様がわたしの頭に頬を擦り寄せた。
下ろしているピンクの髪が、わたしの頬に触れて少し擽ったい。
「嬉しいのは、誰もラナと夫人の話を信じなかったことなの。わたしが今まで積み重ねてきたことは、揺るがないのだと思うと嬉しくて」
「リアは完璧な淑女だって有名だからね。君が努力を重ねているのも、みんな知っているんだよ」
「よかった。でもわたしが頑張れるのは、レオ様がたくさん褒めて認めてくれるからなのよ」
「それは婚約者の特権だな」
レオ様がわたしの顎に指を掛ける。
くい、と少し上を向かされて、琥珀色の瞳と視線が重なった。
わたしだけに見せる、甘やかな色。蕩けるような眼差しに、レオ様からの愛を感じるのだ。
「結婚式まで、あと半年。春になって卒業したら、やっと結婚出来るな」
「ええ、わたしも心待ちにしているのよ」
「ドレスはもう作り始めてるって聞いたけど……俺にはいつ見せてくれるの?」
「結婚式の朝ね。楽しみにしていて」
「母さんはもうデザインを知っているんでしょ」
「そうよ。うちの母とお義母様と三人で相談して決めたんだもの」
「俺もそこに混ざりたかった」
「お義母様がね、レオ様が混ざるとダメ出ししかしないから、内緒にした方がいいわって」
「……露出が多いわけじゃないよな?」
「心配しなくて大丈夫よ」
反対ばかりするレオ様が容易に思い浮かんでしまったから、わたしもお義母様に賛成だ。
過度な露出をするつもりはないけれど、やっぱり綺麗に見えるデザインを選びたいもの。
「あーあ、早く半年経たないかな。上手くやれば時間を進めることもできるんじゃないか」
「レオ様が言うと冗談に聞こえないからだめよ」
大袈裟に溜息をつくレオ様の首に、両腕を絡ませた。
ピンクの髪に指を忍ばせ、くしゃりと撫でる。さらさらとした艶髪が気持ちいい。
「それくらい、早くリアと一緒になりたいんだ」
「わたしも同じ気持ちよ。でも、もう少しだけ我慢ね」
不貞腐れたように唇を尖らせる姿は、わたしだけしか知らないだろう。
そんな彼が愛しくて、わたしは自分から口付けていた。
触れ合う口付けは、一度では終わらずに何度も繰り返される。
お互いの温度が溶け合う頃、レオシス様はお互いの額をこつんと合わせた。
「愛してる。何度言っても足りないな」
「足りてしまったら困るわ。これからもずっと愛を伝えてほしいし、わたしもそうしていくつもりだから。……レオ様がわたしを愛してくれるから、わたしは自信を持ってあなたの隣に立てるのよ」
「それは俺のセリフなんだけど。俺が真っ直ぐ在れるのは、リアのおかげ」
近い距離で、密やかに笑い合う。
これからもずっと、わたし達はこうして気持ちを伝えていくのだろう。
そんな自信が、わたしの胸には宿っている。
わたしを見つめる琥珀の瞳に溺れるように、また口付けた。
これで完結となります!
お付き合いありがとうございました!




