33.落ちこぼれ
四章はエミリアが十二歳の時の、過去のお話になります。
よろしくお願いします。
替えたばかりのカーテン。
もう十二歳になったからと、母が買ってくれた大きなドレッサー。
好きな本ばかりが並べられた本棚。
お気に入りのものに囲まれた自分の部屋で、わたしはソファーに座って溜息をついていた。
今日は、親戚の女の子が遊びに来てくれる日。
なかなか他の子と仲良くなれず、堂々とふるまえないわたしの遊び相手になってくれている子爵家の女の子。
父の従妹の子だから、わたしとは……はとこの間柄になる。
赤い髪が綺麗で、緑の瞳は意思が強くて、自分の意見をはっきりと言える女の子。
でもわたしは……その子──ラナ・ペルーシュが苦手だった。
ノックの音が響く。
立ち上がったわたしが応えると、ドアを開けたのは母だった。
その後ろにはラナと、その母であるペルーシュ夫人が立っている。
二人はにこにこと笑っていて、今日を楽しみにしていたのだろうということが伝わってくる。
母も、わたしが女の子と遊ぶのだと嬉しそうだ。
だから、遊びたくないなんて……言い出せなかった。
「エミリア、ラナちゃんが来てくれたわよ」
「ごきげんよう。来てくれて嬉しいわ」
もやもやする不快な感情をしまいこみ、わたしは笑って挨拶をする。
母とペルーシュ夫人は、「仲良くしてね」と言って部屋を後にしてしまった。
お茶とお菓子の準備をテーブルにして、侍女もいなくなってしまう。
これは「子どもだけでお喋りしたいこともあるでしょう」とペルーシュ夫人の気遣いだ。
でもわたしは……ただ、ラナとわたしを二人にしたいだけだって、知っている。
扉は開けられているし、呼び出すためのベルもある。
でも、この部屋にラナと二人きりというのがひどく嫌で、恐ろしかった。
「会いたかったわ、エミリア」
「ありがとう。……わたしもよ」
少しひきつった顔になってしまったかもしれない。
ラナは気にした様子もなく、わたしの隣へ腰を下ろす。本当は離れたい。向かいにある一人掛けのソファーに座りたい。
でも、ラナはそれを許さないだろう。
「お茶会に参加したんですって?」
ラナは小皿にマドレーヌを取り、それを口に運びながら問いかけてきた。
その言葉に、わたしの身は固くなる。
こうやって話題に出すのだから、わたしの失敗も知っているのだろう。
「うまく会話を盛り上げることが出来ずに、愛想笑いだけしてたって聞いたわ。情けないわねぇ」
自分の失敗をあげられて、顔が赤くなってしまう。
何も答えることが出来ずに、わたしはただ俯いた。
メルディン伯爵家のお茶会に参加したのは、つい先日のこと。
同年代から、少し上の年代の貴族子女が多くお呼ばれした席で、わたしはメルディン伯爵家のグレーテ様と同じテーブルについていた。
博識で、場を盛り上げるのが上手なグレーテ様。
わたしにも話を振ってくれるのだけど、緊張してしまったわたしは、うまく答えることが出来なかった。
それでもグレーテ様は顔を顰めることもなく、わたしが話しやすいように、会話に入れるようにと気遣ってくださったのだ。
それに感謝をしていたのだけど……愛想笑いをしていただけという風に見られていても仕方がない。
グレーテ様に甘えてしまっていたと、自分でも理解していたもの。
同じテーブルの令嬢達も優しく、わたしが聞いているだけでも色々話してくれて……でも、本当はわたしに呆れていたのだと思う。
ラナが知っているということは、誰かがそれを伝えたということだもの。
あのお茶会を思い出して、自分の情けなさに涙が出そうになってしまった。
「侯爵家のご令嬢だっていうのに、エミリアはそれでいいのかしら。同年代には確かにオリヴァ公爵家の双子もいるけれど、家格の高さでいえばエミリアだって社交界を引っ張っていかなくちゃいけないでしょう」
それは自分でも理解している。
でも、出来ないのだ。
家族以外の人を前にしてしまうと、緊張で胸が詰まってしまう。
相手に不快な思いをさせたくなくて、色々考えすぎて、空回ってしまうのだ。
いつも、反省しているのに……どうしたらうまくお話出来るようになるのか、まだ解決策は見出せていない。
「それも出来ないような、情けない令嬢にこれからついていかなくちゃいけないなんて。フューラー侯爵家を寄親にする私達の家も大変だわ。あーあ、エミリアがもっとしっかりしてたら、こんな心配しなくて済むのに」
申し訳ないと思っている。
だから叱られるのも仕方がないのだ。
「ねぇ、何も言わないでいいの? 謝ったりしないわけ?」
「……ごめんなさい」
「そうよねぇ。寄子の私達を心配させて不安にさせて、謝罪もないなんて人として終わっているもの」
ラナはわたしを責め立てながら、お菓子をどんどん食べていく。
わたしは食欲がなくて、お菓子に手を伸ばす気にならなかった。
喉だけがひどく乾く。紅茶のカップに手を伸ばすと、その手が震えていることに気付いた。
このままだと零してしまうかもしれない。そうしたらまたラナに叱られてしまう。
だから伸ばしていた手を膝に戻し、ぎゅっと拳を握りしめた。
「まぁ、キール君がいてよかったわよね。彼は利発そうで、優秀だって聞いているもの。フューラー侯爵家も跡取りには恵まれたわ。エミリアは……おじ様とおば様がそれなりの嫁ぎ先を見つけてくれるでしょ」
そう言ってラナはにやにやと笑っている。
意地悪そうに見えるのは、わたしの気持ちがそうさせるのかもしれない。
だってラナは……心配してくれているのだから。
「落ちこぼれでも侯爵令嬢だもの。フューラー家と縁を繋ぎたい人はいくらでもいるだろうしね。政略結婚で役に立つしか、もう道は残されていないわ」
ラナはそれから……わたしのだめなところを指摘し続けた。
助言を有難いと思わなくてはいけないのに、わたしの心がそれを受け入れるのを拒んでいる。
苦しくて、辛くて、耳を塞いでしまいたくなる。
でもそれは……してはいけない。泣いてもいけない。
だめなわたしでも、それくらいの矜持は持っている。
ラナと会うと、いつもこうだ。
彼女はわたしが淑女になるために、はっきり指摘しているのだという。
苦言が耳に痛いのは、自分でも自覚しているからだと。
それなのに改善しないわたしが……落ちこぼれているのだと。
他の人が言いにくいことを口にしているのだから、感謝するようにとも言われたことがある。
分かっているのだけど……この時間が苦痛だった。
「落ちこぼれのエミリアなんて、本当はみんな疎ましがっているのよ。おじ様もおば様も、キール君も。使用人達も同じ気持ちなの。『どうしてエミリアはうまくできないのだろう』『こんな主に仕えなくちゃいけないなんて』って、みんな思っているって、分かってる?」
嫌われていると突きつけられるのは、いつまで経っても慣れない。
ラナはわたしがどれだけ嫌われているかを話しているけれど、耳に入れるのが辛くて堪らない。
胸の奥でぐるぐると渦巻く気持ち悪さを無理やり飲み込む。わたしは彼女の話に頷く以外出来なかった。
わたしは落ちこぼれで、侯爵令嬢として不適合で、誰にも愛されていない。
わたしが何かを訴えても、みんな困った顔をするだけだろう。
そうやってまたみんなを呆れさせたら、みんなはもっとわたしのことを嫌いになる。
ラナに何度も言い聞かせられたその言葉たちが、棘となって抜けないでいる。
時間が経ち、お菓子を全部食べ終わったラナは満足そうに息を吐いた。
ちょうどいいタイミングだったのか、母とペルーシュ夫人も部屋にやってくる。
「じゃあ、また来るわね」
「ええ、また」
にこやかに笑えているだろうか。
母が心配そうな顔をしているから、上手にできなかったのかもしれない。
どうしたら……みんなに嫌われないで済むのだろう。
何度自問したって、答えは出ない。




