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わたしには自信がありますので  作者: 花散ここ
4.自信を手に入れた日
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36/41

36.譲るようにと言われて

 わたしとレオシス様の婚約は、無事に結ばれた。


 これから大変だというのは分かっている。

 出来るという自信があるわけではないけれど……それでも、レオシス様と一緒に居たいと願ってしまったのだ。


 それからわたしは……自分についてよく考えてみることにした。

 わたしは自分に自信がない。

 不出来で、落ちこぼれで、みんなに迷惑をかけている存在。


 でもそれって、ラナとペルーシュ夫人しか言っていない。

 あの二人はわたしの為を思ってと言ってくれているけれど……でも、本当にそうなのか疑ってしまっている。


 だから二人のことは一度置いておいて、わたしは自分がどんな人になりたいのかを考えた。


 人前でも堂々と振舞えて、人の顔色を窺わずに過ごしたい。

 レオシス様を支えられるような優秀さもほしいし、好きなものを好きと言えるようになりたい。褒められたらありがとうと素直に返したい。


 それが出来ないのは、自分に自信がないからだ。

 何をしても、褒められても「こんな自分が……」と思ってしまう。


 それをもう、やめたいのだ。


 礼儀作法をもう一度しっかり学ぼう。

 そうすれば立ち振る舞いが美しくなると思う。

 勉強だってもっともっと頑張ろう。

 難しい問題が解けるようになれば、「出来た」と胸を張って言えるだろうから。

 刺繍も練習しよう。

 自分で納得できる仕上がりになれば、褒められても素直に受け止められるかも。


 努力すれば、ちゃんと自分の力になってくれるはず。

 その力はわたしの自信につながるのではないだろうか。


 何をしてもだめだと、塞ぎ込んでいるのは終わりにしよう。

 レオシス様の隣に、そんな「わたし」は相応しくないもの。



 そう決意を新たに、色々なことに取り組み始めたわたしを見て、家族──特に母は驚いているようだった。

 驚いていると同時に、嬉しそうにしているから、きっと心配をかけていたのだと知ってしまった。


 努力を重ねて気付いたのは、わたしの憧れは母だということだ。

 母のような女性になりたいと、そう思うようになった。いまはまだそれを告げる勇気がないのだけど、いつか伝えることが出来たら……喜んでくれるだろうか。


 ***


 そんな日々を過ごしていると、ラナが遊びにやってきた。

 約束はしていなかったのだけど、折角来てくれたのに追い返すのも……と思ったわたしはその来訪を受け入れた。


 生憎、母は弟と一緒に外出していたから、ラナだけでなくペルーシュ夫人のお相手もわたしがすることになってしまったのだけど。

 それが……間違いだったのかもしれない。



 応接室にお茶の準備をしてもらい、わたしは二人を迎え入れた。

 ラナは応接室に入った瞬間、すごい勢いでわたしの元にやってきた。その勢いに驚いていると、がしっと肩を掴まれてしまう。


「ねぇ、レオシス様と婚約したって本当なの!?」

「え、ええ。先日、正式に婚約を結んだわ」


 掴まれた肩に爪が食い込んで痛い。

 やんわりとその手を外させて、わたしは二人にソファーを勧めた。


 舌打ちをしたラナは、わたしの向かい側のソファーに音をたてて座る。その隣に腰を下ろしたペルーシュ夫人も苛々している様子が窺えて……わたしは、内心で溜息を零した。


「エミリア、レオシス様との婚約なんてやめなさいよ」


 紅茶を飲んだラナが、カップを乱暴にソーサーに戻す。

 今まであまり気にしてこなかったけれど、彼女の振る舞いが粗野に見えるのは、礼儀作法を学び直しているからかもしれない。

 ガチャンという音がひどく不快に聞こえた。


「どうして?」

「レオシス様はエミリアにはもったいないからよ。あんな素敵な人の横に並んで恥ずかしくないの? みっともない姿を晒すだけだから、今からでも辞退した方がいいわ」


 小皿に取ったスコーンを割りながら、ラナは言葉をつづける。

 今までのわたしなら、そうかもしれないと俯いていただろう。

 でも……ラナの言葉ひとつで、諦める気持ちにはならなかった。


「もう結んだ婚約を、わたしの一存で無かったことには出来ないわ」

「そうね……でもね、エミリアさん。お話が進んでからだと辞退するのも大変になってしまうのよ。今ならお従兄(にい)様も許してくれると思うわ」


 いきり立つようなラナとは対照的に、ペルーシュ夫人はおっとりとそんなことを告げる。

 わたしが首を横に振ると、ラナと同じ緑の瞳がすうっと細められた。


「レオシス様だって恥ずかしいと思っているはずよ。出来損ないのエミリアが婚約者になったなんて」

「そんな……レオシス様はわたしとの婚約を喜んでくれていたわ」

「社交辞令に決まっているでしょ。本心なんて嫌で嫌で堪らなかったはずよ。だって相手が落ちこぼれのエミリアよ? みんなに嫌われて疎まれている子なんだから、レオシス様だってげんなりしていたに決まっているわ」


 ラナの言葉はいつだってわたしを傷つける。

 でも今日の刃はいつも以上に鋭くて、心の柔らかいところを抉るようだった。


「自分が次期公爵夫人なんて重責に耐えられると思ってる? 今だって他の令嬢たちに侮られているんだから、公爵夫人となって社交界を牽引していくなんて出来るわけがないじゃない。いい加減自分の力量を認めなさいよね」


 スコーンを食べ終わったラナが、手についた生地の屑を床に落とす。

 散らかったそれが、嫌だなと思った。


「エミリアさんはフューラー夫人とよく似ているわね。自分の力を過信して、一歩引くということを出来ないところが。あなたのお母様も図々しい人だもの……娘が同じ道を辿って、同じように疎まれるのも仕方ないのかしら。ああ、お従兄(にい)様が可哀想だわ」

「母は図々しくなんか……」

「いいえ。元々は私とお従兄様の結婚が決まっていたのに、そこに割り込んだ彼女を図々しいといって何が悪いのかしら」


 頬に手を添え、溜息をつくペルーシュ夫人は悲しそうに目を伏せる。


 両親の結婚の経緯を聞いたことはないけれど、父は母を愛しているのが充分に伝わってくるのだ。だからペルーシュ夫人の言葉には違和感しかなかった。

 それに……母を図々しいなんて言われては、胸の奥に不快感が溜まっていく。気持ちが悪い。


「そうよ、お母様とおじ様が結婚していたら、私が侯爵令嬢だったのに。おば様のせいでおかしなことになっちゃったわ。私がこの家に生まれていたら、レオシス様と婚約したのは私だったってことでしょう?」


 大きく溜息をついたラナが何を言っているのか、もうよく分からなかった。

 何と返せばいいかもわからずに黙っていると、二人はそれに気をよくしたようにわたしの事を責め立てる。


 わたしの両親が結婚したのが誤りだと。

 本当はラナが侯爵令嬢だったと。

 だからレオシス様との婚約をラナに譲るべきだ。ラナをフューラー家の養女にすればいい、と。


 二人は言いたいことを言って満足したのか、来た時とは打って変わって満面の笑みで帰路に就いた。

 わたしに「ラナを養女に迎える件と、レオシス様との婚約をラナににする」と父に伝えるようしっかりと言い聞かせて。


 二人が去った応接室で、わたしは冷めてしまった紅茶を飲んだ。

 苦みの強くなったそれを飲み干すと、溜息が零れてしまった。


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