31.執着の行方
全ての魔法が一直線に三人へ向かう。
三人は慌てたように防御魔法を展開するけれど、障壁はいとも簡単に割れてしまった。
ガラスが割れる時のような、高くて澄んだ音が響く。
轟音。
先程と同じように霧が立ち込めるけれど、レオ様はすぐに風魔法でその霧を晴らしてしまった。
見晴らしがよくなった先では、三人が黒い蔦でがっちりと拘束されているのが見えた。
「圧勝ね。エミリアが絡んでいなければ、ここまでやられることもなかったんでしょうけれど」
グレーテが大袈裟に肩を竦めるから、わたしは眉を下げて笑った。
レオ様の強さは疑っていない。こうして姿を確認したら、もう不安なんて消えている。
それでも……まぁ、やりすぎだとも正直なところ、思わなくもないけれど。手を抜いて逃げられても大変だし……と自分を納得させることにした。
「リア、おいで」
レオ様がわたしに向かって手を伸ばす。
いつもと同じ、蕩けるように優しい笑み。
グレーテが防御魔法を解除したのを確認して、わたしはレオ様の元へと駆け出した。
「すごかったわ、レオ様」
「ありがとう。本当は命を刈り取ってやってもよかったんだけど、グレン殿下と約束しちゃったからさ。生きたまま渡すって」
「罪は償わなければ。死んで終わりというわけにもいかないもの」
「まぁそうだよねぇ」
先程までのピリピリとした雰囲気はなくなって、声も穏やかなものになっている。
レオ様はわたしの腰に手を回して抱き寄せてくるから、されるままに体を預けた。
「……エミリア嬢、その男で本当にいいのか」
まさかギルベルト様に話しかけられると思っていなかった。
驚きに目を瞬いてから、閉じていた扇をまた開いて口元に寄せた。
「何がおっしゃりたいのですか?」
「君には私のような、特別で優れた男が相応しいと思わないか。私にとってもそうだ。君のような女性と出会えるのを待っていたんだ。私なら君をより高みに連れていける。欲しいものも何だって手に入るだろう。だから私の手を取ると言ってくれ」
ギルベルト様は必死に訴えかけてくる。
ああ、またレオ様のご機嫌が悪くなってしまったわ。黒蔦を締め上げているのか、ギルベルト様だけではなくて、パウラさんとスヴェン殿下も苦悶の声を漏らしている。
「やっと、やっと出会えたんだ。私の女神。美しくて成績優秀な女など他にもいるが、君だけは違うんだ。輝いて見えているんだ。だから私の側で、わたしの為だけに微笑んで囀ってくれないか。君の為に私が何をしてきたのか、説明しようか。全部全部君の為、君と私が結ばれる為に必要だったんだ」
「意味の分からないお話をするのが、ご兄妹揃ってお上手ですわね」
「リア、もう聞かなくていいよ。耳が穢れる」
「わたしも怒っているのよ、レオ様。くだらない戯言だけど、聞き捨てならないこともたくさんあるの」
よくもこんなに好き勝手なことを言えたものだ。
わたしを求めているのだって、気持ちが悪い。わたしの何を知って、そんなことを口にするのか。
わたしの事を少しでも知っていたなら、わたしがどれだけレオ様を愛しているのか分かるはずなのに。
「美しくて成績優秀。そうでしょうとも。わたくし、努力を重ねておりますの。この美貌も、学園での成績も、社交界での地位も何もかも、胸を張って誇れるものですわ」
わたしは一度口を閉じ、にっこりと微笑んで見せた。
「でもその全ては、レオ様の隣に相応しくある為なのです。そしてわたしの隣にはレオ様以外相応しくありません。だってわたくし、レオ様以外はいらないんですもの」
「……う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! 君は俺の隣にいるべきなんだ! そんな男の何がいいんだ!」
「何もかもですけれど。レオ様にあっけなく負けたあなたが、レオ様を貶すのも烏滸がましい話ですわね」
呆れたように溜息をついて見せると、ギルベルト様はまだ何かを呟いている。耳を澄ませば聞こえるのかもしれないけれど、もう正直興味はない。
そんな中、足音が聞こえた。複数で──綺麗に揃った足音も聞こえてくる。
「お疲れ様、レオシス」
軽い調子で裏庭にやってきたのは、グレン殿下だった。
その後ろにはお義父様であるローヴァイン公爵、それから後ろに並んでいるのは王宮騎士団だ。
お義父様もお元気そうだ。安心したら気が抜けてしまいそうで、わたしは意識して背筋を伸ばした。
お義母様にもいい報告が……と思ったけれど、これはお義父様に直接報告してもらった方がいいだろう。その方がお義母様もお喜びになるわ。
グレン殿下が足を止め、わたしはワンピースをつまんで臣下の礼をした。
離れたことでレオ様が少し不貞腐れたのが分かったけれど、不敬を働くのはごめんだもの。
「楽にしていいよ。エミリア嬢とグレーテ嬢もお疲れ様。大変だったでしょ」
にこやかに笑うグレン殿下だけど、その眼差しはひどく鋭い。
スヴェン殿下と似ていると思っていたけれど、こうして見ると全然違う。
「知性が顔に出ているんじゃない?」
「レオ様、わたしは何も言っていないわ」
心を読んだかのように笑うレオ様に、小声で釘を刺しておく。
「ギルベルト卿がこんなに愚かだと思わなかったけど、恋は人を狂わせるってのはあながち間違ってないのかもね」
「リアに会う前から悪事に手を染めていたでしょう。恋が原因じゃないですよ、元からです」
「はは、辛辣だね」
グレン殿下が騎士に目配せをすると、騎士が数人前に出てきてギルベルト様達をしっかりと拘束した。あの鎖には魔法錠が掛けられている。魔法を使えないようになっているものだから、これで一安心と言えるかもしれない。
魔法錠の鎖は、罪人に掛けられるもの。
それを知っているスヴェン殿下が暴れたけれど、騎士達は手慣れた様子で拘束を強めていた。
「……グレン殿下はどうしてここに。最初から疑っていたんですか」
ギルベルト様が小さく呟く。
どこから計画が狂ったのか、考えているようだった。
「馬車から抜け出したレオシスに、連絡をもらっていたからだけど。まさかここまで簡単に君が釣れると思わなかったけどね。それに……宿でこんな騒ぎを起こして、隠し通せるわけないだろう」
呆れたようなグレン殿下は肩を竦めている。
わたし達よりも年下なのに、貫禄があるのは……王太子という責任を背負う人の姿だからかもしれない。
「兄上も、今更復権なんて出来ないんだから、反省して大人しくしていたらよかったのに。そうすれば謹慎も解けて、爵位をもらって過ごせたのにね。これだけの罪を重ねたらもう陛下も庇う事なんて出来ないよ」
「グ、グレン……! 俺はギルベルトに騙されていたんだ!」
「はいはい、そういうのはもういいから。情けない」
騎士たちが三人を無理やり立たせる。このまま王都まで護送するのだろう。
パウラさんは黙り込んで、何かを考え込んでいるように見える。この場を切り抜けようとしているのかもしれない。
そう思った時、グレーテがグレン殿下にそっと近付いた。
「グレン殿下、こちらに全てが記録されています」
「全て?」
「はい。スヴェン殿下とパウラさんがエミリアに絡み始めて、山を崩した自白をしたところも。三人がレオシス様に襲い掛かるところも、何もかも全てです」
そう言いながらグレーテは胸元に飾られていたブローチをグレン殿下に差し出した。
グレーテは実は最初から記録をしていたのだ。わたしが裏庭に出た時から、全てをこっそりと。
パウラさんの顔色が悪くなったのが見える。自分が何を口にしたのか覚えているなら、もう言い逃れが出来ないと理解したことでしょう。
騎士達に引っ張られ、ギルベルト様達が連行される。
もうこれで、会うこともない──そう思ったのに、ギルベルト様が振り返った。
「……エミリア嬢。私と、レオシス卿と……何が違ったのだろうか。もっと早く出会っていれば、君は俺を愛してくれたんだろうか」
「いいえ、何もかもが違います。レオ様とギルベルト様を比べるなんて、正気ですの? 勝てない勝負を挑むのは、もういい加減になさった方がよろしいですわ。学ばない方だと思って、これ以上は下がらないはずの評価が地の底まで落ちますわよ」
「あはは、今日もリアの刃が鋭い」
笑みを浮かべることも忘れてきっぱりと言い切ると、隣でレオシス様が笑い声をあげた。
苦笑いをしているグレン様が、連れていくよう指示をする。
連行された三人は、もう振り向くことも許されずにわたし達の前からいなくなった。




