37.お友達になって
ラナとペルーシュ夫人に言われたこと。
それをわたしは、両親に言えないでいる。
侯爵家からのアクションがないことに焦れて、二人はまたわたしの元へやってくるだろう。
それが分かっていながら、【ラナを養女にして、レオシス様との婚約を譲る】なんて口に出せるはずもなかった。
今までのことも、両親に言えていない。
ラナとペルーシュ夫人が、わたしのことを不出来だと言っていることを。
みんな、わたしのことを疎ましがっていると言っていることを。
わたしはずっと、それが本当のことだと思っていたから。
みんなは優しいから、わたしにそれを言えないだけだと思っていたのだ。
これ以上迷惑を掛けたくなくて、面倒に思われたくなくて……ずっと誰にも言えなかった。
でも今回のことはどうしていいのか、困り果ててしまっている。
誰かに相談したくとも、あまり大事になるのも避けたい。
そんな風に思い悩む日々を送っていると、わたしに個人的なお茶のお誘いが届いた。
***
「来てくれてありがとうございます!」
到着したわたしを満面の笑みで迎えてくれたのは、グレーテ・メルディン伯爵令嬢。
先日、メルディン家のお茶会でお話をさせていただいた方だ。
「お招きありがとうございます。今日の日を楽しみにしていました」
緊張して、胸がずっとドキドキ騒がしい。
それを押し隠して淑女の礼が取れたのも、微笑みを浮かべることが出来ているのも、最近学び直している礼儀作法のおかげだろう。
礼儀作法の先生に厳しく見直してもらっているからか、以前よりも自信がついている。
だから前よりも堂々としていられるのかもしれない。
「どうぞお掛けになって。堅苦しくない場にしたいと思っているので、エミリア様がよければ少し言葉を崩しても?」
「もちろん構いませんわ。わたくしも崩させて下さい」
にこやかで明るいグレーテ様につられるように、笑みが浮かぶ。
勧められた席に腰を下ろすと、控えていた侍女がお茶の準備をしてくれる。
「急なお誘いでしたが、受けてくださって嬉しいです。私、エミリア様ともっとお話をしたかったの」
「まぁ、そう言ってくださって嬉しいわ。先日のお茶会で、グレーテ様のお話を聞くのがとても楽しかったんです。色々なことを知っているのね」
「調べるのが好きなの。新しいお店や流行を追いかけるのが好きなんだわ」
グレーテ様が紅茶を一口飲む。ソーサーに戻したタイミングで、わたしも紅茶のカップを手に取った。香りが高く、渋みの少ない紅茶だった。美味しい。
「あの……本当は、もっと距離を縮めてからと思っていたんだけれど」
カップを戻すと、それを待っていたかのようにグレーテ様が口を開く。
何か言いたげに口を開いては閉じることを繰り返す彼女の顔は、真っ赤になっている。
瞳と同じ赤色に染まった頬を両手でおさえるその様子に、わたしは内心で不安になっていた。
何か指摘されるのだろうか。
わたしは恥ずかしいことをしているだろうか。
不出来だと──
「お、お友達になってもらえないかしら」
予想外の言葉に、わたしは思わず固まってしまった。
意を決してといった様子で伝えたあと、彼女は顔を伏せてしまっている。
「お茶会で素敵な方だと思ったの。綺麗で可愛くて優しくて、わたしや他の子のお話を楽しそうに聞いてくれて……。もっとエミリア様のことが知りたいって、そう思って」
恥ずかしそうにしながら少し早口で伝えてくれるグレーテ様の姿に、わたしの顔も赤くなるのが分かった。
熱くなる頬が恥ずかしくて、扇を開いてみるけれどきっと隠せていない。
「今日、こうしてお会いできて……やっぱり可愛らしくて。所作も前より美しくなられて、もう……気持ちを抑えられなくなってしまったの」
「あの……そこまで褒められると恥ずかしいわ」
嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちが綯交ぜになって、なんだかふわふわする。
顔を上げたグレーテ様も、恥ずかしそうに微笑んだ。
「グレーテ様、ぜひお友達になりましょう。あなたがお友達になってくれたら、わたしもすごく嬉しいわ」
ドキドキしながらそう伝えると、グレーテ様の笑みが深くなる。
わたしとお友達になることを喜んでくれている様子に、わたしも頬が緩むのを抑えられないでいた。
以前なら、好意を受け入れることが出来ていなかった。
でもいまは不安になるけれど、受け止めることが出来ているように思う。
「でも本当にわたしでいいのかしら。あの……先日のお茶会で、みなさんのお話を聞いているのがとても楽しかったの。でもわたしは、みなさんのように上手にお話が出来なくて、つまらない思いをさせてしまったんじゃないかって」
「そんなことないわ」
あの時の不安だった気持ちを零すと、間髪入れずに否定の言葉が返ってくる。
その速さに目を瞬いていると、グレーテ様はまだ顔を赤くしながらも真剣な表情でわたしを見つめていた。
「話を聞いて楽しんでくれるのは、あなたの素晴らしいところよ。皆が話しやすいように場を回してくれる気遣いがあったもの。同じテーブルの皆、あなたに感謝していたわ」
「……本当に?」
「ええ。他のテーブルの子にも羨ましがられたくらいだもの」
そう信じたいだけかもしれないけれど、グレーテ様が嘘を言っているようには見えなかった。
ラナから聞いた話と、あまりにも違う。
「それにエミリア様のお話もすごく楽しかったわ。特に、最近読んだ本のお話をしてくれた時なんて、もう興味がわいてしまって。すぐに取り寄せたくらいだもの」
「そう言ってくれると嬉しいわ。……みなさんに不快な思いをさせたんじゃないかって、不安だったから」
思わずそう零してしまうと、グレーテ様は首を横に振る。
その眼差しがあまりにも真剣なものだから、信じたいという気持ちになってしまう。
「謙虚なのもあなたの美しいところだけど。エミリア様は素晴らしい人だから、もっと自信を持ってほしいと思ってしまうわ」
「ありがとう。でも……そうなの、自信がなくて。少しでも自信になればと色々学び直しているところなんだけれど」
「それで振る舞いが以前よりもっと美しくなっていたのね。努力を重ねられるところもエミリア様の美点だわ」
「ふふ、グレーテ様はなんでも褒めてくれるのね」
「私、素敵なものしか褒めないわ」
そう言って笑うグレーテ様が、なんだかひどく可愛らしくて。
わたしは少しずつ肩の力が抜けていくことを感じていた。心を隠すための扇も、気付けば閉じてテーブルの上に置いていた。
それからわたし達は、時間が来るまで……ううん、予定していた時間を延長するほどにずっとお喋りをしていた。
グレーテ様のお話はやっぱり楽しい。そしてわたしの話にも耳を傾けてくれる。
いつの間にか、話すことへの苦手意識もなくなっていた。
ラナが言っていたように、わたしのことを悪く思う人もあのお茶会には居たのだろう。
愛想笑いだけしていたように見えていたのも、本当だと思う。
でも、いまわたしの目の前にいるグレーテ様は楽しそうに笑ってくれている。
それを疑うことはしたくないと思った。
だって、わたしもすごく……楽しかったから。
わたしを悪く言う人がいてもいい。目の前にいる人と楽しい時間を過ごすことだけに集中したい。
次はグレーテのおすすめのカフェに一緒に出掛ける約束をして、この日のお茶会はお開きになった。
そう、お互いを名前で呼び合うくらいに仲良くなって。
今日のことをレオシス様に伝えようと思った。
楽しかったことも、一番に彼に伝えたい。きっと一緒に喜んでくれるだろうから。




